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第二章 育ったお花から採れた種

16.変わりゆく王国

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「⋯⋯はぁ⋯⋯貴族に対してはジュリエッタ嬢の年齢と家格を利用しては如何でしょうか。真実の愛ではあるけれどまだ学園の入学前であり、王太子妃教育にもかなりの時間が必要になります。
王妃不在のままでは外交に支障をきたす場合もある為、キャロライン嬢に白羽の矢を当てたと。
公には⋯⋯キャロライン嬢はランドルフ殿下達の真実の愛に感銘を受け、ジュリエッタ嬢の王太子妃教育が終わるまでお二人を支え、国に献身したいと言っておられる。その後は、適性にあった処遇で国のために尽くす覚悟を持って王家に輿入れされる」

「「おお⋯⋯ゴホン! それは良い案です」」

 少し涙目になっている腹黒のマーチャント宰相の策に、大臣達が思わず感動の声を上げ、うっかり拍手しそうになって誤魔化した。

「宰相、キャロラインはそれを納得すると思うか?」

「します。あれは推し活の為ならこの程度の事は気にしないでしょう。なんなら父親の尻を叩いて『手伝え・働け』とでも言いそうです」

 策を練っているが、途轍もなく嫌そうな顔の宰相は、間違いなく反対している。

(キャロラインの暴走を止めるのは本当に大変なんだぞ。悪気はないが、とにかく突っ走る⋯⋯手加減を知らないから徹底的にやるし。
張り付いてる暇はないのに暴馬キャロラインの躾とか無理、絶対無理!)

 宰相の心の声が聞こえないマクベス達は、真剣な顔で討議していたが、満場一致でキャロライン王太子妃が決定する。

 一番の決め手はネルズ公爵派を引き入れられるからとされているが、ランドルフ達の調教役なのは間違いない。



「余はランドルフの首を縦に振らせる。宰相はキャロラインに説明をする前に、ビルワーツに会ってきてはくれぬか?
ビルワーツ侯爵家からキャロラインに付ける侍女を一人借りたい。キャロラインの迫力に負けず、ランドルフ達の罵詈雑言を聞き流せる侍女を借りたい」

 初めてマクベスが自分からレイモンドの力を借りようとしている。今までのマクベスにはあり得ない言葉に、全員が目を見開いた。

「おお、陛下が成長なされた!」

「デクスター、敬語をつけても不敬には変わりません。例えそれが事実であっても、口にせぬのが臣下と言うものです」

 デクスターも酷いが侍従長も中々に酷い。今の王宮⋯⋯このメンバーの中では⋯⋯許される空気が流れているのは、マクベスの人徳でもある。

 陛下として敬ってはいるが、それよりも国を建て直そうとする仲間意識の方が強く、マクベスが望む、一元主義型議院内閣制の縮図に近い。

(王は儀礼的な役割しか持たず、内閣が実際の行政権を持つ。その為には忌憚ない意見と共に、軽口が言えるほどの信頼関係も必要だと思う)



「はあ? 僕はジュリエッタを王太子妃にします! 他の令嬢なんて冗談じゃない!」

「そうか、では其方は廃太子とするしかあるまいな。婚約者でさえない令嬢を孕ませ、勉学からも逃げ回る。王太子としての責務を果たすどころか、学園に入学した後の学業でさえ危うい。
王太子は将来国王となるべく研鑽し、国のために尽くせる資質を身につける努力をせねばならん。意味もなく怠惰に過ごし、政務を臣下に丸投げする王族などこの国には不要。
王位継承権は剥奪するが第一王子としての身分は残してやろう。其方は愛する令嬢と共に西の宮に住むが良い」

「僕はたった一人の王子で王位継承権第一位だ! 次の王になるのは僕しかいないし、王妃はジュリエッタに決めてるんだ。
今までずっとお飾りだった父上の言うことなんか聞かない、聞く必要なんかないんだ! 母上がお聞きになられたらこんな事絶対にお許しにならないんだからな!」

「其方の母は数えきれぬほどの罪を犯し幽閉されておる。その中には入っておらぬが、間違った教育で王太子として相応しくない心構えを植え付けたのも罪のひとつ。
国は王家の為にあるのではなく、臣下は王族の代わりに政務をする為におるのではない。民がいてこそ王族が存在し、臣下を纏めるために王は存在する。働きもせず利を貪るだけの王族など無用の長物どころか、害にしかならぬ。
キャロライン嬢と成婚し子を成せ。それより後に其方とダンビールの娘が王太子と妃として相応しいと認められれば、キャロライン嬢との離婚を認めてやろう。
王位継承権を持つ者は他にもおるのだ。異議を唱えるならば即廃太子し、その者を王太子に任命する。
忘れておったが、メアリーは其方と同じ理由で王太子にはせん」







 ランドルフとキャロラインは婚約が発表されたと同時に成婚。真実の愛とそれを見守る令嬢の秘話は、国の為に奮闘しつつ子を思う国王の愛と共に、歌劇や小説となって国中に広まった。

 真実の愛を見つけた幼すぎる二人と、それを見守る心優しい令嬢。三人の成長を助けながら、国の立て直しに奔走する国王の心温まる歌劇は観客の涙を誘い、小説は増刷され続けた。

