上 下
163 / 248
第二章

64.臆病者にはあげない

しおりを挟む
【ヒャズニングの戦いなら見てたに決まってんだろ? アタシはいつだって見てるだけ⋯⋯暇ならいくらでもあったからねぇ】

 ヒャズニングの戦いはフレイヤが強引に手に入れた首飾りを手放したくないためだけに策を弄してはじめさせた戦い。
 その戦いを終わらせない為にダーインスレイヴは魔剣にされたが、永遠に終わらないその戦いを起こすようフレイヤに命じたのはオーディンだった。

「なら分かるだろう、俺達が奴等を放置してたせいでアレは魔剣になったんだぜ?」

【だからって、ロキのせいじゃないだろ?】

「あん時、もっと早く決断するべきだったんだよなぁ。終わらせるのがマジで遅すぎた」

【だからティルヴィングを手に入れたってのかい?】

「⋯⋯」

【昔はさぁ、ロキってただの武器マニアかと思ってたんだよね。ティルヴィング見つけた途端探し物をやめちまってさ、ああそう言うことかって⋯⋯】

 ダーインスレイヴは片手持ちの両刃剣。一度鞘から抜かれると血を吸うまで鞘には戻らず、決して癒えることのない傷で死に至る。

 ティルヴィングは黄金の柄で錆びることなく鉄をも容易く切り裂き狙ったものは外さない魔剣。
 鞘から抜くと闇の中でも輝きを放つこの剣は、悪しき望みを3度叶えた後に持ち主に破滅をもたらす呪いがかけられている。

「なんのことを言ってんのか、さーっぱりわかんねえ。頭にウジでも湧いたか?」

【2人でやめときなよ、アタシ達を捨てるのは一度だけで十分だ⋯⋯ソレとも嫁さんが恋しくなったのかい?】

「⋯⋯はあ! アレをどうやったら恋しがるんだよ!? 喧嘩売ってんなら買ってやんぜ!?」

【あらあら、世間一般じゃ良妻だって言われてるのにねぇ】

 ヘルが『プッ!』と吹き出した後我慢できなくなったようにゲラゲラと笑いはじめた。

「あの女とは無理やり押し付けられて渋々だったってのはあるが⋯⋯ モラハラって知ってっか? 俺があちこち逃げ回ってたのはそう言うわけだったってこと」

【でも、捕まってる時毒蛇の毒液を洗桶で受けて助けてくれただろ?】

「ああ、むかーし昔のことまで持ち出してずーっとぐちぐち文句を言い続けながらな。すんげえ嬉しそうな顔して俺を拘束してる鎖を撫でてるのが超怖かった~。
んで、『あらやだ、一杯になっちゃった』とか言っていなくなりやがんの。代わりの桶が近くにあるんだから、ソレを渡してきゃいいのにギリ手が届かねえとこに態と置いてくんだぜ?
そんで、これがまたいつまで経っても帰ってこなくてよお。『お友達にあったからお喋りしてたのよ~』なんてニマニマしやがる。
なあ、アレが良妻か?」

【プッ! アッハッハ⋯⋯ご、ごめん。あん時のロキの情け無い顔を思い出したら⋯⋯グッ⋯⋯ブハッ! み、見てた。すんごい顔で怒鳴ってるロキとニマニマやらし~顔で鼻歌とか歌ってるシギュン⋯⋯。
元からヤバい女だって知ってたけどさ、イカれてるって感じだったねえ。
でも、ちょいざまぁって思ったのさ。アタシらを放置して何してんだよ! ってずーっとずーっと思ってたからさぁ。
ああいう女をメンヘラ女って言うんだろ?】

「父ちゃん可哀想⋯⋯ありゃメンヘラどころじゃねえ、サイコパスって言うんだ」

 お腹を抱えて笑うヘルを見ながら項垂れたジェニの目はグロリアの部屋のある方に向けられていた。



【んで、マジな話どうすんの? 可哀想で見てらんないんだけど?】

「⋯⋯鏡越しで初めて見た時はヘンテコな服を着てすんげえ怒ってるからめんどくせえ奴だろうなぁって⋯⋯んでも、真っ直ぐこっちを睨む目がその見たこともねえほど⋯⋯ゴニョゴニョ⋯⋯で」

