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第四章

34.救世主は熊と美魔女?

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「エレーナちゃんから離れなさいませ! ペドフィリア小児性愛者として処刑しますわよ!」

 凍りつくような冷ややかな女性の声が聞こえると、パキパキと音を立てながら部屋の中が凍りついていく。

 エリオットの動きがピタッと止まり、そっと椅子に下ろされたエレーナは真っ白い息を吐きながら部屋を見回した。

(この方々はルーナ様の⋯⋯大変だわ!!)

 慌てて椅子から飛び降りたエレーナは、深く頭を下げて膝が床につくほど腰を落とし、最上級のカーテシーをした。ルーナの両親ならオーレリア現国王夫妻、こちらから声をかけるのは不敬にあたる。

(どこからお越しになられたのかと思ったけど、ルーナ様のご両親なら⋯⋯これが転移魔法。現れる時の気配も分からないなんて、魔法って凄すぎるわ)



 ループ前を含め、ルーナと出会うまで魔法を見た事がなかったエレーナは、緊張しつつも身体中がソワソワとする不思議な感覚に包まれていた。

(なにかしら、すごく変な感じだわ⋯⋯これは⋯⋯収納魔法が使えると分かった時みたいな感じ。あの時もこんな風にドキドキしたけど、ちっとも嫌じゃなかった)

 自分が『期待でワクワク』しているとは気付いていない残念なエレーナだが、こんなドキドキなら悪くないと思っていた。



「そんなに畏まらなくても大丈夫。わたくし達にお顔を見せてちょうだいな」

 衣擦れのサラサラという音が聞こえ、今までに聞いたことのない耳に優しい涼やかな声と共に、淡いブルーのドレスの裾が視界に飛び込んできた。

(晴れ渡った空の色⋯⋯なんて綺麗なのかしら)

「さあさあ」

 2度目の声掛けを聞いてから顔を上げたエレーナの前には、ニコニコと笑う巨大な熊と絶世の美女。『ルーナ様は母親似』と思った時には⋯⋯むぎゅう⋯⋯ルーナの母に抱きしめられていた。

「なんて可愛いのかしら。ちっこくてお人形さんみたい! あーもー、どうして今まで会いに来ようと思わなかったのかしら。こんな痩せっぽちになっているなんて⋯⋯屋敷の使用人達を血祭りにあげてやるわ。ルーナ、エレーナちゃんをうちに連れて行きなさい。わたくしは使用人達をひとりず「母ちゃん⋯⋯気持ちは分かるけど、やってる事が父ちゃんと変わんない」」

「はっ! わたくしとした事が⋯⋯エリーエリオットレベルになるなんて⋯⋯でもでも、可愛いは正義だわ! エリー、すぐに手続きを致しましょう。早く馬鹿どもと縁を切らせなくては」



「オーレリア国王陛下、並びにレイチェルルーナの母王妃殿下にご挨拶申し上げます。この度はわたくしどものような者の為に、遠路はるばるお越しいただきました事大変申し訳なく、心よりの謝罪と多大なる感謝を述べさせていただきます。
ビルワーツ侯爵家長女エレーナでございます。尊き方々の御前にお目もじできました事、生涯の宝と致したいと存じます」

「まあ、ご丁寧にありがとう。せっかく素敵なご挨拶をしてもらったのだから、わたくし達もちゃんとしなくてはね」

「うむ、オーレリア国王、エリオット・オルシーニだ。其方に会うのを楽しみにしておった。左は我が妃レイチェル、その隣は其方もよく知っておるルーナじゃな」

「ルーナ様には返し切れぬほどのご温情をいただきました。ルーナ様はわたくしの窮地を何度もお救い下さっただけでなく、数え切れないほどの心優しいお言葉やお心遣いも下さいました。
ルーナ様とお会いできていなければ、今のわたくしはなかったものと」

「それほどまでにか⋯⋯ビルワーツは何故そこまで堕ちてしまったのか。先代達が墓の中で泣いておろうな」

「ほらほら、王様ごっこは終了してさ、本題に入ろうよ」

 しんみりとした雰囲気をぶち壊したルーナが、エレーナの手を引いてソファに向かった。



 正面に国王夫妻が座り、ルーナとエレーナはその向かいに並んで座った。ミセス・メイベルの指示で部屋の外には侍女が待機しているが、部屋の中には入ってこない。と言うよりも、入ってこないように指示していると言うべきか。

「侍女にお茶を頼んでも良いんだけど、事が終わるまでは警戒しといた方が良いと思うんだよね~」

 ミセス・メイベルを信用していると言っても『今のところ』『ある程度』と言う但し書きがつくレベル。エレーナが知っている中では信用できる人と言える程度で、いつ意見や態度を変えるか分からない。

