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第二章

47.逃げきれなかった日

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「あのネックレスの効果を教えてくれたらもっと沢山林檎を出したげる」

【り、林檎⋯⋯ちゅきだにぃ。バナナはオヤツじゃないけ⋯⋯】

「どうする~? 決まらないなら林檎片付けちゃうけど?」

ありあれは体液に反応して隷属させるネックレスだにぃ⋯⋯】

「もう少し詳しく教えてくれる?」

 ハンカチを地面に敷いて林檎を2個並べると兄のブロックがダラダラと涎を垂らしながら林檎の前にしゃがみ込んだ。弟のエイトリは俯いたままチラチラとビスケットを見ている。

【隷属が発動する条件は神族の血とフレイヤの体液だにぃ】

 林檎の横にビスケットを山盛りにするとエイトリがしゃがみ込んで口いっぱいに頬張りながら怒涛の如く話しはじめた。

【後は名前を呼んで指示を出したらええだにぃ。神族の血を受け継いでる奴でフレイヤとちゅうとかエッチとかしたことあったらわりとすぐに隷属するだにぃ、んで⋯⋯どっちかなら何遍も名前を呼ばんとダメだにぃ。何もしてなかったらもっと時間がかかるだにぃ。
隷属した奴は行動も思考も全部コントロールできるだにぃ。
あんちゃんも食ったら? 超美味えだにぃ】

(へえ、となると⋯さっくり言うことを聞きだしたアイツらって⋯⋯げ、最悪)

 呆然と弟を見ていた兄のブロックも林檎に齧り付いた。

【う、美味え! おで、おで頑張って我慢してただにぃ。エイトリのせいだにぃ⋯⋯】

「ねえ、この魔導具見たことある?」

 2個目の林檎を食べ尽くして指を舐めていたブロックがチラッと魔導具を見て鼻を鳴らしながら手を出した。

【林檎だにぃ、情報はただではダメだにぃ】

 グロリアはもう一つ林檎を出して、これみよがしにガブリと齧って二へっと笑った。

【ううっ、おでの林檎ぉ⋯⋯人間の作った失敗作だにぃ! フレイヤが直せって言ったから断っただにぃ。人間の作ったクズなんか触りたくないだにぃ。
そしたらアイツはおでの剣を盗んだんだにぃ!】

 新しく出した林檎とビスケットをハンカチの上に並べるとすぐに手を伸ばしてドヴェルグ達は話を続けた。

【おで達の家を燃やしただにぃ。んで、ネックレス作れって⋯⋯おでたち家なくなって住むとこがないだにぃ】

【お宝盗まれて家焼かれて、剣壊されちっただにぃ。おでたち可哀想だにぃ】

「⋯⋯あー、この剣なんだけど溶かしたの私なの。ごめんなさい」

 深々と土下座したグロリアの前で食べかけの林檎とビスケットが転げ落ちた。

【は?】【へ?】



 いつの間にか餌付けが終わっていたブロックとエイトリ兄弟と一緒にジェニの屋敷にやって来たグロリアは、初めてディルスとカニスに唸り声を上げられた。

【アォーン】

【グルル⋯⋯ガウガウ】

「驚かせてごめんね、この子達はブロックとエイトリ兄弟って言うの。住むとこがなくて困ってて⋯⋯暫くの間だけディルスとカニスに助けてもらえたら嬉しいなって」

 ガクガクブルブルと抱き合って震える兄弟の足元に水溜りができている。

「庭の隅とかに穴を掘って洞窟みたいにすれば良いかなぁって⋯⋯ダメかな?」

【⋯⋯グヨニャグロリア、うれちぃ?】

「うん、そうしてもらえたら凄く嬉しい」

【俺に従う?】

 首が取れそうなほど縦に振る兄弟を見たディルスが尻尾を大きく振った。

【臭いのダメ⋯⋯グロリア、コイツら丸洗い】

「うん、どっか日の当たらないとこでやろうね!」



 グロリアの土魔術で大きなドームを作り逃げ回るドヴェルグを丸洗い、着ていた服を洗浄から乾燥まで終えた頃にはディルスやカニスはすっかり気を許したようでドヴェルグ達を追いかけ回して遊んでいた。
 
