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第四章

08.至上命令、ドロワーズの秘密を死守せよ

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「あの⋯⋯わたくしはここにおります」

 ミセス・ブラッツの広がったドレスの横から、エレーナがちょこっと顔を出していた。

「⋯⋯きゃあぁぁ! ちっ、ちっこぉぉぉい!」

「あれが噂のビスクドールか!?」

「動いてるからオーレリア産のホムンクルスですね、間違いない」

 平然としているジョーンズの後ろで、エレーナ達はなにも言えず硬直し⋯⋯対人経験が大幅に不足しているエレーナは、そっと頭を引っ込めた。

(お、お、お医者様ってこんなノリなの? こういう雰囲気の時ってどうすれば良いの?)



 ジェイクの後ろに隠れながら恐る恐る部屋に入ると、エレーナの脇に手を差し込んでヒョイっと持ち上げた医師のルーナが、首だけ振り向いて白髪の男性に話しかけた。

「ねえねえ、この子って本当に5歳だよね。なんか小さすぎる⋯⋯局長、後で検査しても良い?」

「そうですねえ、ルーナが礼儀を守れるなら良いんじゃないですか?」

「んじゃ、大丈夫! 身長92、体重12⋯⋯レベル3歳、運動機能に疑義あり? ねえ、本当にこの子って王女なの? しかもさぁ、かのビルワーツ侯爵家の跡取りが、なんで栄養失調なん? 扱いが酷すぎて、偽物としか思えないんだけど」

「う~ん、確かに細っこ「ひゃあ! は、離しなさい、淑女の足をつ、掴⋯⋯掴むなど⋯⋯いやぁぁ!」」

 ルーナの後ろから覗き込んだ熊のような医師エイベルが、プラプラと揺れるエレーナの足をガシッと鷲掴みにすると、靴が遠くに飛んでいった。

「エレーナ様! おい、離せ⋯⋯こっ、このぉ⋯⋯うわぁぁ」

 栄養の全てが身長に全振りの未熟者ジェイクが、巨大な白衣が破れそうなほどパツパツの熊男エイベルに飛びかかったが、あっさりと払い除けられ⋯⋯壁に激突して気を失った。

「あ、足を⋯⋯ゲシゲシ⋯⋯足を、離しなさいませぇぇ!」

 掴まれていない方の足でエイベルを蹴り付けているエレーナは、涙目で半狂乱になりかけている。相手が医師であっても足首を掴み上げられて、しげしげと見られるのは耐えられない。貴族令嬢にとっては致命的な⋯⋯。

(だ、だ、だってド⋯⋯ドレスの裾が⋯⋯ドロワーズが見えちゃうぅぅ!)

「なんか、パンツが綻び「や、やめてぇぇぇ」」



 魂が抜けかけたエレーナを助け出したジョーンズは、流れるような所作でハンカチを差し出しながら頭を撫で、ジェイクを目線で指し示した。

「あそこで寝ておりますのは私の甥で、ジェイクと申します。ビルワーツ侯爵家の執事をしておりますので、このお方がエレーナ様である事は間違いございません」

「ふーん、じゃあ⋯⋯そのおばさんは?」

 片目を細くし口元を歪めたルーナは、顎をしゃくって入り口を塞いでいたおばさんミセス・ブラッツを指した。

「まあ! なんて、お作法のなってない⋯⋯本当に宮殿医師なのかしら!? 良いですか!? わたくしはアメリア様より家政婦長の任を賜っておりますミセス・ブラッツですわ。名だたる名家からアメリア様がわざわざわたくしを引き抜かれ、ビルワーツ侯爵家の管理をお願いされたのですのよ!!」

 アンタ達とは格が違うとでも言いたいのか。フンスと鼻息荒く胸を張ったミセス・ブラッツが、注目が集まったこの時を逃すはずがない。

「宮殿に着いてから理不尽なことばかりでございますの」

「ミセス・ブラッツ、口を慎みなさい! 失礼な言動は許しません」

 涙目で再び叱責してきたエレーナを睨みつけた後、呆れたように首を振ったミセス・ブラッツは溜め息を吐いた。

「はぁ、今の、お聞きになられました? 宮殿に着いてからというもの、エレーナ様はあのように傲慢な態度を取られるようになられて。調子に乗っているとでも言いますか、普段は部屋に篭って遊び呆けておられますのにねえ。これではわたくしが躾をしていないと、アメリア様に勘違いされてしまいそうですわ。
まあ、それは後ほどわたくしがしっかりと言い聞かせるつもりですから、皆様はどうかお気になさいませんように。
で、どこまで話しましたかしら⋯⋯えーっと⋯⋯そうそう、宮殿に来てからの対応の酷さでしたわ。細かい事は申しませんけれど⋯⋯ええ、ええ、わたくしは心が広うございますから、許して差し上げますけれどもね。
馬車を降りてからここに辿り着くまでに、どれほどの失礼な態度を取られたか、どれほどの無駄な時間を過ごさせられたか!」

