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第五章

37.意外な人がディスられた

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「ループ前にチェイス・ダンビールに会っていなければ、あんな国なんて潰していたわ」

 マクベスが建て直しかけながら志半ばで終わった国を、ずっと守ろうと努力していた人がいると知らなければ。

 マクベスの最後の言葉⋯⋯『タイラーを頼む』

 その言葉を知らないエレーナとチェイスが出会い、王国の運命が変わったのは⋯⋯果たして偶然だったのだろうか。



 人は新王として王位についたタイラーに大きな期待を寄せるだろう。長い間身を隠し耐えてきたことを、美談だと言いはじめる声も既に聞こえてくる。

 苦渋を耐えつつ力を蓄え、国を救うべく立ち上がった、王に相応しい器だと⋯⋯国民もタイラー自身もそう思っているはず。

 タイラーを守り抜いたネルズ元公爵への称賛の声も大きい。国の為に大切な王子を守ってきた真の忠誠者だと。

 病を得たと偽り野に下り、ひたすら王家の血を守り抜いた彼がいたからこそ、この国は復興に向かうことができると、他国にまで聞こえてくる。

「嘘ではないし、国に希望を与える為にもそれで良いと思う。タイラー新国王も侍従長も本気で『我等は救国の為に苦渋を耐え抜いた』と思っておられるままなら、国民の期待を一心に背負って頑張れると思うし。彼等にとってあの暮らしは間違いなく辛く厳しいものだったはずだから」

 王子として、高位貴族として⋯⋯恵まれた環境から一転した暮らしは、まさに忍耐ばかりに思えただろう。

 使用人に囲まれ、自分の手を使って靴下を履くこともなく、歩く道は常に誰かが掃き清めていたのに、芋の皮を剥き、冷たい水を手ずから汲み上げなければならない。

 常に目の前にあらゆる物が準備されていた暮らしから、物資が届くまで目の前にあるもので耐え忍ばなくてはならなくなったのだから。

 ごく普通に暮らせている者達が聞けば⋯⋯。

『なんと辛い日々を過ごされたのだろう!』

 日々の食事にさえ事欠く者達が聞けば⋯⋯。

『届くならそれほど苦労してないじゃん』

 
「人は見たいものを見たいように見るでしょ? その人が生きてきた中で見知ったものを判断基準にして⋯⋯。
タイラー新国王やネルズ元公爵は、自分達は艱難辛苦の末に立ち上がったと思っておられる。それが正しいと思う人もいるし、わたくしのように違う見かたをする人がいないわけではないと思う。自分が生きて得た知識の中で判断するんだもの、意見は様々になって当然だし、どちらか正しいとか間違ってるって事はないと思ってる。
で、わたくしはタイラー王達を助けたつもりはないし、今後助けるつもりもないの」

 タイラー達を王宮に送り出したのは、純然たる善意でもなければ、悪意でもないのだから。

 残りは1年と少しだけだが、ループ前の記憶が役に立つ場面があるかも知れない。

 タイラーからの縁談話を断ったのは、それ自体に興味がなかったのもあるが、彼等の『お花畑』な頭に付き合う気もなければ、エロイーズ達のしでかしの後始末を手伝う気もないから。

「わたくしはとても冷たい人間なの。助けられる人を目の前にしても、助けるとは言わない⋯⋯助けるかどうか考えるとしか言わない、薄情で計算高い人間なの。
苦難の道へ平気で人を送り込めるし、計略を張り巡らせて人を陥れる事だって平然とできるもの。その為なら、捨て去ったビルワーツとの繋がりだって利用する。ビルワーツの血を利用されるのを恐れていたのに、それを利用する計画を一番に考えたのはわたくしだったわ。
アメリア様の後悔を利用して『わたくしの為に犯罪者になれるか?』って脅したの。この方は本当に後悔しておられるって気付いたから」



「えーっと、ほとんどは知ってるぞ? 計画の為でも恨みを晴らす為でも、エレーナが他の奴と婚約とかしなくて嬉しいってくらいかなあ。うん。俺な、侍従長になったクソ公爵には腹が立ってるし、平気な顔でエレーナに結婚を申し込んできたタイラー王はクソ野郎だと思ってる。
だから、助けるってエレーナが言い出したら、全力で止めてる自信がある!」

 あの婚約パーティーの数日後、侍従長に就任したネルズ元公爵がエレーナを訪ねてきた。

 謝罪と礼にきたと言いつつ、ループ前の記憶を根掘り葉掘り聞く侍従長の首を、ジェラルドは何度締め上げようと思ったかしれない。

 興味が少し、残りは今後の利用価値を見極めているようにしか思えない。何もせず元の場所に戻った奴らが、エレーナを今後も利用しようとしている。

(お前らは、国を救う為に何をした!? 王宮に巣食ってる悪魔達を追い落とす為に何をした!? 自分達が王宮に戻る為に何をした!?
何も考えねえで、山に篭って『炭焼きごっこ』して、ボロ屋で『料理バンザーイ』ってしてただけのくせしやがって、ふざけんじゃねえ!)

 侍従長がエレーナから聞いた話を話してないとは思えないのに、結婚を申し込んできたタイラー。

(エレーナはアルムヘイルには関わりたくないって、なんでその程度の事も分かんねえんだよ! 馬鹿なのか? 馬鹿だよな! 呑気に木を削ってる間に、頭に花が咲きまくったに違いねえ!)

