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第五章

19.仕切るエレーナ、エンジン全開

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 エレーナと会ってから今までの間に、タイラーの名前が出た事は一度もない。

 エリオットの知識の中にあるのは、ランドルフ王が王太子の時代に、無理やり娶らされた王太子妃との間にできた第一子だが、公に顔を出した事もない影のような王子という程度。

「タイラー殿下は王家の血を引く正当なる唯一の王子でいらっしゃいます。
タイラー殿下が8歳になられた頃、マクベス先王は帝国に、エロイーズ元王妃の処遇について問い合わせをされました。その結果を待ち、ランドルフを廃太子してタイラー殿下を立太子させようとなされたのです。
それを知ったランドルフ王が王位簒奪を企てました。
元々、ランドルフとキャロライン様の縁組は、ランドルフを廃太子する為に決められたものでございます」

 北の塔に幽閉されていても、帝国の王位継承権を持ち続けているエロイーズを、粗略に扱うことができなかった。

 エロイーズの息子ランドルフが、帝国の先王の孫である事は間違いなく、簡単に断罪するのは躊躇われた。

「エロイーズ元王妃はランドルフ様を可愛がっておられましたし、第二皇子からエロイーズ様への支援が届いておりましたから、エロイーズ様の断罪やランドルフ様を廃太子する事を、帝国がどのように考えるか危惧しておられたのです」

「マクベス先王の苦肉の策が、タイラー殿下。そしてタイラー殿下の存在があの戦いを起こしたとも言える」

「もし、タイラー殿下の為人がお立場に相応しく、正しき大志をお持ちの方であればこの盤面を覆してご覧に入れます」

「エレーナの狙いはなんだ?」

「敵がどのような策を練っているのか、どこまで進んでいるのか分かりません。このまま防戦一方になるより、攻めに入りたいと思います」

 一瞬嬉しそうに目を輝かせたエリオットの横で、ラルフやレイチェルが動揺していないのは流石としか言えない。全く何も分からない状況で『攻めに入る』など、誰が聞いても無謀に思えるのだから。

 案の定⋯⋯アレックスの顔が引き攣り、理解が追いつかないローラが首を傾げ、セレナとアイザック達は硬直した。セドリックとジェラルドが目を輝かせたのは、悪戯好きの彼等の戦闘スイッチが入ったのだろう。

「アルムヘイル王家を潰します。エロイーズ・ランドルフ・ジュリエッタ・エドワードの4名は確実に極刑に。
帝国第二皇子を皇帝に処刑させ、二度と他国に干渉しないよう皇帝の権威も叩き潰しておきます。クレベルン王国ハントリー侯爵も同様に潰し、陰謀の全容を明らかにしてやります。
その上で、連合王国の力を削ぎセルビアスに集中致します」



 無言のエリオットが目を眇めてエレーナを凝視した。

 今までそばで見てきたエレーナの性格や行動から考えて、無謀な策を考えているとは思えないが、一度攻めはじめれば後には引けなくなる。それを承知でこちらから出るのはリスクが高すぎはしないか⋯⋯。エリオットの一言で多くの人に影響が出る。

 オーレリア、オルシーニ公爵家、キャンベル侯爵家。



「タイラー殿下が役に立たなかったら?」

「事後処理が面倒になるかと」

「事後とは?」

「王家を潰した後、舵を切る方が必要になります。タイラー殿下が適任ではないか、お断りになられた場合、どなたか適任者を探さなくてはなりません。腐り切ったアルムヘイルの舵を、好き好んで握る方を探すのは大変そうだと思いまして」



「いいだろう。エレーナ、やってみろ。必要な物は全て揃える。エレーナが必要とする駒は全て使え」

「ありがとうございます」

(決して負けない、二度とご迷惑はおかけしない⋯⋯全てを終わらせる)





「では、ローラ様に留学をお願い致します。その付き添いという名目でセレナ様も同行していただけますでしょうか?
クラリスに狙われているローラ様は、この中で最も危険な立ち位置におられますから、ローラ様とセレナ様は敵の動きが不明な間、安全な場所に避難していただきたいと思います」

 転移魔法の使えない二人は、敵に包囲されると逃げ出せない可能性が高い。

(人質が必要になれば彼女達を狙うはず)

「そうですね、秘密厳守で動くことになると、魔導士達をどこまで使えるか分かりません。人手不足になるのは間違いないので、ローラやセレナを守れるほど優秀な護衛役を他の仕事に回せるなら助かります」

「うえぇぇ、セレナ、私達邪魔だってぇぇ!」

「わたくしでさえ自分自身が邪魔になりそうだと思いましたもの。ローラはうっかりさんだから、確実にエレーナの邪魔になりますわ」


「セドリックとジェラルドは、セルビアスの領地に近い場所まで潜入しておいてください」

「マーキングだな」

「はい、セルビアスに見つかっては元も子もありませんから、領地の近くでいざという時に確実に転移できる場所でお願いします」

「「了解」」


「アイザック殿下は王宮に篭ってください。その間に、転移魔法の精度を上げてくだされば助かります」

「アレックスには一番面倒な⋯⋯クラリスから付かず離れずで、関心を引いておいてくださいますか? アイザック殿下が学園に行かなければ、アレックスがターゲットになりますから」

