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第一章
84.ハードルは上がりまくったけど頑張る
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「オススメ?」
【《ユル》の文字は実りで、《ヤラ》の文字は再生・成熟じゃろ? 《シゲル》の文字には成功っちゅう意味もあるんよ。んで、《ラグ》の文字には流動的がある】
「それって今のダブルバインドから一気にクアドラブルバインドになるって事!?」
【グロリアならもう書けると思うで】
「トリプルバインドを練習中の私に4つのルーン文字を組み合わせた護符はちょっと⋯⋯それに属性の問題が残ってるし」
テーブルの上のハンバーガーの包み紙を小さく小さく折りたたみ⋯⋯折りたたみ⋯⋯折りたたみ。
「ちょ、ちょっと自信ないかも⋯⋯この状況で言うなって感じだけど流石にクアドラブルバインドは⋯⋯ゴニョゴニョ」
小さな声で呟いてテーブルに突っ伏した。
【ほんでも、それができりゃシグルドなんかすぐに止められるんで? その後ちょびっと人手がいるけど、グロリアならそこまではできる! 魔法円の勉強より楽じゃしね】
一気にレベルを2段階アップするのはハードルが高すぎるが、何よりも最優先で魔導具の使用を止めさせたいグロリアには魅惑の言葉に聞こえる。
「⋯⋯ううーっ! どうしよう⋯⋯でもでも⋯⋯あーもぉー!!」
ガバッと顔を上げたグロリアが悲壮な顔でジェニを見た。
「やる!! シグルドのおバカがあの魔導具を使うのを止めさせられるなら頑張る! 頑張るしかないんだよね。
魔導塔破壊しても研究者が残るから意味ないし、今できるのは魔導具の誤操作の追加くらいだし」
「なら、それが出来たらすぐに教えてくれるか? グリ、準備しとくことはあるか?」
【うーん、特にはないかな。出来上がったら隠蔽の魔法をかけてシグルドに持たせるだけなんよ⋯⋯んじやけど、どうやって持たせるん?】
「シグルドの杖に仕込むからそこは問題ねえし、毎日の状況は妖精族に監視させる」
魔法適性が見つかるとまず最初に材質や特性の合う杖を選ぶ。魔法を使う時は必ずその杖を使い余程のことがない限り別の杖に変更することはない。
【杖か⋯⋯なら今持っとる羊皮紙より紙の方が合っとるな】
「そうだな、その方が厚みがなくて仕込みやすい。それに、なるべく小さい方がいい」
どんどん上がっていくハードルに顔を引き攣らせたグロリアは冷たくなったコーヒーをガブリと飲んで咳き込んだ。
ゲホッ、ゴホッゴホッ⋯⋯
(あの特殊ペンって通常のペンより太い文字になるんだよね。紙だと滲んで線が一つになりやすいし⋯⋯ううっ、頑張れグロリア、打倒シグルドだぞ。グロリアはやればできる子!!)
