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第五章

47.知っているのは知るべき者

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「問題はここからさ。時間が戻った時、記憶が残るのはジェリー坊やで、エレーナはまっさらのはずだったのさ。色やら呼び名はその者の本質を表す。全てを跳ね除ける『白』の性質を持つエレーナは、跳ね返し何物にも染まらないからさ。

母親の落馬事故さえなければ、違う人生だったかも⋯⋯エレーナがそう思ってたから、あの時に戻ったんだ。その後は、記憶を持つ『坊や』が頑張るはずだった。頑張らなきゃならなかったんだよ、本当はね。

まあ、何が影響したのかは置いとくとして⋯⋯『白の魂』に記憶が吸収された。で、今に至るわけだけど、いつまで経っても『坊や達』は記憶が戻らないからちょっと責任を感じて、あんた達をここに来させてやったのさ。

人間ってのは厄介で、自分に都合のいい事と、自分の見たもんしか信じようとしない。でも、あんた達は『それ』を見た⋯⋯緩んだ境界線からやってくる者達をね。

この世界には人しかいないと思ってるが、色々いるのさ。例えばあたしのような魔女とか、それに対立する輩とか。魔法に浄化があるのは、浄化するべき何かがいるって事だし、鎮魂祭やらをやりたがるのは『彷徨く者』がいるのを知ってた奴が広めたから。まあ、役には立ってないけどね。

『白』はエレーナが持つものを、イメージを表してると思えばいい。黎明やら戦禍やらが名前についてるのもそれと同じ。魂ははじまりからそれぞれに色を持ってる。どんな性質でどんな過去を持ってるかで決まるんだ。
それが時間と共に別の名前に変わっていくものもいる⋯⋯あたしのようにね。だから、もちろん『坊や達』にも何らかの色か名前があるさ。それを知ってるのは知るべき者のみ。それ以外の者は知る術も持たない。

エレーナだけじゃない、境界から迷い込んだ魂なんてあちこちにゴロゴロしてるさ。そいつらが村を作り、街になり国になる。

この世界には魔法の使える奴と使えない奴がいる。その両方が元々この世界に産まれた魂かどうかなんて、考えても意味はないだろ?

そうそう、頑張ったエレーナにご褒美をあげよう。この話はあんたにとってとても大切だから、よく覚えておくんだ。
魂の色や名前は人間が言う『縁』ってやつを引き寄せるんだけど、『白』ってのは厄介でね、色んなものを弾くのさ。
そのせいで、『白の魂』はいつまで経っても居場所を見つけられないでいた。
ビルワーツには、それなりだが『白の魂』と呼べる程度の者がいた。そのせいでエレーナの魂が引き寄せられたが⋯⋯結局のところ、それなりはそれなり。強い思いが別の色を呼び込んで、別の色に染まったのさ。
『白の魂』はどこにいても不安がつきまとう。その場や周りの色を弾くから、馴染めないし取り込めない。だから、なんとなく違和感を感じて馴染めないって気持ちが残る。
それを覚えておけば、生きるのが少しばかり楽になるはず。

『白の魂』を助けてくれたジェリー坊やにも、ご褒美をあげよう。
この世界では『完全なる白』と『完全なる黒』は存在しない⋯⋯そのままでは存在できないんだ。エレーナが『完全なる白』かどうかは秘密だが、ジェリー坊やは吸収する『黒の魂』だよ。完全かどうか⋯⋯全てを吸収するかどうかは秘密だけどね。
この知恵をちゃんと理解して、活用できる頭があると良いんだがねぇ。

セディにはあの本をあげるから、ご褒美はなし。あんたの願いが叶ったかどうかは知ったこっちゃないが、賭けは成立したからね。
間抜けだけど『相応しい者』が現れた。記憶をどっかにおっことした役立たずな『相応しい者』だったけど、セディが粛清したかった者達は、それに相応しい場所へ送られたはず。
セディが望んだ『相応しい者』は勇気はあるがかなりの間抜けで、ジェリー坊やが望んだ『必要な知恵を持つ者』は腹黒のふりをした小心者⋯⋯ちょうど天秤が釣り合って賭けが成立した。だから、対価も代償もなしの終わりって事さ。
全てを望むのは人間らしい強欲さだが、欲は欲を呼び寄せる⋯⋯ビルワーツの鉱山のようにね。だから、この程度で終わらせておくのが一番さ。

さて、ちょっと疲れたから、そろそろ終わりにしようかね。ああ、そうだ。最後に一つだけ⋯⋯あの山々から溢れる物を、ビルワーツでは、『莫大な富は神の悪戯、醜悪な欲望を引き寄せるのは悪魔の呪い。決して交わらせてはならない』って言ってた。まあ、当たらずとも遠からずってとこだろう。
それも近々終わりが来る。終わりの来ないものなどないからね。
なんでかって? はじまりにも終わりにも理由はあるが、知るべき者は知っている。知らないって事は、知る必要がない者だって事さ⋯⋯今はまだ」



 消化しきれないほどの情報を一気に捲し立てた『黎明の魔女』は、にこやかに手を振って消えていった。

「セドリック、覚え切れた?」

「多分な。ジェラルドが何回も間抜けだって言われたて事とか⋯⋯」

「セドリックは腹黒の小心者」

 強調するのはそこか⋯⋯兄弟らしいやり取りは、エレーナの頭を素通りしていった。

(それなりの『白の魂』は多分アメリア様。話に聞くご両親のご存命の頃と、その後では別人のようだったもの。全てを弾く『白の魂』はずっと居心地の悪さや不安を抱えて生きる⋯⋯)

