55 / 135
第四章
17.メイドの躾には鉄扇が最強
しおりを挟む
「うわあ、さすがデカいね~。築何年だろう⋯⋯百年どころじゃなさそうじゃん」
侯爵邸を初めて見たルーナが歓声を上げると、大きな声に釣られたメイド達が窓から顔を覗かせた。
「きゃあ! ジェイク様ぁ、お帰りなさ~い」
「ジェイク様! すぐそちらへ参りますわぁぁ」
窓を大きく開け放ち両手を振るメイドや、玄関に向けて駆け出すメイドの姿にエレーナはそっと溜め息を吐いた。
事故の連絡を受けたのは午前中で、今はまだ3時過ぎ⋯⋯。怒涛の数時間を過ごした後のこの騒ぎに、エレーナは本気で頭痛がはじまりそうだと額に手を当てた。
「ほっほう! いや~、のっけから大盛況じゃん。ポンコツってメイドに大人気なんだねえ、ふむふむ。屋敷のお嬢様には見向きもせずに『きゃあ』だと⋯⋯ふっふっふ、こりゃ楽しそうだわぁ」
ルーナが嘲笑を浮かべると、ジェイクがルーナからそそっと距離を置き目を泳がせた。
(ヤバい! 初っ端からこれかよ!)
「俺のせいじゃないっす。今騒いだ奴らはミセス・ブラッツのお気に入りだから、無法地帯なんで制御とかできないんすよ。あっ、でも今日からはビシッと⋯⋯ぎゃあ!」
意を決して拳を握って宣言しかけたジェイクに、メイドの一人が飛びついた。
「いやん、眩暈がぁ⋯⋯ジェイク様のお陰で助かりましたわぁ」
例によって例の如く眩暈偽証女リンジー。
「今日はこーんなにお忙しかったから明日はお休みでしょ? でしょ? おしゃれなカフェを見つけたんですぅ。ご予定、これで決まりですね! 待ち合わせ、何時にしますか!?」
壺磨き女ジーニーが今日も予定を聞いてきた。いや、予定を決めてきた。
「わたくしの相談に乗って下さいませぇ。もう、辛くって辛くってぇ⋯⋯エグッエグツ⋯⋯ジェイク様の愛で癒していただかないと、手首の傷がまた⋯⋯」
初登場、手首に包帯を巻く偽自傷女メリア。
「みんな、離れてくれ! お嬢様がお帰りになられたのに、この態度はなんだ!?」
3人以外のメイド達も隙あらばと思っているようで、じわじわと距離を詰めている。
「⋯⋯ジェイク様ぁ、どうしたのぉ? あ、その女のせい? 新しいメイドならぁ、アタシ達にお・ま・か・せ! ちゃんと躾けてあげるからね」
目眩偽装女がジェイクの左腕をガッツリ捕まえて、ルーナを睨みつけた。
「(ほう、ここまで凄いとは楽しめそうじゃん)⋯⋯ゴホン⋯⋯皆様、わたくしはルーナ・オルシーニと申しますの。今日よりエレーナ様の侍女となりましたので、エレーナ様のお部屋の近くにわたくしの部屋を準備してくださいますかしら?」
「⋯⋯ププッ! ないない! エレーナ様の侍女なんてあり得ないって知らないの? ジェイク様ぁ、この子、可哀想じゃない? 明日、カフェで何があったのか教えてね!」
ジェイクの右腕にしがみついている壺磨きが、うっとりと見上げて『楽しみなの~』と囁いた。
「ミセス・ブラッツが帰っていらっしゃったら、アンタの使用人部屋を教えてあげるから。使用人用は屋根裏!」
偽自傷女がジェイクのシャツを握り締め、胸元に顔を擦り付けようとしながら器用にルーナを睨んでいる。
「やめろ! マジでお前らいい加減にしないと、クビにするからな!」
「「「⋯⋯ジェイク様、ご機嫌斜め?」」」
「あなた達、良い加減になさいませ! お嬢様を玄関先に立たせたままで娼婦の真似事をするなど、恥を知りなさい。由緒ある侯爵家の使用人としてあり得ません!」
バチン!⋯⋯バシッ!⋯⋯ビシッ!
