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第一章

58.社畜は常に仕事が頭から離れない

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「雪の彫刻か」

「まあ、雪の彫刻なんて毎年テレビで見てたからどっちでもいいんだけどね。偶々思い出したから練習してみようかなんて⋯⋯ほんのちょっとした遊び心?
それがまさかこんな事になるなんて、ほんとごめんなさい。グリモワールが復活するまで勉強はお休みにする」

「⋯⋯⋯⋯⋯⋯ああ、そうだな」

 必死に謝るグロリアを見るジェニは無表情で、相当御冠なのかもしれない。

「もー、黒歴史追加だよね~。護符を作る練習だけでこんな事になったのなんて初めてだから2度とないはず!
夜に呼び出してごめん。このノーコンほんとなんとかしないと、もう私ってばダメダメでほんとごめんなさい!」

 ジェニが盥を消すと同時にグロリアのドレスも乾かしてくれた。部屋は護符を作る前と全く同じ状態に戻り、カチコチと動く時計は時間が少しズレているはず。

「ありがとう、そう言えば大した事じゃないんだけど新情報を聞き込んだの。今日はもう遅いから今度報告に行くね。
それとそれと、今度からは私がフノーラから聞き出せるかも。フノーラはマルデルのことが話したくてしょうがないみたいだから、ちょくちょく声をかけてみるつもり。
セティにはいつかちゃんとお礼したいから、その時は相談に乗ってね。あ、販売ルートもよろ~」

 ジェニが突然グロリアの頭をガシガシと撫ではじめた。

「ちょ、痛いよ~。ジェニ、力入りすぎ」

「そうか? 鍛え方が足りんな」

「一応、8歳のいたいけな女の子ですから。ひいばあちゃんに進化したジェニとは違うから」

「そうだな、まだお子ちゃまだよな。さて、今日はもう無茶すんなよ」



 そう言えば今日からコイツは一人になるんだったと気付いたジェニは3匹の誰かを呼び戻す事に決めた。

(アイツらなら姿を消せるからな)

 スルトを迎えに行った際『弟子にしてくれなきゃやだ』とかなりしつこかったらしく、なんとか仕事をはじめたのはいいがフェンリルがヘソを曲げてしまった。

(アイツには別の頼み事をしたからなあ。代わりに俺が⋯⋯ヘルに屋敷にきて貰えばなんとかなるか?)

「うん、さっさと着替えて寝るつもり。明日は恐怖のマナー講師だもん」

「そういやあ、さっき言ってた販売ルートってなんだ?」

「すっかり忘れてたんだけど、巨人族なら私の護符買ってくれるんじゃないかなってセティと話したことがあるの。虚弱体質とか身体強化・防御・回復が必要な人がいるんじゃないかって」

「⋯⋯虚弱体質の巨人族」

「気が弱いなら勇気が持てる護符もできてるし、病弱とか気の弱い巨人族とかすぐ怪我をする巨人族。他には大きな音が苦手とか」

「あ、ああ。そういう珍しいやつを見つけたら教えるよ」

 グロリアは本当の巨人族に会ったことがないので、かなりおかしなイメージになっている事に気付いていない。ジェニは元巨人族だが、見た目8歳の少年なのでそれも間違った認識に影響しているのかも。

 頑健な身体で乱暴者が多いなど思いもよらないようで、身体が大きいなら怪我をしたら大変そうなどと考えていた。

(いつかスルトに会ったら巨人族がどんな奴か分かるかもな)

「うん、そしたら一番にヘルにお土産買いたいの」

「そっか、じゃあ俺は帰る。ヘソ出して寝るなよ」

「お休み、ありがとね~」



 その次にグロリアがジェニの屋敷に行けたのは氷漬けになりかけてから4日後。まだグリモワールの目が覚めず、魔術の練習は自主的に禁止している。

「えーっと、おはようございます~」

 3匹が飛びついてこない上にジェニの姿も見えない屋敷は、朝日に照らされ輝いているのに何故かうら寂しく感じられた。

 見知らぬ場所に迷い込んだようで居心地悪く、裏口を入ってすぐ止まってしまった。

(どうしよう⋯⋯そう言えば屋敷って入った事なかったなあ。
玄関でノックしてみるか、それともこのまま帰るか。うーん、よし、帰ろう! みんな忙しいんだよね、私も図書室で勉強しようかな)

 くるっと向きを変えて裏口に向かいかけたグロリアは敷地全体が大きなドーム型の結界に包まれた事に気づいた。

(な、何? なんで?)

 薄く色のついた強力な結界で外の景色が歪んで見える。

(指輪は反応してないから敵意があるとかじゃないはず⋯⋯で、でも一応防御の護符を出しとこうかな)

 いつも身につけているポーチから一番強力な防御の護符を出して握りしめ、周りをキョロキョロしながらそっと裏口に向かった。

(住人がいない時に他人が来たらこうなるとか? そうか、不審者を捕まえるための結界ね)

 不審者に認定されて少し凹んだグロリアが裏口に手をかけた時、屋敷の方からパーンと大きな音がした。

「ひいっ!」

 飛び上がったグロリアが慌てて振り返り裏口に背を張り付けると、そこにはもこもこの冬支度をしたジェニと3匹が立っていた。

「おい、何逃げようとしてんだよ! ちょっと準備に手間取ってたのは悪かったけどよ、誰も見当たらねえなら屋敷にこいよ」

「だだ、だってお留守かと」

「ほれ、こないだの護符出してみな。この結界ん中に盛大に雪を降らして凍らせてみろよ」

「あ! もしかしてその格好って」

【暑くてかなわん、我は毛皮だけで足りる】

【早く雪お願い~】

【俺っち、超楽しみなんだ!!】

 目を輝かせて催促され、グロリアはそっと護符を出した。

 暖かかった空気がキーンと音を立てて結界が白く曇っていく。空からハラハラと雪が舞い落ち芝生の上に降り続け3匹が大はしゃぎで走り回った。花の中から顔を覗かせた妖精達も可愛いフード付きのマントと長靴姿で、エルフ達ももこもこになって飛んでいる。

「凄い⋯⋯みんなお揃い?」

 格好をつけたジェニが指をパチンと鳴らすと、グロリアも暖かなセーターとズボンの上に白と淡いグリーンのフード付きのマントと長靴姿に変わった。

「私もお揃い⋯⋯あったかい」

 ますます雪の量が増え足元には大量の雪が積もり視界が真っ白になってしまった。

「さて、ぼちぼちか? 護符を片付けて雪合戦だな」

 グロリアが護符をポーチに片づけると少しずつ降る雪の量が減りはじめ辺りの様子が見えてきた。

 雪を被った屋敷と雪が積もって揺れている木。色とりどりのマントをはためかせた妖精が飛び回り、3匹に追いかけまわされている。

「さ~、この世界の雪合戦だぞ、覚悟はいいな!」
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