85 / 135
第四章
46.捨てられた者
しおりを挟む
アメリアは事故から2ヶ月経って目覚めたが、事故当時の事は記憶になかった。マーカスが当時の事を説明したのはさらに2ヶ月ほど経ってからの事。
「⋯⋯我々が強引に同行を願ったのは、エレーナ様から情報をいただいたからです。もし、我々がそれを知らずにいたら、アメリア様のお命もなかった事でしょう」
僅かでもアメリアからエレーナへの感謝の言葉があれば⋯⋯そう願うマーカス達の前でアメリアは興味なさそうに書類を手に取った。
「そうなんだ。でも事故は起きたからあまり役に立たない情報だったって事かもね。正確な情報でなければなんの役に立たない、残念だったわ」
予想していたといえ、あまりにも冷たい反応にマーカスは唇を噛み締め、ジョーンズは俯いて言葉も出ない。
「アメリア様、お命が救われたのです。そのきっかけを作って下さったエレーナ様に御礼を仰るべきだと思います」
「⋯⋯考えておくわ」
ニールの犯罪や使用人達のエレーナに対する虐待を報告した時と同じで、あまり気にした様子はない。
ミセス・メイベルはそれ以上の言葉を飲み込み、そばで待機していた医師は踵を返して部屋を出ていった。
幸いにもアメリアに後遺症などはなく、政務にも戻り⋯⋯命日が近付くと、アメリアはアップルパイとダイヤモンドリリーの手配を指示した。
「明日は先代当主様の命日ですが、お一人で行かれるのは禁止させていただきます」
「去年みたいな事にはならないわ。そんなに神経質にならないでも大丈夫だから」
「アメリア様、エレーナ様はもう公国にはおられません。ビルワーツ侯爵家から籍も抜けておられますから、ビルワーツ侯爵家の直系はアメリア様だけでございます。
御身に何かあればレイモンド様とセレナ様、お二人の血を繋ぐ方がいなくなるのです」
「⋯⋯なんで? ビルワーツの後継者は今のところあの子以外にいないのよ?」
「次代様をお産みになられるか、親戚筋からお探しになられませ。アメリア様が愛することのできる方を」
「⋯⋯どう言う意味? わたくしはあの子に必要な物を与えてきたわ。ニールや使用人がやった事はわたくしには関係ないし⋯⋯。ニールはいないし使用人は入れ替えたって言ってたじゃない、それなのにまだ気に入らなかったって事? 屋敷で悠々と暮らしてるはずじゃなかったの!?
勝手に籍を抜くなんて、信じらんない。そんなの許せることじゃないわ! 誰がそんな我儘を許したの!? さっさと連れ戻しなさい、たかが、えーっと⋯⋯小さな子供がどうやって暮らしてるのか知らないけど、迎えに行けば喜んでついてくるわよ」
「アメリア様⋯⋯もしかしてエレーナ様のご年齢もお分かりになられないのですか?」
「え? そんなのどうでもいいじゃない。だってわたくしは忙しすぎて⋯⋯それどころじゃないんだもの」
「我が子の年もわからぬほどお忙しいと仰られるならば、譲位なさいませ。アメリア様には荷が重すぎると具申致します」
「メ、メイベル⋯⋯不敬だわ、分かってるの?」
「覚悟の上でございます。今のアメリア様にはお仕えしたいと思えませんから。クビなり処刑なりご存分になされませ」
「な、なんで⋯⋯だってメイベルは昔からずっとビルワーツに⋯⋯」
「初めてエレーナ様とお会いした時、わたくしの目には崖の淵に立って、背水の陣に挑む方のように感じられてなりませんでした。5歳になられてほんの数ヶ月でしたのに、生死を分ける戦いに臨まざるを得ない孤高の人のようで⋯⋯あのお姿は今でも忘れられず、夢に見ることもございます。
5歳とは思えない成熟した言動で、多くの苦難を乗り越えてきた方のような強さと忍耐も兼ね備えておられました。
先代当主様が亡くなられた後、アメリア様はお守りするべき方からお仕えするべき方に変わられ、わたくし達はエレーナ様をお守りせねばなりませんでしたのに、わたくし達は心得違いをしていたのです」
「エドワードと年の近い娘なんて冗談じゃない。奴等が婚約なんて言い出したら、今度こそアルムヘイル王国を叩き潰して、この子の首を絞めてやる⋯⋯そう仰られた事を覚えておられますか?
