上 下
128 / 135
第五章

41.穴を掘って飛び込む男

しおりを挟む
「「で? 吐けぇぇぇ」」

「うへぇ⋯⋯祖父ちゃんが、その⋯⋯次の国王選挙に、その⋯⋯セ、セドリックを推薦とか⋯⋯うわあーん、これ内緒だからぁぁ、絶対ぜーったい本人には言わないでぇぇぇ」

 セドリック本人には言ってるけど?

「陛下が⋯⋯俺を⋯⋯俺の魔法を認めて下さってる? 嬉し⋯⋯迷惑千万じゃん。侯爵家の後継でさえ嫌なのに⋯⋯陛下にはもうワンクールは馬車馬のように働い⋯⋯国王やってもらわないと⋯⋯」

 文句を言いながら、口元を手で隠したセドリックの耳が赤くなっていた。

 陛下の我儘に耐えるなんて無理⋯⋯と呟いていたセドリックが、御者に声をかけられて馬車に乗り込んだ。

「後で⋯⋯」

「おう! エレーナを送るついでにローラも返品したら帰る」





 セドリックは⋯⋯ジェラルドに勝ちたいとか、ジェラルドより上になりたいと思っていたわけではない。

 ジェラルドとは物心ついてからずっと仲がいい。一緒に悪戯をして、一緒に怒られて。喧嘩をして仲直りして、おやつを取り替えっこして⋯⋯気が付けばいつも一緒にいた。

 足りないところや苦手なところを補い合い、得意なところや自信のあるところは助け合い⋯⋯。

(一緒にいすぎて、俺の中で境界線が曖昧になってたのかもな)

 セドリックの中にはジェラルドと別々の道を進む不安があったが、ジェラルドは何も気にすることなく、スイスイと前に進んでいるように見えた。

(ジェラルドは自分の道を選んだ⋯⋯俺は?)

 どうするべきかは分かっているし、周りの希望も知っている。なんとなくそうなるんだろうと思い、セドリックはそれ以外の事を考えたことがなかった。

 引かれたレールの上を歩くのが貴族として産まれた自分の定めで、周囲の期待の枠の中で生きる⋯⋯そう思ってたから、セドリックは驚いた。



『アルムヘイル王家を潰します⋯⋯』



 ネグレクトされていたと知ったエリオットに助け出された⋯⋯ここまでは分かる。そのエレーナは、年齢にそぐわない知識を兼ね備えていると知っても、珍しい奴だと思ったくらい。

 良いなとは思ったが、ジェラルドが本気で手を上げて、囲い込みに必死になっているのを見てすぐに諦めた。

(兄弟で取り合うのは変だから⋯⋯)

 貴族として産まれ、色々あったが今も貴族として生きているエレーナが、4カ国を相手に戦うと言う。できるだけ人の手を借りず一人でやるのは、次のターゲットを作りたくないから。


『これは自分の選んだ道ですから』


 目の前にあるレールを言われるがまま走るのが貴族⋯⋯その中で、堂々と新しい道を作っていくエレーナ。

 気がつくと周りはみんな自分で道を選んでいた。

 アレックスが選んだ結婚相手は、少し格下であまり評判の良くないアリサ⋯⋯彼女は貴族らしくない物言いで敵が多い。

 セレナは親に相談もせず結婚相手を決めた⋯⋯一人娘がシェイラードへ嫁に行くと半泣きの両親。

 ローラは大学への進学を決め、教師になると言い切った⋯⋯ルーナのように婚期が遅れそうだと心配する両親を無視して。

 元々ミリアは勝手にアイザック王子との婚約を決めていたが⋯⋯。

 ジェラルドはエレーナと共にいると決めた⋯⋯貴族でなくなっても構わないと言い切ったらしい。

(俺は⋯⋯周りの期待通りキャンベル侯爵家を継ぐのは、自分の選んだことなのか? それとも流されてるだけ?)

