【完結】熟成されて育ちきったお花畑に抗います。離婚?いえ、今回は国を潰してあげますわ

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第五章

31.被害者と加害者

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 ニール・ビルワーツの庶子。ターニャは母のイライザと暮らしていたが、使用人もいて物に溢れ⋯⋯極端に派手な贅沢さえしなければ、十分に快適だった。

 毎月、ドレスやアクセサリーを買ってもらい、馬車で遠乗りに出かけたり、街で美味しい物を食べたり⋯⋯。

 清潔に保たれた家と、洗い立てのシーツは当たり前。お気に入りのソファにお気に入りのドレッサー、カーテンや絨毯は気分次第で新しくしてもらえる。

 毎回何種類も出てくる料理とデザートは、気に入らなければ、作り直しさせることができる。

(わたしはおじょうさま。おひめさまならよかったな⋯⋯)



 毎日やってくる父親がいる時は機嫌の良い母親だが、いない時には文句ばかり言っている。

『ビルワーツの屋敷ならもっと⋯⋯』

『あたしこそ、あの屋敷に相応しいのに』

『あの女と子供が邪魔をするから⋯⋯』



 母親が馬車の事故で亡くなったが、男爵家の養女になり、生活に困りはしなかったが⋯⋯。

 硬いパンとスープだけの食事で、肉料理が出ることはほとんどなく、デザートなどは夢のまた夢。ほんの数枚しかないエプロンドレスや靴下もシーツも、自分で洗濯させられるのが我慢できない。

(昔の暮らしは朧げだけど、使用人がいて髪を梳かすのまでやってくれたはず。綺麗なドレスやキラキラしたアクセサリーだって覚えてるもん)

 養女になったばかりの頃は抵抗したが、すぐに諦めて義父母の言う事に従うようになった。

(大人しくしてないと捨てられる。良い子にしてたら迎えに来て、王宮に住めるようにしてやるって言ってたのに。いつになったら来てくれるんだろう)



 大きな家と部屋いっぱいのドレス、数えきれないほどのアクセサリー。使用人に傅かれて暮らす日々には、もちろん最高にかっこいい王子様付き。

 いつも夢の家で暮らす事ばかり考えているターニャは、大人しい子だと言われはじめた。



 転機が訪れたのはお使いの帰りに声をかけられた15歳の時。

『でっかくなったじゃねえか』

『あんた、誰?』

『お姫様になりたいんじゃなかったっけ?』



 ターニャはその男から色々な事を教わった。

『あたしは大金持ちの貴族の庶子で、孤児院に捨てられた兄と王宮に住んでる義姉がいる? なにそれ、酷すぎじゃん』

『だろ? だからよ、その姉ちゃんに会わせてやるって言ってんの』

『じゃあ、あたしも王宮に住めるんだ!』

『色々準備は必要になるがな。俺の言う通りにするなら、義姉ちゃんに会わせてやる。んで、贅沢三昧すりゃいい。義姉ちゃんの近くにゃ、高位貴族のイケメンやら王子様がゴロゴロしてるから、よりどりみどりだしなぁ』

『やる! やるに決まってんじゃん。独り占めしてるなんて酷すぎだもん。あたしが全部、ぜーんぶもらってやるんだから!』

(あたしが受け取るはずだった物を、全部義姉に奪われてたんだ! 取り返さなくちゃ)



『王宮に伝手を作るのは大変だが、その見返りはデカい。国一番の金持ちんとこで贅沢三昧できるんだからなあ。その為ならなんでもやるって約束できるか?』

『するする! もちろん約束するよ。もう、貧乏暮らしは飽き飽きだもん。すっごい素敵なドレスとおっきな宝石とめちゃめちゃかっこいい王子様と⋯⋯なんでもやるから連れてって!』

『よし! 俺からの手紙を待っとけ。そん中に指示を書いとく。誰にも知られるなよ。知られたらお前の取り分が減るからな』

『わかった! あーもー、早く王宮に行きたーい』




(薄汚い魔女のせいであんなに怖い思いをしたのに、水と風の魔法が使えるだけってショボくない? やっぱ、糸巻き棒と変なペンダント、盗んで⋯⋯もらってきてよかったよ。ペンダントで魅了できるとか、凄すぎじゃん。糸巻き棒を使えば、いくらでもズルできるし~。忘れちゃう方が悪いんだよね~。あたしは、ほっぺをスリスリしてあげるだけだもん)



 声をかけてきたおじさん⋯⋯クームラと直接会ったのは、グレンヴィル侯爵家に行く前が最後だった。

『アレックス・オルシーニかセドリック・キャンベルかジェラルド・キャンベルを狙え。オルシーニは公爵家でキャンベルは侯爵家だ。3人ともエレーナと仲がいいから、どいつでも構わん仲良くなるんだ。
その後、エレーナに声をかけろ。台詞は覚えてるよな』

『もしかしてお姉ちゃんなの? エレーナ・ビルワーツでしょ?⋯⋯あたし、ターニャだよ! ずっと会いたかったんだ⋯⋯って、うるうるしながら言えばいいんでしょ?』

『ああ、絶対に忘れるなよ。その後は適当に甘えてやれ。家族だって知ったら、すぐに仲良くなれるからな。
ターニャがエレーナだけを街に連れ出せたら、俺が声をかけて色々説明をしてやる。ターニャを王宮に住ませてやりたいって思うような話をな』

『絶対だよ! あたし、うんと頑張るから、失敗しないでよ」

(にっくきエレーナに近付く前に、イケメンがいたら捕まえちゃおうかなぁ)



 グレンヴィル侯爵家で⋯⋯ヘスターを利用して魅了のやり方を研究すると、ペンダントを握って、身体に触れながら目を見つめるのが、一番効果が高いと分かった。

(でも、効果がショボいから、何回もやらなくちゃなんだよね。これって道具の力じゃなくって、あたしの魅力かも!)