 もう一度注意しようと口を開きかけたエレーナの肩に手を置いたジョーンズが『最後まで聞いてみましょう』と囁いた。

「管理体制を見直さねばなりませんけれど、わたくしにはもう『なにが問題か』見えておりますから、どうぞ安心なさいませ。全部わたくしにお任せになられた後は、無駄のない働きやすい職場にして差し上げます。
で、アメリア様はどちらにおられますのかしら? 真っ先にお会いしてご病状を伺い、わたくしがお世話しなくてはなりませんのに、このような見窄らしい白衣を無理やり着せたかと思うと、たらい回しにされるなど言語道断でございましょう?
わたくしはビルワーツ侯爵家をアメリア様から直々に任せられておりますから、今後の事を考えねばならないのです。こんな所で無駄話をしている暇などございません!
ええ、ええ、皆様の事は許して差し上げますわ。勿論、これからきちんと仕事をなさるならですけれどね。無能な者には先を見通せる優秀な管理者が必要だと分かっておりますわ。ええ、ええ、勿論ご安心なさいませ。わたくしが管理して差し上げますから」

 いつもの居丈高で自信満々な態度で滔々と苦情と自論を捲し立てるミセス・ブラッツの勢いが止まらない。ようやく目が覚めたジェイクは状況が見えはじめると、真っ青になって目を見開いた。

(ミセス・ブラッツ⋯⋯アンタ、何やってんの!? なんでアンタが説教してんだよ!)

「さあ、詳しいお話は後でゆっくりして差し上げますから、アメリア様の元にわたくしを案内なさいませ。首を長くしてわたくしを待っておられるはずですから、これ以上アメリア様をお待たせするわけには参りませんわ」

 ドヤ顔で言い切ったミセス・ブラッツはとても清々しい顔になっているが、他の者達は目が点になっていた。ジェイクはミセス・ブラッツを消し炭にしそうな勢いで睨みつけ、ジョーンズは少し楽しそう?

(あり得ないわ⋯⋯宮殿に来て舞い上がっているにしてもあり得ない。わたくしの事は兎も角、許すとか管理するとか言ってはならないことばかり。何故ジョーンズさんはわたくしを止めたのかしら。多分だけど、ここにいる方々の中で一番地位が高い方のはずなんだけど⋯⋯)

 ジョーンズが不快感を表すどころか興味深そうな顔で、ミセス・ブラッツの暴言を聞いているのが不思議でならない。



「⋯⋯終わった? えーっと、色々気になるセリフはあったけどさ、一つだけ理解できた。おばさんは『なにが問題か』見えたらしいけど⋯⋯アンタが全ての問題だって、アタシらにも分かったからね~。
局長、このおばさんさあ、新薬の研究に使っていい?」

「うーん、廃棄処分の方がいいと思うよ? 正確なデータが期待できないんじゃないかな」

 大激怒したミセス・ブラッツが真っ赤な顔でプルプルと身体を震わせたが、ルーナは気にした様子もなく『でもほら、肌面積めちゃめちゃ広いから⋯⋯』と話している。

「さて、エレーナ様は本物だと判明しましたし、坊やの目も覚めたようですね。
現状をご説明いたしますので、こちらの席にお掛けください。あっ、申し遅れました。私は局長で彼等の調教師のセドリック・モートン。アメリア様の主治医でもあります」

 飄々とした態度を崩さないモートン局長に促されて席についたエレーナ達は、書類を捲る局長の手元に釘付けで口を開く勇気はなかった。コチコチと時計の音だけが響き⋯⋯。



「えーっと、先ず初めに報告するのはですね、アメリア様に命に別状はないと言う事です。ただ、事故直後から意識不明の状態が続いています。まあ、頭部に打撲と裂傷がありますから、よくある事ではあるんですが。
それ以外には足首と肩を捻挫しているだけで、大きな外傷はないです」

「呼吸も脈も正常、目が覚めてみないとわからん部分もあるがな」

「マーカス様の石頭のお陰だよね~」

 馬が突然暴れ出しアメリアは地面に振り落とされたが、マーカスが馬の蹄からアメリアを庇い下敷きになった。

「と言う状況だったわけでして、怪我の程度としてはマーカス大将の方が酷いんです。マーカスは石頭だからすぐに回復しそうですけどね。
で、面会を希望されるならエレーナ様お一人かな? と思ってます。意識ないですからね」

 先ほど会った時、マーカスの動きは少し鈍く感じたが、話す内容はしっかりしていた。

(目力強くて⋯⋯確かにすぐに良くなりそうな気がしたわ)



「アメリア様の目が覚めないのは気になるけど、見守るしかないんだよね。んで、今は医師のミゲルと看護師のステイシーが付いてる」

「なにを呑気なことを! アメリア様がお目覚めになられないなんて、一大事ではありませんか!? いつ、いつ目を覚まされますの!? 目を覚まされたら、一番にお会いしなくてはなりませんのに!」

 いつの間にか取り出していた扇子でテーブルを叩いたミセス・ブラッツは、ニコニコと笑顔を浮かべたままの局長を指差して叫んだ。

「局長だと言うならそれなりに権限があるのでしょう? なら、なんとかなさいませ! こんな所に座ってるだけでは、アメリア様の目は覚めませんからね!」




 気は強いがここまで浅はかな言動をする人だっただろうか⋯⋯。主人の怪我で動揺しているにしても、医師達に対する態度が酷すぎる。

(もしかして何かあるのかしら)

 ほんの少し首を傾げたエレーナは、ループ前のミセス・ブラッツの事をぼんやりと思い出していた。

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