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第五章

36.タイトル詐欺にはならないよね?

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「⋯⋯なぁ、ルーナ様に勝てたら、来年の卒業パーティーで、エスコートさせてくれないか?」

「卒業パーティーって⋯⋯」

 卒業パーティーで、誰かにエスコートしてもらう事など考えてもいなかった。ビルワーツの血がいつか不幸を呼び寄せるかもしれない⋯⋯だから、誰とも深く関わってはいけない。

 卒業後の予定は何も決まっていないが、エレーナはオルシーニ家とも距離を置くつもりでいる。

「あー、そんなに真剣に悩まなくても、卒業式の日までに、ゆっくり考えればいいよ。決めきれなけりゃ、エレーナの卒業まで延長するし。その次も⋯⋯なんか考える」

「それじゃあ、いつまで経ってもキリがないじゃない」

「いんだよ、なくて⋯⋯どっちにしろずーっと待つつもりだし。エレーナが誰か他の奴を好きになっても、俺がエレーナを好きでいるのは構わねえじゃん」

「す⋯⋯」

「ガリッガリで目ばっかり大きくて、直立不動の針鼠みたいなエレーナが、ルーナ様に捕まってるのを見た時からな~」

 初めてエレーナがオルシーニ家とキャンベル家に紹介された時、ルーナにガッチリと手を握られていて逃げ出せないだけ⋯⋯ジェラルドにはそんな風に見えた。

 サイズは合っているが、着慣れていないと丸わかりのデイドレス。

「背筋を伸ばして胸を張っているけど、足はきっと震えてたはずって」

「震えてなかったし⋯⋯ジェラルドって、最近言葉遣いが荒くなってるわ。それに、針鼠は4本足だもの」

「そこはいいんだよ。あの針ってさ、攻撃にも防御にも使えるって知ってるか? エレーナっぽいだろ? サイズ感もな。
言葉遣いは、まあ⋯⋯最近色々あってさ、素のままでいいかなって。キャンベルを継ぐのはセドリックで、俺は自由⋯⋯父上からも『好きにしていい』って言質とったしな」



 キャンベル侯爵家の当主はアーロン。彼はレイモンドエレーナの祖父の妹リディアがオーレリアに移住する日、家を捨ててまで追いかけてきた激情家。


『時間がかかってしまいましたが、父上に廃嫡の手続きをしていただいてから参りました。これからは俺がリディアを守るお許しをいただきたい』


 幼馴染だったアーロンが、マクベスと婚約していた自分に想いを寄せていたなど、この日まで知らなかったリディアは絶句した。

 紆余曲折の末に、キャンベル侯爵家を継ぐ事になったアーロンとリディアには、2人の息子がいるが、長男は女児セレナがいるだけ。

『わたくしの技量では、キャンベル侯爵家を盛り立てて行くのは無理だと思いますの』

 早い年齢のうちにセレナが宣言した為、将来キャンベル侯爵家を継ぐのは、次男夫婦の元に産まれた双子のどちらかだと決められていた。

『キャンベルはセドリックに押し付けます! 俺は永遠にエレーナと共に生きますから、廃嫡でもなんでもよろしくです』

『はぁ、父上アーロンに一番似てるのがお前かもしれんな~。別に廃嫡にしなきゃならん理由はないし、エレーナに振られた時に泣く場所が必要だろ?』

『よっしゃぁぁぁ!』

 ジェラルドは父の溜め息混じりの言葉に拳を突き上げた。




「風が出てきたなあ⋯⋯ほら」

 収納から出した毛布でせっせとエレーナを包んだジェラルドが、頬をつついた。

「寒いんだろ? 赤くなってる」

「違うもん⋯⋯ジェラルドがおかしなことばっかり言うから、なんか調子が狂ったって言うか⋯⋯」

 セルビアスに乗り込む為に、本で話し方を勉強したエレーナの言葉遣いも、かなり変わってきた⋯⋯エレーナ自身は気付いていないが、ジェラルドはかなり気に入っている。

「終わりがあればはじまりがあるって、クソ婆⋯⋯ある人が言ってたんだよ。んで、今日はそんな感じじゃね?」





 ビルワーツ侯爵家はアメリアの死と共に終わりを告げた。侯爵家の資産は解体され、侯爵邸は歴史記念館になると言う。

 アルムヘイル王国の臣下だった頃から今までの、ビルワーツ侯爵家の歴史を後世に残す為に。

 アルムヘイルの『羽ペン屋敷』はタイラー新国王に贈られた。

『あの時、わたくしが判断を間違えなければ、アルムヘイルの国民は長い圧政に苦しむ事はなかった。それをエレーナ様に教えてもらって初めて気がついたと仰せになられました⋯⋯タイラー様への謝罪も兼ねていると』

 アメリアが箱庭に閉じこもらなければ、国民もタイラーも⋯⋯。

 タイラーは『羽ペン屋敷』をアルムヘイルの象徴として残すことに決めた。アルムヘイル王家の横暴と、ビルワーツ侯爵家の献身。何よりも王家の悪逆達を潰したエレーナの功績を讃える為。

『私にとって戒めにもなる。王家が歪んだせいで過酷な時代を生き、戦い抜いた方々がおられた事を忘れない為に』




「本当はね⋯⋯王家だけじゃなくて、アルムヘイルを王国ごと潰す方が良いって思ってたの。王家だけじゃなく、あの国には腐り切った貴族や商人が蔓延りすぎてる。王家だけ粛清してもどうにもならないって」

