【完結】熟成されて育ちきったお花畑に抗います。離婚?いえ、今回は国を潰してあげますわ

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第五章

45.映し出された景色

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 裸の胸を見せびらかしながら振り返り、エドワードの手を掴んだ女の顔を見たセドリックが叫んだ。

「この顔って、もしかしてクラリスじゃないか?」

 媚の浮かんだ顔で何か言っているが、無声映画のように音がないのがありがたい。

「クラリス⋯⋯ターニャは長年、エドワードの愛人のひとりだったの。このガゼボはエドワードの一番のお気に入りで、愛人とのお楽しみの場のひとつだったわ。何故今更、こんなものを⋯⋯」

 このガゼボには何度も呼び出された事がある。愛人との逢瀬を見せつける為、新しい愛人を紹介する為⋯⋯。

「エドワードのお気に入りの場所はほとんど知ってるわ、お楽しみを見せつける為に呼びつけられたから。愛人の顔も名前も⋯⋯」

「つまり⋯⋯この光景は⋯⋯以前、エレーナが見た景色か?」

「いいえ、でもあのドレスは覚えてる。わたくしが結婚披露パーティーに着たもので間違いないわ。最初で最後のビルワーツから届いたドレスで、パーティーの直後にはなくなってた⋯⋯そうか、ターニャの手に戻ってたのね」

 あのドレスに思い入れがあったわけではないが⋯⋯エレーナが手にする権利があった物は、全てニール達『家族』が手に入れた。ドレスはその象徴に思えてしまった。



 目の前の景色がぐにゃりと歪み⋯⋯新しく映し出された景色は、まるで戦いの最中としか言えない悲惨な状態だった。

 陽の光に輝いていた王宮は火に焼かれ、煙が上がり火の粉が舞い散っている。あちこちが崩れ落ち、部屋の中の惨状が見えている場所もある。

 悲鳴を上げて逃げ惑うメイド達や、王宮を守るべき衛兵は、手に抱えられるだけの貴重品を抱えて逃げ出している。

 芝生や花は茶色く枯れ果て、噴水の中央に建っていた女神像は、上半身が吹き飛んだまま水を垂れ流し、抉れた地面を泥に変えていた。

 斜めに傾いだパーゴラは無惨に歪み、煉瓦の道は見る影もない。それなのに⋯⋯。

 強力な魔法を使ったとしか思えない惨劇の中で、ガゼボだけが美しいまま残っている。周りの木々も花も焼け落ちているのに、ベンチに置かれたクッションでさえ、いつもと同じ柔らかさを保っているように見えた。

 エレーナが知っているよりもかなり年上⋯⋯荒淫と自堕落な暮らしのせいで老けて見えるが、年は30くらいだろうか⋯⋯エドワードが、大きな布の袋を胸に抱えてテーブルの陰に隠れ、目をぎょろつかせて辺りの音を聞き取ろうとしている。

 その後ろに隠れるようにして座り込んでいるのは、ソフィーで間違いないだろう。飽食と怠惰な日々で衰えた肌に厚く化粧をして、真っ赤な唇を戦慄かせている。

 しきりに手繰り寄せて中身を確認しているのは、かき集めた宝飾品らしく、こぼれ落ちたアクセサリーを陽にかざしては傷を確かめていた。



 突然エドワードが慌てはじめ、ソフィーを突き飛ばしてベンチの陰に隠れた。

 尻餅をつかされ般若のような顔で罵りの言葉を吐いていたソフィーは、こぼれ落ちた宝石を集めるのに忙しく、背後に現れた男に気付いていない。

 肩を怒らせた男が手にした剣からは血が滴り、所々シャツが破れている。男がテーブルを蹴り付けると、ソフィーが振り返り悲鳴を上げた。

 男の身体からゆらゆらと立ち上る赤い炎が怒りのオーラに見える。左手を前に突き出した男に向かって、エドワードが泣きながら土下座しはじめた。

 ソフィーを指差して睨みつけ、背中しか見えない男に何かを必死に懇願するエドワード⋯⋯ただならぬ様子は、この男がエドワードを殺す為に王宮を破壊したのだとしか思えない。

 持っていた大きな袋と交換に命乞いをしているらしいエドワードと、首を横に振りながら袋を抱えて、ずりずりと後ろに下がるソフィー。

 エドワードが何か叫んで指差したのは、ガゼボの床の中央に埋め込まれた、多彩色の絵柄のタイルで、広さは置かれていたテーブルと同じくらいだろう。

 男が左手を前に出すと、エドワードが首元を押さえてもがき始め、両手を合わせて懇願していたソフィーは、胸を押さえゴボッと血を吐いて倒れた。

 しゃがみ込んで、多彩色の絵柄のタイルをそっと撫でた男の手が金色に光り⋯⋯霞のような白い何かが浮かび上がると、目の前に広がっていた景色が、ゆっくりと消えていった。



「⋯⋯お、俺⋯⋯わす⋯⋯忘れてた。エドワード⋯⋯とソフィー⋯⋯10年⋯⋯エレーナの勇者になるって⋯⋯」









 ループ前⋯⋯エレーナの死は病死と発表され、側妃候補だったソフィーが王妃となった。エロイーズは恩赦で釈放されただけでなく、王太后の地位さえ取り戻し、祝いの場でニール・ビルワーツを外務大臣に任命した。