 それまでは、セドリックの中に『自分の道を探す』と言う考えがなかったから、キャンベル侯爵家を継ぐのが自分の望みなのかさえ分からない。

 魔女への弟子入り、学園のルールへの抵抗⋯⋯その程度しか思いつかなかった。しかも、やっているうちに劣等感に苛まれはじめた。

(道を選ぶとかやりたいことを見つけるとか⋯⋯俺にはできないのかも。俺なんかには)



 ローラの一言でセドリックが癇癪を起こし⋯⋯その結果は⋯⋯昔と変わらないまっすぐなジェラルドがいて、気が抜けた。

 子供のようにはしゃぎ、無条件の信頼を寄せてくれるジェラルドは変わったのではなく、いつも通り突っ走っているだけ。


『猪突猛進がジェラルドで謹言慎行がセドリックだな。ジェラルドは森に道を最速で作るが、セドリックは時間をかけて森を開拓できる。どちらも得難い才能だぞ』


(父上の言葉⋯⋯忘れてた。俺はただ『セドリック』を認めてもらいたかっただけ。自分で自分を認められるようになりたかったのか)

 ローラが口を滑らせた祖父エリオットの言葉は嬉しかった。この国は最も強い魔導士が国王になるが、もちろんそれだけではない。性格や知識その他も大きく影響している。

(俺の努力を見てくれている人は沢山いる。焦る事はないんだ。ゆっくりと将来を考えていけばいい)



 侯爵家を継ぐよりもやりたいことができたと言っても、両親は許してくれるだろう。父が継いでいる間に、親戚からキャンベル侯爵家を継ぎたいと思う者を探せばいいと言ってくれる⋯⋯今は、自信をもってそう言える。

(その頃には、セレナの子供が大きくなってるかもしれないし)

 ジェラルドがエレーナと結婚できても⋯⋯できるかどうか怪しいが⋯⋯子供は作らないと言いそうな気がするが、時間は人の心を変えるから。

(それに⋯⋯みんな忘れてるみたいだけど、俺達にはビルワーツの血が流れてる。お祖母様リディアはビルワーツ出身で、あのアメリア様の叔母なんだ。セレナと俺とジェラルド⋯⋯3人は4分の1、ビルワーツなんだってジェラルドに教えてやろうかな。
結婚祝いとかで⋯⋯)

 学園を卒業して父の仕事を手伝いながら、魔女の弟子も続けていたセドリックが、キャンベル侯爵家を継ぐと決めるのは、まだまだ先のこと。

 セドリックがエリオットの推薦で国王になったか? それはまだ、誰も知らない秘密。






 そして⋯⋯セドリックとジェラルドの卒業式。

 今回も堂々と保護者席に座るエリオットとレイチェルだが、職員達は諦めていたらしく、式次第に『国王祝辞』の文字はなかった。

「今年は堂々と座ってられるな」

 どの口が言う⋯⋯誰もがそう思ったが、賢明な保護者達は何も言わず、愛想笑いを浮かべていた。

「今年の在校生代表はエレーナで、卒業生代表はセドリックか。シェイラードの奴が悔しがっておったな」

 次席となったアイザック王子は呑気に笑っているが、使者としてやって来た第二王子派は、悔しそうな顔でセドリックを睨んでいる。

「セドリックはもちろん優秀ですが、アイザック王子殿下は帰国後のことをお考えになったのですわ。どこにいても目立たないのが一番だと仰っておられますから。
あまり大きな声で使者の方々を刺激しないで下さいね」」