【やめてぇ! 来ないでだにぃ】

【ヒャッハー! ライドオンだにぃ】

(兄弟でも性格違うんだなぁ⋯⋯どっちがどっちか分かんなくなっちゃった。まあ、いっか)

 ドヴェルグ兄弟をディルス達に任せ屋敷に帰ったグロリアは少し進んだ調査にホッと胸を撫で下ろした。

(ネックレスの効果がどの位続くのか聞き忘れた! 後、マルデルがどうやってブロック・エイトリ兄弟を見つけたか知ってると助かるんだよね)




 学園が休みの今日、朝食の後から何度も溜息をつくグロリアにグリモワールが首を傾げたつもりらしく少しくねっとした。

【そんなに嫌なら断ったらええじゃろうに】

「昨日フット様のクラスまで行ってみたんだけど、お休みしてたのよね~」

【逃げたんかのう】

「そうかも⋯⋯なんかすっごくビクビクしながら声をかけてきたんだよね。怯えられる理由は不明なままなのがなんだかなあって感じではあるけど、ここに迎えに来るって言うのがねえ」

【フット君ってアレなんだ】

「うん、昨日知ったんだけど侯爵家なんだって」

【あちゃ~、伯爵達が騒がんとええね】

「見た目もよく侯爵家の嫡男でSクラス、魔法は水と風魔法がかなり得意なんだって。フノーラが好きそうでしょ?」

【グロリア、よう知っとるねえ】

「昨日フット様を探しに行ったら速攻で嫌味を言いに来たクラスメイトがいたからね」


『どこかの『役立たず』がまた高望みをはじめたって知ってる? 今度は王子様狙いだって』

『2年のフット様でしょう? ほんと懲りないよねえ。あの方って⋯⋯』



「せめて外で待ち合わせしたかったんだけど⋯⋯あ、外で待ってれば!」

 グリモワールを掴み鞄を抱えて大急ぎで部屋を飛び出したグロリアが階段を駆け降りようとした時ノッカーの音が玄関ホールに響いた。

(うそお、早すぎだよ⋯⋯まだ、10時前だよ!)

 ジェイソンが足早に玄関ドアに向かいドアを開けた。

「朝早くからお騒がせ致しまして大変申し訳ありません。わたくしはフット侯爵家執事のノートンと申します。本日はご当家のグロリア様をお迎えに参った次第でございます」

 シビュレー伯爵家では想像もつかないほど丁寧な挨拶と共に優雅な会釈をした執事が一歩横にずれると、侯爵家令息に相応しい装いのオレルスフットが少し緊張した様子で立っていた。

 こげ茶のテール・コートと花模様を織りだしたベストにスカーフを締め、ベージュのトラウザーズとブーツで決めている。

(わあ、すっごいオシャレ~! まさに王子様だね)
 
「グロリア嬢は⋯⋯ああ、もういらしてくださっていたのですね。お待たせしていなければ良いのですが」

「あの、フット侯爵家のご令息が役立た⋯⋯グロリア様をお迎えに?」

 ジェイソンがグロリアを役立たずと言いかけたのに気付いたノートンの目がキラリと光った。

(うわっ、ヤバい⋯⋯後で突っ込まれたら面倒じゃん。こう言う時はちゃーんと仮面を被ってくれなくちゃ)

 グロリアは使い込んだ焦茶の鞄をしっかりと抱えて急ぎ足で階段を駆け降りた。

「旦那様にお声をかけて参りますので、少しお待ちいただけますでしょうか」

「いえ、私はグロリア嬢を迎えに来ただけですのでお気遣いなく」

「で、ですが一人で外出など⋯⋯」

「そのことでしたらご心配なく。老齢の執事であるわたくしもおりますし、馬車にはオレルス様の義妹シフ様の侍女も待機しております」

 完全外堀を埋めてきたオレルスと執事にジェイソンが小さく舌打ちして一歩下がった。

 上質の生地を使い流行に左右されない上品な服装のオレルスの前に立ったグロリアは、母親のお古を仕立て直しした薄紫のデイドレス姿。あまりにも差がありすぎて流石のジェイソンもグロリアが可哀想になったらしく少し顔を顰めていた。

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