エレーナ様はその言葉を使用人達から何度もお聞きになられてお育ちになられました。あの日、エレーナ様はわたくしにこう仰られたのです」
『家の為に役に立つか立たないか⋯⋯ この世界の子どもの価値は、それだけしかありません。アメリア様にとってもこの国にとっても、わたくしは役に立たないどころか、危険な火種にしかなりません。
わたくしが生まれた時、アメリア様が不安に思われたのは、貴族の当主として至極当然なのでしょう。侯爵家の為に後継者を作るはずが、危険を抱え込んだ⋯⋯領地と領民を守る為には、排除したかったのかも知れませんね。
これはわたくしの独り言ですが⋯⋯わたくしと同じように、アルムヘイルの王子と近い年齢に、女として生まれたアメリア様も親から疎まれておられたのでしょうか。
もしそうであったなら、アメリア様の言動はビルワーツ侯爵家当主として、当然の行いだと評価されるべきかも知れませんね。
ご両親様やアメリア様のご不幸に同情は致しますが、わたくしにとっては他人事、悲しい史実の一つでしかございません。
この考え方の方が⋯⋯恨みや疑問を持つよりも、残酷な夢に囚われるよりも、お互いの為になると思っております。
アメリア様の次のお子様が男児であられる事を、そのお子様のために、心からお祈りいたしますわ』
「⋯⋯わたくしは他人? あの子はわたくしと同じ⋯⋯お父様やお母様はわたくしを愛して下さったわ。わたくしだってもちろん⋯⋯」
寒い夜や嵐の日には両親のベッドに潜り込んだ。晴れた日には父が肩車をしてくれて、雨の日には母が一緒にクッキーを焼こうと誘ってくれた。
父と一緒に野うさぎを探し、膝を擦りむけば母が手当をしてくれる。屋根の上で昼寝をして父を慌てさせ、馬小屋に忍び込んで母にお尻を叩かれた。
星の綺麗な夜に3人で天体観測をした時は一緒に風邪をひいて⋯⋯。
アメリアを甘やかす父の横で母が眉を顰め、我儘を言うアメリアを宥める母を父が叱る。
悪戯をしたらお尻を叩かれて、頑張った時は頭を撫でられて、落ち込んだ時はいつでも抱きしめてくれた。
「あ、あ⋯⋯わ、わたくしは⋯⋯⋯⋯ごめ⋯⋯ごめんなさい。わぁぁぁぁぁ」
子供のように大声をあげて泣き出したアメリアを、抱きしめてくれる父や母はもういない。
エレーナにはずっと誰もいなかったのだと、アメリアは初めて気付いた。
アメリアは両親の墓参に行かず、部屋に閉じこもったままその日を過ごした。
「ずっとお父様とお母様だけがわたくしの家族だと言い続けてきたけど、本当はお二人の顔に泥を塗っただけ。
わたくしの遺言状にはね、エレーナの事が一言も書かれてないの。そんなの親じゃないわよね。
わたくしがエレーナの存在を拒絶してたから、使用人があんな事をしでかした。ニールの事も無視しただけで、彼の気持ちなんて考えもせずにいたの。
ニールに対して好きとかそんな気持ちは全然ないし、それどころか大嫌いだって思ってる。だけど、昔の幸せだった頃の思い出の中に、少しだけニールもいるの。
あんな人だけど、あの戦いがはじまる前は良いとこも少しはあったの。お父様が理想だって言ってくれて、一緒に頑張るって言ってくれてた。嫌々仕事をしてたのはバレバレだったけど⋯⋯ビルワーツに溶け込む為に頑張ってたのを知ってるの。
その記憶を失いたくなかったんだと思う。ニールと別れるのは、その思い出を自分から捨ててしまうような気がしたから。ニールが歪んでしまったのか、本性が現れたのか⋯⋯それもわたくしのせいかもって。わたくしのした事がどんなに自分勝手だったか、今なら分かるから。
全ての原因はわたくし⋯⋯今更気付いても遅いけど」
産まれたばかりのエレーナは愛する母セレナと同じ色を持っていた。
柔らかなプラチナブロンドが顔を覆い、『きっとお母様のような美人になる』と思った途端、物言わぬ母の顔がフラッシュバックした。
自分が何を言ったのかはっきりとは覚えていないけれど『この子も狙われるかも⋯⋯』と思ったのは覚えている。