【おやおや、そんな初めから気になってたとはねえ。一目惚れってやつかい?】

「煩え、俺は何も言ってねえからな! 勝手に話を作るんじゃねえよ! 兎に角だ、しばらくは関わるのやめといた方がいいって思ったわけだ。
あいつ、5歳になっても真面に喋れなくってよお。『おうむにゃんにゃん』に『ちぇにゅーちゅ』だぜ?」

【人間は話しかけられて返事をするから言葉を覚えるんだってさ。異世界から無理やり転移させられたのもあったかもだしねえ】

「何度も『ゲニウス』って教えてたら『ちぇに』から『ジェニ』になったんだよな~」

【そろそろロキも前に進んだらどうなのさ】

「⋯⋯⋯⋯俺は転生を拒否した巨人族だ。今回転生したのは奴らを殺る為だけだし、理由がなけりゃ二度とどこにも転生しねえし年も取らねえ。
アイツは年をとって新しい人生がはじまって、今度こそ幸せになんねえとな⋯⋯二度と俺達とは関わることはねえし、次ん時は目の前にいても見えねえんだぜ?」

【それが寂しいから距離を置くってのかい?】

「⋯⋯」



 ラグナロク以降狙ったお宝⋯⋯ ティルヴィングを探しながらずっと鍛錬を続けていたロキ。

(確実に復讐を果たす為には必ず敵を殺れるティルヴィングがいる)

 世界中を探し回る途中で様々な武器・防具や魔導具を手に入れ、ロキの懐には溢れんばかりの危険物が集まった。

 魔力を上げ魔法を鍛え剣を振る。勇者や賢者と呼ばれる者の戦術を盗み見して知識を蓄えながらの旅。

(俺の狙いはフレイヤとオーディン。それにはこれじゃ足りねえ、もっともっと上に登らねえと! 正攻法は俺にはできねえが悪知恵なら自信がある。あとは知識と戦略と⋯⋯魔法や剣術ももっとだ!!
邪魔する奴も全部殺ってやる! 覚悟しやがれ!!)

 ラグナロクの前は誰よりも優秀な魔法使いだったオーディンの弟ヴェーロズウェル。自信に満ち溢れ傲慢な態度で周りを見下すのは過去も今世も変わらない。

 魔法の腕も知識もトップクラスのヴェーロズウェルはロキなど歯牙にもかけていなかったし、己の力を過信し努力など無用と考えて今に至った。

 相反する考えで長い時を過ごしてきた二人⋯⋯。

 実力の差は当然だと余裕をかますロキと俺様に勝てる奴などおらんと豪語するヴェーロズウェルが理解し合える日は永遠にこないだろう。

(守りたい者が増えりゃ弱点になってソイツが狙われる。考える脳のないクソビッチを殺った後はオーディンを殺る。そん時、俺と距離を置いてりゃグロリアが狙われることはねえ。だから俺は⋯⋯今の中途半端が一番なんだ)



【トリックスターが聞いて呆れるよ。情けなさすぎて、見ちゃいられないね】

 ヘルが捨て台詞を残してヘルヘイムに戻って行った。

【二度とおやつを食いにくんなよ、来たらフルボッコにしてやるからね!!】

「ええ! マジか~。こないだの湖◯屋のポテチくすねとくんだったな~」



 翌日、学園にバナディス伯爵が怒鳴り込んできてグロリアを出せと騒ぎ立てた。

「マルデル嬢が詳しい内容を話されたのであればお話しいただけますか? その内容によってはシュビレーとの面会も考慮いたします」

「心に傷を負った娘が酷く泣いている、それで十分だろうが! 犯罪者を守り被害者を追い詰めようとするなど貴様らは何を考えておるんだ!」

 憤慨してテーブルを叩くバナディス伯爵の右手には杖が構えられていた。

「我々はその場にいたオリー教諭から話を聞いています。その内容はご存知のはずですし、仮にシビュレー嬢が攻撃していたとしても正当防衛にあたると正式に決定が下りているのもご存知ですよね。
それ以上は関係者が全員揃うまで詮索してはならないと陛下に言われたはずでは?」