 準備は完璧⋯⋯意気揚々と学園に入学したターニャだが、ヘスター以外の男子生徒の近くによることさえできず、魅了魔法をかけるチャンスさえ見つけられない。

 アレックス・セドリック・ジェラルドの3人の近くに行くことはできるが、ターニャは相手にされないどころか、文句を言われて冷たく突き放されるだけ。

 ヘスターに魅了をかけて、イチャイチャしているせい、ヘスターが婚約破棄された原因になったのが自分だから、などとは思いもしないターニャは、完全に『ヒロイン』脳になっていた。

(イケメンがいっぱいなのに~⋯⋯あたしの魅力で近付いて、道具で魅了魔法をかけたら完璧のはず⋯⋯なのになあ)


 時間が経つごとに、ターニャの頭の中からエレーナの事が消えていく⋯⋯本人ですら気付かないうちに。

(おじさんは3人の名前を教えてくれたけど、アイザック王子を忘れてるよ。王子がターゲットNo.1に決まってるじゃん。No.2がアレックスだよね。だって、アレックスは国王の孫なのに、王子様じゃないらしいんだもん。変なの~。セドリックとジェラルドはその次だね。
あと、おじさんがなんか言ってた⋯⋯なんだっけ⋯⋯イケメンに近付いて、街に誘う? 王子様とデートしろって事だっけ?)



 ターニャは⋯⋯王子と結婚して王宮に住み、贅沢三昧する事しか頭に浮かばなくなっていった。

(あたしの物は⋯⋯えーっと⋯⋯王宮に住んでる人が持って⋯⋯ん?⋯⋯王宮にあるんだった。だから王子様と結婚する⋯⋯それが運命だよね)

(アイザック様ったら恥ずかしがってるのかなあ)

(あたしを王宮に連れてかなくちゃダメなんだよ? 贅沢させてくれなくちゃダメなのに)

 ターニャの記憶がかけていくたびに、魅了魔法が強力になっていったのは何故なのか⋯⋯破滅へ向かうターニャへの慈悲でないのは間違いないだろう。

(ヘスター以外、近寄れないから、魔女の持ってる呪具なんて役に立たないじゃん)



 


(なんで? ローラがいなくちゃ『虐められた』ってアイザックに言えないじゃん。可哀想なあたしを慰めるシチュエーションは、最高に萌えるのに!)

(ああ、一人いた⋯⋯養女にしてもらって王宮に住み着いた図々しい奴⋯⋯エレーナって⋯⋯えーっと、コイツを使うんだよね⋯⋯泣きながらアレックスに会いに⋯⋯そうだ! 王宮に行かなきゃ⋯⋯ アイザックが王宮で待ってるから)



 そして、エドワードの婚約披露パーティーが開催された。













「我儘なお願いだと分かっていますが、ターニャには苦しみの少ない最後を迎えさせてあげたいんです」













 王宮の地下牢の一番奥⋯⋯魔導具がいくつも設置された鉄格子の奥には、ベッドがポツンと置いてあり、薬で眠らされたターニャが寝かされている。

 息をしているのか、近くに寄ってみないと分からない。既に命の火は消えかかり⋯⋯後はただその時を待つだけに見えた。



「ターニャは欲に目が眩んで間違いをしでかしたけど、両親が植え付けたものが根底にあったから、被害者でもあったと思う。

エロイーズとクームラに利用されなければ、違う生き方ができてたかも⋯⋯わたくしの義妹でなければ良かったのかも。

ループ前のターニャはこんな亡くなり方はしなかったの。最後に会った時、流行のドレスを着て自信満々に笑ってた。

わたくしが歴史を変えたせい、わたくしがターニャを⋯⋯」




(何故ループしたのかは今でも分からないし、あの時⋯⋯落馬事故を放置しておけば良かったなんて、偽善的なことは言わない。

わたくしは自分で『歴史を変えたい』と思ったのだから。

ニールやアルムヘイルの王侯貴族に苦しめられたくないと思い、あんな死に方はしたくないと思ったから。

その結果をわたくしは見ているのかしら)



 魔女の禁忌に触れたターニャは、息を引き取ると同時にサラサラと砂になって消えていった。

 ターニャに次の生があるのか『黎明の魔女』は何も教えてくれなかったけれど、新たな生を生きられるなら、幸せになって欲しいと願わずにいられない。

 優しい両親に恵まれ、温かい家庭で笑顔に包まれて⋯⋯わたくしのような者と関わらずに済む世界を。

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