アルムヘイルから狙われても自分では守れないかもしれない。
『だって、お父様もお母様もいらっしゃらないから』
公国の事だけを考えていれば心が落ち着いた。
『この国が富み栄えればアルムヘイルへの意趣返しになる⋯⋯わたくしに残っているのは、あの国への恨みだけだから』
エレーナに会うのは怖かった。エレーナの存在は『前に進め』と言っているようで恐怖しか感じられず、どうしても受け入れられない。
侯爵家の後継者として産まれたから、結婚して後継を作るのは責務⋯⋯ そこまでしか考えてなかったように思う。
「結婚して幸せになりました。めでたしめでたし⋯⋯って言う絵本みたいに。その先に続くものがあるって考えてなかったのかも」
一歩も前に進めない⋯⋯進むのを拒否している事に気付いていないアメリアは、怒りと恨みだけで心を支えていたから。
「メイベルのお陰で気付いたの。わたくしにはみんながいてくれたのに、自分の世界に閉じこもって、無理矢理時間を止めてたって。
あの国への怒りや恨みの気持ちは変わらないけれど、それだけで生きるのは間違ってた。そのせいでエレーナに辛い思いばかりさせたんだから、恨まれても当然よね。
わたくしを他人だと切り捨てたのはエレーナの優しさかも。だって、こんな親なのに落馬事故があると教えてくれたから、生きてられるんだもの。助けてから捨てたの⋯⋯優しい子だと思わない? 普通なら、知ってても知らんふりして逃げ出すんじゃないかしら。
エレーナが教えてくれて、この国の危機をひとつ⋯⋯ふたつ乗り越えられた。公国に対してだって恨みがあったはずなのにね。わたくしのように自分勝手な人間なら、何も言わずに逃げ出して『ざまあ』って言ってると思う。
この国を建て直せる事ができたら、わたくしの感謝が伝わるかしら」
アメリアはエレーナの行き先を聞かなかった。
「今のわたくしには、それを聞く資格がないもの」
「⋯⋯我々が強引に同行を願ったのは、エレーナ様から情報をいただいたからです。もし、我々がそれを知らずにいたら、アメリア様のお命もなかった事でしょう」
僅かでもアメリアからエレーナへの感謝の言葉があれば⋯⋯そう願うマーカス達の前でアメリアは興味なさそうに書類を手に取った。
「そうなんだ。でも事故は起きたからあまり役に立たない情報だったって事かもね。正確な情報でなければなんの役に立たない、残念だったわ」
予想していたといえ、あまりにも冷たい反応にマーカスは唇を噛み締め、ジョーンズは俯いて言葉も出ない。
「アメリア様、お命が救われたのです。そのきっかけを作って下さったエレーナ様に御礼を仰るべきだと思います」
「⋯⋯考えておくわ」
ニールの犯罪や使用人達のエレーナに対する虐待を報告した時と同じで、あまり気にした様子はない。
ミセス・メイベルはそれ以上の言葉を飲み込み、そばで待機していた医師は踵を返して部屋を出ていった。
幸いにもアメリアに後遺症などはなく、政務にも戻り⋯⋯命日が近付くと、アメリアはアップルパイとダイヤモンドリリーの手配を指示した。
「明日は先代当主様の命日ですが、お一人で行かれるのは禁止させていただきます」
「去年みたいな事にはならないわ。そんなに神経質にならないでも大丈夫だから」
「アメリア様、エレーナ様はもう公国にはおられません。ビルワーツ侯爵家から籍も抜けておられますから、ビルワーツ侯爵家の直系はアメリア様だけでございます。
御身に何かあればレイモンド様とセレナ様、お二人の血を繋ぐ方がいなくなるのです」
「⋯⋯なんで? ビルワーツの後継者は今のところあの子以外にいないのよ?」
「次代様をお産みになられるか、親戚筋からお探しになられませ。アメリア様が愛することのできる方を」
「⋯⋯どう言う意味? わたくしはあの子に必要な物を与えてきたわ。ニールや使用人がやった事はわたくしには関係ないし⋯⋯。ニールはいないし使用人は入れ替えたって言ってたじゃない、それなのにまだ気に入らなかったって事? 屋敷で悠々と暮らしてるはずじゃなかったの!?
