上 下
21 / 248
第一章

20.命名、キラキラへっぽこ神

しおりを挟む
 グロリアの目標は生活費を稼げるくらいになってこの家を出る事。

 ルーン魔術は失われた魔術と言われているが、調べてみると占い師や呪術師の中のごく少数がルーン魔術や占いを行っているのが分かった。

(占い師と呪術師かぁ⋯⋯それっぽい雰囲気で『あなたの未来は⋯⋯』とか、『願いを叶えて差し上げましょう』とか言うのかなあ。うーん、私にはちょっと無理かも。
それよりも売られてる護符の種類や金額を調べて⋯⋯それを作って生活できるってなるのがベストだよね)

 そう思って期待していたのだが⋯⋯。



 グロリアが勉強しているのは古フサルクと呼ばれる25文字のルーン文字を使うもので、今世にいる占い師と呪術師が使っているのは新フサルクと呼ばれる文字数の違うものやアルファベットを使うものだった。

 懸命に勉強しているグロリアが護符を作ることができるようになっても、それらは販売や公表ができないものが多いらしい。

『護符で生活費を稼ぐとしたら、古フサルクと新フサルクの違いをどうやって誤魔化すのかが最大の問題になる。
古フサルクの研究者の目に留まったら拉致監禁されるのは間違い無いぜ?』

『新フサルクの勉強も並行してやればいいって事?』

『できると思うか?』

『うっ! 無理』

 古フサルクだけでも手を焼いている今、新フサルクに手を出したら混乱するだけな気がした。

(中途半端な知識は危険すぎるし、新旧の違いを覚えるって想像しただけで眩暈がしそうだよ。古フサルクだけでも1個の文字に意味がいっぱいあって組み合わせると意味が変わって⋯⋯もう、マジ泣きそうなのに。
人生を楽にさせるプレゼントって言ってたはずなのに、キラキラへっぽこ神って改名してやるからね!)

 グロリアが妥協案として考えつく事ができたのは、他の者達の作る護符とあまり差のない威力で見た目も違和感を感じさせない護符を考案することくらい⋯⋯あまりにも高等技術すぎて現実味がない。

(このままの護符だと魔女だって言われて迫害される可能性があるとか⋯⋯それは困る。地味でいいから天寿をまっとうしたいもんね)



『失われたのは古フサルクを使ったルーン魔術、ソイツは他のとは比べ物にならん威力があるんだ。書き損じも含めて管理はしっかりしとけよ』

 ジェニが言う横で3匹とセティも頷いていた。部屋でグロリアが勉強している時、何気なく覗き込んだセティが顔を引き攣らせて飛び上がったのを見た事がある。

(アレはヤバいものだったって事よね。しばらくセティが近寄らなくなったから、集中して勉強ができたんだっけ)



 食と住以外にはそれ程与えてもらっていない今の生活はグロリアにとって都合がいい。普通の貴族令嬢なら考えなくてはならない『ノブレスオブリュージュ』のランクが下がるから。

(一応お世話になった分何かお返しをしようとは思ってるけどね)

 明日は朝から王立図書館に行って媒体に使う石の情報収集と、今も使われているルーン占いや魔術について調べるつもりでいる。

 明日の荷物を確認したグロリアは早々に寝支度を済ませてベッドに潜り込むと、鞄の中で『ゲニウスの本(ゲニウスジェニに貰った本の意味)』と名付けられた古書が静かにぼんやりと光を放った。



 翌日、玄関先でジェイソンを見つけたグロリアが声をかけた。

「ジェイソン、今日羊皮紙を買いたいのだけど、お父様にお聞きしてくれるかしら?」

「⋯⋯はい」

 無表情で踵を返したジェイソンの後ろ姿に『こっちは忙しいんだぞ、前もって聞いとけよ』と書かれるようになったのはいつの頃からだろう。

 以前はそう思われるのが当然だと思っていたのよねぇと苦笑いを浮かべたグロリアは小さな溜息を飲み込んだ。


 暫く玄関ホールで待っているとジェイソンが戻ってきた。

「あまり量が多くなければ良いそうです。それから上質で高価な物はお控えください」

「分かったわ、忙しいのに聞いてきてくれてありがとう」

 グロリアの笑顔とお礼の言葉にギョッとしたように目を見開いたジェイソンは、ゴホンと咳払いした後で数枚の銀貨をグロリアの手に乗せた。

「行ってきます、帰りは夕方になるのでいつも通り辻馬車を拾うわね」

「お待ち下さい。旦那様からのご指示で、今日から従者をつけます。今後はお一人では出歩かれませんように」

「そうなの? 分かったわ。帰りは辻馬車で良いのよね?」

「はい、何時に帰られるかかわからないのでは馬車の準備ができませんので」

 にっこりと笑ったグロリアが元気よく玄関のドアを開けて外に出た。



 グロリアが乗る馬車の横には口を尖らせて腕を組んだセティが待っていた。

「今日はセティが一緒に行くのね」

「侍女もつけずに王都をウロウロするのは外聞が悪いそうで、侍女の代わりに僕が行けと言われました」

 グロリアの後に続いてセティが乗り馬車が動きはじめると大袈裟なため息が一つ。

 しばらく知らん顔をしていたが、あからさまに不満そうな顔をしたままのセティに申し訳なくなったグロリアがポケットから飴を取り出した。

「お礼に⋯⋯ジェニから貰った特別製」


「⋯⋯何で僕が下男なんですかね、下男って超忙しいんですよ。しかも今度はメイド役ですしねえ」

「女装する?」

 グロリア会心のギャグはセティの一睨みで不発に終わった。

「トールじゃあるまいし」

(トール、トール、トール? どっかで聞いたような)

 グロリアが首を傾げているとセティが投げやりな口調で答えてくれた。

「トールは戦神とか雷神とか言われてる最強の脳筋。自分の武器を盗まれた時それを取り戻す為だけに女装したヤバい奴です。ヨルムガンドと戦いましたね」

「あっ、そうだ。確かヨルムガンドと相打ちになった神で、珍しく良い人⋯⋯良い神様っぽい」

 
 下男は使用人奉公をはじめたばかりの少年や臨時雇いの農夫がなり、雑用全般を一手に引き受ける。掃除や皿洗いが主な仕事だが厩舎から呼ばれて手伝うこともある。高名な司法神のセティには雑巾を持って屋敷を走り回る生活は我慢ならないのだろう。

 大きなそぶりで肩をすくめたセティの横にジェニが突然現れた。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

黙示録戦争後に残された世界でたった一人冷凍睡眠から蘇ったオレが超科学のチート人工知能の超美女とともに文芸復興を目指す物語。

あっちゅまん
ファンタジー
黙示録の最終戦争は実際に起きてしまった……そして、人類は一度滅亡した。 だが、もう一度世界は創生され、新しい魔法文明が栄えた世界となっていた。 ところが、そんな中、冷凍睡眠されていたオレはなんと蘇生されてしまったのだ。 オレを目覚めさせた超絶ボディの超科学の人工頭脳の超美女と、オレの飼っていた粘菌が超進化したメイドと、同じく飼っていたペットの超進化したフクロウの紳士と、コレクションのフィギュアが生命を宿した双子の女子高生アンドロイドとともに、魔力がないのに元の世界の科学力を使って、マンガ・アニメを蘇らせ、この世界でも流行させるために頑張る話。 そして、そのついでに、街をどんどん発展させて建国して、いつのまにか世界にめちゃくちゃ影響力のある存在になっていく物語です。 【黙示録戦争後に残された世界観及び設定集】も別にアップしています。 よければ参考にしてください。

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...