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第五章

04.願いは脳筋⋯⋯脳筋なら

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 昼食に現れなかったローラを全員が心配していたが、夕食に現れたローラは元気一杯で普段よりも食欲があるように見える。

 見ないふりをしながら横目でチラチラ⋯⋯注目されているローラは普段通りの様子で、皿を空にしていく。同じくらい動じていないのは、エリオットとレイチェル⋯⋯。エレーナは得意の無表情で乗り切っている。

「はあ、お腹空いてたから食べすぎちゃった~。デザートは入んないかも⋯⋯え? プリン? やっぱり食べる~。生クリームとプリンのコラボ⋯⋯ああ、もうプリンちゃんが⋯⋯大好き~」

 食欲魔人のローラが昼食を食べないなど『世界の終わりが来る!?』と大騒ぎになった厨房では、夕食をローラの好物に特化したメニューに切り替えた。熱があってもプリンなら食べるローラ。なんなら、寝ている時でも『プリン』と言えば口を開ける。



「ローラ、もし辛ければ明日から学園は休みなさい」

「お父様ありがとう。心配かけたけど私は大丈夫って言うか、あんな『タイプ・ヒロイン』なんかに負けたくないの! ヘスターが欲しいなら、どうぞご遠慮なくって言ってやるつもりだし、『蕾くん』の勘違いなんて叩き潰してやるもん。でね、お父様にお願いがあるの」

「お? おう⋯⋯できる事ならなんでも」

「グレンヴィル侯爵家に婚約破棄を申し入れてくれる?」

 本当に婚約破棄するかどうかはこれからのヘスター次第だが、相手より先に手を打っておきたい。

「中途半端な言い方じゃヘスターには伝わらないし、ヤキモチを焼いてるとか言われたら、ヘスターの顔面に向けてキラキラを撒き散らしそうだもん。
始業式までの事はノーカンにしても、今日のアレですでにカウント1。ポイントが貯まれば貯まるほど、大きな『ざまあ』のプレゼント実施中だって書いておいてね」

 ブハッと吹き出しのはエリオットで、レイチェルとライラは口を押さえてギリギリ耐えているが、エレーナは無表情に罅が入ってプルプルしていた。

 ローラの元気な発言を喜んで良いのか呆れるべきなのか⋯⋯悩んでる様子のラルフと、ポカンと口を開けたアレックス。

「お兄様、アーンしてもらいたいなら、ちゃんとエレーナにお願いしなくちゃ」

 真っ赤になったアレックスの口がぴたりと閉じた。



「ゴホン! プレゼント実施中とはなんとも楽しそうだな⋯⋯うん、この後すぐに送っておこう」

「でね、お祖母様とお母様には申し訳ないんだけど、グレンヴィルのおばさまとの交流をしばらくの間ストップしてもらいたいの。多分だけど、おじさまやおばさまはアレコレ言い訳をして、時間稼ぎしようとなさるはずだから。知らないって言うのが一番不安を煽るのよね~。いくつポイントが貯まったかとか、あとどのくらい貯められるのかとか」

 悪辣な顔で笑ったローラは大きな口を開けて、プリンをパクリ。

 エリオットは国王を周回中で、次の候補になりそうな魔導士の噂は聞かない。その現国王の孫との縁談はグレンヴィル侯爵家にとって色々と役に立っている。

「オルシーニ公爵家と縁ができるって言うだけで社交界で鼻が高いし、魔導士の派遣で優遇されてるのとか、コッツフィルへ向かう街道の通行税を下げさせたとかも知ってるんだよね~。だから、なんとしてでもヘスターとくっつけたいって思ってるはず」

「そのくらいはお安いご用だわ。しばらくは連絡を取るつもりもなかったし、夜会でお会いしても知らん顔をしておきましょう」

「わたくしもそうするわね。お茶会は開かず夜会では無視って、リディア達にもお願いしておくわ」

 ライラとレイチェルは実に楽しそう。やはりヒロイン・お花畑問題は女性の方が関心度は高い。

 そんな中で少し浮いているのはエレーナ。この婚約が破棄された時に貴族間に起きる問題点や、タイプ・ヒロインがアイザック第二王子に絡んで行った時の外交問題なら予測がつくが⋯⋯。

(政略ではない婚約の勉強になりそうだわ。恋愛ではどのような言動でマイナスポイントが加算されるのか⋯⋯研究資料の一つになるかも)

「エレーナ、多分だけど⋯⋯間違った方に進んでると思うよ。そんな顔をしてるもん」

 ローラに一刀両断されてしまった。



「学園に行くならセドリックとジェラルドを護衛代わりにするといいわ。連絡を入れてあるから、朝一番に声がかかるはず」

「お祖母様、ありがとう! 誰かいないとエレーナが汚れ役を引き受けそうで、学園での盾がお兄様以外にも欲しいと思ってたの。あの二人なら何をされても平気そうだもんね~。丈夫で長持ち、反撃させれば天下一品」

