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第一章

3.動きはじめた時間

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「それ、特別製だから。なくしたらお仕置きな」

「特別ってどんな?」

 秘密の話をするように周りをキョロキョロと確認しながらグロリアが囁いた。


「それは、グロリアが思い出したら教えてやるよ」

 ジェニが言うには2人が初めて会った時のことをグロリアは忘れているらしい。それを思い出せたらジェニの大切な秘密を教えてもらえる事になっているのだが、指輪の秘密もそれに関係しているのかもしれない。


「えー、毎日考えてるけど思い出せないんだってばぁ。初めて会ったのは6歳の時でしょう? ジェニはヴァン達を追いかけて教会に駆け込んできたんだよ」

「だーかーらー、それも違うの! いつか必要になったら思い出すから、それまでは指輪の謎も秘密!」

「あっ、その前だから4歳くらい? あの頃は3匹と遊んでただけでジェニに会った記憶がないんだよね~。
あのイオルさえ教えてくれないから、ヴァンかマーナが教えてくれないかなあ」

 なんとも失礼な言葉をさらっと口にしたグロリアに向けてジェニは大きな溜息をついた。



 グロリアとジェニは同い年で、数年前にジェニ一家がグロリアの住むシビュレー伯爵家のタウンハウスの隣に越してきてからの付き合い⋯⋯だとグロリアは思っている。

 盛大に飾りつけられた中庭で華やかな衣装を纏った貴族達が談笑しているのを遠目に見ながら、グロリアとジェニは2人だけのおしゃべりを楽しんでいた。

 魔法の使えないグロリアとたまにしか親がやってこない他国の貴族令息のジェニは、ここにいる貴族達にとって関わってもなんの旨味もない存在。

 いつでもどんな時でも、誰からも気にされる事のない2人は今日も自由に(2人にとっては)のびのびと過ごしていた。






 いつ終わるとも知れない華やかなパーティーも、時間的に言えば中盤あたりだろうか。華やかな人の群れから、大きくなったお腹をたゆんたゆんと揺らしたシビュレー伯爵が急ぎ足でやってきた。

「はぁ。こんな所におったのか、どうりで探しても見つからんかったはずじゃ」

 汗を拭きながら溜め息をついたマックス シビュレー伯爵はグロリアの父親。

「えっと、何かご用ですか?」

「なんだその見すぼらしいドレスは⋯⋯ よりによって今日そんな貧相なドレスを着てるなんて何を考えておるのか。
しかし、着替えている暇もないし⋯⋯はぁ」

「⋯⋯」

 ブツブツと文句を言い態とらしく大袈裟な溜め息をついた父親は、グロリアが居心地悪そうにしている事に気づいてもいない。せっかくの新しいドレスを貶されて、少し俯きかけたグロリアの胸元で指輪がほんのりと温かくなった気がした。

「まあ、どうせ見た目などどうでも良い話だし構わんじゃろう。大事なお客様が見えられたんだ、挨拶に行くぞ」

 グロリアの返事も待たずに背を翻したマックスが、セカセカと急ぎ足で中庭の中央に向かって歩き出した。
 父親が自分をに合わせるのが不思議で首を傾げていたグロリアは、『悩んでもわかるはずがないし』と肩をすくめてドレスの胸元を押さえた。

「ジェニ、ちょっと行ってくるね」

 権力志向がかなり強いマックスだが、親が滅多にやって来ないジェニなど眼中にない。

 冷ややかな目つきでマックスの背を見つめていたジェニが、ポケットに左手を突っ込んで右手でグロリアの背中を押した。

「気をつけろよ。何かあったら名前を呼ぶんだぞ」

「そうする。終わったらお家に遊びに行ってもいい?」

「いいよ、ヴァンがブラシを持ってこいって」


 既に人混みに紛れた父親の後を追いかけて行くグロリアのシルバーブロンドがキラキラと輝いてみえた。

 全体がぼんやりした色味で人の目に留まりにくいグロリアだが、よく見るとそこそこ可愛い顔をしているのが分かる。

(派手なフノーラの影に埋没してるだけなんだよなあ。自信満々のフノーラの横に立ったら目立たなくても仕方ないが、この後はちょいと頑張ってもらわねえと困るんだよなぁ。
何もかも忘れてるグロリアが奴に会ってどうなるか⋯⋯)



「遅いぞ! 全くお前と言う奴はいつまでもトロトロして『役立たず』な上に気が利かんし⋯⋯」

 漸く父親に追いついたグロリアは、いつまでも小言が止まらなそうな勢いの合間を狙い慌てて頭を下げた。

「ごめんなさい」

「まあいい、それよりも⋯⋯えっと、何処だ?⋯⋯ああ、あそこにいた」

 父親が見ている方にいたのは同年代の男性と話をしている母親のルイーザで、男性の直ぐ横ではグロリアと同じくらいの年恰好の少年が、つまらなそうな顔で辺りを見回していた。

(フノーラはいないの? 賓客へのご挨拶ならフノーラが必須よね)

 不思議に思い父親の顔を見上げたグロリアの腕を掴んだマックスが、セカセカと男性の元へ歩いて行った。

「いやぁ、お待たせ致しました。申し訳ない」

「ん? そちらが例のお嬢さんですかな?」

「グロリアと言います。ほら、挨拶せんか⋯⋯全く気の利かん奴でしてなぁ」

 掴んでいた腕を強引に前に押し出したマックスの横で転びかけていたグロリアは、慌てて体勢を整えてうろ覚えのカーテシーで挨拶をした。

「グロリアと申します。本日は妹の誕生日パーティーに、ようこそおいでくださいました」

「ふむ、地味だがまあ悪くはないか。魔法は使えんが魔力が多いと言うのは本当のようだし、子を産むだけならなんとか役に立つか」

 まるで家畜の品評会に参加しているかのような発言だが、マックスとルイーザは目を輝かせた。

「グロリア、これは息子のシグルドだ」

 グロリアが少年を見遣ると父親とよく似た感じの悪い目つきで、ジロジロとグロリアを見ている目に気がついた。

(なんだか感じ悪い親子。こんな態度をされたらフノーラが傷つくから連れてこなかったのかな? それだったら大正解だと思うけど)

「初めまして、シグルド・O・フレイズマルと言います」

 感じの悪い目つきの割に礼儀正しい挨拶をしたのは、フレイズマル侯爵家嫡男のシグルドだった。

「シグルド、グロリアに庭を案内してもらえ」

「おお、是非そうなさいませ。見頃に咲いた花に囲まれたガゼボに茶の支度をさせましょう」

「グロリア嬢、お願いできますか?」

 差し出しされたシグルドの手に仕方なく右手を差し出したグロリアだったが、指先がシグルドに触れた途端ビリッと電気が走ったような感触と、吐き気を催すほどの恐怖が込み上げてきた。

 目の前の景色が歪みキーンと大きな耳鳴りがしたグロリアは口元を抑えて蹲った。

(うぐっ⋯⋯ジェ、ジェニ⋯⋯気持ち悪いよぉ)

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