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第一章

74.意外な変化と変わらないおばさん達

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 一斉に入口を見た料理人達の中から一人の男が立ち上がった。

「あ、それはこっちに貰いますね」

 以前何度も見かけたことがあるその男は料理人の一人だったはず。顔を合わせるたびにきつい目つきで睨みつけてくるので、グロリアはなるべく視界に入らないようにしていた人のひとり。

(今日は睨んでないし、なんか親切?⋯⋯よく似てるけど別人かも。それともジェイソンの手下とか?)

 グロリアの中で既に悪の組織のリーダーと化しているジェイソン。突然態度が豹変した使用人もその括りに入る。

「あ、はい。でも⋯⋯休憩中に手間をかけさせちゃ悪いし」

「⋯⋯いや、今まですんませんでした。次からは言ってもらえたら部屋に食事を持ってくんで」

(えーっと、なんで? やっぱりジェイソンの指示? それはちょっと嫌かも)

「昨日はありがとうございました。あの時のメイド⋯⋯ターニャって言うんですけどね、怪我もないしお咎めもなくて済んだんですよ。
アイツ、下に弟や妹が一杯いるからクビになったらヤバかったんで助かりました。直接お詫びとお礼に行きたいって言ってたんすけど、フノーラ様付きのメイドなんで時間が取れないって凹んでました」

(ひぇ! じゃあクビになってたらとんでもないことになってたじゃん⋯⋯ごめんなさい! あれ、私のせいなんですよお)

「た、たまたまなんで。お気遣いなく? じゃ、じゃあ私はこれで⋯⋯」

 少し涙目になったグロリアは皿を渡して頭を下げた後、その姿勢のままガガっと後ろに下がり⋯⋯脱兎の如く部屋に駆け込んだ。

 ガックリと肩を落としたグロリアはあまりの衝撃で食べた物が逆流しそうになり、何も手につかず椅子に座って頭を抱えた。

(片付け忘れた護符一枚が、家族を路頭に迷わせるところだったとは! ジェニが気をつけろって注意してくれてたのに、ほんと申し訳ない。私みたいなうっかりさんがこれからも護符作って良いんだろうか⋯⋯)

 慌てふためく使用人達と呆然として座り込んでいたターニャを思い出すと後悔ばかりが頭に浮かぶ。

(はぁ、私の護符って一体なんだろう。古フサルクを使うルーン魔術がすごいって事なのか、作り方を間違えてるのか。
普通は護符持ってイメージして魔力を流したら魔術が出るんだよね。ポケットの中の護符が勝手に魔術を発動したなんて絶対ヤバいよ。鞄の中とかでも影響あったりしたら売れないどころか騒乱罪とかテロ行為とか言われそう。
私って地雷製造機みたいになってるんだけど⋯⋯国にバレたら戦争とかに駆り出されそう)

 ジェニ達が知ったら『今更かよ?』と言いそうな悩みだが、何でもかんでもポーチに放り込んでいたグロリアは『クリアファイル』が欲しいと呟いた。




 空気と同化するのが特技のグロリアは今でも使用人達からスルーされることの方が多いが、その日以来少しばかり待遇が良くなった。

 食事を食べ損ねると部屋に運ばれるとか、午後の家庭教師が帰った後にお茶とお菓子がこっそり運ばれてくるとか⋯⋯。

(うん、食べ物ってありがたーい。不気味だけど落ち着かないけど食べ物に恨みはないからね。《チェック鑑定》必須だけど⋯⋯うまうま)

 ジェイソンは表面上は以前と変わらない態度に見えるが時折油断のできない目つきでグロリアを凝視しているのに気付く。前世持ちだと確信が持てていないから監視しているのか、拉致できるチャンスを狙っているのか⋯⋯何をするか分からない彼の前では、今まで以上に気を張っておくようにした。

(結構きつい事を言ったから無視しても『機嫌が悪い』って思うはず。下手に関わるよりその方が安全よね。後は背後に注意しとかないと、拉致はお断りですぅ)

 丁寧な口調だったジェイソンだがあっという間に脅しに近い台詞を吐くようになっていたのを考えると、グロリアを懐柔できなければ誘拐するつもりだしその方法もあると考えた方が無難だと警戒していた。

(まあ、私がかなり挑発したってのもあるけどね。情報を聞き出す時のありがちな手法ってやつだよねー。お陰で足長おじさんがいるのが分かったし)



 フノーラは相変わらずマルデルと文通を続けているらしいが直接会うのは断られているようで、ルイーザに聞かれるたびにヘソを曲げてグロリアに八つ当たりしてくる。

『お姉様のせいなのになんで私が文句を言われなくちゃいけないのよ!』

『家族だけのお茶会くらい構わないと思うのよ。姉は外出しているのでお越しくださいって言えば大丈夫じゃないの?』

『ここに住んでるって思うだけでいやなんじゃないの? 『役立たず』が移ったら怖いって思ってるかもね!』

(病気じゃないし、移らんと思うけど?)

『はぁ、『役立たず』の上に面倒をかけるなんて。本当に面倒な子だわ』



 ルイーザが焦っているのはマルデルの評判がますます高まっているかららしい。

 先見の力は公になっていないが、画期的なアイデアを提案した上に他にもまだアイデアを持っていると噂が広まっている。

 母親のいないマルデルは親同伴のお茶会に参加する機会が少なくあまり多くの人との面識がない。父である魔法師団団長の休みの日には一緒に出掛けているようだが、男親では女性がメインの交流は難しいため多くの女性が『わたくしがお茶会にご一緒致します』と申し込んで撃沈している。

 理由がはっきりしているわけではないが一番根強い噂は⋯⋯。

『マルデル嬢は恥ずかしがり屋でお父様と離れたがらない』

『娘を守るために家には強力な結界魔法が常時展開されている』

(あちこち顔を出さない方が登場した時のインパクトが大きいからとか、パパに夢中の娘って庇護欲をそそるとかだと思うな~⋯⋯都合が悪くなると『パパぁ』って誤魔化せるしね。ものすごーく樹里っぽい)

 ルイーザはマルデルとフノーラの付き合いを利用して繋がりを深め、他の婦人を出し抜いてお茶会などへの同行権(?)をゲットしようとしているのだろう。

(マルデルは他の誰よりも我が家・我が子と親密だと社交界で評判になれば、羨ましがられるって感じだよね~)



 闘技大会に年齢制限のない『フリー』部門を新設する案をマルデルが提案したと広まってから、マルデル争奪戦はますますヒートアップしはじめた。特に、神殿で魔力や魔法の資質が高いと判断された幼い子供のいる家は寄ると触ると闘技大会の話をしているらしい。

『我が家は11歳だからな、今年からなら一番有利だし⋯⋯』

『今年からだと、剣技も魔法も練習を強化しないと間に合わんかもしれん』

 人気のある教師達は引っ張りだこになり、それ以外にも優秀だと言われる騎士や魔法師の引き抜きが激化する始末。

『魔法アリなら我が家は負けん』

『早くから剣技を磨かせた我が家の勝ちだな』

 バナディス伯爵家マルデルの家には少しでも早く開催ルールを知り対策を立てたい者からの贈り物が引きも切らず、その大半がマルデル用のものなのは自分達に都合のいいルールを採用して欲しいからか。





 あのボヤ騒ぎをヒントに漸く護符ができた。

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