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第三章 

02.アメリアの推測と不安

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「国内の過激派とクレベルン王国がほぼ同時だなんて! ランドルフのクソ野郎は国を潰す気としか思えないわ」

「戦況によっては、国境線の方にもっと兵を寄越せと言い出しかねませんね。そうなると馬が足りません」

「⋯⋯荷馬車の補強をしましょう。兵を送る時にも使えるし、領民の避難にも使えるわ。確か倉庫に予備の⋯⋯」

「食料と医薬品が必要です。戦闘が長引いたら不足しますから」

「夜間の外出を禁止しますか? そうすれば夜警を国境方面に集められます」

 アメリアやオリバーとルイはある程度この状況に慣れているが、平和な領で生まれ育ったニールは初めての経験。不安そうな顔で手揉みしているのは仕方ないだろう。

(この国って経済的には厳しいけど、戦闘となるとほぼ未経験だもの。ニールが当てにならなくても今回は仕方ないわ)



 
 その5日後、セレナが王宮で毒を守られ意識不明だと魔法郵便が届いた。

「お母様が!? 一体どうして⋯⋯ここから馬を飛ばしても3日かかるのに、王都じゃ転移もできない」

(こんな事なら王家が文句を言っても、タウンハウスに転移できるように、魔導具を設置しておくべきだったわ!)

「落ち着いてください。ルイが今、マーカスと連絡をとっていますから、詳しい情報が分かるはずです」

 落ち着いて座っていることもできず、アメリアは部屋の中をうろうろと歩き続けた。

(お母様とマーカスは毒無効の魔導具をつけておられる⋯⋯なら新種の毒って事かも。あの魔導具が効かないって事は⋯⋯もしかしたら⋯⋯)

「オリバー、図書室にいるから状況が分かったら呼びに来て!  ニール、兵糧と医薬品の手配をお願い」

 デイドレスの裾をからげたアメリアは、図書室に向かって走り出した。



 魔導具が効かない毒に思い当たる物があるアメリアは、別の毒であることを願いながら図書室に駆け込んだ。

「どこに⋯⋯あった! えっと、確かあれは⋯⋯」

 暗殺によく使われる毒であれば魔導具が中和しているはずだが、最近東方から密輸されたいくつかの毒には対応していない。

 暗殺に使われ魔導具ギルドでも注目しているその毒は⋯⋯。


 内臓を壊死させるクラブスアイ。有毒部位は種子とサヤ。中毒症状は吐気・嘔吐・悪心・腹痛・下痢・血尿・発熱・痙攣などで、重度の場合呼吸不全により死に至る。

 赤と黒のコントラストが特徴的な刺激性の強い種子は、加熱すると毒性が消える。

「複数の器官に異常が出てるならこれかも。ポイントは赤と黒の種と口にした時の刺激、生食のものがあったかどうか」


 自殺の木とよばれるケルベラ・オドラム。有毒部位は種子。中毒症状は胃痙攣・下痢・激しい痛み。

「毒物検査では検出されない。胃に症状が現れ、心臓の鼓動も乱れる。これが一番厄介かも」


 死の小林檎と呼ばれるマンチニール。有毒部位は樹木全体。中毒症状は果実の場合は出血・ショック・胃腸炎・浮腫による気道圧迫・激痛。

「実はここちよい甘さから胡椒のような違和感。喉の灼熱感・引き裂かれるような痛み・締め付け感。チェックポイントは最初に感じる甘さと喉の症状」

 焼却した煙は目を傷付け、白濁した樹液と降雨中に滴ってきた雨水は暗殺やテロに利用される。

「水疱を伴う皮膚炎・角結膜炎又は広範囲の角膜上皮欠損⋯⋯侵略戦争で敵を混乱させるならこれかも。でも、今回はきっとこれじゃない」

 密輸している国はある程度把握しているが、解毒剤のない厄介な毒ばかり。

(犯人はある程度特定できるけど⋯⋯いえ、なんとかしてみせる! その為に大学にまで通わせてもらったんだもの)

 解毒剤はなくとも対処療法で症状を和らげる事はできる。

(口にした量が少なければ⋯⋯延命できれば助かる可能性がないわけじゃないわ!)




「アメリア様、マーカスから少しですが話を聞けました」

 図書室に来たのはルイとオリバーだが二人の顔色がかなり悪く、最悪の状況が頭の中に浮かぶ。

「話してちょうだい」

「はい、まず初めに⋯⋯セレナ様は今日の昼、王宮で倒れられました。そのまま王宮医師の治療を受けておられますが、現在は意識不明だそうです。
マーカスも王宮内に留まっており、敵がどこに潜んでいるのか調べています。王宮医師は毒物が特定できていないらしく、情報は少ないと申しておりました」

「分かったわ。クレベルンは諜報と暗殺に特化した部隊を持っているから、敵を見つけるのは難しいわね」

 セレナは昼食をとった直後、突然口元を押さえ吐き気を訴えたと言う。その後、嘔吐と痙攣がはじまり腹痛を訴えていたが、発熱と同じ頃から呼吸困難に陥った。

「複数の器官に影響が出てるなら、内臓を壊死させるクラブスアイかも⋯⋯。昼食の中に生物なまものはなかった? もし予想が当たってるなら赤と黒で刺激性のある粒々があったはず」

