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第二章

39.冷静なラテン語教師のマレー

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「⋯⋯はあ?」

 思わず声が出たグロリアにクラス中の視線が集まった。

「バレてると思ってなかったみたいだな」

「マーウォルス様達を傷つけておいて秘密にできるわけないじゃない」

「ガムラ様お可哀想、あのお顔に傷がついてたら私生きていけないかも」

「ウイルド様とユピテール様もおられたのに、一体どうやったんだ!?」

 腰を浮かせたり立ち上がったり、グロリアに悪態をつく生徒達で収拾のつかなくなった教室にパンパンと大きな音が響いた。

「はい、そこまで! 確かに彼等はお休みしています。詳細が発表されるのかどうかは不明、いつごろから登園できるのかも現在は不明です。
ただし、その噂は全くの出鱈目。虐めなどなかったことは断言します」

「だったら何があったんですか?」

「それを話す許可は出ていません」

「やっぱりシビュレーなんだ!」

「いいですか、内容はとてもプライベートな事ですから話すことはできないけれど、シビュレーは虐めていないし、彼等が休んでいるのは彼等自身の問題です。
噂を信じ問題を起こす生徒がいれば担任として対処せざるを得なくなりますよ。よろしいですね」

「⋯⋯はい」

「分かりました。納得はできませんが」

「今回のことだけでなく冷静な思考と公平な判断力を身につけるよう心掛けてください。今日は以上です」

(そんなに具合悪いのかぁ⋯⋯最後に状態を確認して回復してあげるべきだったかな。あー、でもちょっと嫌かも)



 1時間目の授業がはじまり静まり返った教室の中には教師の声と羽ペンのカリカリという音だけが聞こえてくる。

(なんでこんなことになっちゃったのかなぁ。予想してたのと全然違うんだよね)

 学園に入学すれば『役立たず』だと仲間外れにされる覚悟と、マルデルやシグルドからの嫌味や虐めを予想していたグロリア。

 仲間外れも虐めも誰かがはじめれば意味もなく増殖していくのは知っていた。

 マルデルが元神族だから他にも元神族がいても仕方ないとは思っていたけれど、全員(メインの元神族?)がこぞって目の敵にしてくるとは思っていなかった。

(まさに奇想天外ってやつだよ! 図書館でヘイムダルに会ったから『やっぱり元神族はいる』んだなあって思ってたけど、ガッツリ敵認定されるなんてなあ。想像もしてなかったなんて、本当に能天気だったよなぁ)

 自分の問題に他人⋯⋯元神族を巻き込んだのかもと不安になりながら窓の外を見ていたが、今日は黒い靄も見当たらない。

 元女神に絶賛嫌われ中のグロリアだが、今世ではセティとヘル以外で好意的な神族・元神族には会ったことがない気がする。

(唯一キラキラさんは中立で、後は名前を聞くだけじゃ元神族か元巨人族かわかんないもんね。一々鑑定して回るのはプライバシーの侵害になるし。
そうだ、お昼に中庭に行ってみよう。それでダメなら放課後粘ってみる!)



 1時間目の授業が終わるとソーニャを含む男子生徒4人がグロリアの所にやってきた。

「お前のせいだよな。エイル先生は誤魔化してたけど、僕んちにはちゃんと情報が入ってるんだから」

 ソーニャがグロリアの肩を叩いた。

「何が?」

「とぼけるなよ! 素直に言って謝ったらどうなんだよ」

 一人が机の上の教科書を払いのけ、別の生徒が『ガン!』と机を蹴った。落ちた羽ペンが踏み潰され床にインクの色が滲み出た。

「正直に謝れば許してやるかもなぁ」

「何を言ってるのか分からないし、あなた達に謝る理由もないから」

 ソーニャがグロリアの鞄を取り上げて窓から放り投げた。

「ほら、取ってこいよ。お勉強ができなくちゃ困るだろ?」

 最後にもう一度机を蹴り上げて生徒達は自分の席に戻っていった。ヒイヒイと下品な笑い声たてる男子生徒とくすくす笑う女子生徒がグロリアをチラチラ見て悦にいっていると⋯⋯。

 当たり前のように机の位置を戻していたグロリアが口の中で呟いた。

 《リターン》

 バサバサと音がして窓から鞄や本が飛び込んできて机の横に収まると同時に、下に落とされた教科書やノートも机の上に飛び上がってきた。踏み潰された羽ペンもインクを吸収して元の場所に戻ってきた。

 ポカンと口を開けて固まったままの生徒達の後ろから声がかかった。

「みんな、後ろを向いて何をしているんだ? 授業をはじめるぞ」

「せ、先生! 今窓からシュビレーの鞄が飛んできたんです」

「は?」

「本やノートも飛んで机の上に戻ったんです!」

「踏み潰された羽ペンが元に戻りました!」

 生徒達が一斉に大声で説明する中でラテン語の教師マレーが首を傾げた。

「なんでシビュレーの鞄が中庭にあったり教科書が床にあったりしたんだ? 羽ペンは誰が踏み潰したって?」

「⋯⋯」

「もし君たちが言ってる事が本当なら、この中の誰かが虐めを行い、その他の者はそれを黙認したことになるんだが?」

「⋯⋯」

「シビュレー、何か言いたいことはあるかな?」

「えっと、虐めをしたと言う人がいるなら虐めがあったんだと思いますし、黙認したと言う人がいるならそれもあったんだと思います。
そして誰も知らないやってないというなら何もなかったのではないでしょうか」

「ふむ、実に哲学的な意見だな。さて誰か意見は?⋯⋯⋯⋯ないのか? もし虐めたい程嫌いな誰かがいるなら、行動に移す前に職員室にきたまえ。俺でも他の先生でも相談に乗ってやるからな。では、授業をはじめよう」

(大事にならなくて良かった。面倒だもんね)

 虐めがはじまってすぐルーン文字を書いておいたグロリアの荷物は《リターン》の護符を使えば全て戻ってくるようにしてあった。

 虐めと言えば物を隠す・壊すのはよくあるが、グロリアの場合新しい物を手に入れられない可能性が高い。隠されたら戻ってくるように、壊されたら元の状態に戻るように構築した魔法円はもう何回もお世話になっている。

(これだけ堂々と使ったんだもん、もう隠す必要はないかも。隠しても仕方ないって感じだよね)

 マーウォルス達が休んでいる間妄想を含む噂はどんどん増えていくだろう。それはグロリアに対して虐めという形に変わるはず。

(自衛手段はある。自衛して身を守って、どうやってるのか聞かれたら笑ってやればいい。勝手に想像すればいいじゃん。
私を勝手に犯人だと決めつけるように、勝手に想像して不安がったり悩んだりしたらいいと思う。不安になるなら虐めをやめればいいだけだし、悩むなら勉強すればいいだけだもん。
⋯⋯意地悪な性格になったなぁって思うけど、黙ってサンドバッグになるつもりはないからね~)

 授業が終わり休憩時間になったがソーニャ達も他の生徒もグロリアのそばにはやって来ず、遠目にチラチラと見てはコソコソと話し込んでいた。



 午前中の座学が終わり荷物を全部抱えたグロリアは中庭へと向かった。グロリアの鞄には『軽量化』の護符を仕込んであるので見た目よりもかなり軽い。

(絶対に捕まえてみせるから⋯⋯さぁ、鬼ごっこのはじまりだよ~)

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