 エレーナの死と共にビルワーツの資産の全てを手に入れたニールは、侯爵領ごと公国を離脱。アルムヘイルへと戻り⋯⋯エロイーズの寵愛を傘に王宮に君臨しつつ、帝国・クレベルン・連合王国への影響力も手に入れていった。

『ビルワーツの鉱山はいくらでも金を吐き出しますぞ? 帝国でそれなりの席をご用意頂けるなら、願いは思いのままに⋯⋯』

 エレーナの死から10年目⋯⋯アメリアとビルワーツ侯爵領を失ってから凋落しはじめた公国は、立て直し不可能なほど寂れていた。

 ほぼ帝国の属国状態となったアルムヘイルは、帝国とニールの言うままに公国へ行軍⋯⋯公国は壊滅状態に陥った。

 勢いに乗った帝国軍は、アルムヘイル・クレベルン・連合王国を従えて、オーレリアへの進軍を決定。

 魔法は使えないが、財力物を言わせて集めた武器を手にした4カ国と、魔法特化のオーレリア⋯⋯魔導士達の総力を結集しても、勝ち筋が見えないオーレリアは、4カ国の王宮に魔導士部隊を送り込んだ。



「アルムヘイルへ送り込まれた魔導士の中の一人が俺⋯⋯さっき剣を握ってた奴な。あの後、エドワードとソフィーは捕まえて檻に入れて、下水に放り込んだ。回復魔法をかけて死なねえように⋯⋯最低10年⋯⋯できれば20年持たせたくて。エレーナが苦しめられたのとおんなじだけって。ニールとランドルフのクソ野郎は魔導具の研究⋯⋯解毒の魔導具の実験に⋯⋯」



 今よりも大掛かりで派手な魔法が好きなくせに、剣を片手に敵地に一番乗りするのが好きなジェラルドは、変わり者で有名だった。


『首魁だけは絶対に逃したくねえからな。魔法ドーンで終わらせただけじゃ、敵の大将を殺れたかどうかわかんねえじゃん。
魔法の使えねえ奴には剣を見せると、手っ取り早くびびって、欲しい情報をベラベラ喋ってくれるんだよ』


 王宮に潜入したジェラルドは、敵の情報を調べる間に『エレーナ』と言う名前を何度も耳にした。

『何も殺す事ないよなぁ。まだ使えたのに』

『便利でよく働くアルムヘイルの奴隷がいなくなって、仕事が終わらねえし』

『死体を埋めた上で、いろんな女とヤルとか⋯⋯まじウケる~』


『実の父親に売られたんだよな~、ビルワーツって怖え』

『ヤバいのはニール様だろ? 虐待し続けてから財産総取りとか⋯⋯』



 王宮で戦果を待ちながら踏ん反り返っていたトップの首を、同時に取られた4カ国の軍隊は散り散りになって国に逃げ帰った。彼等が帰った先に見たものは⋯⋯魔導士達に破壊された見るも無惨な王宮と、並んで朽ちかけた王や重鎮の首だけ。

 勝利したと言っても多大な被害が出たオーレリアは、4カ国を相手に裁判を起こし⋯⋯復旧に向けて奔走しはじめた。





 
「そう⋯⋯多彩色の絵柄のタイルの下にわたくしは⋯⋯」

 タイルをそっと撫でた男の手が金色に光ったのを見た時、その温かさを知っているような気がした。

 記憶なのかイメージなのかさえ定かではない。ループ前のその時、エレーナはすでに亡くなっていたのだし、目の前に映し出された景色は今の時代ではないのだから。

(でも、ジェラルドが頭を撫でてくれる時と同じ⋯⋯安心できる温かさだって気がしたの)



 バルコニーから落とした遺体をガゼボの床に埋め、その上でソフィーや愛人達と睦み合うエドワード⋯⋯使い潰し殺してもなお、蹂躙され続けていたエレーナ。

 これ以上悪趣味で、吐き気がするほど下劣な行為など思い浮かばない。あの時のエレーナはそこまでされるほどの何をしたと言うのか⋯⋯。

「王宮に侵入した時、初めてエレーナの事を知ったんだ。10年前の事⋯⋯それまでの事。タイルに手を触れた時、また会える気がしたから、エレーナの勇者になるって約束したんだ。なのに、すっかり忘れて⋯⋯5歳のエレーナに会ってから、今まで、一度も思い出さなかったなんて⋯⋯」

「お前、玉座に転がってた王冠を踏み潰しやがっただろ?」

「え? セドリック、お前もいたっけか?」

「いや、いたけどいなかったって感じかな~。『黎明の魔女』に頼んだんだ、俺が」



『この身には対価として捧げられる物など残っておりますまい⋯⋯されど、望む事が許されるならば『黎明の魔女』殿のお力に縋りたい』

『取り敢えず聞いてあげようじゃないか。毒に侵されて息絶えるまでに⋯⋯1日あるかないか。そんなあんたが魔女に何を望むのか、気になるからねぇ』

『心正しき者が、心安らかに暮らせる世界を』

『やれやれ、なんと大きな望みだこと。これほど天秤が釣り合わない願いなんか、聞いた事がないよ』

『生まれ変わるたび、手にする物全てを代償に⋯⋯それでは足りませぬか?』

『ふーん、あんたが次の世では平和で、安寧な暮らしができるとしてもかい?』

『それならばありがたい。安寧な暮らしを捧げる事ができるなら、少しでも対価の代わりとできましょう』

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