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第五章

01.16歳になったエレーナ

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「ああ、待って待って! 置いてかないでぇぇ」

 馬車に乗り込んだエレーナとアレックスを追いかけ、大声を張り上げて走り込んできたのはアレックスの妹で、ルーナの姪のローラ。

「はぁ、はぁ、もお、置いてけぼりは酷いよお!? 今世紀最大の声を出したじゃん。お祖母さまに聞かれたら大変なんだからね」

「ヘスターが迎えに来ないのなら朝食の時に言ってくれれば、ちゃんと待ってたのに」

「忘れてたんだもん、仕方ないでしょ~」



 オーレリアに越してから11年。16になったエレーナは、今日から国立魔法学園の4年生になる。背は少し低めだが、痩せ細っていた身体は年齢相応の女性らしさを見せ、釣書がエリオットの元に届き続けている。

 亡くなった祖母に似た容姿と、ループ前の記憶でサバを読んでいる知識。どこから漏れたのか分からないが、ありえないほどの個人資産持ち。これはビルワーツから受け取った慰謝料で、エレーナ用に計上されていた5年分の予算と同額だった。今はオルシーニ家の管財人が管理している。

 エレーナの祖父レイモンドの母の兄がルーナの祖父⋯⋯というかなり遠い親戚に引き取られたエレーナは今でも王宮で暮らし、ルーナとは大の仲良し。共に暮らしているのは⋯⋯。

 オーレリアの国王に再選して落ち込んでいるエリオット・オルシーニ。公爵家当主で妻はレイチェル。

 長兄のラルフと妻のライラ、その息子のアレックスと娘ローラ。そして、末っ子のルーナは今もまだ遠距離恋愛もどき更新中。

 次兄のトールと妻のアイリスは離宮に住んでいるが、娘のミリアはシェイラード王国に留学中。


 王宮の近くに居を構えており頻繁遊びに来るのは、エレーナの祖父レイモンドの妹リディア・キャンベルと押しかけ夫のアーロン。

 長兄のブライアンと妻のエスメラルダの娘セレナ。次兄のケルビンと妻のキャロル、双子の息子のセドリックとジェラルド。



 それ以外にも叔父や叔母、従兄弟や再従姉妹がいると知って目を白黒させ、エレーナの歓迎会だと言って全員が集まった時には、名前を覚えるのに四苦八苦した。

 王宮での暮らしは毎日新しい事の連続だった。専属のメイドに世話をされるが苦手で不眠症になりかけたり、同年代の子供達との遊びが分からず落ち込んだり⋯⋯。


『父上、この子は僕のお嫁さんにします!』

『ズルいぞ! 僕のだからね』

『うるさーい、僕が結婚するんだあ』

 エレーナとの初顔合わせで、アレックスとセドリックとジェラルドが取っ組み合いの喧嘩をはじめたのも笑い話の一つだが、3人はルーナの一言でピタリと動きを止めた。

『はいはいはい! アタシに勝ったら考えてあげるね~』



 エレーナは同い年のローラと一緒の家庭教師に習いはじめ、数日でアレックスと一緒の勉強に変更になり⋯⋯翌週から個人授業に切り替わった。

 エリオットに見つかると魔法の練習がはじまり、レイチェルと目が合うと着せ替え人形にされ、ルーナは薬草の採取に連れ出そうとする。

 ルーナの長兄の息子アレックスはエレーナより2歳上で、レイチェルに似た落ち着いた性格だが、怒ると魔法で部屋を半壊させる事がある。

 娘のローラはエレーナと同い年で、エリオットやルーナに似た自由人。王宮内を全力で走り抜けてはレイチェルに宿題を追加されている。グレンヴィル侯爵家嫡男のヘスターと婚約中。

 国立魔法学園では学力と魔法適正によってクラス分けされ、選択科目は魔導士科・魔導具科・薬学科が最も人気が高い。



 学園に行く時はアレックスがエレーナと馬車に乗り、ローラは迎えに来たヘスターと一緒の馬車で学園に向かうのがいつものパターンだが⋯⋯。今日は始業式なので、いつもより少し早めに出発しようとしていたエレーナ達の馬車に飛び込んできたローラは少し顔色が悪い。

「で、ヘスターが迎えに来ないなんて珍しいな。喧嘩でもした?」

「違う。その方がマシだったかも⋯⋯あ~あ、婚約なんて破棄しちゃおうかなあ」

「婚約破棄って⋯⋯終業式の後はあんなにラブラブだったのに、随分と過激な話だな」

「ラブラブなんて嘘っぱちだもん。ヘスターなんて詐欺師よ、詐欺師! 学園で会ったらボコボコにしてやるんだから!」

「そう言えば休みの間、一度もヘスターに会ってない気がする」



 この国では9月~12月と1月~5月に分ける二学期制を取り入れている。

「前年度の終業式の翌日から一度もヘスターには会ってないもん。手紙の返事は返ってこないし、先触れを出しても断られたの」

 6月から8月末までの3ヶ月もの間連絡が取れないのは、何かあったとしか思えない。ローラとヘスターは物心ついた頃からの付き合いで、婚約したのは政略ではなく本人同士の意思。夏の休暇には毎年、それぞれの領地を行き来したり、家族ぐるみで避暑に出かけたりしている。

