前世が勝手に追いかけてきてたと知ったので

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第一章

89.最強なのは腹の虫

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 ジェニが取り出したのは牛の羊皮紙の中でも最高級のスランク・ヴェラム。

「凄い、表も裏もなめらかで書きやすそう」

 高級写本でよく使われているヴェラムはムラのほとんどない白色をしていた。

「紙よりよっぽど書きやすそうだろ? 今回は特に失敗できねえし」

 護符をシグルドの杖に仕込むのは見つかる危険が伴い、何度もチャレンジするわけにはいかないだろう。その上、護符が誤動作すればシグルド本人だけでなく周りにも被害が及ぶ可能性もある。

「何しろグロリアの魔術はどれもこれも強力だからよ」

「大丈夫だよ。グリちゃんが確認してくれるしジェニもいるんだもん」

「本人がそう言い切れるなら大丈夫だな。自信を持って作れよ」

「うん、明日から頑張る。一日も早く完成させなくちゃね」

「おう、そうしてくれ。あんな魔導具なんかさっさと魔導塔に突き返してやろうぜ」

「了解!」

 グロリアが元気よく敬礼するとジェニが机の上に何種類もの飴ちゃんを置いた。

「わあ、新作?」

「おう、効果は色によって違うから楽しめ」

 意味深に笑うジェニは妙に大人っぽく見えた。

「⋯⋯ (まだ9歳のくせに色気なんか漂わせるから)なんかドキドキするかも」

「飴ちゃんに興奮するって⋯⋯ヤバい性癖持ちか?」

「だだ、だってジェニのだよ? 食べたら突然笑い出したりとかしそうじゃん」

 なんとか誤魔化したグロリアだったが目が泳いでいてジェニに疑われた。

「⋯⋯まあいっか。今度試しに作ってやるよ」

 ゲラゲラと笑い声を残してジェニが帰って行った。

「明日から、打倒シグルド第一弾の作成に取り掛かるからね。グリちゃん、よろしく~」

【応援しとるけん、頑張ろうな。あんな魔導具作る巨人族なんぞ、ワシの知識でケチョンケチョンにしちゃるわい】

 グロリアよりも遠くを見ているグリモワールを心強く感じた。

(戻ってきてくれてありがとう)




 家庭教師の来ない時間と朝と夜の全てを使って『打倒!シグクド大作戦』と銘打ったグロリアとグリモワールの戦いがようやく実を結んだ。

「で、できた⋯⋯」

 ジェニが羊皮紙を届けてくれた翌日から、時間を作ってはクアドラプルバインドの練習に明け暮れた1週間。それでも時間が足りず徹夜を続けようやく完成した。

 バタンと机に突っ伏したグロリアの横でグリモワールがぴょこんと立ち上がった。

【よう頑張ったなぁ、これで今晩からぐっすり眠れる⋯⋯寝溜めした分を使い切った気がするわい。ムニャムニャ】

 パタリと倒れてすでに舟を漕ぎ始めた⋯⋯ペラペラになったグリモワールを横目に見ながらグロリアは大欠伸をして目に涙を溜めた。

(やっぱグリちゃんって寝れ⋯⋯ムニャ⋯⋯は! まだ寝ちゃダメじ⋯⋯zz⋯⋯本当に眠⋯⋯後はこれをジェニにわた、渡し⋯⋯スヤス⋯⋯はっ、片づける前に寝ちゃダメじゃん!)

【次はルーン杖でぇ、その次はルーン・ガルドゥルじゃのう⋯⋯ムニャムニャ⋯⋯オーディンは18しか作れんかったがそのル⋯⋯スヤァ】

(おかしな寝言を聞いた気がする⋯⋯ね、寝言だしね。聞かなかったことにしてそっとしとくのがお互いの為だよね。今は完成の余韻に浸りたいもん)



 護符を取りに来たジェニは開口一番⋯⋯。

「酷え顔してんな」

「飴ちゃんのお陰で何とか起きてまふぅ。特に赤いのがぁ、役に立ひまひた⋯⋯スヤスヤ」

 護符を渡した安堵からか、目の下にクマを作って青白い顔をしたグロリアが寝はじめた。

(今すぐ自分が危険ってわけでもねえのに、こんなになるまで頑張るなんてよ)

 眠り込み机に顔をぶつけそうになったグロリアを横抱きにしたジェニは、少し口を開けて爆睡している気持ちよさそうな寝顔を見ながらベッドに運んだ。

(人間ってのは変わった生きもんだよな、それとも前世から社畜根性を学習してきたとかか?)