この後また出かけるというジェニと別れて屋敷に帰るグロリアは、グリモワールに例の花模様のカバーをかけて胸に抱き締めていた。
【ポーチに入れられるんもアレだけどこのカバーはちょっとなぁ】
「そうだよね、今度別のブックカバーを手に入れられるよう頑張るからね」
【それめっちゃ楽しみ~】
胸に抱いたグリモワールが少し膨らんだ気がするのは喜んでいるからか。
「そう言えば、口調戻んないね」
【あ、うん。もう威厳とかどーでも良いかなって。イマイチ?】
「話しやすくて良いよ。私はかなり好き」
【おー、ほんま? ならサービスにええこと教えてあげる~。あのな⋯⋯】
屋敷に帰るとちょうど伯爵夫妻とフノーラが出かけるところだったらしく、玄関ホールで揉めている気配があった。
「急いで下さいな、こんな急なお誘いをお受けしたのは貴方なんですからね」
「分かっておる! 何でこんな時に⋯⋯おい、代わりの上着を持ってこい!」
「お父様、太り過ぎ⋯⋯」
「ルードニル公爵からの誘いでは断るわけにはいかんだろうが! しかもマーウォルス公爵も来られるそうだし」
「分かっておりますとも、だから急いで下さいと申しておりますの。フレイズマル侯爵がもっと早くご連絡くださればこんなに慌てずに済みましたのに、気の利かない方ですわ」
(ふーん、シグルドパパから連絡が来てどっかの公爵がおいでって言ってるんだ。アイツらの誘いならその公爵達もロクな奴じゃなさそう。
上着が破れて慌ててるのかな? 君子危うきに近寄らずだね)
玄関ホールから見える階段を使うのは危険が大きいと判断したグロリアは、そっと後退りして使用人の使う裏階段へ向かった。
部屋に入ってドアを閉めたグロリアは立ち止まって首を傾げた。
(なんだろう⋯⋯なんか変)
出かけた時と変わった様子はないと思うのに、部屋に入った途端身体中がムズムズした。
朝シーツを変えたベッドはその時のままで、枕と布団がきちんと整えられている。使い慣れた机の上にはランプが置いてあるだけで、椅子はいつも通り少し斜めに傾いている。
(うん、特に異常なし)
貴族令嬢の部屋には似つかわしくない無骨な水甕を覗いて水を鑑定したが問題なし。背がようやく届く小さな窓は閉まったまま。
(あ、ラグだ!)
いつもならベッドの枕に近い側に置いてあるラグが足元の方に移動している。
(誰かが掃除に来たことなんてないし⋯⋯一体なんで)
クローゼットを開けてみたが特に変わった様子はなく、本棚を確認して気付いた。
「本がズレてる」
几帳面とは言えないグロリアだが一つだけルールがあり、昨日の夜の段階でそれをしてあったはず⋯⋯。
「何で本の位置が入れ替わってるの? 今朝一番端に移動したのに」
子供の頃忘れ物が多かった花梨は姉から、明日の持ち物を前日の夜確認するように徹底的に仕込まれた。
『いい、準備が肝心なの。花梨はボケボケしてるんだから当日の朝再確認なんて絶対に意味ないんだからね』
(明日の幾何の教科書が端っこにない⋯⋯本を出して調べたって事?)
可能性があるとしたらジェイソンかあの時のメイドのターニャ。
(前世の記憶があるのかないのかをジェイソンが調べようとしたか、ターニャがあの護符の事を思い出して探したか。めちゃめちゃヤバいじゃん)
ジェイソンに尻尾を掴まれるようなものは何も置いていないので問題ない。ターニャはフノーラ専属のメイドだと言っていたので、護符の事を思い出してフノーラに話していたら大変なことになる。
