前世が勝手に追いかけてきてたと知ったので

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第一章

14.禍々しい気配をパステルカラーでラッピング

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【フォルセティの奴、母ちゃんのおっぱいが恋しいのかねぇ】

【ほう、イオルはアングルボザには合わんでも良いと?】

 慌てたように横を向いたイオルの目が泳いでいる。


【いい年して恥ずかしい奴だよ~】

【マーナはヘルに会わんでも良いのか】

【ヘルは母ちゃんじゃなくて、俺っちの将来のお嫁ちゃんだからね!】

 腕を組んでフンスと鼻を鳴らしたジェニが目をハートにしたマーナと可愛く首を傾げた毒蛇イオルを睨みつけた。

「マーナ、耳の穴をかっぽじってよーく聞け! 父ちゃんは貴様のような鼻垂れなんぞ義息子とは認めん! 絶対に許さんからな!」

 死者の血で胸元を赤くした巨大な狼犬のマーナがヘルを思い出して身を捩らせている姿は意外と可愛い。

(そう言えばヘルには会った事ないなあ)


【僕はヘルの癇癪を受け持ってくれるならマーナを応援するよ~】

「うぐぐ! この裏切り者め、今日の晩飯はアスピドケロンにしてやるからな!」

【ええ! か、亀じゃん。あの甲羅固くて顎が疲れるんだよ~。時々刺さるしぃ。
マーナ、ごめーん。弟にするのは無理だった。でもさ、クラーケンの踊り食いがあれば考えてもいいよ。最近食べてないからさあ】

 ついていきたいと足に縋り付くマーナをヒョイっと掴み上げ椅子に座らせたジェニは一人でヘルに会いに行ってしまった。




 ヘルが今も住んでいるのは死者の国ヘルヘイムのエーリューズニルという館。

 高い塀と門に囲まれた屋敷には煌々と明かりが灯り、磨き上げられた大理石の床にはシャンデリアの影が映っている。あちこちに据えられた高価な家具はヘルの気分次第⋯⋯破壊した後で入れ替えられると言う。

 ヘルに土産のケーキを渡した後、ジェニはふらふらとフォルセティを探しはじめた。

「おーい、フォルセティ~。どこにいんだあー」

(おっかし~なぁ、さっきまでこの辺りに奴の気配があったんだがなぁ。ふふーん、さては『かくれんぼ』したくなったってとこか。なら、母ちゃんのスカートの後ろにでも逃げ込んだか?)

「⋯⋯ 母様、助けて!(ロキだ! アイツやだ~面倒の気配しかしないもん)」

 フォルセティは必死に気配を殺し母親の陰で怯えていた。

母ちゃんナンナのおっぱいは逃げねえからよ~、ちょい出てきてくれや」

「⋯⋯(あっかんべー、ぜーったいヤダ)」

「ふーん、そうきたか。乳臭えフォルセティ如きが俺様から逃げられると思ってるってか?⋯⋯⋯⋯んーと、お前の母ちゃんでーべーそっ!! んでぇ、お前の父ちゃんヘッタレ虫~!! きんきら光るだけのぉ、ポヤポヤ神~!!」

「煩いぞ! 僕の母様や父様は⋯⋯あっ!」

「み~っけ♡」




 ジェニを見送った後本を抱えたグロリアは屋敷に戻り、勉強机の前に立って頭を悩ませていた。

(どこに置いておこう。目立たない場所って言うとどこだろう)

 部屋の掃除はグロリア自身がやっているがたまにメイドが入ってくることがある。一般人モブには見えないとジェニが言っていたが用心するに越したことはない。

 本棚に並べてみたり、ベッドの下に押し込んでみたり⋯⋯。どこに置いても不気味な雰囲気が漂ってくる気がした。

(うーん、なんだかなぁ⋯⋯そうか! イメージを変えればいいんだわ)

 グロリアは8歳の少女の部屋の雰囲気にそぐわない禍々しい気配を漂わせる本に、可愛らしい小花模様のピンクと黄緑のブックカバーをつけて本棚に片付けた。

(これでヨシ! パステルカラーって超似合うじゃん)