「ヘスターなら、忙しいなら忙しいってちゃんと連絡しそうなんだけどなあ。グレンヴィル侯爵家の情報なら母上が詳しいと思うけど、聞いてみたのか?」

「聞いたわよ~、ちゃ~んと聞いたの~。だ~か~ら~、婚約破棄しようかなって思ってるの」



 ローラが母親から聞いた話では、グレンヴィル侯爵家は今年度から魔法学園に編入する娘を預かったという。頼んできたのは学生時代の友人で、たまたま夜会で顔を合わせ学生時代の話に花を咲かせていると⋯⋯。

『知り合いの子供なんだが、魔法が使えると分かったから魔法学園に通わせたいって言うんだ。うちは子供がいないから、最近の学園の様子がわからなくて⋯⋯君の家なら同い年の息子もいるし、色々相談に乗れるんじゃないかな?』

『婚約者がいる? それならますます安心だな。低位貴族の娘だが、その辺はちゃんとわきまえてるみたいだし』


「ふーん、で、その娘にベッタリって事?」

「そう! グレンヴィルのおばさまも困ってらっしゃるってお母様が仰ってたの」

「おばさまが気付いておられるなら、すぐに落ち着くんじゃないか? 今日から学園だから、すぐに友達もできるだろうし」

 16歳はかなり微妙な年齢。女性同士のお付き合いは家格や派閥を意識しはじめたり、将来に向けてのお相手探しをする方もいたり⋯⋯。

「同じクラスになったら最悪。だってヘスターとその子が仲良くしてるのを見てなきゃだし、お友達になんて言われるか。別のクラスでイチャイチャされてもムカつくしね」

「気になる事があればすぐに俺のとこにおいで、ヘスターに話をするから。それでも改善しなかったら、父上からグレンヴィル侯爵家に抗議してもらうよ」

 妹想いのアレックスらしい返答で、ようやく気持ちが落ち着いたらしいローラに笑顔が戻ってきた。

「頼りにしてるね」

「ああ、任せとけ。ローラがキレると園舎がぶっ壊れるからな」

 学園の正門近くにある馬車回しに着き、馬車を降りるとセレナ・セドリック・ジェラルドの3人が待っていた。彼等はリディアの孫で、セレナはアレックスと同い年で今年6年生になり、セドリックとジェラルドは一つ下の5年生。

 因みに、エレーナとローラとヘスターがその下の4年生。



 職員用園舎の前に張り出されているクラス分けの表を確認すると、学年は違うが全員Aクラス。

「良かったぁ、期末試験、自信がなかったんだ~。Bクラスに落ちてたらお母様が家庭教師を増やすって仰ってたの」

 試験のたびに低空飛行を繰り返し、ギリギリで乗り切ってきたローラが飛びついてきた。

「わたくしもローラと同じクラスで嬉しいわ。1年間よろしくね」

「こちらこそ! 今年も試験勉強の山かけ、頼りにしてまーす」

 他の生徒に場所を譲り教室へ向けて歩き出した。職員用の園舎には学園長室・職員室・事務室の他に面談室や応接室などもある。その隣が食堂とカフェテラスで、生徒達の園舎はその奥にある3棟。

 1年生から3年生までの教室と生徒会室がある棟、4年生と5年生と選択科目の教室がある棟。6年生の教室と研究室のある棟。

 他には、魔法実技などを行う訓練場が4種類と大講堂・小講堂・旧園舎・図書館・温室・談話室・倉庫などがあり、毎年何人かの新入生が迷子になる。

 利用者は少ないが、学園の隣に寮も建っている。

(何度見ても広いわね。街ひとつ丸ごと学園にしたみたい)

 

 ローラは決して頭が悪いわけではない。Aクラスは学年で成績優秀者のクラスでもあり、そこに残っているのはそれなりの結果を残しているという事。ローラがAクラスの中で下の方の成績なのは、うっかりミスが多すぎるから。

 回答欄が一つずつズレていたり名前を書き忘れたり、実技試験でやりすぎてマイナス評価をもらう事もある。

「ローラは『まず最初に名前を書く』ってのを覚えるべきだな」

「それよりも、実技試験は半分寝ながらやる。魔法実技がロベルト先生なら、やりすぎはマイナス50点になるからね」

 セドリックとジェラルドの仲の良いツッコミで、ローラが眉を顰めた。

「今年こそ大丈夫! 今年は上位に入って、私の名前を張り出してもらうんだから」




「ねえ、ヘスターもAクラスにいたんだけど、知らない名前はなかった気がするの」

 アレックス達と別れて教室に向かう階段を登りはじめた時、不安そうなローラが耳元で囁いた。

「じゃあ、別のクラスなのかしら。それならお友達を作りやすいかもしれないわね」

 ローラの笑顔が続きますように⋯⋯祈るような気持ちで階段を上り切った。

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