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第三章

40.誰も知らないジェニの特技

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【じゃあ『がちん』ちゅるよ? ちぇーの『がっちーん』⋯⋯あれ? おかちいでちゅね】

 グラネが今までの中で一番大きく足を振り上げグロリアのお腹に叩きつけた足は僅かに『ぽやん』と跳ね返っただけ。その後ぴくりとも動かないグロリアを前にしてグリモワールが表紙をパタパタさせながら叫びはじめた。

【ぎゃあ~! グ、グロリアァァァ⋯⋯生きとってぇぇぇ! ジェニが、ジェニが帰ってきたらみんな血祭りにあげられる。その前にヘルに死者の復活を⋯⋯】

「⋯⋯⋯⋯いやっほぉぉぉ! 大・成・功~」

 ぴょこんと飛び上がるようにして座り込んだグロリアは満面の笑みを浮かべてお腹をさすった。

「うん、予想通り。先ずは一番大きな問題解決で、となると⋯⋯ブツブツ⋯⋯」

【グロリア、何がどうなったん? なんでお腹がペコンってならんの?】

「みんなが痛かったりぺこんってなったのは『そうなるはず』って言う思い込みがほとんどだったって事。グラネちゃんの蹄が勢いよく振り下ろされる迫力で脳が『痛いはず』『怪我するはず』だと思い込んだから実際にそう感じた。脳ってそういう誤作動みたいな事はよくあるんだって聞いたことがあるから。
全然痛くないわけじゃなかったけど、寝てたムニンは平気だったでしょ?
その後目が覚めなかったのはみんなの意識がこの世界と分離してたからじゃないかな」

【なら、ディルスやカニスが記憶を失うとったんは?】

「罪悪感とか恐怖心からだと思う。『がちん』の後の全員の状況が違うのはそれぞれの心の中にあるものが違ったから。自分に非はないと思ってたラプスは普通だったし、オーディンが作り上げた負の遺産が自分のせいで現存している恐怖があるグリちゃんは多分ラプスとは違ったんじゃないかな。
ディルス達はオーディンの元でやらかしまくった記憶から逃げたかったのかも。まあ、そこは実証しにくいけどね」

 グロリアに言われた通りグリモワールの最大の恐怖はオーディンの作った術式が残存していること。

【グロリアと契約しとらん時はすっごい不安じゃったんよ。中身なんかなくなってしまえ! って思いよったけん、それでペラペラかあ】

 ヘイムダルとしての記憶がある程度戻っているリーグを図書館で初めて見た時は震え上がった。グロリアと僅かながらに繋がりがあるがオーディンとの繋がりも残っている不安定な状態の今、リーグの手に渡ったら⋯⋯。

 マルデルに隷属されているリーグを見た時はオーディンとの繋がりは消えグロリアとの契約も成立していたから不安にならずに済んだが。

【わし、肝がちっこかったんじゃねえ。本に肝があるとは思えんけど】

「それだけ危険が理解できてたからだと思うよ。例えばマルデルの指示でリーグがハニちゃんを動かしたら⋯⋯」

【うわぁ、それは勘弁! ブロック達じゃのうてもおしっこ漏らすけんね。わしにもその機能がつきそうなくらい怖すぎじゃもん】

 グロリアとグリモワールの話を聞きながらキョトキョトしていたグラネが前足を上げた。

【ちんまいちゃんにちつもん質問でちゅ。あのくろいのに『がちん』ちゅる?】

「最終手段として取っときたいかな~? 私の推論が絶対に正しいっていう自信はないし、少なくともある程度の衝撃はあるし。
やってみて私の予測が間違ってたら取り返しがつかないから」