(お喋りの合間に『そう言えば』なんて事になってたら大変! んでもって、マルデルへの手紙に『お姉様の部屋でこんなものを見つけて~とか、おかしな事をしてるみたいで~』なんて書かれたら終わる。元フレイヤならルーン魔術だってピンとくるはずだもん)
貴族令嬢とメイドが普段どんな話をするのか分からないが可能性はある。メイドには意味が分からなくてもフノーラに記憶が戻れば分かるのかもしれないし、マルデルなら覚えている可能性が高い。
(忘れてるなら下手につついたらマズいし、覚えてるなら誤魔化した方がいいかもだし⋯⋯どうしよう。
そうだ! 今夜は3人ともいないんだった。それなら夕食の時聞いてみれば良いかも)
クアドラブルバインドの練習どころではなくなったグロリアは『ごく自然に質問する』練習をはじめた。
(3人がいない時は食堂に来るのはメイドだけだから『ねえ、もしかしてなんだけど⋯⋯』からはじめればいいかな? それともターニャに声をかけ⋯⋯あ、顔が思い出せない。だったらやっぱり⋯⋯)
部屋を歩き回りながら一番無難なセリフを考えるグロリアの『メイドに自然に話しかけて問いつめる練習』は意外なほど早く終わりを迎えた。
【《ユル》の文字は実りで、《ヤラ》の文字は再生・成熟じゃろ? 《シゲル》の文字には成功っちゅう意味もあるんよ。んで、《ラグ》の文字には流動的がある】
「それって今のダブルバインドから一気にクアドラブルバインドになるって事!?」
【グロリアならもう書けると思うで】
「トリプルバインドを練習中の私に4つのルーン文字を組み合わせた護符はちょっと⋯⋯それに属性の問題が残ってるし」
テーブルの上のハンバーガーの包み紙を小さく小さく折りたたみ⋯⋯折りたたみ⋯⋯折りたたみ。
「ちょ、ちょっと自信ないかも⋯⋯この状況で言うなって感じだけど流石にクアドラブルバインドは⋯⋯ゴニョゴニョ」
小さな声で呟いてテーブルに突っ伏した。
【ほんでも、それができりゃシグルドなんかすぐに止められるんで? その後ちょびっと人手がいるけど、グロリアならそこまではできる! 魔法円の勉強より楽じゃしね】
一気にレベルを2段階アップするのはハードルが高すぎるが、何よりも最優先で魔導具の使用を止めさせたいグロリアには魅惑の言葉に聞こえる。
「⋯⋯ううーっ! どうしよう⋯⋯でもでも⋯⋯あーもぉー!!」
ガバッと顔を上げたグロリアが悲壮な顔でジェニを見た。
「やる!! シグルドのおバカがあの魔導具を使うのを止めさせられるなら頑張る! 頑張るしかないんだよね。
魔導塔破壊しても研究者が残るから意味ないし、今できるのは魔導具の誤操作の追加くらいだし」
「なら、それが出来たらすぐに教えてくれるか? グリ、準備しとくことはあるか?」
【うーん、特にはないかな。出来上がったら隠蔽の魔法をかけてシグルドに持たせるだけなんよ⋯⋯んじやけど、どうやって持たせるん?】
「シグルドの杖に仕込むからそこは問題ねえし、毎日の状況は妖精族に監視させる」
魔法適性が見つかるとまず最初に材質や特性の合う杖を選ぶ。魔法を使う時は必ずその杖を使い余程のことがない限り別の杖に変更することはない。
【杖か⋯⋯なら今持っとる羊皮紙より紙の方が合っとるな】
「そうだな、その方が厚みがなくて仕込みやすい。それに、なるべく小さい方がいい」
どんどん上がっていくハードルに顔を引き攣らせたグロリアは冷たくなったコーヒーをガブリと飲んで咳き込んだ。
ゲホッ、ゴホッゴホッ⋯⋯
(あの特殊ペンって通常のペンより太い文字になるんだよね。紙だと滲んで線が一つになりやすいし⋯⋯ううっ、頑張れグロリア、打倒シグルドだぞ。グロリアはやればできる子!!)
