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第五章

18.待つだけなのはつらたん

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 ラルフが魔導具を起動させると、教卓の横辺りから写している映像が流れはじめた。教室移動の準備をする生徒、笑顔で話しながら友達と連れ立って教室を出る生徒。ザワザワと聞こえる声や音はありふれたいつもの光景だった。

 教室後方の出入り口からチラチラとクラリスが覗いているのが映った時、残っているのは話に聞いていた通り、男子生徒が4人。

 3人は教室の前方にいて、荷物を抱えて立ち上がる寸前だが、残りの一人は鞄に手を突っ込んで何か探しているらしい。

 クラリスに気付いた3人組の1人が横の生徒2人の腕を突き、ヒソヒソと話した後で慌てて教室から飛び出した。

 クラリスは教室の後ろの窓際の席近くで一度しゃがみ込んで、立ち上がって首を傾げ、少し入り口の方に戻って、またしゃがみ込んだ。

 鞄を片付けて溜息をついた最後の生徒が立ち上がり、クラリスに声をかけられて飛び上がるのがハッキリと映っていた。

『ヤバ、見られちゃった』

『は? え、あっ、あの⋯⋯教室に入っちゃダ⋯⋯』

 少し陰になって見えにくいが、男子生徒に駆け寄ったクラリスの右手が上がり、彼の頬に触れたように見える。

『教室移動だよ? 忘れて欲しいんだよね~』

『移動⋯⋯』

 クラリスが教室を飛び出した。

 しばらくの間、ぼーっと立ち尽くしていた男子生徒は、机の上の荷物を持ち教室を出ようとしてタウンゼントとすれ違った。





「魔法を詠唱している様子はないな」

「ないですね。報告によるとクラリスは詠唱破棄できるほどの、魔法の練度はないそうです」

「もう一度見てみませんか。男子生徒の様子が、途中から突然変わったように見えますもの」

「しゃがみ込んだのは髪飾りを置く為で、場所が気に入らなくて置き直した。問題はその後だな」

 繰り返し記録を見てみると、クラリスの右手に鈍い金色の何かが見えた。

「何を持ってるんだ?」

「腕の動きからすると3回頬に触ってるようですね」

「それって⋯⋯お伽話にある糸巻き棒みたいだわ」

 伝説やお伽話が好きなセレナが呟いた。

「お伽話?」

「ええ、細かいところは覚えておりませんけれど、頬を3回軽く叩かれた者に物忘れを引き起こす力がある糸巻き棒の事ですわ。糸巻き棒は眠ってしまうお姫様の絵本によく出てきますでしょう?」

 絵本には糸巻き棒や糸車、紡錘の針に刺されて永遠の眠る話が数多く出てくる。

「紡錘には針などありませんから、紡錘の先が尖っていたとか古くてささくれていたとか⋯⋯色々言われておりますの。糸巻き棒で刺されて眠るのはお伽話では常識のようなものですわ。
それは兎も角⋯⋯その中に、あまり有名ではありませんが、頬を3回軽く叩かれた者に物忘れを引き起こす力がある糸巻き棒の話がありますの」

 静観していたセレナが、ソファから立ち上がらんばかりの勢いで説明を続けた。

「確か⋯⋯えーっと⋯⋯そう、ヴォルヴァですわ。ヴォルヴァはシャーマンとか予言者とか言われている女魔法使いですの。彼女達の呪具は杖だと言われてますけれど、本当は糸巻き棒だと言うのは有名ですの。
それを使って様々な結果を引き出すのです。真鍮で飾られ握りに宝石が散りばめられた糸巻き棒には、魔法の力があるのですわ」

「そのひとつが『物忘れを引き起こす』と言う事だな」

「ええ、その通りですわ。でも、ただの伝説、神話の一つですのよ?」

 クラリス右手に見えたのが真鍮の糸巻き棒なら、金色に見えたのは見間違いではない。
 
「錘は賢女の象徴であり、神々の貢物としてささげられる事もある神聖なものと言われてますの。神話の中では、ただの糸を紡ぐ道具ではないのですわ。
 紡錘の針は呪いをかけるアイテムでしたけれどね」



「セレナのお陰で『魔法でない何か』に近付いたかもしれん。神話やらお伽話にはまやかしが多いが、その中には一部の真実が含まれておる。クラリスが持っていたのが、魔法に似た力を持っている『特殊な魔導具』のようなものだと考えれば辻褄が合う」

「呪術師の仕掛けの一つと考えられますね」

「ああ、アーティファクトと呼ばれる遺物ってやつかもしれん。受け継がれていくうちに変質したのかもしれんが」

「でもでも、そんな大事な物をクラリスに貸すかな?」

「それだけ本気だとも言える。ここにいる者の中で、呑気なのはローラだけだからな」

「うぐっ!」

 いつもは甘い父親にディスられては、流石のローラも反論できないらしい。



「セルビアスに人を送りたいが、人選がなあ⋯⋯」

「セドリック、お前が行ってこい! 俺はエレーナの護衛があるし、腹黒なお前ならなんとでもなる」

「セドリックはアイザック王子殿下の護衛をするんだろ?」

「アイザック殿下は王宮に監禁⋯⋯保護しましょう。そうすれば護衛は不要だからな」

 アレックスの言葉に耳を貸さないジェラルドは、エレーナの護衛だけは死守する予定でいる。

「まあ、そこは考えよう。ジェラルドの意見にも一理あるからな」

 アイザックなら『ヒロイン』の度重なる襲撃を理由に、休学することができる。学園での目撃情報だけでなく、魔導具の記録もかなり集まっており、他国の王子への迷惑行為だと断定できる。