 歌劇や小説が生み出した莫大な富は、キャロライン妃の希望で全て国に寄付された。

『ふふっ、国の助力になりましたかしら。これぞ推し活の一歩ですわ!』



 国の現状を鑑み、最小限の費用で速やかに行われた発表と式は、国民の好感度を上げる役に立った。その後のキャロライン王太子妃はよく学び、瞬く間に政務の一翼を担うようになる。

 重い腰を上げたネルズ公爵も国政に参加しはじめたが、王太子妃の父と言う立場を利用する事なく、財務大臣の相談役を務めた。

 ネルズ公爵と共に公爵一派も動きはじめた事で、滞りがちだった公共事業や福祉事業の計画も進み、雇用拡大や景気回復の期待が高まっていく。





 その陰で⋯⋯。

 学園に入学したランドルフは予想通り学業についていけず、家庭教師と共に勉強漬けの日々を送った。政務のできない王太子の予算はギリギリまで削られ『遊ぶ金も時間もない』とぼやき続けている。

 ランドルフには終日護衛と言う名の監視がつき、女性との僅かな接触も禁止されたのは言うまでもない。

『不貞は疑惑の内に摘み取れ。抵抗するならその場で拘束せよ』


 メアリーの元にはキャロラインが⋯⋯。

『バカのままでいるなら小遣いなし! 1日の勉強の成果によって、翌日のおやつと小遣いを決めますわ』

『王女としてあるまじき言動があれば、罰として洗濯させます! 働くことの苦労を身体で覚え、感謝する事を知りなさい! 勿論、わたくしの監視付きですわ』



 ジュリエッタは男子を出産。黒髪と濃茶の目を持つ赤ん坊は、ジュリエッタの元婚約者の幼馴染にそっくりだという。

 妊娠中と出産後、二度に渡って行われた魔導具による親子鑑定でもランドルフの子とは認められず、ジュリエッタは庶子となった息子の養育を拒否。妊娠出産は世間に大きく知られていた為、子供はチェイスと名付けられて離宮にて育てられることになった。

『親の身勝手に振り回された子じゃ。決して粗略に扱うでないぞ』

 厳選された使用人達に、大切に守られ育てられたチェイスは、成人した後、平民として国に仕えるようになる。



 ジュリエッタは出産するまでは放置されていたが、床上げが終わりランドルフに会いたいと騒いだ途端、大きなお腹を抱えたキャロラインが登場した。

『それだけ騒げるのであれば問題ないでしょう。まずは机上の勉強からはじめていただきます』

『嫌なら叩き出すわよ⋯⋯ふふっ、その間抜けズラで王族になりたい? 容姿しか取り柄がない女はね、娼婦になるしか道はないの。それが嫌なら、1日も早く教養を身につけなさい!』

『今はまだなんの権利もない『托卵女』のくせに、よくもメイドに怪我をさせたわね! 精神的苦痛に対する慰謝料と、怪我の治療費の支払いと、破損した物の弁償をなさい。
え、意味がわからない? 金を払えって言いましたの! 払なければ食事抜きで、今あるドレスやアクセサリーを売り払います。
それでも足りなければ、洗濯と掃除をなさいませ!』

『ランドルフが怒る? ふふっ、今のところわたくしの方が優位に立っていますわ。二人とも愚かすぎて、王族としてなーんの役にも立ってませんものねえ』



 ジュリエッタはランドルフと同い年だったが、本人の強い希望で出産後すぐに学園入学が決まった。

『だって、学園でランドルフが浮気するかもしれないじゃない』


 キャロラインの人気が高まるに従い真実の愛は『アバズレの欲』と蔑まれるようになり、ジュリエッタの妊娠を世間に広めたダンビール子爵家は思惑が外れ、社交界から姿を消した。





 大勢の期待を一身に集めて王宮入りしたキャロラインは、まず初めにランドルフの前で宣言した。

『わたくしと子を成していただかねばなりませんの。美しいジュリエッタ嬢には敵いませんけれど、年上のテクニックをお試しになられませんこと? きっと満足していただけると思いますわ(子ができるまでは甘い蜜ガッツリですわ!)』

 抵抗し続けていたランドルフが、大型のメロンに陥落するのは予想以上に早く、あっという間にキャロラインの懐妊が報告された。

『男子でも女子でも構わぬ。今まで以上の警護を! ジュリエッタの動向にも注意せよ、嫉妬に駆られ愚かな行動に走るやもしれん』

 タイラーと名付けられた第二王子は大勢の乳母と使用人に囲まれ、次期王太子として教育されることになる。


 キャロラインの懐妊が判明した後、ランドルフには最も強力な避妊薬が、食事に混ぜ込まれるようになった。

『二度と子を成せずとも良い。托卵は懲り懲りじゃ』


 子供が産まれた後のキャロラインは、ランドルフの調教を本格的に開始。

『甘えた事を仰る前に国の歴史を覚えなさいませ!』

『政務ができない王族などゴミ以下!』

『働きもせず金が欲しい!? 馬鹿ですか、馬鹿でしたね。欲しければ仕事ができるまで勉強なさい!』

『王族とは国の下僕! 働かざる者食うべからず!! 3歳の子供でも知っておりますわ』



 キャロラインの横に常に付き従っているビルワーツ家から派遣された侍女は、時折⋯⋯。

『キャロライン様、セレナ様に報告いたしますよ』

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