いつの間にかルーナの手に握られていた扇子が、3人のメイドの頭や腕に叩きつけられた。
「「きゃあ!」」
ジェイクの周りを取り囲んでいたメイド達は、漸く事態が飲み込めたらしく、ルーナからじわりじわりと距離をあけ、両手を揃えて直立不動の姿勢になった。例の3人は益々しっかりとジェイクにしがみついたが⋯⋯。
「「「ジェイク様ぁ、怖ぁ~い」」」
「よくお聞きなさい! わたくしは主人から直接雇用されておりますから、家政婦長の指示を受けねばならない立場にはありません。お嬢様に対する不敬も、わたくしに対する無礼な態度も全て主人に報告致します! 今まで通りになると思ったら大間違いですわ。さあ、仕事に戻りなさい!」
ヒュンヒュンと音を立てて扇子を突きつけるルーナの迫力に、メイド達が逃げ出した⋯⋯例の3人以外。
「嫌ですわ、まるで羽虫みたい。鳥類の羽毛に寄生する害虫の事も羽虫って言うんですのよ。さしずめポンコツが鳥⋯⋯頭も鳥で、超ぴったりですわ」
ルーナの変わり身の速さとメイド達を追い払うテクに、ジェイクが感嘆を漏らした⋯⋯例の3人をぶら下げたまま。
「その扇子⋯⋯どこに売ってんの?」
「ほんとアホな子、扇子の特性じゃなくて操る技術ですわ。さあさあ、お楽しみの『エレーナちゃんの、お宅拝見!』行ってみよぉ~」
その後、大騒ぎする3人のメイドと、絡みつかれて逃げきれていないジェイクを放置して、ずんずんと屋敷に乗り込んだ。
「いや! ちょっ、待ってぇ、ルーナさ⋯⋯さん、俺も、俺が案内しますぅぅ」
「チッ!(メイドも振り払えないとか、あり得な~い、マジであり得な~い)」
くるりと振り返ったルーナが、にっこり笑ってバサっと音を立てて扇子を広げると、『ヒイッ!』と声を上げて例のメイド達3人が逃げ出した。
(あの音、もしかして鉄扇?)
ジェイクを先頭にエレーナ、ルーナと続き玄関ホールから真っ直ぐに階段を上がり、3階の部屋に向かう。
「掃除は⋯⋯30点ってとこ、ぱっと見で目立つとこしかできてない。馬車回しから玄関迄の間は50点、庭師はクビにした方がいいね。
あ、この絵画⋯⋯すっごいじゃん、フェル◯ールの初期の作品だよ! ひょ~、さっきの埃まみれの壺はセーブル焼きだったし、この屋敷ってお宝の宝庫だね」
その後も、飾られている絵画や陶器にルーナが一々感嘆の声を上げるのを聞いているうちに、エレーナの部屋に辿り着いた。
ドキドキしながらドアを開けたジェイクの前を、意気揚々とルーナが通り過ぎ、目線を逸らしたエレーナが続いた。
(この部屋、すっごい侘しいっつうか物がないんだよなぁ⋯⋯何言われるか、何されるか⋯⋯はぁ、この屋敷の執事、辞めてえ)
「ほっほう、ちびっこいエレーナちゃんだと、巨人族の住処に迷い込んだみたいじゃん。
うわぁ、モンクスベンチだ! これ良いよね~、背もたれシャキーンでクッションないから、座り心地はアレだけど、3役兼ねてる便利でカッコいい椅子だもん!
ベッドが『謁見のベッド』で、ドレッサーは『カクテルキャビネット』を利用してるのかあ。
んで、家具はそれだけ⋯⋯だよね、仕事だってベッドの上でしてた時代の家具見本市だから、ソファなんてないよね。
チューダー様式で揃ってるんだ⋯⋯すごいねえ、部屋と言うより博物館。マジで何それって感じ」
(チューダー様式って言うんだ。俺、初めて知ったかも。重厚な雰囲気でカッコ良くね? ダメ?)
