【完結】子供を抱いて帰って来た夫が満面の笑みを浮かべてます

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52.それってただの意地悪?

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「あの、資料の内容に移ってもいいでしょうか?」

「ん、問題は特に見当たらんかった。『夜会で一目惚れ』の前提条件まで嘘とは呆れた奴じゃ」

 先日お父様から届いた調査資料にあったのがこれ⋯⋯わたくしが参加した唯一の夜会にステファン様はやはり参加しておられなかったのです。

 お父様はあの夜会の参加者全員に聞き込み調査をして下さいました。ごく稀に招待されていない人が紛れ込むこともありますから、言い逃れできないように招待リストを元に全ての人から確認を取ったそうです。

 結婚後のマーベル伯爵家の仕打ちにムカついたからだそうですが、その当時でさえ何年も前の事でしたから調べるのは大変だったと思います。

 先日まで隠しておられたのはステファン様や伯爵が離婚話にゴネ始めたら『間抜けな話ですなぁ』とディスる予定だったそうです。

 勘違いの一目惚れで婚約をゴリ押ししただなんて社交界でいい笑い者になりますからね。白い結婚の情報と同時にこの話を広める予定でおりますから、ステファン様が罪を償って出て来られた後は非難だけでなく嘲笑もセットになる予定です。



 申請書にトーマス司教様のサインをいただきみんなのところに戻りました。グレッグが寂しがっているのではないかと期待⋯⋯心配しておりましたが、アップルパイをチェイスから死守するのに忙しいようで目も合わせてくれませんでした。

 おやつパワー恐るべしです。この様子だとお昼ご飯は不要ですね。

「お待たせ致しました。終わりましたのでそれを食べ終わったらお暇致しましょうね」

「かえる?」

 フォークを握りしめてお口の周りをパイ生地だらけにしているグレッグ。

「る」

 パイ生地だらけの手をフォレスト公爵様に擦り付けようとしていたチェイス。

 フォレスト公爵様のコートは既に壊滅状態です。もう少し落ち着いたら食事のマナーを教えるつもりですが、ターニャやメイド達には助けてもらえなかったみたいですね。

 後でターニャから聞いたのですが、子供を引き取りたいと仰っておられるのだから自力で頑張るべきだと思ったそうです。相手は公爵様ですから子供の世話は使用人任せにされる予定だと思います。となるとそれってただの意地悪では?

 なむなむ。

「はい、帰ります。でもゆっくり食べていいですからね」

「うん⋯⋯はい」

「あぃ」



 最後に子供達の手や顔を綺麗にするのはハンナ達がやってくれました。フォレスト公爵様はコートを脱いでウエストコートのみのお姿になりチェイスを抱き上げました。

「それではよろしくお願いいたします」

「早ければ夜祝いに行くからセルゲイにそう伝えておいてくれるかの?」

 満面の笑みのトーマス司教様はまたまた教会を脱走する気満々ですね。時期も早まりましたし。

「お忙しいのではありませんか?」

「わしはここに赴任するのと引き換えに就任したお飾り司教じゃからな、赴任した後は自由にしていいと言われとる。優秀な司教や助祭がおるし、わしがおらんでもなんの問題もないんじゃよ。がっはっは!」

 えーっと、そこって⋯⋯笑うとこでしょうか。

 司教職って教会の最高の役務職で、地域や教区の長としての全権をお持ちだったはず。

 うん、聞かなかったことにしましょう。

 豪放磊落なトーマス司教様は『大司教になれと言うなら教会をやめる』と騒いで枢機卿の目の前で司教杖を叩き割ったという逸話をお持ちです。

 放置されたミトラや部屋の隅に転がっている折れた司教杖も見なかったことにして帰りましょう。

 あ、チェイスのおもちゃに渡そうとしているのは司教杖に付いていた蛇ですよね。礼拝に使うストラをマフラーのようにグレッグの首に巻くのはダメです!

 子供好きのトーマス司教様が暴走しはじめましたから急いで退散致しましょう。



「⋯⋯ふう」

 教会から帰る道の馬車の中です。お腹いっぱいになった子供達は2台目の馬車でうたた寝をしているかもしれません。

「⋯⋯なんとも豪快な方でした。教会とか聖職者にはあまり良いイメージがなかったのですが、私の中の聖職者像が一新された感じです」

「トーマス司教様は昔からとても変わった方でしたから」

「ぜひお聞きしたいです」

「初めてお会いした時の事ですが、迷子になられた理由と言うのが具合の悪くなったご婦人を見つけて家まで送っていかれたのがきっかけだそうです。その後⋯⋯」

 わたくしが話すトーマス司教様のお話を真剣に聞いてくださるフォレスト公爵様は笑ったり真剣な顔をしたりして下さるので、ついつい話し込んでしまいました。

「益々セルゲイ爺ちゃんにお会いしたくなりました。お二人の掛け合いは楽しそうですね」



 和やかな雰囲気のまま子爵邸に着き公爵様のエスコートで馬車を降りると、顳顬に青筋を立てたコナー秘書官が玄関前に仁王立ちしておられました。

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