 卒業式とその後のパーティーの為に一時帰国したミリアは、卒業生達と談笑していたアイザック王子に手を振りながら、エリオットに釘を刺した。



 涼やかな声で祝辞を述べるエレーナを見てエリオットが目の縁を赤くし、レイチェルはハンカチで目頭を押さえた。

「大きくなりましたわね。あの頃が嘘のように⋯⋯」

「ああ、立派になった。流石、俺たちの子だな」

 エレーナの卒業式ではないのだが⋯⋯。

「ガリガリで目ばかり大きくて⋯⋯」

「所在なげな顔をしていることも多くて、見ていて悲しくなりましたもの」

「わたくしこそ、もっと早くに気付いてやるべきでした」

「ビルワーツの様子を気にかけておけば⋯⋯」

 ラルフ双子の父ライラ双子の母リディア双子の祖母アーロン双子の祖父⋯⋯順番に声をあげた4人も、セドリックとジェラルドよりエレーナに注目している。

 去年はアレックスそっちのけでセレナに注目していた親族は、男の子には冷たいらしい。

 ローラは⋯⋯男の子チーム疑惑。



 アイザック王子から学園や生徒達への謝辞の時間も設けられ、シェイラードの使者も満足そう。

「忖度したのでしょうが、アイザックは『余計な事を』とご機嫌斜めでしたの」

 ミリアの言葉にエリオット達が頷いた。アイザックは特別扱いが大嫌いで、ギリギリまで嫌だとゴネていたから。

『私は一生徒としてこの学園で学び、一生徒として卒業できるものと思っておりました。まさか、オーレリアが誇る魔法学園がこのような⋯⋯』


「使者の奴らは謝恩パーティーで思い知るだろう。アイザックは実に優雅に嫌味を言うからなあ」

「その辺りも、ミリアとよく似てますわ」

「あら、お祖母様⋯⋯わたくし耳が遠くなったみたいですわ。まだ若いはずですのに」

「そのテクニックをローラにレクチャーしてくれると助かる。どうも、ローラはルーナに似てきた気がするからな」

「ルーナはエリオットに似てますから、ローラもエリオット似と言うことかしら?」

 ピシリと言い返すレイチェルの様子からして、ミリアはレイチェル似のよう。





 さて、全員が注目する謝恩パーティー。セドリックは誰と入場するのか、ジェラルドはエレーナと参加するのか⋯⋯多くの目が会場の入り口に集まっていた。

 謝恩パーティーは教職員への感謝を伝える事がメインだが、成人する卒業生達のプレ社交会の様相も呈している。

 学園長をはじめ最上級生に関わった教職員は、この日ばかりは白衣やローブではなく、テール・コートとベストにトラウザーズと言う正装に身を包み、スカーフで個性を出している。

 女性陣はクリノリン・スタイルやバッスル・スタイルのイヴニングドレスで、普段は厳しい教師も華やかで、上品に見える。

 パーティーは既にはじまり、教職員達は保護者達と歓談したり、卒業生が担任に肩を叩かれていたり⋯⋯ほとんどの卒業生が集まっているように見えた。

 アイザックは国から来た使者を無視してミリアとばかり話し、側近2人を困らせている。

 セドリックとジェラルドが来ないと噂する者が増えてきた頃⋯⋯。



「マジかよ!」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

〖完結〗私は誰からも愛されないと思っていました…

藍川みいな
恋愛
クーバー公爵の一人娘として生まれたティナは、母を亡くした後に父セルドアと後妻ロザリア、その連れ子のイライザに使用人のように扱われていた。 唯一の味方は使用人のミルダだけ。 そんなある日、いきなり嫁ぐように言われたティナ。相手は年の離れた男爵。 それでもこの邸を離れられるならと、ティナはボーメン男爵に嫁いだ。 ティナを急いで嫁がせたのには理由があった。だが、ティナを嫁がせた事により、クーバー家は破滅する。 設定ゆるゆるの架空の世界のお話です。 11話で完結になります。 ※8話は残酷な表現があるので、R15になってます。

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

【完結】都合のいい女ではありませんので

風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。 わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。 サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。 「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」 レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。 オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。 親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

【完結】婚約破棄されたので、全力で応援することにしました。ふふっ、幸せになってくださいね。~真実の愛を貫く代償~

新川ねこ
恋愛
ざまぁありの令嬢もの短編集です。 1作品数話(5000文字程度)の予定です。

【完結】結婚してから三年…私は使用人扱いされました。

仰木 あん
恋愛
子爵令嬢のジュリエッタ。 彼女には兄弟がおらず、伯爵家の次男、アルフレッドと結婚して幸せに暮らしていた。 しかし、結婚から二年して、ジュリエッタの父、オリビエが亡くなると、アルフレッドは段々と本性を表して、浮気を繰り返すようになる…… そんなところから始まるお話。 フィクションです。

夢から覚めたら過酷な現実が待ってました。どうやら私は独りで生きねばならないようです。

亜衣藍
恋愛
幸せ時代は突然に終わり。これからは復讐のお時間です。

見た目を変えろと命令したのに婚約破棄ですか。それなら元に戻るだけです

天宮有
恋愛
私テリナは、婚約者のアシェルから見た目を変えろと命令されて魔法薬を飲まされる。 魔法学園に入学する前の出来事で、他の男が私と関わることを阻止したかったようだ。 薬の効力によって、私は魔法の実力はあるけど醜い令嬢と呼ばれるようになってしまう。 それでも構わないと考えていたのに、アシェルは醜いから婚約破棄すると言い出した。

処理中です...