大きな部屋に置かれている家具は所在なげに点在し、床にはラグの一つも敷いてなくランプの類もない。
「まあ、うん。さてさて、お楽しみのクローゼットで~す。うっわあ、色とりどりぃ。んで、みっちみちに入ってて⋯⋯仕立て屋? ドレスショップ? 全部新品で生地も最高級だから、良い値段で売れそうじゃん。
エレーナちゃん、チュニックってどこぞ?」
クローゼットの中に積まれている紙箱の蓋を少し開けてはチラチラと中を覗き⋯⋯次々と覗いていきながらルーナが声をかけた。
「あ、それは⋯⋯はい、ここに入っております」
クローゼットの左端に積まれた箱の手前にちまっと置いてあった籠を、ジェイクに中が見えないように身体で隠しながら取り出した。古い布を編んで作ったらしい、不恰好な籠には黒い染みの付いた布がかけられていて、中に何が入っているのかは分からない。
「ちょっと見せてね~」
5枚の古いチュニックは厚手の物が上に置いてあり、下の3枚はかなり生地が薄かった。その下に継ぎの当たったドロワーズが見え、エレーナが恥ずかしそうに籠を抱え込んだ。
「⋯⋯うん、予想通りだね。ちょっと衝撃的だけど、予想してたから」
(いや~、ここまでとは思わなかったよお。これで我慢してたんだよね、お姉ちゃん泣いちゃいそう)
「他に私物はないの?」
「そうですね⋯⋯覚書みたいに使っているノートが2冊と、羽ペンがあるくらいでしょうか」
ループ前の記憶を思い出すたびに書き留めているノートはあまり使われていない古語で書き、日記はこの国の言語で書いてある。どちらも秘密の場所に隠しているので人前では出しにくい。
「モンクスベンチやカクテルキャビネットの収納は使ってないの?」
「モンクスベンチにはシーツやリネン類を入れてあります。カクテルキャビネットは⋯⋯ジュエリーボックスが置いてあるので、その⋯⋯あまり近付かないよう言われているので⋯⋯あ、いえ、使う必要がない感じですわ」
手櫛で髪を梳きリボンで一つに結ぶだけなので、鏡が見えれば十分事足りる。ジュエリーボックスに近付いたと勘違いされると、立てなくなるまで打たれるのでできる限り近付かないようにしている。
「使えないけど、山盛りの宝石が置いてあるんだよね。不思議に思わなかった?」
「誰かに部屋を見られた時の為だと聞いておりますから、特に気にした事はありませんわ。ドレスや小物と同じで、ミセス・ブラッツやメイド達が時々持っていきますし、所謂物置のようなものだと思っております」
呑気と言えばそうだったかもしれないが、物心ついた時から『取り敢えずここに置いておくだけ』だと言われ、疑問を持つこともなく過ごしていた。
「廊下に掛けられていた絵画や、壁紙の模様くらいにしか考えてなくて⋯⋯」
侯爵邸を初めて見たルーナが歓声を上げると、大きな声に釣られたメイド達が窓から顔を覗かせた。
「きゃあ! ジェイク様ぁ、お帰りなさ~い」
「ジェイク様! すぐそちらへ参りますわぁぁ」
窓を大きく開け放ち両手を振るメイドや、玄関に向けて駆け出すメイドの姿にエレーナはそっと溜め息を吐いた。
事故の連絡を受けたのは午前中で、今はまだ3時過ぎ⋯⋯。怒涛の数時間を過ごした後のこの騒ぎに、エレーナは本気で頭痛がはじまりそうだと額に手を当てた。
「ほっほう! いや~、のっけから大盛況じゃん。ポンコツってメイドに大人気なんだねえ、ふむふむ。屋敷のお嬢様には見向きもせずに『きゃあ』だと⋯⋯ふっふっふ、こりゃ楽しそうだわぁ」
ルーナが嘲笑を浮かべると、ジェイクがルーナからそそっと距離を置き目を泳がせた。
(ヤバい! 初っ端からこれかよ!)