あかった分かった! いちゅでもちゅるかなね~】

 グラネは居間のラプスの様子を見に行くと言いグロリアは再び机に向かった。

「グラネちゃんの力は精神や魂に影響。黒い靄は目に見えてるけど精神なんてどこにあるのか⋯⋯。別の次元に作用する力ってことだったり? それとも⋯⋯」



 グロリアの研究は遅々として進まなかったがブロックは数日で鍵を作り上げた。

 その間、スルトは屋根の修理や部屋の掃除で朝から晩まで忙しく働き、ヴァンは庭でのんびりうたた寝していた。

【で、できただにぃ! 普通のやり方では作れんだにぃ。おでの実力があればこそだにぃ】

 得意げな顔で仁王立ちするブロックの首根っこをシンモラが掴み上げた。

【祝いに風呂に入れてやるよ。この数日洗ってないから臭くて耐えらんない】

【ぎゃあ~! 許してだにぃ、お水嫌いだにぃぃぃ】


 ジャブジャブ⋯⋯


【あふん、そっそこはぁ⋯⋯シンモラは洗うの上手だにぃ。エイトリも洗ったら『あふん』ってなるだにぃ】

 因みにブロックが喜んでいたのは肩揉みと耳掃除、ヴァンも大層気に入ったが『あふん』と言ったか言わなかったかはヴァンとシンモラだけの秘密らしい。



 9つの鍵でレーヴァテインの収められた箱レーギャルンを開けて剣だけを異空間に収納したヴァンは、袋詰めされたブロックを咥えて立ち上がった。

【手間をかけたな】

【とんでもない! 無事にレーヴァテインをロキに返せて一安心だよ~。屋根の雨漏りも直ったしね】

「シンモラ、元気でな」

【ああ、アンタこそヘマすんじゃないよ。何のためにレーヴァテインがいるのかなんて聞かないが、ロキがアレを必要だってんなら余程のことだろうからね。
気合い入れて頑張んなよ!】

「シンモラ、お前結構いい奴だよな~。復縁してもい⋯⋯」

【男は間に合ってるよ! アンタと最後に会ったのがいつか思い出せもしないのに、脳に虫でも湧いてんのかい!? マジでキモいわ! それと、アタシがスヴィプダグルを気に入ってたとかなんとか⋯⋯あと一回でも嘘をばら撒いたら地の果てまで追いかけて叩き潰すから覚えときな!】

 シンモラの見事な蹴りで家を追い出されたスルトの後からヴァンが悠々と出てきた。

【ブロック、おむつの件をちゃんと話しといておくれよ】

【分かっただにぃ、袋から生きて出れたらグロリアに伝えるだにぃ】




 蠅に変身して数日、職員用宿舎を調べ終わったジェニは蟻に変身して病院に忍び込んでいた。

(衛生面が気になるからか? 蝿の姿で病院に侵入した途端大勢の職員に追いかけ回されたのはビックリだったぜ)

 廊下の隅をちまちまと歩きながら病院内の見取り図を頭に思い浮かべ、目的の場所に急ぐ。

(蝿の方が移動が速えのになぁ、まあ部屋に潜り込むのはこっちんが楽っちゃ楽だけど。おっと、ここだここだ。病院内の噂話を知るにはここが一番だもんな)

 ジェニが狙ってやって来たのは入院病棟にあるナース室。椅子に座って洗濯済みの包帯を撒き直したり薬の数をチェックしている真面目な女性の横を通り過ぎ、お茶とお菓子を前にヒソヒソ話している女性の足元に近付いた。

(いたいた! コイツら仕事より噂してる方が長いもんね~。でかい方がリンド狙いなのは間違いねえし、ちっこい方は多分グリーズ狙いだと思うんだよな~)

 くだらない話題ばかりの女達の足元で『退屈~』と呟いたジェニ蟻がうたた寝をしていると、ようやく目的の話が飛び出した。

「えー、うそうそ~。マジで? 見た? どこで見たの?」

「ガチムチでさぁ、久しぶりに見たから? 凄かったの~。院長ラブのあたしでもグラってきちゃいそうだったわぁ」

「あーもー、見たかったあ! 幻の戦士様ったら、なんであたしの前に出てきてくんないのかしら~。ここができた頃は毎日会えてたのになぁ」

「あれなら姫抱っこどころか肩乗せしてくれちゃいそうだよね」

「でしょ、でしょ! それがあたしの夢なのよね~。伝説の戦士が片手に剣を持ってさぁ、反対の方に姫を乗せて⋯⋯丘の上から街を見下ろすとかカッコよくない?」

「あたしはやっぱり院長派かなぁ。優しそうな顔してるけどたま~にすっごく冷たい目をしてる時とかあってゾクゾクしちゃう。
2人きりの時とか凄そうじゃん、きゃは!」

(長え、本題をおねしゃ~す!)

 パラパラと落ちてくるお菓子の屑を避けてどっかりと胡座をかいたジェニが腕を組んだ。

(すげえ特技だろ~! 俺、今アリだぜ?)

「で、どこで会ったの? どこで見たのか言いなさいよぉ」

(それそれ、早く言いなさいよぉ~)

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