 賢者ミーミルから得た知恵を凝縮した本が不満そうなオーラを漂わせガタガタと揺れはじめたが、満足そうな顔でせっせと着替えをしている能天気なグロリアは全く気づかないでいた。

(ふっふふ~ん、イオルがお父ちゃん大好きっ子だったなんてねえ。どうりでいつもジェニの周りに⋯⋯。今度私も揶揄ってみようかな~)

 ガタガタ・ピカピカと懸命に抗議していた本もグロリアのとんでもない能天気さ⋯⋯切り替えの速さに騒ぎ立てるのを諦めた。

【なんともはや、このような呑気な奴が次の所有者になるとは思いもせなんだわい。
叡智を極めし賢者ミーミルから受け継がれた知識で考案し、ルーン魔術で組み上げた術式は最高傑作。
その全てが記された崇高なるワシは長い歴史の中でも唯一無二の存在であると言うに。
⋯⋯オーディンのクソ野郎にこき使われた後は少女趣味な花柄ブックカバーか、世も末じゃのう。はぁ】


 なんの変化も起こっていないと勘違いしたままのグロリアは夕食や風呂を済ませ、大人しく本棚に収まっていると思い込んだまま本に丁寧に頭を下げた。

「明日から宜しくです」

 頭を上げたグロリアは本から黒い靄が出ていたのに気付いた。

 取り出した本にふっと息を吹きかけてパンパンと叩きながら『黒い⋯⋯埃かなぁ? 明日はしっかり掃除しよう』と呟きながらベッドに潜り込んだ。

 不満を表した禍々しい靄を『埃』だと言われた本はこれからの生活を思い溜息をついた。

【極悪オーディンとは正反対のありえん程のお間抜け⋯⋯ワシ、超絶可哀想でない? めっちゃ痛かったし。目があったら泣いてたで?】

 それぞれの想いを胸に秘め、夜が深々と更けて行く。




 夜明け前は、人目を忍ぶ人外と眠りを必要としない怪しい輩が最も気に入っている時間。

 使用人達もまだ深い眠りの中にいる頃、静まりかえった屋敷の裏庭辺りで突然バサバサと騒がしい羽音が響き、『ガァ、ガァ』と用心深そうな小さな鳴き声が聞こえてきた。

【フギンとムニンか⋯⋯はて、今頃何をしにきおった?】

 かつてオーディンが使役していたこのワタリガラスは、フギンが思考した情報をムニンが記憶して持ち帰りオーディンの諜報を担っていたという非常に優秀な者達。

【ガァ~! オッサン、久しぶりじゃねえか。もうとっくに燃やされちまってると思ってたぜ?】

【愚かな! 叡智を集約したワシがそのような哀れな終わりを迎えるはずなどなかろうが!】

 小さな窓に張り付く2羽のワタリガラスとガタピシと怒りに揺れる本。

【ガァ~! フェンリルの腹ん中で『溶ける~』つって悲鳴あげてたくせに】

【ガァ~! 俺、メモメモしといたもんね】

【くっ! 貴様らこそとうに消えておったはず。一体何をしにきたんじゃ】

【ガァ~! オッサンと俺ら仲間じゃん。面白そうなことになってっから、手伝ってやろうかと思ってな。ピンクのドレス、似合ってねえけどよ】

【ガァ~! ドレス姿もメモメモしといたよ~】

【ブッ、ブックカバーと言え! ドレスなんぞ着るわけがなかろうが!】

【ガァ~、なんか超間抜けな嬢ちゃんに使役されかけてるんだろ? こりゃ近くで見物に⋯⋯情報収集しなきゃなーって思ったわけよ】

【超間抜けは⋯⋯合っておるが、ワシは誰にも使役なぞされん! ワシの持つ知略をワシの気の向いた時に教えてやるのじゃ】


【ガァ~! 今日は挨拶を兼ねて耳寄り情報を持ってきてやったのに~。相変わらず気が短けえな】

【⋯⋯情報じゃと? 何故貴様らがワシに手を貸す?】



 澱んだ目をしたフギンと能天気にヘラっと笑うムニンを前に高慢な『本』は動きを止めた。

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