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第五章

03.一致団結した結果、最恐の奴等を呼び出すらしい

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 王宮に帰りついても落ち込んだままのローラは『一人になりたい』と言って部屋に閉じこもった。

「少し様子を見ようと思ったけど、そうは言ってられないみたいだね。エレーナ、父上に話に行こう」

 アレックスとローラの父であるラルフは王宮内に執務室を持っており、財務大臣として部屋に詰めている事が多い。

「普段は王宮暮らしなんて面倒だって思ってたけど、職場が近いから今日はちょっとラッキーかも」

 アレックスとエレーナがラルフの執務室を訪れヘスターの状況を説明すると、妻のライラを呼び出した。

「タイプ・ヒロインの狙いがヘスターだけなら良いんだが⋯⋯。もちろん、ローラを傷つけたヘスターはボッコボコにするけど、それだけで終わらない可能性もある」

陛下エリオットにお話ししておいた方が良さそうですわ。レイチェル様にも聞いておいてもらわないといけませんね」



 ライラをエスコートして早足で部屋を出るラルフの後を、エレーナとアレックスが追いかけた。

「今後、クラリスがヒロインに変身しそうなら、母上とライラには社交界の噂を集めてもらわなければならない」

「ええ、任せてちょうだい。これはわたくしのミスでもあるの」

 横をすれ違う事務官達に聞かれれば大騒ぎになりそうな内容だが、ラルフが普通の音量で話しているのは周りに結界を張っているからだろう。



 ヒロインは高位貴族や王子など、爵位が高い資産家にすり寄る事が多く、国に甚大な被害をもたらす。

「この国は選挙制君主国家だから王子はいないけど、5年生にシェイラード王国のアイザック第二王子殿下がおられるからね」

 シェイラード王国はごく稀に魔法を使える者が産まれる非常に珍しい国。『発現者』と呼ばれる彼等は厳重に守られて育てられ、ある程度の年齢になるとオーレリアで魔法の基礎を学ぶ。

 現在の王家ではアイザック王子が唯一の発現者で、去年から交換留学生として在籍しているが、その実力はオーレリアの魔導士に匹敵するのではないかと期待されている。

(そんな方にクラリスさんが絡んでいったら⋯⋯)

「これが自国の王子なら継承権剥奪と廃嫡で済むから簡単なんだけどね」

 あまり簡単とは言えない気がする。



 執務室で書類と格闘していたエリオットはエレーナ達を見て一瞬目を輝かせ、ニコニコと優しげな笑みを浮かべた。

「おお、ちょうどいいところに来たじゃないか。そろそろ休憩をしたいと思ってた⋯⋯コーヒーを入れてくれないか。女性陣はお茶の方がいいかな?」

 そばに仕えていた側近がメイドに声をかけに出ていくと、エリオットの表情が途端に引き締まった。

「何かあったようだが、取り敢えず座りなさい」



 目の前にお茶やコーヒーが並べられメイドが退出すると、出入りを禁止する為に側近がドアの前に立った。

 教室で見たヘスターの様子をエレーナがもう一度説明すると、エリオットの眉間に皺がより大きな溜め息を吐いた。

「ヘスターがそんな事になってるとは⋯⋯みんなも知っていると思うが、『魅了』も魔法の一種で、この国には時折り魅了持ちが現れる。精神破壊に繋がる魅了魔法や隷属魔法は第一級の禁術に指定されているから、普通は家族や親族が気付いて『魅了封じ』するんだ」

 学園でも魅了や隷属魔法には神経を尖らせており、入学前に特に厳しく検査される。

「その娘も編入前には検査を受けたはずだが⋯⋯グレンヴィルはなんと言ってるか知ってる者は?」

「わたくしがミシェルヘスターの母と何度か話をしております。そのクラリスと言う娘ですが、ゼクスヘスターの父の学生時代の友人から頼まれたのがきっかけだそうです。辺境の田舎町で育ったので王都には知り合いがおらず、学園に入学した後が心配だと。王都の暮らしや学園に慣れるまで預かって欲しいと言われたそうですわ」

 クラリス・ベラム。ベラム男爵の一人娘で、魔法が発現したのは半年前。行儀見習いとして5月初めにグレンヴィル侯爵邸にやってきたが、メイド仕事に慣れており屋敷内での評判は上々だった。

「ですが学園が休みに入る前あたりからヘスターとの仲が近付き⋯⋯ミシェルは何度も注意していたそうですが『学園について教えている』『遅れている勉強を教えている』『王都に慣れるために出かけた』と。
ここ最近は二人で部屋に篭ることも多く、ミシェルやゼクスの言葉も聞かなくなっていました」