勝手に籍を抜くなんて、信じらんない。そんなの許せることじゃないわ! 誰がそんな我儘を許したの!? さっさと連れ戻しなさい、たかが、えーっと⋯⋯小さな子供がどうやって暮らしてるのか知らないけど、迎えに行けば喜んでついてくるわよ」
「アメリア様⋯⋯もしかしてエレーナ様のご年齢もお分かりになられないのですか?」
「え? そんなのどうでもいいじゃない。だってわたくしは忙しすぎて⋯⋯それどころじゃないんだもの」
「我が子の年もわからぬほどお忙しいと仰られるならば、譲位なさいませ。アメリア様には荷が重すぎると具申致します」
「メ、メイベル⋯⋯不敬だわ、分かってるの?」
「覚悟の上でございます。今のアメリア様にはお仕えしたいと思えませんから。クビなり処刑なりご存分になされませ」
「な、なんで⋯⋯だってメイベルは昔からずっとビルワーツに⋯⋯」
「初めてエレーナ様とお会いした時、わたくしの目には崖の淵に立って、背水の陣に挑む方のように感じられてなりませんでした。5歳になられてほんの数ヶ月でしたのに、生死を分ける戦いに臨まざるを得ない孤高の人のようで⋯⋯あのお姿は今でも忘れられず、夢に見ることもございます。
5歳とは思えない成熟した言動で、多くの苦難を乗り越えてきた方のような強さと忍耐も兼ね備えておられました。
先代当主様が亡くなられた後、アメリア様はお守りするべき方からお仕えするべき方に変わられ、わたくし達はエレーナ様をお守りせねばなりませんでしたのに、わたくし達は心得違いをしていたのです」
「エドワードと年の近い娘なんて冗談じゃない。奴等が婚約なんて言い出したら、今度こそアルムヘイル王国を叩き潰して、この子の首を絞めてやる⋯⋯そう仰られた事を覚えておられますか?
エレーナ様はその言葉を使用人達から何度もお聞きになられてお育ちになられました。あの日、エレーナ様はわたくしにこう仰られたのです」
『家の為に役に立つか立たないか⋯⋯ この世界の子どもの価値は、それだけしかありません。アメリア様にとってもこの国にとっても、わたくしは役に立たないどころか、危険な火種にしかなりません。
わたくしが生まれた時、アメリア様が不安に思われたのは、貴族の当主として至極当然なのでしょう。侯爵家の為に後継者を作るはずが、危険を抱え込んだ⋯⋯領地と領民を守る為には、排除したかったのかも知れませんね。
これはわたくしの独り言ですが⋯⋯わたくしと同じように、アルムヘイルの王子と近い年齢に、女として生まれたアメリア様も親から疎まれておられたのでしょうか。
もしそうであったなら、アメリア様の言動はビルワーツ侯爵家当主として、当然の行いだと評価されるべきかも知れませんね。
ご両親様やアメリア様のご不幸に同情は致しますが、わたくしにとっては他人事、悲しい史実の一つでしかございません。
この考え方の方が⋯⋯恨みや疑問を持つよりも、残酷な夢に囚われるよりも、お互いの為になると思っております。
アメリア様の次のお子様が男児であられる事を、そのお子様のために、心からお祈りいたしますわ』
「⋯⋯わたくしは他人? あの子はわたくしと同じ⋯⋯お父様やお母様はわたくしを愛して下さったわ。わたくしだってもちろん⋯⋯」
寒い夜や嵐の日には両親のベッドに潜り込んだ。晴れた日には父が肩車をしてくれて、雨の日には母が一緒にクッキーを焼こうと誘ってくれた。
父と一緒に野うさぎを探し、膝を擦りむけば母が手当をしてくれる。屋根の上で昼寝をして父を慌てさせ、馬小屋に忍び込んで母にお尻を叩かれた。
星の綺麗な夜に3人で天体観測をした時は一緒に風邪をひいて⋯⋯。
アメリアを甘やかす父の横で母が眉を顰め、我儘を言うアメリアを宥める母を父が叱る。
悪戯をしたらお尻を叩かれて、頑張った時は頭を撫でられて、落ち込んだ時はいつでも抱きしめてくれた。
「あ、あ⋯⋯わ、わたくしは⋯⋯⋯⋯ごめ⋯⋯ごめんなさい。わぁぁぁぁぁ」
子供のように大声をあげて泣き出したアメリアを、抱きしめてくれる父や母はもういない。
エレーナにはずっと誰もいなかったのだと、アメリアは初めて気付いた。
アメリアは両親の墓参に行かず、部屋に閉じこもったままその日を過ごした。
「ずっとお父様とお母様だけがわたくしの家族だと言い続けてきたけど、本当はお二人の顔に泥を塗っただけ。
わたくしの遺言状にはね、エレーナの事が一言も書かれてないの。そんなの親じゃないわよね。
わたくしがエレーナの存在を拒絶してたから、使用人があんな事をしでかした。ニールの事も無視しただけで、彼の気持ちなんて考えもせずにいたの。
