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第一章

11.厨二病の文章力

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「これって⋯⋯何?」

「見りゃ分かるだろ? 古臭~い本ですな!」

 ジェニの手に乗っているのは皮表紙の端が擦り切れた分厚い本で、薄れてはいるが表紙に文字が書かれている。

「えっと、『覚書⋯⋯オーディン著』?」

「おお、これが読めるとは流石じゃん。殆どの奴にはただの落書きに見えるらしいぜ?
こいつはな、かの悪名高きクソ野郎オーディンがこっそり書いてた秘密の本でな、奴が知ってたルーン魔術の秘密が全て書いてある」

「何でそれをジェニが持ってるの?」

「フェンリルがクソ野郎をパクッと食っちまった時に『良いもんみっけ』ってお取り置きしといたんだそうだ。俺の息子っちはできる奴だろ?」

「ヴァンはジェニの息子⋯⋯しかもパクッと?」

「フェンリルとヨルムガンドとヘルは俺と言うよりロキの子供でな、ガルムはヘルの下僕? 部下ってやつ。
んで、ラグナロクって言う最終戦争の時にフェンリルはオーディンを食って、ヨルムガンドはトールに殺られた。
あっ、トールはな腕が立つだけの間抜けで気のいい脳筋野郎な」


 ジェニは『フェンリルはグングニルオーディンの槍も拾ってきてたぞ~』と笑いながら本をグロリアに手渡した。神話に詳しくないグロリアでも何となく知っているオーディンと言う名前やらグングニルと言う言葉に怯えながら、表紙の文字を指でそっと擦ると文字がぼんやりと光りはじめた。

「わ、ええっ?」

 驚いて落としかけた本がふわっと宙に浮いてグロリアの前でピタリと動きを止めた。

「あんのクソ野郎、おかしな魔術を組み込んでやがったな」

 はらりと勝手に表紙が開き赤い色で文字が書かれているのが見えてきた。



【我が知略の全てをここに記す。ルーン魔術の全てを知る者は世界を制す者と同義なり。
過去に知識を求める者は我に従え、未来に野望ありし輩は我の元に跪け。
全ての生と死は我の掌にある。

世界の創生を手掛け終焉に憂慮する情け深き我の慈悲を乞う者は、栄耀栄華を極めるであろう。

禁忌こそが最良と讃えるセイズ⋯⋯道徳を打ち払い心の奥底の野望を引き出す。深淵なる儀式には全ての生きとし生けるものが従う。我はセイズマズル。復活を拒む先祖の霊も隠れ住む精霊も我の前では稚児に等しい。善と悪・生と死・倫理と悪徳。

ミーミルの叡智を受け継ぎし最高神にして戦争と死の神、オーディン】



「ひゃあ~!! これ、マジでヤバい。色んな意味でヤバい人が書いた危ない本じゃん! 燃やそう、うん燃やした方がいいって。
厨二病なんて可愛く見えるサイコパスだよ。シリアルキラーでマッドサイエンティストも追加できるレベル!」

「なんで書いてあんだ? 俺には所々しか読めねえ」

 グロリアが時々つっかえながら読み上げるとジェニの顔からどんどん色がなくなっていった。

「ひゃあ~、予想以上にイカれてやがるな。クソ野郎があそこまで成り上がったのはセイズとルーン魔術の力が大きかったから、ヤバいのは間違いじゃねえが。
でもなぁ、フレイヤに勝ちたいならこいつを使いこなせるようになれ」

「あっあのぉ、樹里に勝つのは自信がないから私としてはちょびっと仕返ししてから縁が切れればそれで十分なんだけど? サイコパスになるのはちょっと遠慮したいかなぁ~」

 樹里と関わった過去を思い出すと散々な目に遭ったことしか浮かばない。口八丁手八丁の樹里に太刀打ちできるどころか、今世でも利用されてダウンするイメージしか湧いてこない。

(樹里に比べたらキラキラさんとかちっこい子なんて可愛いもんだったから、あの時みたいに言い返せる気さえしないもん)

 助けになると言われてもこの本から漂う危険臭は怖すぎる。

「こ、この本と関わってたら人として大切なものを無くしそうで、なんかすごーくすごーく怖い」

「こんなのこけおどしだって。自己満のクソ野郎が陶酔しながら書き連ねた意味のねえ文章なんかにビビってんじゃねえよ。
史上最悪のクソビッチと戦って強制的に押し付けられた運命を変えたいんだろ?」

「それはそうだけどぉ⋯⋯でもなぁ、これは流石に~。
オーディンの考え方って、大学の友達から聞いた『エコーチェンバー現象』とか『サイバーカスケード』に似てる。洗脳方法とか書いてありそうでヤダ」

 グロリアの言った『エコーチェンバー現象』とは、同じ価値観を持った人たちだけでコミュニケーションを取る閉鎖的な状況で同じような意見を見聞きし続けると、自分の意見や思想に対する確信が強まり『これが一般常識だ』と思いはじめること。

 それと同じく『サイバーカスケード」とは、同じ考えや思想の人々がネット上で強力に結びついた結果、異なる意見を一切排除した閉鎖的なコミュニティを形成する現象のこと。

「フレイヤはものすご~く自己中で癇癪持ちのやきもち焼きだからよお、オッタルが別の女と付き合うとか許せないわけ。自分は世界一のヤリマンで何度生まれ変わってもそこは変わんないくせにな。
で、オッタルがフレイヤ以外の女とやったのは花梨が初めてだったんだよなぁ。となると?」

「⋯⋯は? 最悪! やったとか言われると文句を言いたいけど、それより問題は『今までで一番許せない女』に認定されてるってとこかも」

「花梨はさぁ哀れ~な被害者なだけなのに、フレイヤからはオッタルとやった許せない女認定されてるのぉ。
フレイヤの天をつくほど高ぁいプライドがねぇ、怒りを轟々と燃え上がらせてぇ⋯⋯ねっちょりコッテリ凝縮された嫉妬心が花梨に向けられててぇ。
グロリアがこの先どこへ転生しようともぜーったいぞぉって出没する感じ!?
それか、ニヴルヘイムって言う罪人が送られる冥界に叩き込むのが狙いかもぉ!」

「その話し方やめて。すっごくイライラする」

 グロリアは腕を組んで悪辣な顔をしたジェニの肩を小突いた。

「こんな胸糞悪い話、真面に話してたら耐えられんだろーが?」

「そう言われたらそうかも⋯⋯ありがと?」

「おう。今世のクソ女は今の所しょぼしょぼの魔法使いってとこだから、グロリアがルーン魔術の基礎を覚えただけで簡単に防御できる。
んでも、女神としての能力はとっくの昔に殆どなくしちまってる筈だし、セイズも使えねえのに神界の宝物庫に忍び込んでやがる。って事は隠してる能力があるか、まだ成長する可能性があるか」

「元女神なのに力をなくしてる?」

「奴は罪を犯しすぎてとっくの昔に力をなくしてたんだが、昔の経験と男どもを利用しまくってるのとで生き抜いてきた筈だったんだ。
力が消え失せてからはお気に入りの愛人を追いかけながら男どもを食い散らかすので精一杯だった癖に、本人はいまだに『最強の愛の女神』の力を取り戻せると信じ込んでやがる。
まあ、こんだけ魔法が弱まってる国に転生したのが運の尽きって言うか、そんな国にしか転生できなくなったってとこだな」

「だったら今のうちに捕まえちゃえば?」

「それがなぁ、問題はダーインスレイヴなんだよな⋯⋯」



「あー、そうか。アレは放置できないよね。じゃあさセイズって何? そんなにすごいものなの?」

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