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第四章

17.メイドの躾には鉄扇が最強

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「うわあ、さすがデカいね~。築何年だろう⋯⋯百年どころじゃなさそうじゃん」

 侯爵邸を初めて見たルーナが歓声を上げると、大きな声に釣られたメイド達が窓から顔を覗かせた。

「きゃあ! ジェイク様ぁ、お帰りなさ~い」

「ジェイク様! すぐそちらへ参りますわぁぁ」

 窓を大きく開け放ち両手を振るメイドや、玄関に向けて駆け出すメイドの姿にエレーナはそっと溜め息を吐いた。

 事故の連絡を受けたのは午前中で、今はまだ3時過ぎ⋯⋯。怒涛の数時間を過ごした後のこの騒ぎに、エレーナは本気で頭痛がはじまりそうだと額に手を当てた。



「ほっほう! いや~、のっけから大盛況じゃん。ポンコツってメイドに大人気なんだねえ、ふむふむ。屋敷のお嬢様には見向きもせずに『きゃあ』だと⋯⋯ふっふっふ、こりゃ楽しそうだわぁ」

 ルーナが嘲笑を浮かべると、ジェイクがルーナからそそっと距離を置き目を泳がせた。

(ヤバい! 初っ端からこれかよ!)

「俺のせいじゃないっす。今騒いだ奴らはミセス・ブラッツのお気に入りだから、無法地帯なんで制御とかできないんすよ。あっ、でも今日からはビシッと⋯⋯ぎゃあ!」

 意を決して拳を握って宣言しかけたジェイクに、メイドの一人が飛びついた。

「いやん、眩暈がぁ⋯⋯ジェイク様のお陰で助かりましたわぁ」

 例によって例の如く眩暈偽証女リンジー。

「今日はこーんなにお忙しかったから明日はお休みでしょ? でしょ? おしゃれなカフェを見つけたんですぅ。ご予定、これで決まりですね! 待ち合わせ、何時にしますか!?」

 壺磨き女ジーニーが今日も予定を聞いてきた。いや、予定を決めてきた。

「わたくしの相談に乗って下さいませぇ。もう、辛くって辛くってぇ⋯⋯エグッエグツ⋯⋯ジェイク様の愛で癒していただかないと、手首の傷がまた⋯⋯」

 初登場、手首に包帯を巻く偽自傷女メリア。

「みんな、離れてくれ! お嬢様がお帰りになられたのに、この態度はなんだ!?」

 3人以外のメイド達も隙あらばと思っているようで、じわじわと距離を詰めている。

「⋯⋯ジェイク様ぁ、どうしたのぉ? あ、その女のせい? 新しいメイドならぁ、アタシ達にお・ま・か・せ! ちゃんと躾けてあげるからね」

 目眩偽装女リンジーがジェイクの左腕をガッツリ捕まえて、ルーナを睨みつけた。



「(ほう、ここまで凄いとは楽しめそうじゃん)⋯⋯ゴホン⋯⋯皆様、わたくしはルーナ・オルシーニと申しますの。今日よりエレーナ様の侍女となりましたので、エレーナ様のお部屋の近くにわたくしの部屋を準備してくださいますかしら?」

「⋯⋯ププッ! ないない! エレーナ様の侍女なんてあり得ないって知らないの? ジェイク様ぁ、この子、可哀想じゃない? 明日、カフェで何があったのか教えてね!」

 ジェイクの右腕にしがみついている壺磨きジーニーが、うっとりと見上げて『楽しみなの~』と囁いた。

「ミセス・ブラッツが帰っていらっしゃったら、アンタの使用人部屋を教えてあげるから。使用人用は屋根裏!」

 偽自傷女メリアがジェイクのシャツを握り締め、胸元に顔を擦り付けようとしながら器用にルーナを睨んでいる。

「やめろ! マジでお前らいい加減にしないと、クビにするからな!」

「「「⋯⋯ジェイク様、ご機嫌斜め?」」」



「あなた達、良い加減になさいませ! お嬢様を玄関先に立たせたままで娼婦の真似事をするなど、恥を知りなさい。由緒ある侯爵家の使用人としてあり得ません!」

 バチン!⋯⋯バシッ!⋯⋯ビシッ!

 いつの間にかルーナの手に握られていた扇子が、3人のメイドの頭や腕に叩きつけられた。

「「きゃあ!」」

 ジェイクの周りを取り囲んでいたメイド達は、漸く事態が飲み込めたらしく、ルーナからじわりじわりと距離をあけ、両手を揃えて直立不動の姿勢になった。例の3人は益々しっかりとジェイクにしがみついたが⋯⋯。

「「「ジェイク様ぁ、怖ぁ~い」」」



「よくお聞きなさい! わたくしは主人から直接雇用されておりますから、家政婦長の指示を受けねばならない立場にはありません。お嬢様に対する不敬も、わたくしに対する無礼な態度も全て主人に報告致します! 今まで通りになると思ったら大間違いですわ。さあ、仕事に戻りなさい!」

 ヒュンヒュンと音を立てて扇子を突きつけるルーナの迫力に、メイド達が逃げ出した⋯⋯例の3人以外。

「嫌ですわ、まるで羽虫みたい。鳥類の羽毛に寄生する害虫の事も羽虫って言うんですのよ。さしずめポンコツが鳥⋯⋯頭も鳥で、超ぴったりですわ」

 ルーナの変わり身の速さとメイド達を追い払うテクに、ジェイクが感嘆を漏らした⋯⋯例の3人をぶら下げたまま。

「その扇子⋯⋯どこに売ってんの?」

「ほんとアホな子、扇子の特性じゃなくて操る技術ですわ。さあさあ、お楽しみの『エレーナちゃんの、お宅拝見!』行ってみよぉ~」



 その後、大騒ぎする3人のメイドと、絡みつかれて逃げきれていないジェイクを放置して、ずんずんと屋敷に乗り込んだ。

「いや! ちょっ、待ってぇ、ルーナさ⋯⋯さん、俺も、俺が案内しますぅぅ」

「チッ!(メイドも振り払えないとか、あり得な~い、マジであり得な~い)」

 くるりと振り返ったルーナが、にっこり笑ってバサっと音を立てて扇子を広げると、『ヒイッ!』と声を上げて例のメイド達3人が逃げ出した。

(あの音、もしかして鉄扇?)