「俺のせいじゃないっす。今騒いだ奴らはミセス・ブラッツのお気に入りだから、無法地帯なんで制御とかできないんすよ。あっ、でも今日からはビシッと⋯⋯ぎゃあ!」
意を決して拳を握って宣言しかけたジェイクに、メイドの一人が飛びついた。
「いやん、眩暈がぁ⋯⋯ジェイク様のお陰で助かりましたわぁ」
例によって例の如く眩暈偽証女リンジー。
「今日はこーんなにお忙しかったから明日はお休みでしょ? でしょ? おしゃれなカフェを見つけたんですぅ。ご予定、これで決まりですね! 待ち合わせ、何時にしますか!?」
壺磨き女ジーニーが今日も予定を聞いてきた。いや、予定を決めてきた。
「わたくしの相談に乗って下さいませぇ。もう、辛くって辛くってぇ⋯⋯エグッエグツ⋯⋯ジェイク様の愛で癒していただかないと、手首の傷がまた⋯⋯」
初登場、手首に包帯を巻く偽自傷女メリア。
「みんな、離れてくれ! お嬢様がお帰りになられたのに、この態度はなんだ!?」
3人以外のメイド達も隙あらばと思っているようで、じわじわと距離を詰めている。
「⋯⋯ジェイク様ぁ、どうしたのぉ? あ、その女のせい? 新しいメイドならぁ、アタシ達にお・ま・か・せ! ちゃんと躾けてあげるからね」
目眩偽装女がジェイクの左腕をガッツリ捕まえて、ルーナを睨みつけた。
「(ほう、ここまで凄いとは楽しめそうじゃん)⋯⋯ゴホン⋯⋯皆様、わたくしはルーナ・オルシーニと申しますの。今日よりエレーナ様の侍女となりましたので、エレーナ様のお部屋の近くにわたくしの部屋を準備してくださいますかしら?」
「⋯⋯ププッ! ないない! エレーナ様の侍女なんてあり得ないって知らないの? ジェイク様ぁ、この子、可哀想じゃない? 明日、カフェで何があったのか教えてね!」
ジェイクの右腕にしがみついている壺磨きが、うっとりと見上げて『楽しみなの~』と囁いた。
「ミセス・ブラッツが帰っていらっしゃったら、アンタの使用人部屋を教えてあげるから。使用人用は屋根裏!」
偽自傷女がジェイクのシャツを握り締め、胸元に顔を擦り付けようとしながら器用にルーナを睨んでいる。
「やめろ! マジでお前らいい加減にしないと、クビにするからな!」
「「「⋯⋯ジェイク様、ご機嫌斜め?」」」
「あなた達、良い加減になさいませ! お嬢様を玄関先に立たせたままで娼婦の真似事をするなど、恥を知りなさい。由緒ある侯爵家の使用人としてあり得ません!」
バチン!⋯⋯バシッ!⋯⋯ビシッ!
いつの間にかルーナの手に握られていた扇子が、3人のメイドの頭や腕に叩きつけられた。
「「きゃあ!」」
ジェイクの周りを取り囲んでいたメイド達は、漸く事態が飲み込めたらしく、ルーナからじわりじわりと距離をあけ、両手を揃えて直立不動の姿勢になった。例の3人は益々しっかりとジェイクにしがみついたが⋯⋯。
「「「ジェイク様ぁ、怖ぁ~い」」」
「よくお聞きなさい! わたくしは主人から直接雇用されておりますから、家政婦長の指示を受けねばならない立場にはありません。お嬢様に対する不敬も、わたくしに対する無礼な態度も全て主人に報告致します! 今まで通りになると思ったら大間違いですわ。さあ、仕事に戻りなさい!」
ヒュンヒュンと音を立てて扇子を突きつけるルーナの迫力に、メイド達が逃げ出した⋯⋯例の3人以外。
「嫌ですわ、まるで羽虫みたい。鳥類の羽毛に寄生する害虫の事も羽虫って言うんですのよ。さしずめポンコツが鳥⋯⋯頭も鳥で、超ぴったりですわ」
ルーナの変わり身の速さとメイド達を追い払うテクに、ジェイクが感嘆を漏らした⋯⋯例の3人をぶら下げたまま。
「その扇子⋯⋯どこに売ってんの?」
「ほんとアホな子、扇子の特性じゃなくて操る技術ですわ。さあさあ、お楽しみの『エレーナちゃんの、お宅拝見!』行ってみよぉ~」
その後、大騒ぎする3人のメイドと、絡みつかれて逃げきれていないジェイクを放置して、ずんずんと屋敷に乗り込んだ。
「いや! ちょっ、待ってぇ、ルーナさ⋯⋯さん、俺も、俺が案内しますぅぅ」
「チッ!(メイドも振り払えないとか、あり得な~い、マジであり得な~い)」
くるりと振り返ったルーナが、にっこり笑ってバサっと音を立てて扇子を広げると、『ヒイッ!』と声を上げて例のメイド達3人が逃げ出した。
(あの音、もしかして鉄扇?)
