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第五章

17.エリオット・オルシーニを知って⋯⋯

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「気がするだけで⋯⋯『もしかしたら何か呪術だと見せかける方法』があるのかもと思ったのですが、そのまま忘れていて⋯⋯でも、多分なんらかの仕掛けがセルビアスにはあるような気がします。と言うよりも、方法がなければあれほど強気には出られなかったと思うのです」

 ループ前、連合王国と公国の戦いが終結した直後に出されていた記事によると⋯⋯。

 軍の指揮系統の混乱や伝達ミス、兵士の離反や原因不明の体調不良。内部分裂による議会の紛糾と、情報漏洩。国の至る所で起きた疫病や原因不明の出火。

 戦争より前から兵が内部に侵入していれば、指揮系統を混乱させることや、情報を漏洩させる事など簡単に行える。

 薬草に詳しいセルビアスなら原因不明の体調不良も、疫病に見せかけて病人を集団発生させることも、お手のものだろう。

「セルビアスの呪術に関するものを調べたのですが何も出てこなかったので、前回は呪術ではなく事前の仕掛けが功を奏しただけだと考えました。過去に起きた事件でしたから、オーレリアの参戦表明で連合王国があっさりと戦争をやめたのを知っていたのもあり、呪術云々は後付けで、元々オーレリアが声を上げたら手を引くつもりだったんだろうと」

 それに加えて、国民全員が持つビルワーツ至上主義に起因した、戦意の低下や将来への不安が連合王国にとって功を奏しただけだと考えた。

「でも、今世でエリオット陛下とお会いして⋯⋯ある時、別の見方と言うか、別の可能性がある事に気がついたんです」

 事前の仕掛けが功を奏したのも、国民全員の戦意の低下などが連合王国に有利に働いたのは間違いないが⋯⋯。



「公国が建国された時、同盟が決まったと歴史書には書かれていました。他国とは一線を引いているオーレリアが軍事同盟の締結したのは、オーレリア国王とアメリア様が親戚だったからだと」

「確かにそれは散々言われまくったなあ。議会で『親戚付き合いを国に持ち込むな』とか言う奴がいたし、結局はビルワーツとの繋がりは有益だ! っていう意見の方が大きかったから同盟が決まったんだがな。
同盟直後には、オーレリアの王は『親戚に甘い』っていう評判が立った」

 親戚という関係性がわからないエレーナは言葉通りに受け取り、親戚というものは国と国を結びつけるほどの強い絆なんだろうと考えていた。

「軍事同盟ですし、侵略戦争を仕掛けられればオーレリアが参戦を表明するのは当然の流れだと考えていたのです。
ですが、今世でお会いしたエリオット陛下は全く別の意見を口にされ、違和感を覚えました」


『オーレリアだって6カ国が同盟を結んだらしいって噂が出た時から、公国に知らせるよりも同盟を破棄する方向で議会は動きはじめてる。
アメリアは親戚だが、俺にとって大事なのはオーレリアやオルシーニ家。俺も議会と同意見だしな』


「前回も、オーレリアが参戦しない可能性があったかも。もしオーレリアが参戦しない状況になっていたら、セルビアスはどうしていたんだろう⋯⋯と思ったのです。
そのまま尻尾を巻いて逃げ出せば、長年の計画が水の泡になり、連合王国は他国から笑い物になる。ダニアは公妾の地位にいられなくなり、立場を失うだろう族長のクームラはそれを許すのか。
あの戦争の準備は、かなり長い時間をかけ計画されていました。それなのに決定打になるものもなくはじめるとは思えない。魔女と呪術師の部族が打倒オーレリアを標榜するなら、呪術で勝たなくてはならないはず。
でも、わたくしが調べた中には、呪術が大きな結果を残したと確信できる記録はありませんでした。だから、クームラかダニアは呪術だと思わせる、細工なり仕掛けを持っているのかもしれないと考えました」

「そいつが見つかればオーレリアの魔導士達が狂喜乱舞しそうだな。俺は一日中でもダンスできる、間違いない」

 エリオットは社交嫌いでダンスは苦手。



(金曜日から、わたくしの話は可能性とか予測ばかりで、具体的な話が何もできていないわ。間違いだったら大きな回り道をしてしまうのに⋯⋯)

「となると『魔法ではない何か』がその仕掛けに関係してるかもしれませんね。魔導塔に再検査をお願いしておきましょう。エレーナの名前は出さず、ある程度の情報を流してもいいですか?」

