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8.グランビー子爵って誰?

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 台所で昼食の支度をしていると、トマスが帰ってきた。

「最近お前の事聞き回ってる奴がいるらしい」

「・・今日私も、お肉屋さんでも言われたわ。アナベルってどんな人なのか聞きに来た人がいるって」

「奴らアナベルとアニーは別人だと思ってるらしい。
俺が一緒に暮らしてるのはアニーで、アナベルは妹」


 アナベルは吃驚して振り向いた。

「へっ?
やだ、その言い方じゃあまるで・・」

「そう言う事。気持ち悪いよなぁ」

「うん、まさかそんな噂があるとかって訳じゃないよね」

 アナベルが包丁を持ったまま宙を睨んでいる。

「まあ、ここにアナベルは住んでないって、世間に思わせるのには成功してるってことか」

「だって授爵したばかりの頃、色々凄かったもの」

「ああ、連日玄関の前に誰かしらがやってきて居座って、お陰で当分仕事にならなかったしな」


 授爵前からアナベルの絵皿は評判だったが、授爵後住所が特定されたのか会計士や弁護士や公証人。女中や執事希望者などありとあらゆる職業の人が玄関前に居座り朝から晩までドアを叩いた。

 外に出ると後ろからぞろぞろとついてくる有様で、まるでハーメルンの笛吹の様になってしまった。

 そこで一計を案じた二人は、この家に住んでいるのはトマスとアニーでアナベルは別の所に住んでいることにした。

 それでも暫くは人が彷徨いていたが、数ヶ月で何とか落ち着いた。


「あん時は、ご近所に助けられたよな」

「口裏合わせてくれたから何とかなったのよね。
二人だけじゃ、どうにもならなかったと思うわ」


 出来上がった料理を並べ、二人は席についた。

「そう言えばあの時助けてくれたグランビー子爵はどうしてるんだろうな」

「結婚が決まってからは全然お会いしてないのよ。
どうせ形だけの結婚だと思ってても、やっぱり良くない気がして」


「子爵の土地からは定期的に陶石を売ってもらってるけど、直接会ったのはもう一年以上前になるなぁ。
あの人が高位貴族だったら、とっくにお前を貰ってもらったんだけどな」

 動揺したアナベルは、食べかけたパンをポロリと皿に落としてしまった。

「なっなにそれ。おかしな事言わないで。
全く兄さんの素っ頓狂な発想にはついてけないわ」

「グランビー子爵はお前の事気に入ってたぞ」

「そんなわけないわよ。馬鹿馬鹿しい」


 トマスはニヤニヤ笑いながら、
「一緒に酒を飲んだ時、チラッと言ってたんだよなぁ」


 態とらしく言葉を切ってしまったトマスを睨みつけ、
「なんて仰ってたのよ」


 トマスはスプーンを置いて立ち上がり、
「さて、仕事に戻るかな」

「酷いわ、さっさと白状しなさいよ!」

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