【完結】子供を抱いて帰って来た夫が満面の笑みを浮かべてます

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8.お姉さんスキルに感謝

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 手前にあったパンを鷲掴みにしたグレッグが呆然とした顔で手の中のパンを見つめています。

「ちゅぶれ⋯⋯」

 貧しい方達の食べるパンはライ麦を使った黒パンで、酸味がありかなり硬いのです。それと同じ感覚で白パンを掴んでしまったグレッグはぐしゃっと潰れたパンを見つめて涙目になっているようです。

「柔らかいパンだから潰れちゃったのね。そのまま食べても大丈夫だし、別のパンを食べてもいいのよ」

「⋯⋯」

 潰れたパンを恐る恐る口にしたグレッグがパァッと明るい笑顔で微笑むと、わたくしの斜め後ろに立っていたメイド長が息を呑んだ気配がしました。

 うるうるとした涙目での天使の微笑みが心の準備なく直撃したのですから、多分目がまんまるになっているのではないでしょうか。

 執事より先にメイド長陥落の気配です。

 一つ目のパンを食べ終わったグレッグは2個目のパンとわたくしの顔を交互に見ています。

「幾つでも遠慮しないで食べてね」

 張り切って2個目のパンに手を出したグレッグですがせっかくの柔らかい白パンをスープにどっぷりと浸してしまいました。

 グズグズと溶けはじめたパンを見てまたまた涙目になったグレッグは溶けかけたパンにかぶりつこうとしてスープをこぼしかけ⋯⋯。

 ガチャンと大きな音がしてポロポロと涙をこぼしはじめてしまいました。

 スープに浸すのは硬い黒パンの当たり前の食べ方ですから前もって説明をしてあげなかったわたくしのミスです。そのままスープを下げてしまうのはまずい気がしているとグレッグの近くにいたハンナが動きました。

「私も初めて白パンを食べた時同じ事をしたんですよー。でも、これって結構美味しいんです」

 ハンナはグレッグの手と顔を拭いてからスープの中のパンを崩してスプーンを持たせました。

「食べてみて下さい。コンソメ味のスープだから間違いなく美味しいです」

 自信満々のハンナの誘導でスープを食べたグレッグがまたまたにっこり。

「おいしい」

「はい、うちの弟も大好きです。白パンはそのまま食べてもこうやって食べても美味しいです。まあ、内緒なんですけどね」

 後から聞いたのですが実家に帰るハンナに料理長が余り物の白パンを持たせたそうで、下の弟にはこうやって食べさせているのだとか。

 イレギュラーに弱いわたくしはオロオロするばかりでしたがハンナに助けられてほっと胸を撫で下ろしました。

「簡易なパン粥だと思えば何の問題もなかったのよね。教えてくれてありがとう」

「と、とんでもありません。出過ぎた真似をいたしました」

 頭を下げて平謝りのハンナですがとんでもありません。

「今後は今のようなお姉さんスキルに期待しているわ。わたくしにも色々教えてもらえたら嬉しいかも」

「わ、私でできる事がありましたらいつでもお、お申し付けください」

 大人達の会話をよそにスープの中身を食べ終わったグレッグはスープ皿を持ってズズズっと音を立てて飲みきり、鶏のローストを食べました。手掴みで⋯⋯。

 呆然としているわたくし達に気付いたのか汚れた手を服で拭いた後、二口目は皿に口をつけてスプーンで肉を口に押し込むという離れ業に出たのです。

 フォークを使った事がないのでしょう。スプーンに乗せようとしてうまくいかず手掴みで食べたのを見つかり、スプーンで押し込んだようです。

 モグモグと必死で咀嚼していますがグレッグの顔は緊張で青くなっています。飲み込んでしまえば証拠隠滅だと思っている気がしますが、シャツについたソースは誤魔化せませんよ?

「ゆっくり食べてね。しっかり噛まないと喉に詰まってしまうわ」

 ほぼ野生児のグレッグにフォークとスプーンの使い方を教えるのはどうやれば良いのでしょう。こんな事ならシスターにもっと色々教えていただいておけば良かったと反省しきりです。

 孤児院に来たばかりの子供はシスターと別室で食事をします。突然大勢の中に放り込まれれば不安になる子供が多いので孤児院に慣れるまでの措置だと聞いていました。その間に子供の性質を見極めたりシスターとの信頼関係を作ったりすると聞いていましたがそれだけではないと気付きました。

 子供達が馴染みやすいように最低限のマナーを教える為でもあったのでしょう。

 子供は天使ですが残酷でもあります。大人なら忖度する事でも平然と口にしますから。



 年齢の割に言動が幼いのはたくさん話しかけてあげれば問題ない気がしていましたが、それでは全然足りないのだと気付いてしまいました。

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