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第四章

29.ミセス・メイベルの空回り

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「ならセルビアスとかクレベルン王国なんかとの取引については? アメリアの敵と取引したがるとしたらニールくらいじゃん。そこは誤魔化せないでしょ?」

「たまたま繋がりができたからとか、いつまでも過去を引きずっていては商売にならないとか。より多くの利益を求めただけで他意はないとか⋯⋯ タチの悪い⋯⋯知恵の回る方なら、言い訳をいくらでも思いつきますわ」

 ループ前にやり合った悪質な商会や貴族達のやり口に似ている。長年の付き合いや私情よりも利益を選ぶのは当然の事だと言い切り、他者の不利益や悪感情など気にも留めない。それどころか切り捨てられた方が愚かだと言い放ったり、より相手が傷つく方法を選び悦にいる。

『この程度の事で騒ぎ立てるなど、自ら小者だと公言しておるようなものですなあ』

『商売に最も大事なのは利益! 取引相手が誰でも金の価値は変わりませんぞ』


 悪質な手口が公になればそれを暴いた方が悪いと言う。

『折角知られないように配慮して差し上げておりましたのに⋯⋯騒ぎ立てなければ知らずに済みましたのにねえ』

『大人しくしておれば嫌な思いをせずに済んだものを。こちらは親切で内密に動いておりましたのにねえ』


「セルビアスやクレベルン王国に恨みを持っているのはアメリア様達だと開き直れば、人としてのモラルを疑われてもそれ以上の事はできないでしょうね。
それどころか、アメリア様達の心情を慮って内密に事を進めてあげたと言い出す事もできます」

 クレベルン王国や帝国などに恨みを持っているのは、アメリアやビルワーツ侯爵家の使用人達。ビルワーツ侯爵領の領民の中には同じような気持ちを持つ者もいるだろうが、ニールが同じ気持ちでいるとは思えない。

 しがない子爵家の次男が他国にも名高い侯爵家の婿に選ばれた。先代当主が亡くなりアメリアが侯爵になれば、誰憚る事なく左団扇で暮らせるはずだった。

「エレーナ様の仰る通りですね。ニール様は先代当主御夫妻が亡くなられた原因を作った者達よりも、ご自分が得られるはずの利益や権利を奪った人を恨んでいる気が致します」

「そうか! 名誉も権力も奪ったアメリア様を憎んでいるから、セルビアスやクレベルン王国と取引してたんだろうって、文句を言うのが関の山⋯⋯酷え奴だよって悪評が立つだけっすね」

「それどころかさ、ここ一番で逃げ出した姑息なニールだもん。アメリアに『ざまぁ』って言いそうだよね」

 托卵王子ランドルフ現国王がクレベルン王国達と共にアルムヘイルの王位簒奪をしたあの戦いで、尻尾を巻いて逃げ出したニール。この事はビルワーツ侯爵家以外にはあまり知られていないが、親戚のルーナはかなり詳しく聞いている。

「あの時点でニールと縁を切らなかった叔父さん達ビルワーツ前当主夫妻やアメリアはマヌケだって思ったもん。ビルワーツの歴代当主ってお人好しというか詰めが甘いというか⋯⋯なんかイライラするんだよね」

 ルーナは⋯⋯2代続いた婚約破棄の1回目はまだしも、2回目の時は徹底的に叩き潰すべきだったと言う。

クソ野郎ランドルフは托卵王子だし、悪辣ババアエロイーズは国費乱用してたんだもん。見捨てて潰してやれば良かったんだよ。ビルワーツにはそれだけの力があったし、賛同者はてんこ盛りだったはず。
アタシならさ、2人を小舟に乗せてうんと遠い海にポイ捨てしてたね」

 拳を握り締め『新薬の治験に使う気にもなれない』と言ったルーナだったが、オーレリアにいる父親の考えた罰はもっと過激だったらしい。

(ちょっと聞くのが怖いけど⋯⋯気になるかも)

「ふふん、エレーナちゃんってば知りたいって顔に書いてある~。もうちょっと大人になったら教えてあげるね~。18禁だったり15禁だったりするし~」

 エレーナの頬をツンツンと突いたルーナが楽しそうに笑い、ジェイクが大きな溜め息を吐いた。

「オーレリア⋯⋯マジでヤバそう。エレーナ様について行くのは危険な気がしてきたっす。15禁は多分アレで、18禁なら間違いなく⋯⋯」

 エレーナに対するネグレクトに加担していたと反省しているジェイクは、少し前屈みになりながら頬を引き攣らせた。

「大丈夫。ジェイクは連れて行かないから心配する必要はないわ。『わたくしに関しては』って言うべきかもだけど⋯⋯」

 エレーナがチラチラとルーナやジェイクの顔を見ると、慌てて目線を逸らした2人の耳が少し赤くなっている。

 微笑みを浮かべて初々しいふたりを見つめるエレーナの様子は『酸いも甘いも噛み分けたお姉さん』のそれに近い。精神年齢がループ前の年齢プラス5歳のエレーナの足は、床に届いておらずプラプラとしているけれど。