 ルーナも同じ考えのようで、ビルワーツ侯爵家に長い間関わってきた使用人達は、考え方が偏っていて危険だと言う。

「マインドコントロールとまでは言わないんだけど、時々『これヤバくね?』って思う時があるんだ。絶大な自信と世界で最も悲劇的なビルワーツ⋯⋯みたいな感じでさ」

 目覚めないアメリアを見舞った時のジョーンズの態度がその最たるもの。マーカスがビルワーツの『武』を補佐するのに対し、ジョーンズはビルワーツの『知』を補佐してきた。

「ビルワーツ当主達は知恵者で武にも優れていたが、それを補佐する者達にも恵まれていたからな」

 ジョーンズが執事⋯⋯実質家令として控えていたからこそ、当主は思う存分動けた。

「その指針を無惨に奪われて暴走してるのは気付いていたが、アメリアが頑なに援助を拒んでいたから、俺達にできる事はあまりなくてなぁ」

 オーレリアとの同盟で公国としての地盤を固めたようなものだが、オーレリアからの意見にはほとんど耳を貸さなかったと言う。

「だからと言ってエレーナの状況を調べもせず放置していたのは、許されることではないがな」

 エリオット達の後悔はその一点のみ。親族の打ち立てた国と言えど他国であることに変わりはなく、求められていない援助や助言をするつもりはない。

 国の政策や侯爵家の有り様は、オーレリアやオルシーニ家にとって対岸の火事に等しかった。

(まさか我が子を放置し虐待されている事に気付いてもおらんかったとは。アメリアは親に溺愛されていたのに⋯⋯いや、だからこそか。愛されていた奴が愛する側に回れるとは言えんからな)

 十分に愛情を注がれて育った子供は愛情深い大人になると言うが、子供の心が大人になり切れなかったら⋯⋯いつまでも愛を求め続け、与える事を知らないままになる。

(アルムヘイルへの憎しみで心が成長を止めたのだろう。その歪みがエレーナに集まったと言うところか。
ジョーンズを含めた使用人達も同じように心の時間を止めているんだろう。でなければ、あれほど優秀だった者達の所業とは思えん)



「ミセス・メイベルにとって最も大切なのはアメリア様で、その次は公国か侯爵家なのは当然の事でございます。その忠誠心があるから信用していると言っても過言ではありません。
ですから、宮殿内での話し合いの後、わたくしの敵になる可能性は高いと考えています」

 ミセス・メイベルにはエレーナが知っている記憶を話し、いくつかの指示を出しはしたが、何をどのように進めるのかなどは、殆どミセス・メイベルに任せた状態。

「わたくしは侯爵家から離籍しこの国とも完全に離れると決めております故、これ以上口出ししてはならないと愚考致しております」

「そうだな、その方がいいと俺達も思ってる。歴代のビルワーツ当主はあらゆるものに対し絶大な自信があった。今は、その弊害が出てる感じだから、これ以上それに付き合う必要はあるまい」

 レイチェルルーナの母がエリオットの腕を突き、少し身を乗り出した。

「その辺の話は長くなるから、エレーナちゃんの安全を確保してからにしましょう。
でね、わたくし達としてはエレーナちゃんがビルワーツを離籍した後、特別養子縁組をしたいと思っているのだけど、無理強いはしたくないの。エレーナちゃんの気持ちを教えてくれるかしら」

 ゆっくりと話す優しい声はエレーナの緊張を解きほぐし、大国の王の前にいる事を忘れてしまいそうになる程。

 先程の様子からすると怒るとかなり怖そうだが、普段は穏やかな方のように見える。

(ルーナ様の見た目は母親似で性格は父親似って感じかしら)

 

「ありがたいお言葉をいただき心からお礼申し上げます。我儘な願いだとは承知しておりますが⋯⋯ビルワーツから離籍した後、後見人か身元保証人をお願いしたいと考えています」

「そうよねえ、会ったばかりですもの。わたくし達の為人も分からないまま『うちの子になって』と言うなんて、不安に思うのは当然だわ」

「いえ、そのような! 陛下や王妃殿下のお人柄やお心を疑っているわけではございません。わたくしはこれから何も持たない平民となります。多大なご温情をいただいてもお返しできるものが何もなく、カケラも役に立たない愚民でございます。
そのような者の後見や身元保証人をお願いするだけでも申し訳なく、国王ご夫妻の養子にしていただくのは分不相応でございます」

(養子よりも後見人の方が辞めやすいはず。ご夫妻がわたくしに失望された時のことを考えると、その方がいいはずだもの)

 自分の見た目年齢を考えると、いつになったら仕事を見つけられるかも分からない。もしかしたらルーナのお陰で、侯爵家から幾らかのお金を手に入れる事ができるかもしれない⋯⋯と言うのがオーレリアに行った後の希望になっている。

(それだって手に入るかどうかも分からないのだから、期待してはいけないわ。お部屋を準備して下さっていると聞いたけれど、持っているチュニックで王宮内を彷徨けば、ご迷惑をかけそう。
1枚か2枚デイドレスを買うお金だけでもいただきたいと、侯爵家に言ってみようかしら)

 一番正しいのは平民となった後、平民街に部屋を借りて仕事を探す事だと分かっているが、金銭的な問題や年齢の問題を省いても保証人なしでは部屋を借りられないし、仕事も見つからない。

(それに、ビルワーツの血を狙う者が出た時、後ろ盾がないのは危険すぎる)



 公国も侯爵家もエレーナなど不要⋯⋯それどころか、疫病神だと思っているのは十分承知しているが、他国や他領の者達も同じように考えるとは限らない。

(血の繋がりがあるのだから、離籍していても復籍すればいいだけ。捕まえてしまえば『親子の情』に絆されるはず⋯⋯そのように考える輩が出ないとは限らない。
わたくしの事を厄介者だと思っておられるアメリア様だけど、悪評を立てられそうだと思えば、表向きは態度を豹変させるかもしれない)

 建国王としての立場や、由緒ある侯爵家の当主としての評判を守る為なら『離籍せざるを得なかったのは、愛しい我が子の為だった』くらいは言いかねない。

(施政者の腹黒さは嫌と言うほど知っているわ。彼等は保身の為ならどんな嘘でも、あり得ないホラでも平気で言い切る傲慢さを持っているのだから)
 


「だったら⋯⋯」

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