 ジェイクを先頭にエレーナ、ルーナと続き玄関ホールから真っ直ぐに階段を上がり、3階の部屋に向かう。

「掃除は⋯⋯30点ってとこ、ぱっと見で目立つとこしかできてない。馬車回しから玄関迄の間は50点、庭師はクビにした方がいいね。
あ、この絵画⋯⋯すっごいじゃん、フェル◯ールの初期の作品だよ! ひょ~、さっきの埃まみれの壺はセーブル焼きだったし、この屋敷ってお宝の宝庫だね」

 その後も、飾られている絵画や陶器にルーナが一々感嘆の声を上げるのを聞いているうちに、エレーナの部屋に辿り着いた。



 ドキドキしながらドアを開けたジェイクの前を、意気揚々とルーナが通り過ぎ、目線を逸らしたエレーナが続いた。

(この部屋、すっごい侘しいっつうか物がないんだよなぁ⋯⋯何言われるか、何されるか⋯⋯はぁ、この屋敷の執事、辞めてえ)

「ほっほう、ちびっこいエレーナちゃんだと、巨人族の住処に迷い込んだみたいじゃん。
うわぁ、モンクスベンチだ! これ良いよね~、背もたれシャキーンでクッションないから、座り心地はアレだけど、3役兼ねてる便利でカッコいい椅子だもん!
ベッドが『謁見のベッド』で、ドレッサーは『カクテルキャビネット』を利用してるのかあ。
んで、家具はそれだけ⋯⋯だよね、仕事だってベッドの上でしてた時代の家具見本市だから、ソファなんてないよね。
チューダー様式で揃ってるんだ⋯⋯すごいねえ、部屋と言うより博物館。マジで何それって感じ」

(チューダー様式って言うんだ。俺、初めて知ったかも。重厚な雰囲気でカッコ良くね? ダメ?)

 大きな部屋に置かれている家具は所在なげに点在し、床にはラグの一つも敷いてなくランプの類もない。


「まあ、うん。さてさて、お楽しみのクローゼットで~す。うっわあ、色とりどりぃ。んで、みっちみちに入ってて⋯⋯仕立て屋? ドレスショップ? 全部新品で生地も最高級だから、良い値段で売れそうじゃん。
エレーナちゃん、チュニックってどこぞ?」

 クローゼットの中に積まれている紙箱の蓋を少し開けてはチラチラと中を覗き⋯⋯次々と覗いていきながらルーナが声をかけた。

「あ、それは⋯⋯はい、ここに入っております」

 クローゼットの左端に積まれた箱の手前にちまっと置いてあった籠を、ジェイクに中が見えないように身体で隠しながら取り出した。古い布を編んで作ったらしい、不恰好な籠には黒い染みの付いた布がかけられていて、中に何が入っているのかは分からない。

「ちょっと見せてね~」

 5枚の古いチュニックは厚手の物が上に置いてあり、下の3枚はかなり生地が薄かった。その下に継ぎの当たったドロワーズが見え、エレーナが恥ずかしそうに籠を抱え込んだ。

「⋯⋯うん、予想通りだね。ちょっと衝撃的だけど、予想してたから」

(いや~、ここまでとは思わなかったよお。これで我慢してたんだよね、お姉ちゃん泣いちゃいそう)

「他に私物はないの?」

「そうですね⋯⋯覚書みたいに使っているノートが2冊と、羽ペンがあるくらいでしょうか」

 ループ前の記憶を思い出すたびに書き留めているノートはあまり使われていない古語で書き、日記はこの国の言語で書いてある。どちらも秘密の場所に隠しているので人前では出しにくい。

「モンクスベンチやカクテルキャビネットの収納は使ってないの?」

「モンクスベンチにはシーツやリネン類を入れてあります。カクテルキャビネットは⋯⋯ジュエリーボックスが置いてあるので、その⋯⋯あまり近付かないよう言われているので⋯⋯あ、いえ、使う必要がない感じですわ」

 手櫛で髪を梳きリボンで一つに結ぶだけなので、鏡が見えれば十分事足りる。ジュエリーボックスに近付いたと勘違いされると、立てなくなるまで打たれるのでできる限り近付かないようにしている。

「使えないけど、山盛りの宝石が置いてあるんだよね。不思議に思わなかった?」

「誰かに部屋を見られた時の為だと聞いておりますから、特に気にした事はありませんわ。ドレスや小物と同じで、ミセス・ブラッツやメイド達が時々持っていきますし、所謂物置のようなものだと思っております」



 呑気と言えばそうだったかもしれないが、物心ついた時から『取り敢えずここに置いておくだけ』だと言われ、疑問を持つこともなく過ごしていた。

「廊下に掛けられていた絵画や、壁紙の模様くらいにしか考えてなくて⋯⋯」

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