ニールに対して好きとかそんな気持ちは全然ないし、それどころか大嫌いだって思ってる。だけど、昔の幸せだった頃の思い出の中に、少しだけニールもいるの。
あんな人だけど、あの戦いがはじまる前は良いとこも少しはあったの。お父様が理想だって言ってくれて、一緒に頑張るって言ってくれてた。嫌々仕事をしてたのはバレバレだったけど⋯⋯ビルワーツに溶け込む為に頑張ってたのを知ってるの。
その記憶を失いたくなかったんだと思う。ニールと別れるのは、その思い出を自分から捨ててしまうような気がしたから。ニールが歪んでしまったのか、本性が現れたのか⋯⋯それもわたくしのせいかもって。わたくしのした事がどんなに自分勝手だったか、今なら分かるから。
全ての原因はわたくし⋯⋯今更気付いても遅いけど」
産まれたばかりのエレーナは愛する母セレナと同じ色を持っていた。
柔らかなプラチナブロンドが顔を覆い、『きっとお母様のような美人になる』と思った途端、物言わぬ母の顔がフラッシュバックした。
自分が何を言ったのかはっきりとは覚えていないけれど『この子も狙われるかも⋯⋯』と思ったのは覚えている。
アルムヘイルから狙われても自分では守れないかもしれない。
『だって、お父様もお母様もいらっしゃらないから』
公国の事だけを考えていれば心が落ち着いた。
『この国が富み栄えればアルムヘイルへの意趣返しになる⋯⋯わたくしに残っているのは、あの国への恨みだけだから』
エレーナに会うのは怖かった。エレーナの存在は『前に進め』と言っているようで恐怖しか感じられず、どうしても受け入れられない。
侯爵家の後継者として産まれたから、結婚して後継を作るのは責務⋯⋯ そこまでしか考えてなかったように思う。
「結婚して幸せになりました。めでたしめでたし⋯⋯って言う絵本みたいに。その先に続くものがあるって考えてなかったのかも」
一歩も前に進めない⋯⋯進むのを拒否している事に気付いていないアメリアは、怒りと恨みだけで心を支えていたから。
「メイベルのお陰で気付いたの。わたくしにはみんながいてくれたのに、自分の世界に閉じこもって、無理矢理時間を止めてたって。
あの国への怒りや恨みの気持ちは変わらないけれど、それだけで生きるのは間違ってた。そのせいでエレーナに辛い思いばかりさせたんだから、恨まれても当然よね。
わたくしを他人だと切り捨てたのはエレーナの優しさかも。だって、こんな親なのに落馬事故があると教えてくれたから、生きてられるんだもの。助けてから捨てたの⋯⋯優しい子だと思わない? 普通なら、知ってても知らんふりして逃げ出すんじゃないかしら。
エレーナが教えてくれて、この国の危機をひとつ⋯⋯ふたつ乗り越えられた。公国に対してだって恨みがあったはずなのにね。わたくしのように自分勝手な人間なら、何も言わずに逃げ出して『ざまあ』って言ってると思う。
この国を建て直せる事ができたら、わたくしの感謝が伝わるかしら」
アメリアはエレーナの行き先を聞かなかった。
「今のわたくしには、それを聞く資格がないもの」
33
お気に入りに追加
1,108
あなたにおすすめの小説

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。
アズやっこ
恋愛
❈ 追記 長編に変更します。
16歳の時、私は第一王子と婚姻した。
いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。
私の好きは家族愛として。
第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。
でも人の心は何とかならなかった。
この国はもう終わる…
兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。
だから歪み取り返しのつかない事になった。
そして私は暗殺され…
次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

政略結婚の指南書
編端みどり
恋愛
【完結しました。ありがとうございました】
貴族なのだから、政略結婚は当たり前。両親のように愛がなくても仕方ないと諦めて結婚式に臨んだマリア。母が持たせてくれたのは、政略結婚の指南書。夫に愛されなかった母は、指南書を頼りに自分の役目を果たし、マリア達を立派に育ててくれた。