 居心地がいいはずのオルシーニ家に、馴染み切れない理由が分かった気がした。

 シェイラードへ行ったミリアは昔のままだが、少しだけ考え方が変わっていた。アリサもアレックスと婚約してから、少しだけ話す内容や雰囲気が変わってきた。

 セドリックも侯爵家の仕事を手伝い始めてから、ますます思慮深くなった。

 大人になったから⋯⋯それだけではなく、周りの色をほんの少し取り入れたのも関係があるのだろう。

(朱に交われば赤くなる⋯⋯水は方円の器にしたがう⋯⋯人は感化されながら生きていく生き物。でも、感化されないわたくしは、誰とも仲良くなれないって事? それは少し寂しいかも)

「エレーナは『白の魂』だから、人の言動に感化されにくい⋯⋯頑固だって事だな。ふむふむ」

「が、頑固って⋯⋯」

「頑固で臆病って感じかなぁ。自分色に他の色を受け入れるのが怖いから、必死にそのままでいようと踏ん張ってる」

「頑固で⋯⋯臆病⋯⋯ふ、ぷっ!」

(なんだか気が楽になったかも⋯⋯何もかも拒否して一人になるのが、わたくしの一生かと思ったのに。頑固で臆病なら、怖くないわ)

「そう言うジェラルドはなんでも吸収する『黒』だって言われたんだから、優柔不断な能天気じゃん」

「それそれ! いや~、クソ婆は迷惑なばっかだと思ってたけど、最後にいいこと言っていったよな~。白と黒は対だって昔から言うじゃん。エレーナと俺は結ばれるべくして結ばれる、運命の番みたいな? 俺のセンサーがエレーナにだけ発動するのも納得だぜ。
セドリックにはソウルメイトの位置を残しといてやるからな!」

「げぇ~、もうちょっとお利口な奴がいいんだけど」

 ソウルメイトは、前世から深い関わりのある相手や、魂の使命を教えてくれて同じ目的や運命を一緒に歩んでいく仲間。その殆どは恋愛関係にならない。

 セドリックとジェラルドにはぴったりの言葉だろう。

「臆病なエレーナと能天気な俺。小心者のセドリックと猪突猛進の俺⋯⋯なんかすげえいいコンビじゃん」

 自分で『猪突猛進』と言うあたり、自覚はあったのだろう。

「勇敢だと言わない程度の謙虚さはあるみたいで安心したよ。俺の色がどんなのか聞いとけば良かった。はぁ」


『知らないって事は、知る必要がない者だって事さ⋯⋯今はまだ』


 セドリックが歴史を揺るがすほどの事件と共に、運命の番と出会うのは⋯⋯別の場所でゆっくりと語るのが相応しいだろう。



 エレーナはアメリアの命日に墓参しないと決めた。新しく知った情報が多すぎて、処理し切れない気持ちもあったし、今はまだその時ではない気がしたから。

(いつか行くかも⋯⋯でも今はまだ⋯⋯)










 
 月日は流れエレーナの卒業式。オルシーニ家とキャンベル家は、今年も保護者席に陣取っていた。

 目を赤くしているエリオットと、ハンカチを握りしめているレイチェル。

 ラルフとライラは会場を走り回るローラにハラハラし、エレーナを見て感動し⋯⋯かなり忙しい。

「今年はキャンベルは関係ないだろ?」

「エレーナはわたくしリディアの姪の子供⋯⋯大姪になりますもの。保護者席に座る資格がありますわ」

 エレーナが5歳まで辛い日々を送っていたとを知らず、オーレリアでのんびりと暮らしていたことを恥じていたリディアは、4カ国を潰すエレーナを手助けする事も出来ずにいる自分を責めた。

(お兄様に助けられ、アーロンに守られてきたのに⋯⋯わたくしは手紙の一つ、絵本の一つさえ送りもしなかった。エレーナがオーレリアに来てからは『きっと嫌われているはず』だと遠巻きにするばかりでしたものね。いえ、嫌われて当然でしたわ)

 エレーナがループ前の記憶のせいで人に対して恐怖心があるとは知らず『嫌がられている』と思っていたリディアは、レイチェル経由で様子を聞いたり、セドリックやジェラルド経由でプレゼントを届けたり⋯⋯。

 その日々を思い出すたびに後悔が先に立ち⋯⋯深く関わる勇気を持てずにいたのは昨日まで。今日からは変えるわ⋯⋯保護者席で一番鼻息を荒くしているのはリディアだった。

 その横にはもちろん、リディアの夫アーロンが座っている。

「あのジェラルドを引き受けてくれるなんて、勇気のある令嬢だね。まあ、あいつの粘り勝ちって感じもするが」

「ええ、本当に。素晴らしいレディなのに、奇特な嗜好の持ち主だなんて、驚いてしまったわ」

 アーロンとリディアに散々に言われているジェラルドは、姿を消して参加しているので言い返せないが⋯⋯エレーナの姿を追いかけるのに忙しすぎて聞こえてなさそう。

「ジェラルドを調教できるレディがいたとは⋯⋯エレーナには本当に、感謝しかないよね」

「最近はジェラルドが真面に見えますの。責任感とか常識が生えてきたような」

「あれほど父上アーロンに似たら、誰の手にも負えないと思ってたからね」

 ジェラルド達の両親はリディア達よりも正直者らしい。流れ弾が直撃したアーロンが目を逸らした⋯⋯思い当たることがあるらしい。


 エレーナの答辞でジェラルドが号泣したのが唯一の笑い話? この後に行われる謝恩パーティーが、無事に終わることだけを念じている、オルシーニ家とキャンベル家の面々だった。

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