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一回目 (過去)

106.最低の領主、ノールケルト子爵

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 ノールケルト子爵の領主館は街の北側、少し小高い場所にあった。

 錆の浮いた鉄柵で覆われた領主館は漆喰が剥がれゴロゴロと砂利が目立つ前庭の奥に建っていた。

「しょうがねえ、行くとするか」

 鉄柵の前で停まり少し傾いて歪んでいる門を開けニールと2人の護衛が玄関に向かった。

 ガンガンと力強くノッカーを鳴らしたが応答がない。粘り強く何度も鳴らしているとハタハタと音がして漸くドアが開いた。

「ご用件は?」

「ノールケルト子爵に取り次いで頂きたい。精霊教会から来た」

「教会? うちは間に合ってます」

 ふんっと音を立てて鼻を鳴らしドアを閉めようとしているのは恐らく執事だろう。それなりのお仕着せを着てはいるが、襟元をだらしなく緩め起きたばかりのように寝癖がついている。

ではない。精霊教会だ」

 閉まりかけたドアに靴を挟んだニールが低い声を出した。

「水不足解消のためにローザリア様と精霊教会の支援チームが向かうと連絡が来ているはずだ。当主に確認を」

「水⋯⋯ああ、少々お待ち下さい。直ぐに呼んで参ります」

 ドアから手を離し2階への階段を一段飛ばして駆け上がって行く。


 暫くすると執事風の先程の男が階段を駆け降りてきた。

「こっち⋯⋯こちらにどうぞ。主人は準備出来次第直ぐ参ります」

 不遜な態度はなりを顰め平身低頭と言えそうなほどへこへこと頭を下げながらニール達を案内しようとした。

「我々の隊長はまだ外におられる。馬の世話と馬車を頼みたい」

「馬⋯⋯使用人は逃げちまって。あっ、でもやります。皆さんをご案内したら裏の馬小屋で世話しますんで、取り敢えず応接室にどうぞ」

 ニールが振り向き小さく合図をするとナザエル枢機卿を筆頭に精霊師達が玄関前まで入ってきた。その後を馬車が続き後続の精霊師達も敷地内に入った。

 ナザエル枢機卿達が馬を降り、御者が開けたドアからナスタリア神父にエスコートされたローザリアが降りてきた。

「へえ、お姫様みたいな⋯⋯」


 ナザエル枢機卿を先頭にしてローザリア達は応接室に入っていった。が、部屋は家具も敷物も何もない⋯⋯埃が舞っているだけのただの部屋だった。

 絵画やタペストリーが飾られていたらしい跡のある壁と、カーテンの掛かっていない開いた窓。テーブルもソファも置いてない傷の目立つ床。天井にはシャンデリアが設置してあったらしい跡。


「えーっと、本当ならお座り頂きたかったんですが屋敷の中はどこもこの状態なんでお許し下さい。ちょっと主人を見てきます」

 居心地が悪かったのか脱兎の如く走り出した執事風の男が立っていた場所には薄汚れたクラバットが落ちていた。



 あくびが出そうなほど待った後、執事風の男に引き摺られるようにしてやって来たのは随分と若そうな男だった。

「いやー、急に来られて⋯⋯ヒック、吃驚しました。何もない部屋で⋯⋯ヒック、申し訳ない」

 挨拶の途中に言葉に詰まるのは酔っ払っているかららしい。離れたところに立っているローザリアにも異臭が漂ってくる。

 風呂嫌いの酔っ払いの臭い。

 くしゃくしゃの髪をかき上げて全員をゆっくりと見回したノールケルト子爵は大袈裟な仕草でボウアンドスクレープをした。

 後ろに下げた足がぐらつき転げかけたところを執事風の男に支えられた。

「えーっと、水ですね。確か教会と王家の連名で何かきてました。はい」

「外にいる馬の世話のできる者は?」

「は? はい、俺⋯⋯私がやります」

「案内してくれれば世話はこちらでする」

「ああ、助かります。馬の世話は初めてで」

 話している間にもノールケルト子爵は立ったままでゆらゆらうとうとしている。

「案内が済んだらご当主の酒を覚まさせては? その様子では話にならん」

「はい、その通りです。昨夜はちょっと羽目を外していたようで」

「あー、その通り! このようなご時世、ヒック酒でも飲まなければやっていけません。皆さんもそうは思われませんか!? ゲフッ」

「YESでありNOであり。酒は嗜むが貴殿のように酒に飲まれたことはない」

「それは相当お強いと見た!! 是非今夜にでも飲み比べ致しましょう⋯⋯ヒック。わが領地は酒とギャンブルと女! どっ、どれでもお好きなだけヒック準備致します!!」

 自分の言葉にゲラゲラと笑い出したノールケルト子爵。


「話にならんな。馬の案内は不要、テントを張れる場所をお教え頂きたい。話は酒が抜けてからだな」

「テント? この街でテントなんて張ったら身包み剥がれます。一瞬でスリとかっぱらいが群がります」



「ちょっとー、ハリー! ハリー・ノールケルトォ⋯⋯いつまで待たせるのよ。早く来ないと続きしたげないわよ~」

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