 この国に来て11年。当初エレーナが考えていた不安など吹き飛ばすような熱烈な歓迎からはじまり、『家族とはなにか』を体感する日々を過ごしている。

 落ち込めば頭を撫でてくれ、悩めば肩を抱きしめ、遠慮すると手を引いてくれる。自分の気持ちを言葉にすると相手が喜び、殻に篭るとお尻を叩いてくれる。

 少しくらいの我儘や甘えは家族だから許される。お互いに譲り合い、守り合うのが家族。

 自己犠牲ではないが、そんな暮らしを与えてくれたオルシーニ一家に返せるものがあるなら少しずつでも返したい。

 そう思うたびにいつも釘を刺されるが。



「あ! でも、お兄様負けちゃうかも~。ほら、時間が愛を作るんでしょ?」

「それを言うなら『会えない時間が愛を作る』だから。ローラが言ってるのは完全に反対」

「あら、会えない時って男性はお相手からの連絡を待ったり、再会を楽しみにするけれど、女性の場合は気持ちが冷めたり別れを考えはじめるのよ」

「お義母様の仰る通りだわ。男性の方が未練たらしくて、女性の方が切り替えが早いの。将来の為に覚えておくと良いわね」

 ある研究では、生殖機能が関係していると言われている。妊娠出産が可能な時期が限定される女性は無駄な時間を省きたい。それに対してかなりの年齢になるまで、子を成すことができる男性には時間に余裕がある。

 その違いが心理に影響しているのではないかと思われる。

「私もそれは覚えておかないと⋯⋯」

「俺は大丈⋯⋯覚えておこう。レイチェル、ちゃーんと覚えておくから」

 オルシーニ家はお尻に敷かれて円満な夫婦ばかりのよう。





 翌日、学園について馬車から降りると、耳をピンと立ててブンブンと尻尾を振るセドリックとジェラルドが出迎えてくれた⋯⋯イメージではなく、本物の耳と尻尾が動いている。

 二人の従姉妹セレナは少し離れた場所で、嫌そうな顔をして立っているが。

「本物そっくり~、獣人みたいじゃん!」

 ローラはセドリックの尻尾を捕まえてもふもふし、アレックスは耳がどうやって生えているのか、ジェラルドの髪を掻き分けはじめた。

「だろだろ? 昨日の夜から頑張ったんだ。ほれほれ~、エレーナも触る? 触ってみたい? どうなってるか知りたいだろ?」

「えーっと、知りたいような知らなくても良いような⋯⋯うーん、やっぱり魔法ですか?」

「そう、ジェラルドのスキルありきの魔法。俺が考案してジェラルドが実現させたから、他の人にはちょっとできないと思う」

「なんかさ、尻尾があると番犬っぽくてイメージつきやすいじゃん。俺たち二人はローラを守る忠犬だぞ、寄るな触るなって」

 5年生にしてすでに研究室をもらっているだけのことはある。使い方は完全に『宝の持ち腐れ』だが、魔導士としての力量が他の生徒と桁違いなのは間違いない。

 一晩で耳と尻尾を生やす魔法を考案したセドリックは凄いが、それを実現させたジェラルドも只者ではない。

(この二人が護衛につく⋯⋯騒ぎが起きないはずがないわね)

「ホントにおバカだわ。おバカ遺伝子がどこから舞い込んだのか⋯⋯キャンベルは変わり者のマッドサイエンティストとか言われそう」

「もしかしてこれって消えないの? 消えないなら根本でチョキンと切「消える! 消えるから! 大事な尻尾、切ったら流血しちゃうの」

 ジェラルドが悲鳴を上げてローラから後ずさった。





 常識人のセレナは『尻尾がない時だけ参加する』と言って6年生の教室に向かい、エレーナとローラはアレックス・セドリック・ジェラルドと言う豪華キャストに守られながら教室に向かった。

 アレックスの親衛隊だけでなく、セドリック&ジェラルドと言う奇人変人愛好家の目に晒されながら教室に着くと、何やらおかしな気配が漂っている。

「喧嘩かな?」

「え、マジマジ? 朝から俺の大好物じゃん、やりぃ」

 母親から『せめて脳筋に生まれて欲しかったわ⋯⋯力任せのおバカならねじ伏せられたのに』と言わしめたジェラルドがいそいそとドアから顔を突っ込んだ⋯⋯尻尾が超高速で揺れている。

「うーん、どうすっかな。ヘスター絡みではあるけど、俺達はローラ専用の番犬だからなあ」



 教室の中で揉めているのはアリサとヘスターで、ヘスターの腕の中にはクラリスがいる。

「他の教室には入ってはならない。これは学園の規則で決まっていますわ!」

「編入したばかりで知り合いがいないって言ってるだろ!? ひとりぼっちなんて可哀想じゃないか」

「でしたら益々ご自分のクラスに戻られませんと、いつまで経ってもお友達ができませんわね」

「誰も彼もがアリサ嬢のようにキツイ性格をしてるわけじゃないからね。編入してすぐ見ず知らずの相手の中に放り込まれれば不安になって当然だろ?」

「たから? 不安なら何をしても良い⋯⋯それで許されるのは幼児だけですわ」



「ここはお兄様の出番ですわ! そのせいであのクソデスクラリスに目をつけられるかもしれませんけど」

「それならそれですぐに退学にできるじゃん」

「流石、ジェラルド。その時が来たら奴を速攻で地下牢へ飛ばしてね」

「おう、ついでに拷問官のジェシーちゃんも召喚だな」

 ローラとジェラルドの傍若無人コンビが手を組んだ。

「じゃあ、行ってくる。エレーナ、応援よろしく」

 ちゃっかりとエレーナにアピールしたアレックスが教室に足を踏み入れた。

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