【完結】子供を抱いて帰って来た夫が満面の笑みを浮かべてます

92.信頼回復への道は遠い

「おじたま、ちらいもんね、リィもチェチュもおくのなからね～だ」

「ね～だぁ」

「のあたま、もうなまかだないかなね！　こなーちとかえれなたい！　リィとチェチュはおくだけのなから」

「ちらぁ！　ね～」

　そして二人が新しく覚えた必殺技は遠くへ走って逃げてからの⋯⋯。

「あったんべ～だ！」

「べ～た！」

　ちゃんと小さな人差し指で片目を『べ～』とやっています。



「ターニャ、あれは良くないと思う」

「泣いて何もできないと思うより強くなれると思います。それに、昔あれを教えてくれたのはお嬢様ですからね」

「ええっ！　そうだったかしら？　お、覚えてないなぁ⋯⋯」

「他にも悪ガキから逃げた後はお尻ぺんぺんってやるとか中指立てるとか。『やられたら百倍返しだ！』とか言って泥団子作りはじめましたし。あとは⋯⋯」

「ごめん、もう許してくれるかな？　今日のおやつと交換でわたくしの黒歴史は忘れてね」

「ふふん、どうしよっかなぁ。グレッグ達に教えたい必殺技はまだまだありますし～」

　こうなったら一日も早くターニャをケニス医師に押し付けちゃいましょう。



　羞恥に耐え続けたのは二週間程度だったでしようか。ひとりでお花摘みに行けた時は涙が出そうになりターニャにゲラゲラと笑われてしまいました。

　子供達の引き取り先は保留のままです。トーマス司教様にかかれば辺境伯ご夫妻の更生は確実だと思いますが、問題はグレッグを一緒に引き取るのかどうかと引き取るとなった場合のことだとお父様は悩んでおられます。

「偏見と言うのはそんなに簡単には変わらないからね。チェイスのためなら一緒に引き取りたいと言われても、教育や生活の差をつけられる可能性があるだろうね。
家庭教師もそうだし、チェイスは貴族学園に入学させるがグレッグは平民学校止まりとか。その時二人がそれをどう受け止めるかと思うとなあ。
仮に同じ扱いをするつもりだと口にしても心の中に区別する気持ちがあれば使用人達はすぐに気付いて態度を変える。彼等は雇い主の心の声に敏感だからね。
子供達だってちょっとした態度なんかですぐに気がつくだろうし、グレッグとチェイスは特に敏感だからな」

「父親は犯罪者でグレッグは平民だからと仰ったなら、いくら心を入れ替えたと仰られても信じ難いですわね。
でも、二人を別々にはなさいませんよね？」

「それだけはしたくない。先日の顔合わせの時の様子を見て二人を引き離すのが得策とは言えんと言うことは理解されただろうと思う」

「二人がもう少し年長なら自分の気持ちをちゃんと伝えられるのに、今の歳では何を押し付けられても抵抗できませんもの」

　今回のように兄弟でも片親が違うと言うケースは我が家でも初めてで、二人の身分も大きく違っている事も引き取り手によっては大きく影響します。

　兄弟だと思って大きくなったはずが片方は貴族として守られ、片方は使用人として働く。それを目の前で見ると言うのは大きな心の傷になりかねません。

　ある程度の年齢であれば別の家に引き取られた後も定期的に会えるようになどもできるのでしょうが。

　そんな時ノア様から提案がもたらされました。




「グレッグはフォレスト公爵家でチェイスはキャンベル。籍は別だが一緒に暮らさせると言う事ですか？」

「はい、それが一番良いのではないかと思いますがいかがですか？」

「少しお時間をいただかなくては決めきれませんね。どちらの家で暮らすのかも問題になりますし、高位貴族となるとあちこちから詮索された時の影響も考えなくては」

「ギルとアリサはまだ及第点には程遠いそうですし、俺の方もグレッグやチェイスとの信頼回復ができそうな気配もない状態ですから時間はあると思います」

「それはそうなんですが⋯⋯ノア殿は二つの問題を一緒にしておられませんかな？　前日リリスが言った『グレッグ達の問題が最優先』と言うアレです」

「あの時は子供達に負けたようでショックを受けてしまいましたが、冷静になって考えたらその通りだと思いました。
逆の立場でも責任を引き受けたからには同じ事を言う⋯⋯まぁ、俺の場合は『言うしかない』ですが⋯⋯と思います。
そこは俺の気持ちとティアの気持ちの温度差が影響していますね」

「では、リリスを抜きにしてもグレッグの後見をしても良いと考えておられると言う意味にとらえて良いのですか？」

「はい、後見ではなく養子ですが⋯⋯そのつもりです。ただ、ティアの行くところについて行く予定です」

「また、無茶を言われますな。筆頭公爵家のご当主の言葉とは思えません。リリスは自慢の娘ですが公爵夫人としてはいささか破天荒すぎると思います」

「そこも気に入ってますから、是非変わらずにいて欲しいですね」