【完結】子供を抱いて帰って来た夫が満面の笑みを浮かべてます

11.あのエマーソンでさえ？

　以前わたくしは酔ったパーティー客に部屋に連れ込まれそうになった事があり、それがターニャのトラウマになっているのです。

　勿論未遂で終わりましたし暫くの間は夢で魘されてしまいましたけれど、あんな事がそうそうあるとは思えません。

　だってわたくしはそこそこの見た目ですから。自分で言うのは悲しいですがメイド達の渾身の努力にわたくしのささやかなプライドを足しても中の中といったところでしょう。

　お父様譲りの青みがかった銀髪が唯一のチャームポイントで白い肌に薄い紫の瞳。そこそこの身長でそこそこのメリハリしかない体型、薄ぼんやりした印象のわたくしは所謂その他大勢でしかありません。

　学生時代も『あ、いたんだ』と言われるくらいの影の薄さでした。

　ステファン様の『夜会で一目惚れ』発言も誰かと見間違っただけだと確信しておりますから今回のような状況でも特に気にしていないのです。

　お父様も同じ意見なのでしょう。娘の名誉の為に明言はされませんでしたが婚約期間を２年おきたいと言い続けておられたので間違いありません。

　この国では婚約期間は１年か貴族学園卒業後半年以内と言うのが一般的です。わたくしの場合であれば卒業まで後数ヶ月でしたから１年が妥当だったのではないでしょうか。

　それをお父様が無理矢理２年と言い続けておられたのは『ステファン様が勘違いに気付くための期間』で、わたくしも大賛成でした。



　余談ではありますが⋯⋯。

　ハニーブロンドと鮮やかな碧眼のターニャは化粧など必要がないほどのきめ細やかな白い肌とピンクの唇です。大きな胸をどうやって支えているのか不思議なほど細くくびれたウエストと『何頭身？』と聞きたくなるほど長い足。

　孤児のターニャはもしかしたらどこかの国の王女様かもと思っておりますの。古い平民服を着ていても気品溢れる佇まいに目が奪われてしまうのですから可能性があると思われますでしょう？

　ターニャの方が余程用心が必要なんですの。

　本人はわたくしの侍女兼護衛になりたいと剣術と体術を極めておりますからよっぽどのことがない限り『男なんかには負けない』そうです。

　閑話休題でございます。




「そうは言ってられないの。明日を過ぎたらチャンスがいつ来るか⋯⋯お義母様が家庭教師を決めてしまわれたら手が出せなくたってしまうわ。だからそれ迄に少しでも何とかしてあげなくちゃ手が出せなくなってしまうの。
それほど長い時間ではないし、いつも以上に注意するから大丈夫。診察の後診断書を書いていただくのを忘れないでね」

　なんだかんだ言ってもわたくしに甘いターニャですからここはゴリ押ししておきます。

「食堂はどんな様子だったかしら？」

　無理やり話を切り替えたわたくしにターニャの冷たい視線が飛んできました。

「ステファン様とビビアン様はベタベタで、マーベル一家の方々は上機嫌でした。目新しい話は特にありませんでしたが⋯⋯少し気になる事があります」

　言葉を区切ったターニャがチラッとメイド長に目をやりました。

「ん？」

「えーっと、ビビアン様は今現在第二夫人候補ですよね」

「ええ、わたくしはまだ許可していませんから候補のままだわ」

　ビビアン様を正妻にしてはどうかと提案して却下されて終わってしまいましたし、第二夫人の届けには正妻のサインが必要ですからまだ候補のままです。

「⋯⋯そうですよね。うん、確かに」

「確定しているらしいけど」

「⋯⋯多分そう言う事なんだと思うんですけど、妙に鼻がムズムズするんです」

　ターニャの鼻はバカにできません。今までもターニャのムズムズには助けられてきましたから。



「メイド長は何か気になることはあったかしら」

「大旦那様達のご様子はよく分かりませんでしたが⋯⋯エマーソンが途轍もなく狼狽しておりました」

　仮面を標準装備しているとか無表情特化型執事と呼ばれるエマーソンが？　天変地異の前触れかもしれません。

　先代の伯爵に恩義を感じているエマーソンは伯爵家に全身全霊で仕えていると言っても過言でないほどの忠臣です。

　どんな無理難題でも伯爵家の為なら無表情で叶えてしまうに違いないと思わせるほどの迫力は少し苦手に思っております。

　仕事のできるスーパー執事ですし豊富な知識で何度も助けてもらっておりますが、苦手意識は克服できずにおります。

　未熟者でごめんなさいですね。



「エマーソンの悩みはグレッグ様達の事のようでした」

　ああ、やっぱり⋯⋯。