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一回目 (過去)
120.ウスベルの町
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「ネイサン、飯ができたぞ。おい、まだ洗ってんのかよ。チンタラしてたら食うもんなくなるぜ」
「すぐ行きます! 俺の分残しといて!!」
ネイサンは領主館を出た後、徒歩でウスベルにやって来た。飲まず食わずでたどり着いたウスベルは荒れ果てた畑を掘り起こしたり柵の修理をする男達で活気に満ちていた。
(あの街よりよっぽど住み心地良さそうじゃないか)
ネイサンがここに来たのはほんの好奇心からだった。どうせ行くところがないのだから、ナザエル枢機卿が大切にしたがっていた町を見てみようと思いついただけ。
(ハリーが責任を放棄してるって言っても、幸せそうじゃん)
金はなさそうだが人々の表情は明るく笑い声が聞こえ、子供達が走り回っている。
(あの街が最低なだけで領地は真面なんだ。ナザエル枢機卿達はこの幸せそうな町を守るために俺達が邪魔だったんだ)
悔しそうな顔で呆然と立ち尽くすネイサンに声をかけた者がいた。
「おい、お前がネイサンか?」
ナザエル枢機卿からネイサンと言う名前の男がウスベルの方向に向かったと連絡を受けていたグレイソンはヨロヨロの男が町に来たと聞いてすぐに家を出た。
「なんで俺の名前⋯⋯」
「飯を食え。大したもんはないが腹は膨れる」
グレイソンの家で豆のスープと黒パンをガツガツと口に押し込んでいたネイサンが町の実情を知ったのはこのすぐ後の事だった。
「ここで働くか? 大したもんは食えねえし仕事はキツい。それでも良けりゃあ寝るとこはある。一晩ゆっくり考えてみろ、どうせ行くとこなんかないんだろ?」
「⋯⋯」
(思い出した。領主館に着いたばっかりの頃教会から手紙が来て⋯⋯金もないのに治療師の派遣代なんか払えるか! って。そん時この町は⋯⋯)
翌朝早くから聞こえてくる声で目覚めたネイサンはウスベルで働くと決めた。
(ナザエル枢機卿達は誰の援助ももらえず死にかけていたこの町を立て直して行ったって。
それをするのが領主の責任ってやつで、ハリーも俺もなんもしないで領主館で不満ばっかり言ってて)
町の若者達は何も知らず何もできないネイサンを揶揄いながら仕事を教えてくれた。ぽやっとしていて大声で怒鳴られたり、疲れたからと手を抜いて尻を蹴飛ばされることもある。
硬いパンとスープしかない食事でも疲れ果ててただ寝るだけの毎日でも今までとは比べ物にならない充足感がここにはあった。なによりも嬉しいのは余所者扱いされないこと。
(ここに居場所を作って待ってるからな。早く来いよ)
ノールケルト子爵領を出発したローザリア達はその後も予定地を回りながら旅を続けていたが、噂が広まりはじめているようで町や村の対応が徐々に変わっていった。
ハズレ聖女の一行だと追い払われたり無視される事が減ったことがなによりも嬉しい。
(私の評判のせいで、新しい場所に着くたびにみんなに嫌な思いをさせてたから⋯⋯。
教会が支援に向かうと聞けば町の人達は喜んでいたはず。私が来ると聞いたから皆が不満を漏らしていたんだもの)
ローザリアは今までのところ問題なく水の加護を行使しているので、このまま順調に旅が進む事を願っていた。ローザリアのいる所では以前と同じように加護を行使できている事に気付いた聖騎士や精霊師達がローザリアを神格化しはじめているのが居心地が悪いが⋯⋯。
王都への報告は支援を受けた領主や町長が行う。それとは別に教会からも送っているが今のところ問題はないようで何も言ってこない。
ルベル伯爵領を放置したことについて問題なしと連絡がきた時にはホッとした。
旅をしていると国中が渇ききっているのが実感でき、自分のやっていることが役に立っているのかどうか不安になる。
『十分役に立っていますよ。皆、喜んでいるでしょう? 一時的なものだと分かっていても井戸の水がある間に雨が降ってくれるかもしれないと期待できる。それはとても大切なことです』
ローザリアが不安で眠れなかった翌日はナスタリア神父が慰めてくれるのが定番になってしまった。ローザリアが気をつけていつも通りでいようとしてもナスタリア神父にはお見通しのようで甘いお菓子が余分に出てくる。
(ナスタリア神父は千里眼かな?)