「本当に悪質ですわ。一体、いつからはじめたのか⋯⋯いえ、はじめた時期は分かっておりますわ。ミセス・ブラッツが家政婦長に着任した時からですよね」

 計画自体はそれよりも早く進められていたのだろう。もしかしたら、ミセス・ブラッツが侯爵家に面接に来たのも、ニールの差金かもしれない。

「景気の悪いアルムヘイルですが、貴金属や絹・綿織物・陶磁器をメインに取引されているようです。最も取引が多いのは帝国で、かなりの注文が入り商品が送られています。
帝国へは貴金属・毛皮・陶磁器・時計などの高額商品。クレベルン王国には銀が最も多く絹や綿織物類、セルビアスはラピスラズリ・真珠・水晶・ダイヤモンド・香辛料・魔導具。連合王国は時計・火薬武器・香辛料・毛皮・ラピスラ「ちょちょ、ちょっと待って!」」

 ルーナがテーブルに手をついて身を乗り出した。

「今、魔導具って言ったよね! 言った?」

「はい、残念ながら。セルビアスにかなりの数の魔導具が送られています。攻撃系の魔導具は入手も困難ですし、転売不可の設定がされていますから、生活用品として登録不要の物ばかりですが、よくない兆候だと思います」

 セルビアスに売られたのは、魔導ランプや記録用・通信用の魔導具、収納バッグや鑑定の魔導具、毒無効や身体強化。

「一見すると安全な物ばかりですが、別の視点⋯⋯戦争準備をしている国という見方をすれば、どれもかなり危険です」

 鑑定で相手の弱点を知り、記録用の魔導具で機密情報をコピー、情報確認や報告は通信の魔導具、大量の物資を運ぶ収納バッグ。薬草を使うのが得意なセルビアスに、毒を無効化する魔導具は垂涎の的だろう。

「マズイじゃん! すぐに父ちゃんと魔導具ギルドに連絡しなくちゃ」

 真っ青になったルーナが部屋の隅に行きながら、収納バッグから通信の魔導具を出してボソボソと話しはじめた。



「ルーナ様の話が終わるのを待つ間に、お茶を淹れ直しますね」

 立ち上がったジェイクがテーブルの上にあったカップを集めて、カートが置いてある入り口の方に向かうと、ソファに座っているのはエレーナとミセス・メイベルだけになった。

「エレーナ様はオーレリアに行かれるのですか?」

「ええ、ルーナ様がお声をかけてくださいましたので、近々向かう予定です」

「オーレリアは魔法と化学が混在する実力主義の国で、とても良い国だと聞いております。公国はその技術で多くの恩恵をいただいておりますが、歴代のビルワーツ侯爵家の方々が残された遺跡や記念となる物も多く⋯⋯オーレリアに向かわれる前に、街中をご案内するお時間をいただく事はできませんでしょうか?」

 エレーナがオーレリアに行ってしまう前に、公国や侯爵領の良さを知って欲しい。ここが故郷だと思えたら、いつか帰って来てくれるかもしれない⋯⋯そんなミセス・メイベルの切実な思いが伝わってきた。

 エレーナをビルワーツ侯爵家に留めるのは無理だとミセス・メイベルは理解しているが、大人達の身勝手な行動で既得権益を失わせたくない。生まれ育った場所を捨てようと決めた気持ちは理解できるし、その一端を担った自分が異を唱えることなどできない。

(それでも⋯⋯ほんの数日の滞在であっても良いのです。生まれ育った場所を見てみたいといつか思っていただけたなら、これ以上の幸せはないと思っております)

 ループ前も後も侯爵領や公国を見て回ったことがないエレーナだが、興味があるとは言えない。

(繁栄している街並みを眺めたら、もっと見てみたいと思うかしら? それとも羨ましくて嫌な気持ちになる?)

 歴史ある建築物や賑わう商店、幸せそうな民衆や家族連れ、花が咲く公園や噴水広場、屋台を冷やかす客に対応する人の笑顔や手を繋いで歩く恋人達⋯⋯それらはループ前に読んだ物語の中にしかなく、エレーナには想像もできなかった。

(学園に通っていた時何度か手に取ってみたけれど、わたくしには想像力が不足しているみたいで、あまり楽しめなかったのよね。
歴史ある建築物が出てくると修繕費や節税方法を考えてしまうし、花が咲く公園の記述を読んだら人件費が頭に浮かぶし。家族連れや恋人は⋯⋯イメージさえ掴めなかったから)

 ループ前のエレーナの人生を知らないミセス・メイベル達からすれば『閉ざされた屋敷以外の世界を見せてあげたい』と思うのはごく自然なことだろう。

 5歳にしても小さすぎる痩せ細った身体のエレーナに『楽しい事や素敵な物がいっぱいある』と教えてあげたいとミセス・メイベルは思っているのだが⋯⋯。

(街を散策しても楽しめないと思う。と言うよりも、楽しむってどうやれば良いのか分からないから、ミセス・メイベルを困らせるだけになりそう)

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