 翌朝、家庭教師が着いたとメイドが呼びにくるまで爆睡していたグロリアは、硬い床の上に正座させられ寝坊したことをコンコンと説教された。

「今朝が何の時間かご存知ですわよね。今朝は⋯⋯」

「(マナー講師の日だなんてねえ、最悪でございますです)申し訳ありません」

「今日のこの無駄になった時間があれば⋯⋯」

「(ご飯食べれたかもですね)おっしゃる通りです」

「お覚悟なさい! この後わたくしは⋯⋯」

「(いつ杖に仕込みに行くのか確認に行かなくちゃ)はい」


 まだ寝足りないグロリアはいつも以上にポヤポヤと話を聞いていた。


 ぐくぅ⋯⋯


 部屋の中に響き渡るほど大きな音で腹の虫が鳴いたお陰でマナー講師の説教が止まった。

「な、なん! 今日はこれで失礼します! 次のお時間からは今まで以上に厳しく致します、宜しいですね!!」

「はい、ありがとうございました!!」

 足が痺れた様子もなくピョンと立ち上がったグロリアを見た講師が『チッ!』と舌打ちした。

(あれあれぇ? 舌打ちってマナー違反じゃないかなあ)

 カツカツと踵を鳴らしながら帰って行く講師の後ろ姿に舌を出したグロリアは、一目散に部屋に逃げ帰った。

(ごっはん、ご飯! ポーチの中には何がある~♬)

 部屋に防音結界を張ってポーチからメロンパンを取り出した。

「メロンパンの生みの親『金◯堂』のこれはサン◯イズって言うんだよね~。ネットでしか見たことなかったけど、このアーモンド型がなんかいい、すごくいい! クリームパンも美味しい~」

 誰もいない部屋でぶつぶつと呟きながらパンを頬張る怪しいグロリアは、プシュッとプルトップを開けてホットコーヒーを一口。

「美味しい! ああ、護符が売れて超絶嬉しい。ありがとうございます!」

 グロリアが食べているのは勿論ヘラが取り寄せてくれたパンと缶コーヒーで、ヘルが知り合いに頼まれたと言う護符を作った代金の代わりに取り寄せてもらった。

(恋愛成就、しかも結婚したいなんて素敵! 前世を合わせても恋愛だの結婚だの縁がなかったなあ⋯⋯どんな人なんだろう、そんなふうに思うほど好きってどんな気持ちなのかなあ)

 ホヤホヤニマニマしながらパンを食べ尽くしコーヒーの最後の一口を飲み終えて溜息をついた。

「なんか幸せ」

「そりゃ良かったな」

「⋯⋯へ?」

 慌てて振り返ると腕を組んでニヤニヤ笑うジェニが立っていた。キョトンとした顔で首を傾げたグロリアにジェニが手を伸ばした。

「パンクズついてんぞ。間抜けズラがますます間抜けになってる、情けねえなあ」

 グロリアの口元についていたパンクズを取ってヒョイっと食べ『これじゃ味はわからん』とぶつぶつ言っているジェニ。

「は、え? ここで何してるの? てか、今⋯⋯あの、え?」

「ヘラは俺には買ってくれねえんだぜ。ひでぇ奴だろ?」

「だ、だって護符を作った対価だもん」

「⋯⋯聞くのが怖い気もするが、何の護符?」

「恋愛成就。結婚したいって言ってる人がいて⋯⋯頼まれたんだって」

「ほー、恋愛成就ねえ。父ちゃんは聞いてねえんだがなあ」

「あ、大丈夫。本人のじゃないんだって。なんか勇気が出なくて悶々としてる知り合いが必要としてるとかって言ってた」

「⋯⋯あのクソガキが! 父ちゃんを怒らせたらケツを蹴り上げてやるって何遍言や分かるんだ。ったくよお」

 ジェニがなぜ怒っているのかわからないグロリアは口をぽかんと開けてジェニを見つめた。

「⋯⋯虫が入るぞ」

「何で怒ってるの? えっと、護符がダメだったとか?」

「ばーか、ちげえよ。それより妖精族の報告聞きたくねえの?」

「は! 聞きたい、教えて。もうやったの!?」

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