「常日頃あの娘から虐めを受けていたと言う噂を聞いておるから、そのせいで繊細なマルデルは過剰反応してしまったに違いないんだ。オリーとやらは高等部の教師だからその経緯を知らなかっただけだろう」

 ヘニルは前回に続き騒ぎ立ててばかりいるバナディス伯爵にうんざりしていた。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

追放シーフの成り上がり

白銀六花
ファンタジー
王都のギルドでSS級まで上り詰めた冒険者パーティー【オリオン】の一員として日々活躍するディーノ。 前衛のシーフとしてモンスターを翻弄し、回避しながらダメージを蓄積させていき、最後はパーティー全員でトドメを刺す。 これがディーノの所属するオリオンの戦い方だ。 ところが、SS級モンスター相手に命がけで戦うディーノに対し、ほぼ無傷で戦闘を終えるパーティーメンバー。 ディーノのスキル【ギフト】によってパーティーメンバーのステータスを上昇させ、パーティー内でも誰よりも戦闘に貢献していたはずなのに…… 「お前、俺達の実力についてこれなくなってるんじゃねぇの?」とパーティーを追放される。 ディーノを追放し、新たな仲間とパーティーを再結成した元仲間達。 新生パーティー【ブレイブ】でクエストに出るも、以前とは違い命がけの戦闘を繰り広げ、クエストには失敗を繰り返す。 理由もわからず怒りに震え、新入りを役立たずと怒鳴りちらす元仲間達。 そしてソロの冒険者として活動し始めるとディーノは、自分のスキルを見直す事となり、S級冒険者として活躍していく事となる。 ディーノもまさか、パーティーに所属していた事で弱くなっていたなどと気付く事もなかったのだ。 それと同じく、自分がパーティーに所属していた事で仲間を弱いままにしてしまった事にも気付いてしまう。 自由気ままなソロ冒険者生活を楽しむディーノ。 そこに元仲間が会いに来て「戻って来い」? 戻る気などさらさら無いディーノはあっさりと断り、一人自由な生活を……と、思えば何故かブレイブの新人が頼って来た。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

黙示録戦争後に残された世界でたった一人冷凍睡眠から蘇ったオレが超科学のチート人工知能の超美女とともに文芸復興を目指す物語。

あっちゅまん
ファンタジー
黙示録の最終戦争は実際に起きてしまった……そして、人類は一度滅亡した。 だが、もう一度世界は創生され、新しい魔法文明が栄えた世界となっていた。 ところが、そんな中、冷凍睡眠されていたオレはなんと蘇生されてしまったのだ。 オレを目覚めさせた超絶ボディの超科学の人工頭脳の超美女と、オレの飼っていた粘菌が超進化したメイドと、同じく飼っていたペットの超進化したフクロウの紳士と、コレクションのフィギュアが生命を宿した双子の女子高生アンドロイドとともに、魔力がないのに元の世界の科学力を使って、マンガ・アニメを蘇らせ、この世界でも流行させるために頑張る話。 そして、そのついでに、街をどんどん発展させて建国して、いつのまにか世界にめちゃくちゃ影響力のある存在になっていく物語です。 【黙示録戦争後に残された世界観及び設定集】も別にアップしています。 よければ参考にしてください。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

実力を隠して勇者パーティーの荷物持ちをしていた【聖剣コレクター】の俺は貧弱勇者に【追放】されるがせっかくなので、のんびり暮らそうと思います

jester
ファンタジー
ノエル・ハーヴィン……16才、勇者パーティー所属の荷物持ちにして隠れ【聖剣コレクター】である彼は周りには隠しているものの、魔法や奇跡を使えない代わりにこの世のありとあらゆる剣の潜在能力を最大まで引き出し、また自由に扱えるといった唯一無二のスキル【ツルギノオウ】を持っていた。ある日、実力を隠しているために役立たずと勇者パーティーを追放されてしまうノエルだったが、追放という形なら国王に目を付けられずに夢だった冒険者ができると喜んで承諾する。実は聖剣の力を使い勇者達を助けていたがノエルが抜けた穴は大きく、勇者達は徐々に没落していく事となる。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

処理中です...