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一回目 (過去)

92.まずは水

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 今回同行している精霊師のうち回復魔法を使える者は3人しかいないが、先程ざっとみただけでも30人以上の病人がいたようだった。症状によるが重症なら精霊師ひとりが病人ひとりにかかりきりになる可能性がある。

「水が原因なら元気な者達もいつ発症してもおかしくありません。問題の水を早く見つけなくてはイタチごっこになりそうです。行きましょう」


 精霊師3人を呼びケルン神父から聞いた症状を伝えた。

「ナザエル枢機卿の許可が出たので重症患者から対応して下さい。ジャスパーは元気な人達が集まっていると言う倉庫の場所を聞いてきて下さい」

「「はい!」」

 病室へ駆けていく精霊師の後ろ姿を見送ったローザリアがナスタリア神父に声をかけた。

「私もお手伝いできます。ローブで顔を隠しておけば誤魔化せませんか?」

「取り敢えずは誤魔化せても直ぐにバレてしまうでしょう。精霊師の数の割に治療が早く終わりすぎだと問題になりかねません。
ローザリア様のお気持ちはよく分かります。出来ることをしないという決断は辛いですね」

「⋯⋯はい、病気の人を前に自分の保身を優先していることが情けないです」

「他国の言葉ですが『損をして利を見よ』と言うのがあります。ルベル伯爵の時もそうでしたが今回も同じ、先を見ればローザリア様の力を使うべき時も決まってきます。決して自己保身ではありません」

「⋯⋯はい」

 バタバタと音がしてナザエル枢機卿とジャスパーが一緒に帰ってきた。

「歩きながら話そう。水だが井戸がほとんど干上がって手をつけてなかった川の水を使い出したそうだ。危険だと分かっていたが背に腹はかえられんと思ったそうだ。それに、廃坑になって何年も経ってるから大丈夫かもってな」

「神父は知らなかったんですね」

「ああ、言ってなかったそうだ。看護にあたってた夫人が話してくれた」

「では、桶を運んで倉庫の人達の水を確保しましょう。その後井戸と水源の確認ですね」



 倉庫は教会から馬車で20分程度のところにあった。あちこち応急手当てをした倉庫の前に数人の大人がだらしなく座り込んでいた。

「見ない顔だがどこから来た?」

「王都の中央教会から来ました。神父のナスタリアと申します」

「へえ、見捨てた奴らの顔でも見にきたか?」

「教会では3人の精霊師が治療に当たっています。ここには安全な水を届けに来ました」

「⋯⋯マジか? 治療してくれんのか!?」

「水も?」

「まずはみなさんの飲み水を交換したいのですが責任者はどなたですか?」

「呼んでくる! さっきはやな態度をとってすまん、直ぐ連れてくるから」

 初めに睨みつけていた男が駆け出した。

「おやじ! おい、水が届いたぞ!! さっさと出てこいやー」

 興奮して大声で叫ぶ声が響き渡りワラワラと倉庫から人が出てきた。聖騎士達が並べた大きな桶にローザリアが水を溜めていくのを見て歓声が響き渡る。

「うるせえぞ、たかが水くれえで騒ぐんじゃねえ!」

 ナザエル枢機卿に負けないくらい大きな男が人混みをかき分けて出てきた。モジャモジャの頭で髭面の年齢不詳の男はナザエル枢機卿の前に仁王立ちして腕を組んだ。

「たかが桶の水を施していい気になってんじゃねえだろうな」

「随分な挨拶だな。臭い上に礼儀知らずとは、それがこの町の作法かよ」

 そう言い放ったナザエル枢機卿が無詠唱で男の顔に水をぶちまけた。口をあんぐりと開けたまま固まった大男が目を瞬かせ大声で笑い出した。

「教会にはちと恨みがあったもんでな。ワシはグレイソン、この町のギルド長をやっとる。みんなワシのことはおやじと呼んどる」

「役立たずの教会で枢機卿をやっているナザエルだ。こっちはナスタリア神父で俺の懐刀だな。桶のとこでせっせと水を溜めてるのはローザリア、このメンバーで一番の水の加護持ちだ」

「あんなちっこいのがか? こりゃ驚いた、俺の半分もなさそうだが」

 桶には人が集りローザリアが溜める端から汲み出されていく。

「うめー! こんな美味い水は初めてだ」

「お前ら! えーかげんにせえ。ちっこいのが干からびちまうぞ」

 グレイソンの言葉にみんながハッと動きを止めた。

「なんか⋯⋯ごめん」

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