この後また出かけるというジェニと別れて屋敷に帰るグロリアは、グリモワールに例の花模様のカバーをかけて胸に抱き締めていた。
【ポーチに入れられるんもアレだけどこのカバーはちょっとなぁ】
「そうだよね、今度別のブックカバーを手に入れられるよう頑張るからね」
【それめっちゃ楽しみ~】
胸に抱いたグリモワールが少し膨らんだ気がするのは喜んでいるからか。
「そう言えば、口調戻んないね」
【あ、うん。もう威厳とかどーでも良いかなって。イマイチ?】
「話しやすくて良いよ。私はかなり好き」
【おー、ほんま? ならサービスにええこと教えてあげる~。あのな⋯⋯】
屋敷に帰るとちょうど伯爵夫妻とフノーラが出かけるところだったらしく、玄関ホールで揉めている気配があった。
「急いで下さいな、こんな急なお誘いをお受けしたのは貴方なんですからね」
「分かっておる! 何でこんな時に⋯⋯おい、代わりの上着を持ってこい!」
「お父様、太り過ぎ⋯⋯」
「ルードニル公爵からの誘いでは断るわけにはいかんだろうが! しかもマーウォルス公爵も来られるそうだし」
「分かっておりますとも、だから急いで下さいと申しておりますの。フレイズマル侯爵がもっと早くご連絡くださればこんなに慌てずに済みましたのに、気の利かない方ですわ」
(ふーん、シグルドパパから連絡が来てどっかの公爵がおいでって言ってるんだ。アイツらの誘いならその公爵達もロクな奴じゃなさそう。
上着が破れて慌ててるのかな? 君子危うきに近寄らずだね)
玄関ホールから見える階段を使うのは危険が大きいと判断したグロリアは、そっと後退りして使用人の使う裏階段へ向かった。
部屋に入ってドアを閉めたグロリアは立ち止まって首を傾げた。
(なんだろう⋯⋯なんか変)
出かけた時と変わった様子はないと思うのに、部屋に入った途端身体中がムズムズした。
朝シーツを変えたベッドはその時のままで、枕と布団がきちんと整えられている。使い慣れた机の上にはランプが置いてあるだけで、椅子はいつも通り少し斜めに傾いている。
(うん、特に異常なし)
貴族令嬢の部屋には似つかわしくない無骨な水甕を覗いて水を鑑定したが問題なし。背がようやく届く小さな窓は閉まったまま。
(あ、ラグだ!)
いつもならベッドの枕に近い側に置いてあるラグが足元の方に移動している。
(誰かが掃除に来たことなんてないし⋯⋯一体なんで)
クローゼットを開けてみたが特に変わった様子はなく、本棚を確認して気付いた。
「本がズレてる」
几帳面とは言えないグロリアだが一つだけルールがあり、昨日の夜の段階でそれをしてあったはず⋯⋯。
「何で本の位置が入れ替わってるの? 今朝一番端に移動したのに」
子供の頃忘れ物が多かった花梨は姉から、明日の持ち物を前日の夜確認するように徹底的に仕込まれた。
『いい、準備が肝心なの。花梨はボケボケしてるんだから当日の朝再確認なんて絶対に意味ないんだからね』
(明日の幾何の教科書が端っこにない⋯⋯本を出して調べたって事?)
可能性があるとしたらジェイソンかあの時のメイドのターニャ。
(前世の記憶があるのかないのかをジェイソンが調べようとしたか、ターニャがあの護符の事を思い出して探したか。めちゃめちゃヤバいじゃん)
ジェイソンに尻尾を掴まれるようなものは何も置いていないので問題ない。ターニャはフノーラ専属のメイドだと言っていたので、護符の事を思い出してフノーラに話していたら大変なことになる。
(お喋りの合間に『そう言えば』なんて事になってたら大変! んでもって、マルデルへの手紙に『お姉様の部屋でこんなものを見つけて~とか、おかしな事をしてるみたいで~』なんて書かれたら終わる。元フレイヤならルーン魔術だってピンとくるはずだもん)
貴族令嬢とメイドが普段どんな話をするのか分からないが可能性はある。メイドには意味が分からなくてもフノーラに記憶が戻れば分かるのかもしれないし、マルデルなら覚えている可能性が高い。
(忘れてるなら下手につついたらマズいし、覚えてるなら誤魔化した方がいいかもだし⋯⋯どうしよう。
そうだ! 今夜は3人ともいないんだった。それなら夕食の時聞いてみれば良いかも)
クアドラブルバインドの練習どころではなくなったグロリアは『ごく自然に質問する』練習をはじめた。
(3人がいない時は食堂に来るのはメイドだけだから『ねえ、もしかしてなんだけど⋯⋯』からはじめればいいかな? それともターニャに声をかけ⋯⋯あ、顔が思い出せない。だったらやっぱり⋯⋯)
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