 ラルフがエリオットに問いかけた。

「そうだな、その方が奴等のケツを叩けそうだ。流す情報は前もって俺に教えてくれ。慎重にせんと奴等はすぐに調子に乗るし、敵がどこで見ているかもわかっておらんからな」



「では、金曜日に調査すると決めた孤児院については私から⋯⋯」

 ラルフが調査資料を手に、小さく手を上げた。

「公国にいるオルシーニの者からの報告で、トルバーン地方にある孤児院のシスターに話が聞けましたそうです。
間違いなくライナスと言う奴がいて年齢は18歳。孤児院の前に置き去りにされていたそうですが、自分から『ライナス、3歳』だと言ったそうで、多分間違いないだろうと。
孤児院に来たばかりの頃『妹は?』とかお父様は今日は来ないの?』と言っていたそうです。以前は近くの農家で働いていましたが、腰を痛めたと言って1年前に辞めています。そのくせ金回りはいいらしく、酒場にも出入りしているようです。
名前はまだ確認できていませんが、かなりの頻度で数人と手紙のやりとりをしていて、時折分厚い封筒が届くので、金が届いているんじゃないかと言っていました」

「ライナスが連絡係なのは間違いなさそうだな」

「はい、そのまま監視させています。手紙の相手がわかれば突破口の一つになるかも。結構な酒好きなんで、その辺も狙えます」



「次は俺だな。ライエン伯爵家だが伯爵領は使用人任せで、通年王都のタウンハウスに住んでいるそうだ。下位貴族や商人に無理難題をふっかけるらしくてな、かなり評判が悪い。タビサ夫人はしょっちゅう王宮に出入りしていて、北の塔にも行ってたぞ」

 北の塔の警備は下位貴族の令息ばかりが集まる第二騎士団で、彼等が北の塔への訪問を許している。

「悪妃が幽閉されている塔に訪問者ですか? シェイラードではあり得ません」

托卵王ランドルフがふんぞりかえってるアルムヘイルだからな、なんでもありってやつだ。で、その托卵王だがここのところ体調が優れんらしく、部屋に篭っとる」

「アルコール中毒です。ランドルフ王は、1年くらい前からお酒が離せなくなっていたはずですから。2年と少し後、旅行中の事故でご夫妻揃って亡くなります」

 オーレリアの魔法学園とアルムヘイルの王立学校の始業式はどちらも9月。ランドルフが亡くなったのは、エレーナが最終学年に上がって半年経った頃、3月の初めだった。

「雪が溶けるのを待ち、お揃いで旅行に出掛けられました。ウーベの街に建てた別荘に向かう途中で、崖から転落されたと連絡が来ました」

「やっぱりか、酒のせいで肝臓でもやられたか。エドワード王太子が摂政に就くと騒いだそうだが、まだ17歳だから認められなかった。ライエン伯爵家の次女ソフィーが王太子妃に内定しそうだ」

(ソフィー⋯⋯ああ、そうだわ⋯⋯ソフィー・ライエン。ライエンと聞いた時、なぜ思い出さなかったのかしら。ライエン伯爵家の令嬢だったって知ってたのに)



 ソフィー・ライエンは愛人の中でも、エドワードの寵愛が長く続き、王宮に部屋をもらっていたうちの一人。ランドルフ王にも気に入られており、王妃のジュリエッタがヤキモチを焼いていたほど。

「ソフィーは母親のタビサ・ライエンとエロイーズ元王妃が繋がってたのが理由で、愛人の中でも一番優遇され、のちに側妃候補になられました。ランドルフ王にも可愛がられていましたから、愛人の頃から王宮に住んでおられました」

 ソフィーがエドワードの愛人だった事も、側妃候補筆頭だった事も気にならなかったが、バルコニーからエレーナを突き落とそうとしていた時の、ソフィーの顔を思い出した途端震えが止まらなくなった。

「エレーナ、大丈夫か!?」



「だ、大丈夫です。ちょっと驚いて⋯⋯えーっと、クラリスがアイザック殿下の教室に侵入した時の記録を見ることはできますか?」

「ああ、学園から届いてる。その前に少し休憩しよう。エレーナの顔が真っ青だし震えてる、何か気にかかることでも?」

 殺された時の記憶は恐ろしい。

(こうなると思ってたって覚悟を決めてたつもりだったし、これで終わるってホッとしてたのもあったけど、それでも恐ろしかった)

 目を吊り上げて罵倒しながら、エレーナをバルコニーの奥へ追い込んでいくソフィーの歪み切った顔。エドワードの顔に浮かぶ醜悪な笑み。

(ずっと疲れてた。理不尽なのが当たり前すぎて、心が壊れていたのかも。それでも、こんな奴等に殺されるなんてって情けなくなって、惨めだった。
怖かっただなんて誰にも話したくない。惨めだと思ったなんて話したくない。最後の最後まで自分の気持ちも知らなかったなんて)

「申し訳ありません。大丈夫です⋯⋯その、本当になんでもないです」

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