「⋯⋯メニューはパンと蕪のスープ、オレンジのソースが添えられた鴨のガランティーヌで、全員同じメニューだったそうです」

「全員?」

「はい、宰相閣下と内務大臣とキャロライン殿下⋯⋯マクベス陛下も。全員同じ状態だそうです」

「なんてこと⋯⋯指揮はどうなってるの!? 三馬鹿⋯⋯ランドルフとメアリーとジュリエッタは?」

 3人は『非常事態』だと伝え部屋に軟禁し、指揮は侍従長に任されている。

「侍従長なら間違いないけど、一人じゃ荷が重すぎるわ。誰か誰か⋯⋯そうだわ! バルド事務次官の父親がいる。彼を引っ張り出すようデクスター様に進言してみて。
それから、タイラー様とチェイスの安否確認と、避難を急がせて! ランドルフならきっと、タイラー様を放っては置かないはず!」

 バルド事務次官の父は一時期先王の宰相をしていたが、事故で車椅子生活を余儀なくされ退職、今は王都のタウンハウスで療養している。

「彼なら侍従長とも親しかったし、王宮で相談役になるだけなら大丈夫だと思うわ」



 ガランティーヌは鴨などに詰め物を敷き筒状に巻き込んだ料理で、蒸したり低温でゆでたりした後、輪切りになって提供される。

「ガランティーヌね⋯⋯クラブスアイの有毒部位は種子とサヤで、赤と黒のコントラストが特徴なの。刺激性の強い種子は加熱すると毒性が消えるから、生でないと効果が出ない⋯⋯切った後に埋め込んでオレンジソースで味を誤魔化したのか、ソースに混ぜたのか。
ルイ、マーカスに大至急調べるように言って。今日だけでなく昨日仕込んだ可能性もあるから、調理人のスケジュールと料理に近付けた可能性のある人も全て調べるの。
一緒にバルド様とタイラー様とチェイスの件も必ず伝えて!」

 ガランティーヌは、味を落ち着かせ上品な食感に仕上げる為一晩置くことが多く、その間ならいくらでも手を加えられる。

「料理の中に火が通っていない、赤と黒の粒々ですね。すぐに確認してきます!」

 ルイが通信の魔導具を手にして執務室の隣の部屋に向かった。

「わたくしは魔導具ギルドと薬師ギルドに行って、新しい情報が入ってないか確認してきます。薬師ギルドで足りない薬草も手に入れてこなくちゃ。
オリバーは国境の警備を強めて不審者を洗い出して。わたくしの予想が当たってたら、ディクセン・トリアリア連合王国の戦闘部族の一つ⋯⋯ハザラスが動いてる可能性が出てくる。
マーカスの返事でわたくしの予測が合っているとなったら、王宮医師にも情報共有を。それから、王宮への転移を必ずもぎ取っておいて。転移の魔導具はマーカスに持って行って貰ってるから。
理由は『不足しているはずの薬草を届ける為』で、四の五の言うようならビルワーツの兵を引き上げると脅しても構わないわ」

(これが当たってたら大変なことになる。クラブスアイを入手したのは今の所ディクセン・トリアリア連合王国のハザラスだけ⋯⋯ギルドに新しい情報が入ってるかもしれないけど、可能性は潰さなきゃ)

「すぐに国境に向かわせます。ハザラスなら戦闘準備も急がせないと⋯⋯奴らは夜襲好きですから、下手したら今夜とかの可能性もあります。
レイモンド様への連絡はどうしますか?」

「⋯⋯もう少し様子を見るわ。お母様の件は連絡がいってるはずだから、余計な心配はかけたくないの。使われた毒がクラブスアイだったとしても、ディクセン・トリアリア連合王国のハザラスだとは限らない。わたくしの情報が古くて、クレベルン王国もクラブスアイを手に入れてる可能性があるし。
国境の状況を調べてからでも遅くないわ。夕方には帰ってくるから、その時どうするか決めましょう」

 次々と指示を出しながら必要な本を纏め、オリバーに後を任せたアメリアは、オーレリアの魔道具ギルドに転移した。




 国境に向かったレイモンド達の元にも魔法郵便が届いた。

「くそっ! セレナ様の他に誰がいたのか、同じ症状を示しているのが誰かすぐに確認を!」

「セレナが⋯⋯」

 愕然して立ち尽くすレイモンドの横で、ハミルトン大将が苦々しげな顔で机を叩いた。

「くそっ、くそっ、くそぉぉぉ!」



 ハミルトン大将が兵を配置し終えた当初、大型の銃器を並べたクレベルン王国の兵は、昼夜を問わず攻撃を仕掛けてきた。

 前線ではかなりの死傷者が出て、一方的な侵略で終わるのではないかと懸念したほどだったが、数日前から急に戦略を変更したクレベルン王国は、日に数回程度の威嚇攻撃で鳴りを潜めはじめた。

 一進一退を繰り返し、アルムヘイルの兵を翻弄し続けるだけで本格的な攻撃はなく、彼らの目的は別にあると知らしめているような不気味さがあり、レイモンド達は諜報に長けた兵士を送り込み、敵の情報を調べていたところだった。

 レイモンドが領地を出る前に知った情報では、国内の過激派がじわじわと王都を目指しているというものだった為、マーカス達を送り込んだのだが⋯⋯。

「過激派の行動も陽動だったのですね。クレベルン王国の姑息な策に騙されました」

 王宮に敵が侵入していると分かっても国境を離れる事はできず、ただ苛立ちを強めるしかできない。

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