 部屋のドアは空いており、メイドや侍女の出入りを止めることもない。並んで座っているのを見かけた事はなく、二人の間には必ず教科書やノートが広がっている。

「ヘスターは学園に入学して友達ができるまでだと言っていたそうですけど、友達と言うならローラを仲間に入れて3人で勉強すれば良いと言ってみたのですが⋯⋯」


『では、ローラも誘っていただくと言うのはいかがかしら。女の子同士なら、学園に入った後お友達を紹介したりもできますでしょう?』

『ローラはヘスターに会えなくて寂しがっておりますし、そのお嬢様とも仲良くなれれば喜ぶと思いますの』


「ミシェルがヘスターに話しても、『クラリスは人見知りをする』『ローラがヤキモチを焼いたら勉強が進まない』などと言って話を聞かないそうです」

 ローラがこの場にいなくて良かった⋯⋯この部屋にいる全員がそう思った事だろう。

(ライラ様もローラがいたら話せなかったわね。こんな話を聞いたら『即、婚約破棄』って言いそうだわ)

「ミシェルもゼクスも、学園に入ったらすぐに落ち着くと言っていたので、まさかそれほどとは思わずそのままでおりましたの。申し訳ありません」

 部屋のドアが開いていなければ、隣に並んで座るほどなら、人払いをするようならライラはもっと早く手を打っていただろう。

「どうやら『タイプ・ヒロイン』と『蕾くん』なのは間違いなさそうだね」



 因みにこの言葉は当時の学園長の言葉からできた造語で、学園全体に注意喚起するもの。


『意図していようといまいと、ヒロインのようなタイプの女子生徒は何かしらの揉め事を持ち込む。見つけ次第監視対象に認定せよ!
悪役(にされた)令嬢の保護と、それに類する扱いをされている令嬢への事前通達を徹底。
魔法大国で、のほほんと精神汚染される令息の脳内には、花でも育っておるに違いない。花畑を作り出す前に⋯⋯いや、蕾のうちに刈り取ってしまわねば。
家庭への通達、その後改善の余地なしとなれば、被害が広がる前に休学させよ! アレらは放置すれば増殖し、雑草並みに根を張るからな。その前に駆除してしまうのだ』


 それ以来『タイプ・ヒロイン』や『蕾くん』を見かける事はあっても『ヒロイン』と『お花畑さん』は出没していない。




「予想以上に深刻ですね。私からグレンヴィル侯爵家へ連絡を入れます。彼等が『ヒロイン』や『お花畑』になれば降爵の危険もありますし、婚約破棄にするならなるべく早くローラを留学させたい。幸いにもミリアがシェイラード王国に留学中ですから、一人にはなりません」

 ミリアはラルフの弟の娘⋯⋯ローラの従姉妹で17歳。生まれた時からローラとミリアは姉妹のように育ってきたので、傷心のローラの支えになってくれるだろう。

「話の様子からすると、すでに『蕾』にはなっているはずですから、これ以上ローラを悲しませるわけにはいきません」

 ラルフローラの父が強く言い切った。



「ヒロインやお花畑に認定されたのなら別だが、今ならなんとかなるかもしれん。タイプ・ヒロインと蕾は引き離しただけで冷静になった事例は多いからな。
婚約破棄するかどうかはローラの気持ち次第。ローラが可愛いからと言って先走るなよ」

 政略で決まった婚約なら親の意見の方が大きく影響するが、ローラとヘスターの場合は恋愛からの婚約。

 エリオットの性格を見てもわかる通り、オルシーニ公爵家は勢力を広げるとか、派閥での立ち位置に全く興味がない。

 魔法大国の実力者はあらゆる面において実力主義を徹底している。



 この国では成人となるのは18歳で、準成人は16歳。準成人で社交界にプレデビューするのは、本格的に社交界デビューするまでの練習を行う為。

 限定的だが参加できる夜会があり、家族や後見人の許可・監修があればお茶会の主催者にもなれる。少しずつ活動範囲が広がると自分の立ち位置がより明確になり、将来への目標や伴侶問題が切実に頭に浮かぶようになる。

 小説や歌劇に影響された夢見がちな女子の中に、『ヒロイン最強』『逆ハー最高』『目指せテッペン』『世界は自分の為にある』と考える者が出る事がある。

 男子の場合は『真実の愛』『苦境にめげない俺凄え』『惚れた女を守る俺って超イケてるじゃん』になっていく。



「学園はどうしますか? 俺は昼休みにそばにいてやる事ができない時の方が多いし、エレーナ一人に頼るのは荷が重すぎる」

「ではセドリックとジェラルドに頼んでおくわ。アイザック第二王子殿下の事もありますから、ちょうどいいでしょう」

 レイチェルの一言で全員が頷いた。3人は同じ5年生のAクラス。情報収集するのに最も良い立ち位置なだけでなく、クラリッサの突撃があったとしても、双子なら余裕で躱してくれるはず。



 昔から悪戯好きの二人。知のセドリックと武のジェラルドはお互いの得意分野を駆使して、親戚達を翻弄しまくってきた。

 悪戯をしすぎて物見櫓に縛り付けられたのは数知れず、一時は魔法封じの首輪をつけられていたほど。

 最近の悪戯の中では⋯⋯家族の見送りを受けながら留学するミリアが馬車に乗り込むと、座席の上に大きな豚が乗っていた件だろう。

 悲鳴を上げるミリアと大笑いするセドリックとジェラルド。

『ペットがいれば寂しくないし、こいつなら腹が減れば食える』

 ご丁寧に塩と胡椒の瓶が豚の首にぶら下がっていた。

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