ジェイクを先頭にエレーナ、ルーナと続き玄関ホールから真っ直ぐに階段を上がり、3階の部屋に向かう。
「掃除は⋯⋯30点ってとこ、ぱっと見で目立つとこしかできてない。馬車回しから玄関迄の間は50点、庭師はクビにした方がいいね。
あ、この絵画⋯⋯すっごいじゃん、フェル◯ールの初期の作品だよ! ひょ~、さっきの埃まみれの壺はセーブル焼きだったし、この屋敷ってお宝の宝庫だね」
その後も、飾られている絵画や陶器にルーナが一々感嘆の声を上げるのを聞いているうちに、エレーナの部屋に辿り着いた。
ドキドキしながらドアを開けたジェイクの前を、意気揚々とルーナが通り過ぎ、目線を逸らしたエレーナが続いた。
(この部屋、すっごい侘しいっつうか物がないんだよなぁ⋯⋯何言われるか、何されるか⋯⋯はぁ、この屋敷の執事、辞めてえ)
「ほっほう、ちびっこいエレーナちゃんだと、巨人族の住処に迷い込んだみたいじゃん。
うわぁ、モンクスベンチだ! これ良いよね~、背もたれシャキーンでクッションないから、座り心地はアレだけど、3役兼ねてる便利でカッコいい椅子だもん!
ベッドが『謁見のベッド』で、ドレッサーは『カクテルキャビネット』を利用してるのかあ。
んで、家具はそれだけ⋯⋯だよね、仕事だってベッドの上でしてた時代の家具見本市だから、ソファなんてないよね。
チューダー様式で揃ってるんだ⋯⋯すごいねえ、部屋と言うより博物館。マジで何それって感じ」
(チューダー様式って言うんだ。俺、初めて知ったかも。重厚な雰囲気でカッコ良くね? ダメ?)
大きな部屋に置かれている家具は所在なげに点在し、床にはラグの一つも敷いてなくランプの類もない。
「まあ、うん。さてさて、お楽しみのクローゼットで~す。うっわあ、色とりどりぃ。んで、みっちみちに入ってて⋯⋯仕立て屋? ドレスショップ? 全部新品で生地も最高級だから、良い値段で売れそうじゃん。
エレーナちゃん、チュニックってどこぞ?」
クローゼットの中に積まれている紙箱の蓋を少し開けてはチラチラと中を覗き⋯⋯次々と覗いていきながらルーナが声をかけた。
「あ、それは⋯⋯はい、ここに入っております」
クローゼットの左端に積まれた箱の手前にちまっと置いてあった籠を、ジェイクに中が見えないように身体で隠しながら取り出した。古い布を編んで作ったらしい、不恰好な籠には黒い染みの付いた布がかけられていて、中に何が入っているのかは分からない。
「ちょっと見せてね~」
5枚の古いチュニックは厚手の物が上に置いてあり、下の3枚はかなり生地が薄かった。その下に継ぎの当たったドロワーズが見え、エレーナが恥ずかしそうに籠を抱え込んだ。
「⋯⋯うん、予想通りだね。ちょっと衝撃的だけど、予想してたから」
(いや~、ここまでとは思わなかったよお。これで我慢してたんだよね、お姉ちゃん泣いちゃいそう)
「他に私物はないの?」
「そうですね⋯⋯覚書みたいに使っているノートが2冊と、羽ペンがあるくらいでしょうか」
ループ前の記憶を思い出すたびに書き留めているノートはあまり使われていない古語で書き、日記はこの国の言語で書いてある。どちらも秘密の場所に隠しているので人前では出しにくい。
「モンクスベンチやカクテルキャビネットの収納は使ってないの?」
「モンクスベンチにはシーツやリネン類を入れてあります。カクテルキャビネットは⋯⋯ジュエリーボックスが置いてあるので、その⋯⋯あまり近付かないよう言われているので⋯⋯あ、いえ、使う必要がない感じですわ」
手櫛で髪を梳きリボンで一つに結ぶだけなので、鏡が見えれば十分事足りる。ジュエリーボックスに近付いたと勘違いされると、立てなくなるまで打たれるのでできる限り近付かないようにしている。
「使えないけど、山盛りの宝石が置いてあるんだよね。不思議に思わなかった?」
「誰かに部屋を見られた時の為だと聞いておりますから、特に気にした事はありませんわ。ドレスや小物と同じで、ミセス・ブラッツやメイド達が時々持っていきますし、所謂物置のようなものだと思っております」
呑気と言えばそうだったかもしれないが、物心ついた時から『取り敢えずここに置いておくだけ』だと言われ、疑問を持つこともなく過ごしていた。
「廊下に掛けられていた絵画や、壁紙の模様くらいにしか考えてなくて⋯⋯」
34
あなたにおすすめの小説
白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』
鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」
公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。
だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。
――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの?
