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第五章

16.アイザックは頭を抱え、エリオットは身を乗り出し。ローラはローラのまま

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 アレックスとジェラルドが特別室から転移した。ドアはかなり前から振動しなくなっているのでクラリスはいないはずだが、休憩の終わり頃には戻ってくるらしい。

「執念? なんかもう、怖いんですけど~。ヘスターと早めに婚約破棄しといて大正解だよ」

「だな、ヘスターを狙ったのはローラからアレックスや俺達への繋がりを作る為。俺達を『蕾』か『お花畑』にしたら、最終目標のアイザック殿下に突撃⋯⋯その予定でいたんだろうが、その目論見が早々に外れたから、自力でキッカケを作ろうとしてるってとこだと思う。
ローラはミリアと仲が良いから、その意味でも狙われてる。もちろん今も」

「ええ! 今も? もうヘスターとなんて関わりないんだよ? ないどころか、虫以下だと思ってるのに。せっかく復学できたのに、また『蕾くん』に戻ってるなんて、ただのバカじゃん。エレーナだってそう思うよね?」

「えーっと、関わりがないのは確かだわ。でもクラリスさんはさっき⋯⋯」


『はぁ、やっぱりローラが怒ってるんですね。ローラがヘスターに婚約破棄されたのは私のせいじゃないのに⋯⋯』


「利用できるものは、何でも利用するのが『ヒロイン』の特性だから」

「あー、わかった。『八つ当たりされて可哀想なヒロイン』バージョンのネタに使われてるんだ」

「でもほら、それを本気にする人はこの学園にはいないから大丈夫だけどね」

「それでも気分は悪いよお。ヘボター憎し! ヘボター許すまじ! クソデスなんか追い出したーい」



 ププッと吹き出したアイザックが目を逸らし、慌てて口を押さえて⋯⋯我慢できずに吹き出した。

「ブハッ! ご、ごめん。ヘボターとクソデスとは絶妙な⋯⋯ミリアの言ってた通り、ローラは本当に愉快な子だね」

「アイザック様、それってディスってますよね? ソファに画鋲の刑って知ってます?」

 ジト目のローラ、他国の王子でも容赦なし。





 その日の放課後、王宮の応接室の一つで『青の間』と呼ばれる部屋に集まったエレーナ達は、先週アイザックの周りで起きた事件を報告した途端、エリオット・レイチェル・ラルフの前で、直立不動で並ばされた。

「なぜ立たされたかわかるか?」

「ご連絡を入れた際の説明に不備があったからです」

 珍しく激怒しているエリオットの前で、アレックスは冷や汗を垂らしていた。

「放課後の授業を受けず、帰ってくるべきでした」

 エレーナは周りの人達を危険に晒したと反省していた。

「他の者は?」

「先週のうちにご連絡すべきでした」

 他国の王子でも、オーレリアの学園生で孫の婚約者。エリオットはアイザックが留学してきた時から、アレックス達と同じ扱いをしている。

「先週の金曜日、陛下とお話ししていた時に報告するべきでした」

「セドリック、お前は己の力を過信し問題を軽視する癖がある。足を掬われるまで敵に気付かずにいることになりかねん。
アイザック殿下は他国からの留学中だと言う事を意識しすぎだ。問題の解決は時間との勝負になるものが多い。判断を間違えてはならん。
アレックスは言語道断。報告の意味をもう一度勉強しなおせ。最も肝心な事はどの程度の緊急性があるかだ。
エレーナは自分の事を軽く扱いすぎる。あの娘の最終ターゲットの可能性をなぜ理解しない?
それから⋯⋯ジェラルドはセドリックと同じ、自信過剰は役立たずと同義語だからな。ローラはたまには頭を働かせろ」

 その後もレイチェルやラルフのお小言が続き、学園と魔導塔からの報告書が届くまで一列に並ばされたまま。ソファに座る許可が出た時には全員の顔が蒼白になっていた。



「問題の同級生は魔法ではないが、なんらかの影響を受けていたのは間違いないらしい。そのせいで一時的な記憶障害を引き起こしたと考えられている」

 今後の生活に支障はないと思われるが、念の為暫くの間魔導塔預かりとなり、さらに詳しく検査することになった。

「記録の魔導具だが、あの娘がアイザック達の教室に入ってくるのがはっきりと残っていた」

 クラリスが魔導具に映り込んだ時部屋にいた生徒は4人。検査した生徒以外の3人は、早々に教室を逃げ出していたが、学園長からの呼び出しで魔導塔へ出向き検査中。



「こうなるとアイザックにも話しておかねばなるまいが、これは国に関わる重要かつ危険性の高い話だ。決して口に出せないように魔法契約で縛るか、これ以上は何も聞かず国に帰るか」

「魔法契約でお願いします。恐らくシェイラードへ帰ることになるとは思いますが、このままオーレリアで暮らしたいという夢も捨てていないので」

 シェイラードに帰るにしても、オーレリアは大切なミリアの祖国。アイザックが魔法の勉強をする為に、シェイラード行きを決めてくれたミリアの祖国の力になれるなら⋯⋯。

「では、この部屋を出るまでに見聞きした事柄について、口にすることを不可とする。この内容で契約するぞ」

 エリオットが構築した魔法陣が青の間にいる全員を包み込んだ。




「この話は予測が多分に含まれているが、かなり事実に近い⋯⋯ほぼ確実だと言って構わんだろう」

 前置きをしてからエリオットが話しはじめたが、話が進むにつれアイザックの背に力が入り、顔が蒼白になっていった。

「我が国では悪妃エロイーズと呼ばれている方ですが、そんな呼び名では生温いですね。運が良いのか距離的な関係か、帝国やアルムヘイルとは国交がなく噂が入ってくるのみなので、そこまでとは思っていませんでした。
クレベルン王国が諜報や暗殺でのし上がったことも噂だけです。
連合王国の魔女に至っては初めて聞きました」

「連合王国の中の一部族、セルビアスは魔女と呪術師が集まってできた部族で、昔からオーレリアを敵視しておる」

 チラリとエレーナの方を見たエリオットが小さく頷いた。

「連合王国はご存知のように、幾つもの部族が集まり国を成しています。連合王国内の戦闘部族の一つ、セルビアスは魔女狩りから逃れた者達の子孫と、棲家を失った呪術師や呪医などが集い、ひとつの部族になった比較的小さな集団で、武力に付随して薬草と呪術を使うのが大きな特徴です。
魔女と呼ばれた民間療法の担い手達から受け継がれた薬草の知識と、呪術師が行うと言う呪詛や天文学を基礎とした占いが彼等の戦闘方法。
つまり、毒薬草で武力の強化を行い、占いで戦略を決め、呪詛で敵の弱体化を狙うと言っています。
魔女は迫害され呪術は恐れられ、魔法は喜ばれる⋯⋯それが許せないセルビアスの信念は『世界の理念を覆す』
言葉を濁していますが、オーレリアを最大の敵と見做し、引き摺り下ろすのがセルビアスの最大の目標です。
表向きは穏健派に転向したと宣言したセルビアスの部族長の末娘は、連合王国の公妾になりました。現在はどうなっているのか、わたくしは存じておりませんが」

「公妾のダニアなら国王の代替わりとともに捨てられて、セルビアスに戻ったぞ」

 ダニアはその後、作戦失敗の一端を担わされ処刑されたが、セルビアスならではの処刑方法は凄まじく⋯⋯エリオットがエレーナに教える事は永遠にないだろう。

「彼等は魔除けの意味を持つアンクレットを身に着けて部族への服従を示し、素材や装飾によって部族内の立場を明確に示していますから、セルビアスの間者を見分ける手助けになります」

「アルムヘイルのランドルフ現国王が王太子の時代に、王位簒奪を狙い手を組んだのが、クレベルン王国と連合王国だった。その中でもクレベルン王国のハントリー侯爵が王位簒奪させた立役者。
ランドルフ王は托卵⋯⋯情報多すぎだよ」

 アイザックと側近は頭を抱えた。



「まだ、へばるの早いぞ~。で、今日聞いた話に戻るが、クラリスが教室に入り込んだ時にいた生徒が『魔法ではないなんらかの影響」を受けていたのが問題だ。精神干渉系の魔法以外で、一時的な記憶障害を引き起こすものなど聞いたこともない」

「クラリスが連合王国で魔女から魔法属性を植え付けてもらったなら、記憶障害も魔女の秘技ですか?」

「まさか、呪術とか言わないよね?」

「可能性がないとは言えません。クラリスは魔法属性ありと判断され、今回の記憶操作は『魔法ではない何か』と言われていますから」

「うーんと、どう言うこと?」

「魔女の秘技は魔法と捉えられ、今回の記憶操作は魔法ではないと言われた。その違いはデカい」

「だから魔女の使う方法以外ってことか。でも、呪術なんてまやかしだろ?」

「呪術は魔法と似て非なるものとも言われています。魔法は魔力を使うと判明していますが、魔力とは何かと言われれば、具体的な説明は難しい。呪術は超越的な力に働きかけて特定の現象を引き起こすと言っています」

 呪術がまやかしかまやかしではないのか⋯⋯エレーナには分からないが、昔調べた情報を伝える事だけならできる。

「魔力は目に見えんからなあ、呪術師は『超越的な力と何が違う』とケチをつけてきやがるんだ。結果がはっきりしてるんだから、魔力はある。あやふやな結果でさえ出せたり出せなかったりするくせに『超越的力』があるとか、わけがわからん」

「あやふやでも、結果が出る事があるから議論が出る⋯⋯めんどくせぇ奴らだな」

「セルビアスの呪術には何かしらの細工がある気はしていますけど⋯⋯」

 エレーナの一言に飛びついたエリオットが腰を浮かせて叫んだ。

「どんな細工だ! エレーナ、教えてくれ。呪術師のクソ野郎をボコしてやれるじゃねえか!」

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