 言語道断だと部屋で暴れたジェラルドは、セドリックに氷魔法で固められて気絶させられた。



「薄情だとは思えねえが、計算高いのは良いと思うぞ。言い方が悪いだけで、冷静に判断できてるだけだし?」

「⋯⋯ジェラルドはわたくしを買い被りすぎだわ。オルシーニ家とキャンベル家の方々はみんなそう。親切すぎて、わたくしを良いように見ておられるだけ。
わたくしは哀れな庇護対象でもなければ、守らなければならない世間知らずでもないの。狡猾で腹黒な策略家よ! 全然違う⋯⋯ジェラルド達が見ているつもりになってるエレーナは、わたくしとは別人だわ」

「んー、じゃあ堂々と狡猾にすればいい、エリオット陛下みたいに。腹黒は間違いなくセドリックで、策略家はいっぱいいすぎて選べんが⋯⋯別にいいんじゃねえか?」

 長年エリオットを見てきたジェラルドに言わせれば、エレーナの狡猾さなど可愛いものだと思う。自分の前に立ち塞がる者には容赦しないエリオットは、大切なもの⋯⋯家族や国を守る為ならどんな手でも使う。

 セドリックもそれに近いものがあるが、エリオットの域には達していない。

「自分の認識と他人の認識なんて違って当然だし、良いとか悪いとかも状況やら見方によってかわるしな~。そう考えると、どうでも良くないか?
アメリア様は我が子を虐待した酷い奴だって言う奴がいるじゃん。でも俺は、アメリア様は優しい家族と忠誠を尽くす使用人に囲まれて育ちすぎて、それ以外の世界を知らなかったのが原因だと思ってる。
おんなじ事をやらかす危険性を抱えてる奴はゴロゴロしてるけど、気付いてないだけ。運良くそんな状況になってないだけで、気付いてないからやらかす可能性は高いんだぞって。それどころか、とっくにやらかしてるのに気付いてないだけかもってな。
アメリア様は、ネグレクトしてたと言うよりも『お花畑』すぎて考えつきもしなかったのが問題。んで、その『お花畑』はその親が『お花畑』だったせい⋯⋯『蕾』くらいだった可能性はあるが、そのせいで娘が立派な『お花畑』に育ったのは間違いねえな。虐待した奴の名前をあげるとしたら、ニールと使用人達だと思ってる」

「わたくしもそう思うの。とにかく逃げ出したかった頃は、アメリア様があんなことを言わなければとか、顔を見にきてくれていたら違ったはずだとか思ってた。
オーレリアで暮らして、知らない世界を見て、ジェラルドと同じことを考えたの。幸せ一杯に暮らしている人達は、自分に甘くなるし危険予測をしなくなる。
不幸な話や辛い話を聞いても、現実味がなくて絵空事で終わるから⋯⋯何か起きた時、まさか自分周りでそんなことが起きるとは思ってなかったって、本気で驚くの。
知識があっても、見たり経験したりしてなければ分からないんだなあって」

 教育の中で使用人に目を光らせる必要性を学んでも、アメリアの目の前には忠誠を尽くして仕える使用人しかいない。

 両親や家庭教師から、両親の不仲で壊れた家庭や、親と子の関わり方について聞いていたとしても、アメリアの目の前には愛情深い家族しかいない。

 深い意味はなくとも、言葉は時として多くの波紋を呼ぶと習っていても、アメリアの目の前には咎めながらも理解してくれる人しかいないなら、謝った後は忘れてしまう可能性が高い。

「大きな問題が起きてないから『またやっちゃった、ごめんなさい』って謝るのを聞けば、『次は気をつけよう』って周りは済ませてた。
使用人の事も同じで、問題のある使用人に出くわしたことがなければ、用心なんてしなくなる。
貧困家庭の大変さを聞いても、目で見てなきゃ現実味はないからなぁ。しかも、身近に起きるなんて思いもしないのが普通」

 宮殿に越した後、新しく雇った使用人達が虐待や横領をしていると微塵も思い浮かばなかったのだろう。本に書いてある知識としてしかしらないから。

「アメリア様の言動に問題があったとは思うし、間違っていたとも思うけど、あの人の場合は環境が良すぎて、虐待を誘発したって思ってた。『蕾くん』が『お花畑さん』を作ったって言う考えはすごく納得できるわ」



 レイモンドやセレナが、一人娘のアメリアをどんなふうに育てたのかは分からないが、結果だけをみると、真綿で包みすぎて『お花畑』に育てたように見える。

 歴史書ではビルワーツ侯爵家の当主に相応しい素晴らしい夫妻だとされていたが、子供への躾は甘かったのかもしれない。

 溢れるほどの資産は物質的なものならなんでも手に入り、高額の給与を払えば使用人も優秀な者だけを集められる。その中に腐ったリンゴが入っていて、苦労した経験がなければ、疑う事はしないだろう。

 富み栄えた領地では貧困に喘ぐ民を見る事はなく、暮らしにゆとりのある民は、円満な家庭を築きやすい。全てを手にしている人が、持たざる人の心に溜まっていく澱⋯⋯妬みや嫉み⋯⋯に気付くことはない。

 愛情に埋もれ、可能な限り快適な暮らしをしている中で、本を前に貧困や家庭内の暴力を説かれても現実味はない。正義感の強い者や正しい倫理観を持っている者でも、リアルな恐怖を感じる事はない。

 殴られた事がなければ痛みは分からず、殴られる人を見た事がなければ、暴力を身近に感じる事はない。



「知識だけで知ったつもりになってるって怖いよな。かく言う俺も昔はその一人だった。だから、よく分かるんだけどな」

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