母の背中を見て育ったマリアは、愛されなくても自分の役目を果たそうと覚悟を決めて嫁いだ。お相手は、女嫌いで有名な辺境伯。
愛されなくても良いと思っていたのに、マリアは結婚式で初めて会った夫に一目惚れしてしまう。
屈強な見た目で女性に怖がられる辺境伯も、小動物のようなマリアに一目惚れ。
惹かれ合うふたりを引き裂くように、結婚式直後に辺境伯は出陣する事になってしまう。
戻ってきた辺境伯は、上手く妻と距離を縮められない。みかねた使用人達の手配で、ふたりは視察という名のデートに赴く事に。そこで、事件に巻き込まれてしまい……
※R15は保険です
※別サイトにも掲載しています
【完結】捨てられた双子のセカンドライフ
mazecco
ファンタジー
【第14回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞作】
王家の血を引きながらも、不吉の象徴とされる双子に生まれてしまったアーサーとモニカ。
父王から疎まれ、幼くして森に捨てられた二人だったが、身体能力が高いアーサーと魔法に適性のあるモニカは、力を合わせて厳しい環境を生き延びる。
やがて成長した二人は森を出て街で生活することを決意。
これはしあわせな第二の人生を送りたいと夢見た双子の物語。
冒険あり商売あり。
さまざまなことに挑戦しながら双子が日常生活?を楽しみます。
(話の流れは基本まったりしてますが、内容がハードな時もあります)

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。
父親は怒り、修道院に入れようとする。
そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。
学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。
ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
母と妹が出来て婚約者が義理の家族になった伯爵令嬢は・・
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
全てを失った伯爵令嬢の再生と逆転劇の物語
母を早くに亡くした19歳の美しく、心優しい伯爵令嬢スカーレットには2歳年上の婚約者がいた。2人は間もなく結婚するはずだったが、ある日突然単身赴任中だった父から再婚の知らせが届いた。やがて屋敷にやって来たのは義理の母と2歳年下の義理の妹。肝心の父は旅の途中で不慮の死を遂げていた。そして始まるスカーレットの受難の日々。持っているものを全て奪われ、ついには婚約者と屋敷まで奪われ、住む場所を失ったスカーレットの行く末は・・・?
※ カクヨム、小説家になろうにも投稿しています

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します
佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚
不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。
私はきっとまた、二十歳を越えられないーー
一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。
二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。
三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――?
*ムーンライトノベルズにも掲載

【完結】引きこもりが異世界でお飾りの妻になったら「愛する事はない」と言った夫が溺愛してきて鬱陶しい。
千紫万紅
恋愛
男爵令嬢アイリスは15歳の若さで冷徹公爵と噂される男のお飾りの妻になり公爵家の領地に軟禁同然の生活を強いられる事になった。
だがその3年後、冷徹公爵ラファエルに突然王都に呼び出されたアイリスは「女性として愛するつもりは無いと」言っていた冷徹公爵に、「君とはこれから愛し合う夫婦になりたいと」宣言されて。
いやでも、貴方……美人な平民の恋人いませんでしたっけ……?
と、お飾りの妻生活を謳歌していた 引きこもり はとても嫌そうな顔をした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる