【完結】子供を抱いて帰って来た夫が満面の笑みを浮かべてます

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72.今最大級の緊張状態に拍車をかけるのは

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「気をつけろよ。もしもの時はパーティーを潰してもかまわん」

 小さく頷いたノア様がわたくしの腰に手を回してこられました。

「大丈夫、必ず守るから心配はいらない。揉め事が起きてダンスできなかったなんて事になったら、それだけで奴をボコボコにしてしまいそうだが」

 最後の方は聞き取れませんでしたが、ノア様がわたくしから手を離して正面に立たれ、両足を揃えて軽くお辞儀をなさいました。

「今宵の全てのダンスをわたくしとお願いできますでしょうか」

 近くで隙を狙っていたらしい女性から引き攣ったような悲鳴が聞こえました。

「フォレスト卿がダンスを!」

「全てのダンスって!」

 ノア様が差し出した右腕に左腕を添えてダンスフロアへ向かうと、目の前にモーセの海割りのような道ができていきました。

 そう、ほぼ強制的にフロアの真ん中に立たされた感じです。今まで踊っていた人も談笑していた人も遠巻きにしてわたくし達を注目しています。

(針の筵⋯⋯生贄⋯⋯道化者⋯⋯)

 頭の中に浮かぶのは失敗して笑われるわたくしと一生懸命宥めたり謝ったりするノア様。



 緊張しすぎて口元が震えるわたくしに向けてかがみ込んだノア様がとても幸せそうに微笑まれました。

「きゃあ」「うそ!」

 ノア様が微笑まれただけで悲鳴が上がるとは、普段どのような態度でパーティーに参加しておられたのか想像できてしまいました。

「こうやって向かい合う時をずっと夢見ていた。心から愛しています⋯⋯永遠の愛と忠誠をティアに」

 とんでもない場所での大胆な宣言にショックを受けて倒れかける女性や目を輝かせる人達。

(ここ、こんな緊張している時にそんな事を仰るなんて⋯⋯なんの作戦ですの!? ぎゃ、逆効果ですわ!
既に注目度マックスでしたのに、緊張の針が振り切れそ⋯⋯⋯⋯あ~もぉ~! こんな時こそ気合いですわね! ヤケクソかもですけど、わたくしにはグレッグのハンカチパワーがありますもの!
お父様からだって『お前はやればできる子』だとエールをいただきましたもの。
失敗してもノア様なら骨を拾ってくださるはず。ガラスに張り付いて応援していたグレッグとチェイスの為にも、一世一代の『恥』をかいてませますわ! その後は勿論『笑って誤魔化す』です!)

 緊張しすぎると冷静になると言う状態を初めて実感しつつ、これ以上ないほど注目を集めたノア様とわたくしのダンスがはじまりました。





 え、結果をお聞きになりたいですか?

 わたくしの傷を抉るお話だと申し上げるしかありませんけれど、周りからは及第点をいただいたようです。優しい方ばかりで本当に助かりました。

 ダンスは男性の技量がポイントだと言うのは本当だと実感いたしました。ノア様がしっかりと支えてくださったお陰で、何度も遅れ気味になるわたくしはなんとかついていけているように見えたのかもしれません。

 時々ほぼ抱えられて動かされていた気がしましたし、わたくしが躓きかけるとノア様は必ず耳元に顔を寄せ話しかけてこられました。

 周りを欺くテクニックに助けられたわたくしと騙された皆様という感じです。

 今度新しい靴をプレゼントするのだけは忘れないようにしなくては、ノア様の靴は確実に廃棄処分になりますから。

 因みに、一曲で終われると思っていたわたくしが浅はかでした。3曲目が終わった頃には意識が飛びかけていたわたくしとは違いノア様は元気いっぱいで、コナー氏が助け出してくださらなければグレッグの不安が的中していたかもしれません。

「無限の体力を持ってるのはお前くらいだ! 休憩なしの3曲で4曲目に突入など何を考えている!」




「本当に仲睦まじくていらっしゃいますのね」

 果実水を持たされ椅子に腰掛けていると見知らぬ女性が話しかけてこられました。このドレスはドミラス侯爵の近くにおられた方に違いありません。赤いドレスの裾の刺繍に見覚えがありますもの。

 ノア様は少し離れたところでコナー氏のお小言を聞いておられるので気付いていないようです。

「初めまして、リリスティア・ラングローズと申します」

「わたくしはミランダ・ブルーム。ドミラス侯爵の姪ですわ」

 ブルームと言えば伯爵家です。紹介もなく向こうから話しかけてきてもギリギリ問題ないとも言えますね。

「フォレスト卿に上手く取り入った手腕、お見事ですわ。誰にも見向きもしないフォレスト卿をあのような手口で陥落させるなど、思いつきもしませんでしたもの」

「何のことを仰っておられるのか分かりかねますが、ノア様は取り入る者に陥落されるような方ではないと思っております」

 社交界でそのような噂が出ているのか、チェイスの話を聞き出そうとしているのかはっきり致しませんが、それ以上にノア様への関心も見え隠れしているような気もいたします。

「離婚した女に社交界は相応しくない事をご存知ではないのかしら? 恥ずかしげ⋯⋯」

「ミランダ嬢、お久しぶりです」

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