 ソフィーが婚約者に内定していても、アルムヘイルはビルワーツの資産に、より大きな魅力を感じるのは間違いない。

 ビルワーツの血をちらつかせて『他に後継者はいない、いつでも籍は戻せる』と言えば簡単に食いつくはず⋯⋯そこから婚約に持ち込むことなど造作もない。

「あの国はループ前のエレーナを使えるだけ使い終わったら、殺すと決めていたんだと思うの。
知られてもコイツは反撃なんてできやしないって馬鹿にしていて、ヤバくなれば殺せば良いだけだって思ってたから、手の内を隠す必要はない」

 エレーナの前で平然と秘密を話すランドルフや、目の前で当たり前のように賄賂を受け取るエドワード。官僚達はエレーナを無視したまま自分達の悪事をひけらかし、貴族や商人の抱える弱点を口にする。

「そのお陰で、誰に甘言を囁けばランドルフに伝わるのか、エドワードを陥落する為には、どの貴族を唆すのが一番手っ取り早いのか⋯⋯ループ前の情報と、大きく変わっているとは思えなかったから、やろうと思えば簡単だったと思う」

 婚約パーティーを盛大に開かせ、婚約破棄と盛大な『ざまあ』をすれば⋯⋯。

「内定していた婚約を壊して婚約した女の婚約披露パーティーに呼ばれて、婚約破棄を見せつけられたら⋯⋯ループ前にわたくしをバルコニーから突き落としたソフィーを、悔しがらせる事ができるって思ったの。
婚約じゃなくて結婚でも良いと思ったわ。婚約中や結婚後に嫌味を言いまくれば、長くソフィーを悔しがらせられるから。性格が悪くて悪趣味でしょう?」

 2度にわたる婚約破棄をビルワーツに突きつけた王家に、3度目の婚約破棄はこちらから仕掛けて突きつけるのは、最高の仕返しになると思った。



「でも、国が潰れたら国民はどうなるのか⋯⋯オーレリアや公国のような『王家不要の国』にするのは時間がかかるわ」

 疲弊した国民に更なる苦難を耐える余裕はない。税率を下げ物流を正常に、人を雇い国政を回し、法の改正を行い⋯⋯。どれも時間がかかるが、早急に対応しなくてはならないものばかり。

「国民が悪いわけじゃないと分かっていても、彼らがそれを乗り越えるまで、あの国に付き合う気にはなれなかったの」

 何一つ良い思い出のない国⋯⋯あるのは、歴史書で読んだ悪政への嫌悪と、ループ前の執拗に痛めつけられ使い潰された記憶だけ。

「だから、国ではなく王家の膿だけ潰して、残りの3カ国の頭も潰す。後始末はタイラー殿下とネルズ元公爵達に丸投げ⋯⋯に方向転換したの。今は陛下と侍従長ね」

 マクベス王が僅かな忠臣達と国を建て直す為に戦ったように、国を守るのはその国の者であるべき。

 ネルズ元公爵はマクベス王から預けられた大切な書類を隠し持ち、タイラー王子を助け続けてきた。その道を選んだのはネルズ元公爵。

 ネルズ元公爵の庇護を受け生き抜いてきたタイラー王子は、道を選ぶことなく隠遁生活に甘んじてきた。その場に立ち止まると言う道を選んでいたのはタイラー自身。



「その時が来るのを待っていた? 誰かが準備してくれるのを指を咥えて待てるのは、余裕がある証拠だわ。飢えに苦しむ者や暴力で痛めつけられている者からすれば『なんて贅沢な人生だ!』って思うもの。
粗末ななりで硬いパンを齧っても平気でいられたのは、その気になれば優雅な暮らしができると信じられたから。永遠にそこから逃れられないと知っていたら、味のないスープを『耐える』なんて彼等にはできなかったはず。
だから『その時』を返そうって思ったの」

 選ぶかどうかは本人次第。押し付ける気はないが、それとなく誘導したのは許される範囲だと思っている。



「王宮には、王位簒奪が起きた時、タイラー陛下より年下のチェイス・ダンビールがいたの。ジュリエッタが産んだ子供だけど、ランドルフとは血が繋がってなかったから王家とは血の繋がりはないわ。
でも、マクベス王が『決して粗略に扱うでない』と仰せになられたから、使用人達に大切に育てられたの。
彼は、成人後から王宮で働きはじめ、今は下級事務次官になってるはず。ネルズ元公爵が炭焼きに扮して悦に入っている間も、タイラー陛下が我が道を優雅に思い浮かべていた時も⋯⋯彼はジュリエッタ達との関わりを隠して、王宮でコツコツと働いてたの」

 身寄りのいない平民として登用試験を受けた時の身元引受人は、世話をしていた使用人の一人だった。父親に似たらしい地味な顔立ちが功を奏して、ジュリエッタとの繋がりを想像する人はいなかった。

 ヨレヨレの服を着て愚鈍なまでに実直。真面目に仕事をするせいで、他者から仕事を押し付けられてばかりいた。

 エレーナ王妃の手伝いは王宮内でも最下層の者がやる仕事だと言われていた。そのせいでエレーナとチェイスが知り合ったのだから、運命とは不思議なものだと感じざるを得ない。

「彼は『恩を返したい人がいるから頑張れる』『その方のお陰で生きてるから』と言っていたの。もう亡くなられた方だけど、きっと想いは伝わるはずだからって。
チェイスが『チェイス・ダンビール』だと知った時に『その方』が誰か分かったの」



 タイラーを連れて逃げたけれど、チェイスは放置したネルズ元公爵は『王家の血』だけを優先したことにならないだろうか。

 マクベスへの忠誠で王家の血だけを守るなら、タイラーを旗印に国を建て直して貰えば良い。どれほど困難な道であっても、それを押し付けることに微塵の呵責も浮かばなかった。

「ループ前にチェイス・ダンビールに会っていなければ、あんな国なんて潰していたわ」

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