何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。
しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。
それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。
そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。
温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。
そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。
「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」
「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」
離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。
そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
そんなに嫌いなら、私は消えることを選びます。
秋月一花
恋愛
「お前はいつものろまで、クズで、私の引き立て役なのよ、お姉様」
私を蔑む視線を向けて、双子の妹がそう言った。
「本当、お前と違ってジュリーは賢くて、裁縫も刺繍も天才的だよ」
愛しそうな表情を浮かべて、妹を抱きしめるお父様。
「――あなたは、この家に要らないのよ」
扇子で私の頬を叩くお母様。
……そんなに私のことが嫌いなら、消えることを選びます。
消えた先で、私は『愛』を知ることが出来た。
無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから――
※ 他サイトでも投稿中
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
「無能」と捨てられた少女は、神の愛し子だった――。 凍てつく北の地で始まる、聖獣たちと冷徹公爵による「世界一過保護な」逆転生活。
秦江湖
恋愛
魔法適性「鑑定」がすべてを決める、黄金の国ルミナリス。 名門ベルグラード公爵家の末娘アデリーンは、十五歳の鑑定式で、前代未聞の『鑑定不能(黒の沈黙)』を叩き出してしまう。
「我が家の恥さらしめ。二度とその顔を見せるな」
第一王子からは婚約破棄を突きつけられ、最愛の三人の兄たちからも冷酷な言葉とともに、極寒の地「ノースガル公国」へ追放を言い渡されたアデリーン。
着の身着のままで雪原に放り出された彼女が出会ったのは、一匹の衰弱した仔狼――それは、人間には決して懐かないはずの『伝説の聖獣』だった。
「鑑定不能」の正体は、魔力ゼロなどではなく、聖獣と心を通わせる唯一の力『調律師』の証。
行き倒れたアデリーンを救ったのは、誰もが恐れる氷の公爵ゼノスで……。
「こんなに尊い存在を捨てるとは、黄金の国の連中は正気か?」
「聖獣も、私も……お前を離すつもりはない」
氷の公爵に拾われ、聖獣たちに囲まれ、これまでの不遇が嘘のような「極上溺愛」を享受するアデリーン。
一方で、彼女を捨てた黄金の国は、聖獣の加護を失い崩壊の危機に直面していた。
慌ててアデリーンを連れ戻そうとする身勝手な王族たち。
しかし、彼らの前には「復讐」の準備を終えたアデリーンの兄たちが立ちはだかる。
「遅いよ。僕らのかわいい妹を泣かせた罪、一生かけて償ってもらうからね」
これは、すべてを失った少女が、真の居場所と愛を見つけるまでの物語。
家族から冷遇されていた過去を持つ家政ギルドの令嬢は、旦那様に人のぬくもりを教えたい~自分に自信のない旦那様は、とても素敵な男性でした~
チカフジ ユキ
恋愛
叔父から使用人のように扱われ、冷遇されていた子爵令嬢シルヴィアは、十五歳の頃家政ギルドのギルド長オリヴィアに助けられる。
そして家政ギルドで様々な事を教えてもらい、二年半で大きく成長した。
ある日、オリヴィアから破格の料金が提示してある依頼書を渡される。
なにやら裏がありそうな値段設定だったが、半年後の成人を迎えるまでにできるだけお金をためたかったシルヴィアは、その依頼を受けることに。
やってきた屋敷は気持ちが憂鬱になるような雰囲気の、古い建物。
シルヴィアが扉をノックすると、出てきたのは長い前髪で目が隠れた、横にも縦にも大きい貴族男性。
彼は肩や背を丸め全身で自分に自信が無いと語っている、引きこもり男性だった。
その姿をみて、自信がなくいつ叱られるかビクビクしていた過去を思い出したシルヴィアは、自分自身と重ねてしまった。
家政ギルドのギルド員として、余計なことは詮索しない、そう思っても気になってしまう。
そんなある日、ある人物から叱責され、酷く傷ついていた雇い主の旦那様に、シルヴィアは言った。
わたしはあなたの側にいます、と。
このお話はお互いの強さや弱さを知りながら、ちょっとずつ立ち直っていく旦那様と、シルヴィアの恋の話。
*** ***
※この話には第五章に少しだけ「ざまぁ」展開が入りますが、味付け程度です。
※設定などいろいろとご都合主義です。
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる