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一回目 (過去)
104.ギャンター内務大臣とルベル伯爵、王宮にて
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支援チームが王都を出発してからアウグスト・ギャンター内務大臣は久しぶりの平穏な日々を満喫していた。
旱魃で被害が出始めてからと言うもの早急な対応を望み精霊師の派遣を依頼してくる貴族が列をなし、机の上には嘆願書が山積みになった。
王宮精霊師団団長には『派遣には内務大臣の許可がいる』と丸投げされ、『税収が!』と叫ぶ財務大臣の癇癪に付き合わされた。
旱魃が長引くにつれ『犯罪者が増えた』と愚痴を言いにくる法務大臣を慰め、『隣国から麦を寄越せと言われる』とネチネチ言う外務大臣から逃げ回っていた。
陛下は『万事よいように』がお気に入りの台詞で強い加護を持つ者を手に入れさえすれば全て解決すると信じている。王妃は禁止令の隙間を縫って贅沢品を集めることばかり。
王太子は学園で遊び呆け公爵令嬢に貢ぐ金を国庫から引き出す為の知恵を捻ってばかり。
(ああ、引退したら長閑な田舎に住みたい)
あの頃は眉間の皺が消えずあちこちに冷たい態度をとっていたと自覚している。だが、仕方ない⋯⋯そう、仕方なかったんだ!
「長閑だ⋯⋯ああ、一体何年ぶりだ」
「大変です! ルベル伯爵が至急面会をと仰っておいでです。かなりお怒りのようでして」
(いっ、胃が⋯⋯帰っていいかな)
「ルベル伯爵? 確かローザリア様の支援チームが担当していたはずだが」
「はい、その事で何やらお怒りのようです。先日教会から至急の報告書が届いておりましたが」
「見ていない⋯⋯すぐに探してきてくれ」
(教会が報告書を? 嫌な予感がする)
引き出しから胃薬を取り出したギャンターの前に封の切られていない封書が届けられた。それと一緒に届けられたのはパルフェスの町長から届いた報告書だった。
「なぜこの二つが内容も確認されず放置されていた?」
「は、滞っていた仕事に時間をとられ⋯⋯申し訳ありませんでした」
確実に破滅の音が響いてくる。
「ルベル伯爵はいかが致しましょうか?」
「これを先に読んでおきたい。適当に誤魔化して時間を稼げ」
「は!」
バタバタと走って行く補佐官が閉めたドアを見ながら大臣は大きな溜息をついた。
「大変お待たせしました」
「ギャンター内務大臣、由々しき問題ですぞ! 我が領にハズレ聖女などを寄越しおって。しかも⋯⋯しかも、彼奴らは城壁の外で馬鹿騒ぎをした挙句何もせず立ち去ったのですぞ!!」
「そうですか。それで?」
「ワシがわざわざ出迎えてやったと言うのにですぞ⋯⋯城壁の外まで出迎えに行ってやったにもかかわらず、酒池肉林で人心を惑わし魔法を打ち合いこれ見よがしに水柱を上げ立ち去ったのですぞ。あの者達を即刻処罰していただきたい!」
ふんぞり返って座ったルベル伯爵はふんすと鼻を鳴らし真っ赤な顔をハンカチで拭いている。
(確かに、報告書の通り栄養の行き届きすぎた腹をしているな)
「で、ハズレ聖女とは?」
「おやおやおや、執務室で優雅に過ごしておられる内務大臣は巷の噂もご存じないと? 我が領に来たあの女狐のことですわい。聖女リリアーナ様の偉業を掠め取り教会に媚びへつらう蛭のことを皆がハズレ聖女と呼んでおります」
「そうですか。で、こちらに来られた訳をお聞きしたい。なにぶん仕事が立て込んでおりまして」
内務大臣の態度に苛ついたルベル伯爵は立ち上がり大臣に指を突きつけた。
「言ったではないか! 教会とあの女狐を処罰せよと!!」
「ほう、ルベル伯爵はそれを指示する権限をお持ちですかな?」
「権限ですと!? はっ! まさか内務大臣は教会と繋がりが⋯⋯」
「私の元にこのような書類が届いております」
ハラリとギャンターが置いたのはルベル伯爵の紋章印の押された書類。
「そこには『ローザリア並びに教会の者の立ち入りを禁ずる』と書いてあり、ルベル伯爵のサインがあります」
「こっ、これは」
「しかも、このように仰られたと報告が上がっております。
ハズレ聖女なんぞクソの役にも立たん。
偉そうな教会の力など我が領には不要。
土下座して頼むならやらせてやろう。
なんとも豪快な断られ方をされたようで」
ダラダラと冷や汗を垂らすルベル伯爵は目を泳がせて言い訳を考えた。
「パルフェスで雨が降ったから次は我が領に降ると仰られたとか。⋯⋯しかし雨は降らなかった。当然でしょう、パルフェスから報告書が届いております。
雨を降らしたのはハズレ聖女のローザリア様で、目撃者の証言も揃っております」
「まさか⋯⋯聖女はリリアーナ様だと」
「聖女が誰かはさておき、ローザリア様は雨を降らせルベル伯爵はローザリア様を拒絶なされた。
これでは、私にできることはありませんな」
「それでは我が領は⋯⋯」
「多くの地で雨を渇望しております。あれほどの大口を叩いて支援を断られておきながらローザリア様に頼まれますか?
リリアーナ様のリストの最後尾に並べて頂いては如何ですか?」
「そんなに待っておれん⋯⋯直ぐにでも水が」
「土下座して頼まれますかな? 支援チームは先に進んでおりますから、それでも難しいと思いますが」
旱魃で被害が出始めてからと言うもの早急な対応を望み精霊師の派遣を依頼してくる貴族が列をなし、机の上には嘆願書が山積みになった。
王宮精霊師団団長には『派遣には内務大臣の許可がいる』と丸投げされ、『税収が!』と叫ぶ財務大臣の癇癪に付き合わされた。
旱魃が長引くにつれ『犯罪者が増えた』と愚痴を言いにくる法務大臣を慰め、『隣国から麦を寄越せと言われる』とネチネチ言う外務大臣から逃げ回っていた。
陛下は『万事よいように』がお気に入りの台詞で強い加護を持つ者を手に入れさえすれば全て解決すると信じている。王妃は禁止令の隙間を縫って贅沢品を集めることばかり。
王太子は学園で遊び呆け公爵令嬢に貢ぐ金を国庫から引き出す為の知恵を捻ってばかり。
(ああ、引退したら長閑な田舎に住みたい)
あの頃は眉間の皺が消えずあちこちに冷たい態度をとっていたと自覚している。だが、仕方ない⋯⋯そう、仕方なかったんだ!
「長閑だ⋯⋯ああ、一体何年ぶりだ」
「大変です! ルベル伯爵が至急面会をと仰っておいでです。かなりお怒りのようでして」
(いっ、胃が⋯⋯帰っていいかな)
「ルベル伯爵? 確かローザリア様の支援チームが担当していたはずだが」
「はい、その事で何やらお怒りのようです。先日教会から至急の報告書が届いておりましたが」
「見ていない⋯⋯すぐに探してきてくれ」
(教会が報告書を? 嫌な予感がする)
引き出しから胃薬を取り出したギャンターの前に封の切られていない封書が届けられた。それと一緒に届けられたのはパルフェスの町長から届いた報告書だった。
「なぜこの二つが内容も確認されず放置されていた?」
「は、滞っていた仕事に時間をとられ⋯⋯申し訳ありませんでした」
確実に破滅の音が響いてくる。
「ルベル伯爵はいかが致しましょうか?」
「これを先に読んでおきたい。適当に誤魔化して時間を稼げ」
「は!」
バタバタと走って行く補佐官が閉めたドアを見ながら大臣は大きな溜息をついた。
「大変お待たせしました」
「ギャンター内務大臣、由々しき問題ですぞ! 我が領にハズレ聖女などを寄越しおって。しかも⋯⋯しかも、彼奴らは城壁の外で馬鹿騒ぎをした挙句何もせず立ち去ったのですぞ!!」
「そうですか。それで?」
「ワシがわざわざ出迎えてやったと言うのにですぞ⋯⋯城壁の外まで出迎えに行ってやったにもかかわらず、酒池肉林で人心を惑わし魔法を打ち合いこれ見よがしに水柱を上げ立ち去ったのですぞ。あの者達を即刻処罰していただきたい!」
ふんぞり返って座ったルベル伯爵はふんすと鼻を鳴らし真っ赤な顔をハンカチで拭いている。
(確かに、報告書の通り栄養の行き届きすぎた腹をしているな)
「で、ハズレ聖女とは?」
「おやおやおや、執務室で優雅に過ごしておられる内務大臣は巷の噂もご存じないと? 我が領に来たあの女狐のことですわい。聖女リリアーナ様の偉業を掠め取り教会に媚びへつらう蛭のことを皆がハズレ聖女と呼んでおります」
「そうですか。で、こちらに来られた訳をお聞きしたい。なにぶん仕事が立て込んでおりまして」
内務大臣の態度に苛ついたルベル伯爵は立ち上がり大臣に指を突きつけた。
「言ったではないか! 教会とあの女狐を処罰せよと!!」
「ほう、ルベル伯爵はそれを指示する権限をお持ちですかな?」
「権限ですと!? はっ! まさか内務大臣は教会と繋がりが⋯⋯」
「私の元にこのような書類が届いております」
ハラリとギャンターが置いたのはルベル伯爵の紋章印の押された書類。
「そこには『ローザリア並びに教会の者の立ち入りを禁ずる』と書いてあり、ルベル伯爵のサインがあります」
「こっ、これは」
「しかも、このように仰られたと報告が上がっております。
ハズレ聖女なんぞクソの役にも立たん。
偉そうな教会の力など我が領には不要。
土下座して頼むならやらせてやろう。
なんとも豪快な断られ方をされたようで」
ダラダラと冷や汗を垂らすルベル伯爵は目を泳がせて言い訳を考えた。
「パルフェスで雨が降ったから次は我が領に降ると仰られたとか。⋯⋯しかし雨は降らなかった。当然でしょう、パルフェスから報告書が届いております。
雨を降らしたのはハズレ聖女のローザリア様で、目撃者の証言も揃っております」
「まさか⋯⋯聖女はリリアーナ様だと」
「聖女が誰かはさておき、ローザリア様は雨を降らせルベル伯爵はローザリア様を拒絶なされた。
これでは、私にできることはありませんな」
「それでは我が領は⋯⋯」
「多くの地で雨を渇望しております。あれほどの大口を叩いて支援を断られておきながらローザリア様に頼まれますか?
リリアーナ様のリストの最後尾に並べて頂いては如何ですか?」
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