「さて、次の村が見えてきそうですね。きっと騒がしいと思いますよ」
ここ数日、ローザリアに心配と不安と楽しみを感じさせていた村が見えてきた。
「すぐ行きます! 俺の分残しといて!!」
ネイサンは領主館を出た後、徒歩でウスベルにやって来た。飲まず食わずでたどり着いたウスベルは荒れ果てた畑を掘り起こしたり柵の修理をする男達で活気に満ちていた。
(あの街よりよっぽど住み心地良さそうじゃないか)
ネイサンがここに来たのはほんの好奇心からだった。どうせ行くところがないのだから、ナザエル枢機卿が大切にしたがっていた町を見てみようと思いついただけ。
(ハリーが責任を放棄してるって言っても、幸せそうじゃん)
金はなさそうだが人々の表情は明るく笑い声が聞こえ、子供達が走り回っている。
(あの街が最低なだけで領地は真面なんだ。ナザエル枢機卿達はこの幸せそうな町を守るために俺達が邪魔だったんだ)
悔しそうな顔で呆然と立ち尽くすネイサンに声をかけた者がいた。
「おい、お前がネイサンか?」
ナザエル枢機卿からネイサンと言う名前の男がウスベルの方向に向かったと連絡を受けていたグレイソンはヨロヨロの男が町に来たと聞いてすぐに家を出た。
「なんで俺の名前⋯⋯」
「飯を食え。大したもんはないが腹は膨れる」
グレイソンの家で豆のスープと黒パンをガツガツと口に押し込んでいたネイサンが町の実情を知ったのはこのすぐ後の事だった。
「ここで働くか? 大したもんは食えねえし仕事はキツい。それでも良けりゃあ寝るとこはある。一晩ゆっくり考えてみろ、どうせ行くとこなんかないんだろ?」
「⋯⋯」
(思い出した。領主館に着いたばっかりの頃教会から手紙が来て⋯⋯金もないのに治療師の派遣代なんか払えるか! って。そん時この町は⋯⋯)
翌朝早くから聞こえてくる声で目覚めたネイサンはウスベルで働くと決めた。
(ナザエル枢機卿達は誰の援助ももらえず死にかけていたこの町を立て直して行ったって。
それをするのが領主の責任ってやつで、ハリーも俺もなんもしないで領主館で不満ばっかり言ってて)
町の若者達は何も知らず何もできないネイサンを揶揄いながら仕事を教えてくれた。ぽやっとしていて大声で怒鳴られたり、疲れたからと手を抜いて尻を蹴飛ばされることもある。
硬いパンとスープしかない食事でも疲れ果ててただ寝るだけの毎日でも今までとは比べ物にならない充足感がここにはあった。なによりも嬉しいのは余所者扱いされないこと。
(ここに居場所を作って待ってるからな。早く来いよ)
ノールケルト子爵領を出発したローザリア達はその後も予定地を回りながら旅を続けていたが、噂が広まりはじめているようで町や村の対応が徐々に変わっていった。
ハズレ聖女の一行だと追い払われたり無視される事が減ったことがなによりも嬉しい。
(私の評判のせいで、新しい場所に着くたびにみんなに嫌な思いをさせてたから⋯⋯。
教会が支援に向かうと聞けば町の人達は喜んでいたはず。私が来ると聞いたから皆が不満を漏らしていたんだもの)
ローザリアは今までのところ問題なく水の加護を行使しているので、このまま順調に旅が進む事を願っていた。ローザリアのいる所では以前と同じように加護を行使できている事に気付いた聖騎士や精霊師達がローザリアを神格化しはじめているのが居心地が悪いが⋯⋯。
王都への報告は支援を受けた領主や町長が行う。それとは別に教会からも送っているが今のところ問題はないようで何も言ってこない。
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『十分役に立っていますよ。皆、喜んでいるでしょう? 一時的なものだと分かっていても井戸の水がある間に雨が降ってくれるかもしれないと期待できる。それはとても大切なことです』
ローザリアが不安で眠れなかった翌日はナスタリア神父が慰めてくれるのが定番になってしまった。ローザリアが気をつけていつも通りでいようとしてもナスタリア神父にはお見通しのようで甘いお菓子が余分に出てくる。
(ナスタリア神父は千里眼かな?)
「さて、次の村が見えてきそうですね。きっと騒がしいと思いますよ」
ここ数日、ローザリアに心配と不安と楽しみを感じさせていた村が見えてきた。
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