「表立った動きがないのは、こちらの考えがバレてないからかもしれんからな。エレーナを囮にするつもりはないが、今の時点で学園を長期で休ませると、敵に警告を与える事になりかねん」

 普通に考えれば、クラリスがターニャだと気付いているとは思わない。今のところはただの『ヒロイン』問題だと、エレーナ達は考えているはず⋯⋯そう思われている間は、エレーナが大きな動きを見せるのはマズい。

 それをきっかけにある程度の推測を立てていると知らられば、敵がやり方を変えてくるかもしれない。

「それなりの証拠を集めてからでなければ、議会は動かん。証拠を集めて議会の承認を得て、魔導士達の準備を進める。
準備が整う前に攻め込まれれば、オーレリアでも勝てるとは思えんからな。敵はセルビアスだけじゃない。その背後には帝国・クレベルン・アルムヘイルが控えておる。特に、帝国の資金とクレベルンの知恵は厄介だからな」

 アルムヘイルは、役立たず認定。






「さて⋯⋯クラリスの足取りだがな、オーレリアから連合王国へ出たのは見つけた。ベラム男爵家から馬車で1週間かかるリューベックから出国していた」

 行き先がアルムヘイルだと思い込み、男爵領から最も近い関所から調べていた為見つからなかったが、時間に余裕があるならと全ての関所を調べさせた。

「出国も入国も同じ関所を使っていた。連合王国から先はつかめておらんが、リューベックからなら、セルビアスの領地まで3日で着く」

 魔女の秘術の詳細は全く不明だが、秘匿されてきた最も大切な魔法の一つを、他の部族の領地で行うとは思えない。

「それなら行きと帰りで約20日、残り10日もあれば魔女の術とやらの時間に十分そうですね」

「セルビアスから情報を仕入れたいが、迫害された者達は結束力が固い。そこをどう崩すかが問題だな」

「クソデスを捕まえて拷問しちゃえば? すぐにゲロってくれそうじゃん」

「それも選択肢の一つとしては考えておる。最後の手段というやつだな」

 クラリスを拘束した時点で、敵との全面戦争がはじまるだろう。敵の作戦が全く見えていない今、クラリスに手を出すのは時期早々と言わざるを得ない。



(不可思議な現象がいくつもあってクラリスが魔法学園に来ただけ。クラリスも怪しげな道具を使っていると言っても、それ以外には『ヒロイン』しかしていない。
大きな狙いがあるとしか思えないのに、それ以外の動きが何も見えないのは、あまりにも不自然すぎるわ。一体どうすればいいのか⋯⋯)

 不安なまま何か起きるのを待つしかないのか⋯⋯どこかに見落としがあるのかもしれない。ほんの些細な事でも、計画を知る一端になるはずなのに⋯⋯。

(何も見えてこないなら、動きが出る前に叩き潰す方法があればいいのに。イライラとしながら状況が動くのを待たなきゃ⋯⋯待たなきゃならないの? 動きが出る前に潰す方法があれば良いのよね⋯⋯それなら、なくはないって⋯⋯)

 エレーナの頭の中で、いくつかのピースが動きはじめた。







「陛下、アルムヘイルのタイラー第一王子はどうされているのでしょうか。確か、王位簒奪事件の時、8歳であらせられたように記憶しております」

 タイラー第一王子はランドルフとキャロライン元王太子妃の息子で、王家の中では唯一の正当な血を受け継ぐ者。ランドルフを廃太子する為だけに産まれたとも言える悲劇の王子。

(マクベス王からランドルフが王位簒奪したのは、マクベス王がランドルフを廃太子してタイラー殿下を立太子するべく動きはじめたから。もし、タイラー王子殿下が大志をお持ちの方なら⋯⋯この玉盤をひっくり返せるかも)

「彼は托卵王のやらかしの後、行方不明になられた⋯⋯事になってる。実はリーヴェルの隠れ家に住んでおられるらしいがな。それ以上の事は調べておらんが?」

 アルムヘイルからも他国からも忘れ去られた王子が、今もなお生かされている理由は分からない。ランドルフにとっても、エドワードにとってもタイラーは危険要素にしかならないのだから。

(誰かに保護されているとかかしら? タイラー殿下を守っておられる方がいらっしゃるとか、役にたつ何かがあるとか)

 リーヴェルは王都から馬車で3日はかかる。あるのは森と畑のみで、道は舗装されておらず細々と暮らす農家があるだけ。行商人でさえ、たまにしかやって来ない。

「あの、どのようなお暮らしをされておられるのか、調べることは可能でしょうか? お暮らしぶり以外にも為人などもわかれば⋯⋯」

「昔は大層利発な王子だったはず。すぐに人をやって調べさせるが、なぜ急にタイラー殿下の話になったんだ?」

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