 この中で一番魔法耐性のあるアレックスなら『蕾くん』になる事はないだろう。アイザックはクラリスを捕まえる時の『餌』に、アレックスはクラリスの捕縛を頼む予定でいる。



「キャロライン様のお父様の消息、もし逝去されておられるなら、キャロライン様のご実家ネルズ公爵家を継がれた方の消息をお願い致します」

 恐らくこれが一番のターニングポイントになるだろう。ネルズ公爵家にエレーナが望んでいるものがなかった時は、別の方法を取らざるを得ない。

(歴史書の中で⋯⋯マクベス王が信頼し、王位簒奪が成功した後に表舞台に出て来なかった唯一の方。彼しか考えられない)



「タイラー殿下の為人の調査と、クラリスの事をベラム男爵家に頼んだ知人と、ライナスの同時確保の準備をお願いします」

「それは私がやろう。配置している密偵にすぐに指示を出すよ」


「次に⋯⋯アルムヘイルの王宮に潜入する為に、王宮に潜入経験があり、転移魔法の使える魔導士をお貸しください」

 ランドルフは常に王妃ジュリエッタと一緒にいるが、大切な物や秘密にしたい物は執務室隣の予備室に隠し込んでいる。

 王宮に潜入の経験があれば転移までの時間を短縮できる。ランドルフの執務室はほぼ荷物置き場になっているが、人が来ないとは限らないので、何度も潜入するのは危険だろう。

(恐らくは、予備室の隠し扉の中にあるはず。扉の開け方は説明しにくいし⋯⋯)

「それは俺がついて行こう。アルムヘイルの王宮なら、何度も行ったことがあるし、転移しやすい場所も覚えておる」

 かつては、アルムヘイルの王宮に魔導具で結界が張られていた時期もあったが、すでに老朽化し機能していない。

(危機管理能力がないのか、金がないのか分からんが呑気なものよ)

 オーレリア国王に他国への潜入を頼むのは心苦しいが、国一番の魔導士が一緒だと思うと心強い。

(わたくしが断っても、行くと仰りそうだし)

「その後、わたくしは公国へ行って参ります」

 公国には二度と足を踏み入れるつもりはなかったが、この作戦にはアメリアの助力が必要になる。

(ビルワーツ侯爵家と公国を捨てたわたくしに助力してくださるかしら)



「そう言えば、エレーナが話していたネックレスとイヤリングだがな、盗まれとったそうだぞ。だがセレナアメリアの母が模造品を作らせておいた方を持っていったと言っていた。偽物を手にして気付かず舞い上がったのか、気付いて腹を立てたのか⋯⋯ついでの時に聞いてみてくれ」

「かしこまりました」

(ランドルフが動けるうちに終わらせるわ。だって、ご自身の罪を償う時は、頭がはっきりしていたいと思われるはずですもの)

 エレーナの指示で全員が動きはじめた。






 側近がアイザックの休学届けを提出した日、ローラとセレナも交換留学の為に王宮を出発した。

「どういう事? なんでアイザック様が、休学するのよ! しかもローラとセレナが留学なんて聞いてないんだけど!」

 職員室に乗り込んだクラリスが、カウンターを叩きながら喚き立てた。

「学年が違う生徒とクラスが違う生徒ばかりなのに、クラリス・ベラムに報告する理由が見当たらん」

「ローラがいなくちゃ、アレックス様達と⋯⋯全く、ロクな事してくれないんだから! じゃ、じゃあ、セドリックとジェラルドが休みなのはなんでなのよ! 留学したんじゃないんでしょ!?」

「説明する必要性は感じないが、周りに聞いて回られては迷惑だからな。留学が急に決まったので、先行してオルシーニ達の住居などの手配にシェイラードへ出向いた。学園長の許可もあるし数日で帰ってくる」

 呆れ顔の職員が踵を返すと、クラリスがカウンターを蹴りつけて職員室を出ていった。

(折角アイザック様とお話しできるようになったから、ローラに虐められたって言うつもりだったのにぃ⋯⋯あ、そう言えば、エレーナが一人になってるじゃん。なら⋯⋯)



 その翌日の昼休み、アリサやクラスメイトに誘われて食堂に行ったが、食欲のないエレーナはハムときゅうりのサンドイッチを持て余し、コーヒーばかり口にしていた。

「ローラ様がいらっしゃらないと、静かすぎてなんだか落ち着きませんわ。あの『ヒロイン』が1日も早く退学してくれる事を心から願っておりますの」

「でも、ローラ様の為には良かったと思いますの。最近は『虐められた私、可哀想でしょ』をはじめておられましたから」

「しかも信じる男子生徒がチラホラ。とうとう『蕾くん』が増殖しはじめたみたいですもの」

「この学園では誰も信じないと思ってましたのに、がっかりですわ」



 ざわついていた食堂が静かになりはじめ、パタパタと走る足音が聞こえてきた。

「エレーナ、貴様よくもこんな酷い事を!」

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