【完結】熟成されて育ちきったお花畑に抗います。離婚?いえ、今回は国を潰してあげますわ

との

文字の大きさ
上 下
13 / 135
第一章 お花畑の作り方

12.リディアとマクベス

しおりを挟む
 しっかりとカーテンをかけた馬車の中は、鯨蝋で作られた蝋燭の明かりが揺れて影を作り、無表情のレイモンドの口元が少し強張っているのが見えた。

「ふふっ⋯⋯あの方のお顔、ご覧になった?」

「うん。プチどころか見事な『ざまぁ』だったな。何人かは帰り際にサムズアップしておられたから、アレは今頃王宮で暴れてるんじゃないかな?」

 招待客を真似たのか、レイモンドもサムズアップしてみせた。

(まさかアレがあそこまでやるとは思わなかった。セレナはさぞ怖い思いをしただろうに⋯⋯)

 セレナの成功に水を差さないようにと、無理に笑ったレイモンドの頬を、セレナが軽くつまんだ。

「そんなに気にしないで。わたくしがお願いしたんだもの、レイのせいじゃないわ」

 セレナが傷つけられた時の事を思い出しているらしく、レイモンドの眉間に皺が寄ると、セレナが小さく溜め息を吐いた。

「あの程度、昔のアメリアの悪戯に比べたら可愛いもんだわ」

 幼い頃のアメリアは野生児のようで、屋根の上でお昼寝したり裸馬に乗ったり。階段の手すりから滑り降りてきたアメリアを捕まえて、お尻を叩いたのは数え切れない。

「アレがあそこまでやるなんて思わなくて⋯⋯俺の予測が甘かったせいで、セレナがあん「漸く自分の手でお仕置きができて喜んでるの。レイがそんなじゃ全然楽しめないわ」」

「⋯⋯そうだな。うん、すまん。でもな、セレナに任せると約束した時の自分に、蹴りを入れてやりたい気持ちは変わらん」

「前回はわたくしの出番がなかったでしょう? リディを傷付けた輩に、この手で一矢報いてやりたかったの。レイが我慢してくださったお陰で少し気が晴れたわ。16年分の利子付きで返せたかしら?」

「ああ、この話が社交界に広まれば、セレナと同じ思いをした方々の溜飲も下がること間違いなしだ」

「レイからのプレゼントを使わずに、別のアクセサリーにしようかとも思ったの。わざと奪わせて犯罪者にすればって。それか、無理矢理王宮に連れて行かれるとか⋯⋯。
でも、その程度じゃ王国からも王宮からも追い出せない。
今回の件なんて、ほんの少しでも気が晴れたって思ってくださる方がいれば、ラッキーってくらいだから⋯⋯」

 あまり役に立たないとしょげるセレナの肩を、レイモンドが抱きしめた。

「尊敬し大切に思う夫ってフレーズで、俺は天まで舞い上がってるんだが?」



 エロイーズから肩書きを奪い、王国から追い出すか、幽閉できるだけの証拠を手に入れようとしているが、エロイーズの周りのガードが固く上手くいかないでいる。

「特に宰相と法務大臣が邪魔なんだよな。アレが国庫に手をつけてるのは間違いないのに、財務大臣のところまで上がってくる前に、証拠を全部握り潰してやがる。
横領は間違いないしやり方も分かってるが、決定的な証拠がいまだに掴めん。クソ忌々しい」



「修道院に行くしかないと泣き暮らしていた頃のリディに、さっきのあの方の顔を見せてやりたいわ」

「リディは見た目と違って気が強いから『私もやりたかった』とか言いそうだな。さて、用事は終わったし。明日はどうする? 久しぶりに王都見物でもするか?」

「いいえ、久しぶりにリディに会いたいわ。それに、レイの硬いお尻を蹴るならアメリアが適任だしね」

「う、それは⋯⋯アメリアは手加減なしだから、ちょっと遠慮したいと言うか。気持ちだけで十分かな」



 後日、王家から謝罪の手紙が届いた。エロイーズは心から反省しており、セレナに直接会って謝罪したいと話していると言う。

「懲りてないのね。あの方のことだもの、顔なんて見たらまた、何をしでかすか分からないわ」

「なんとかは一生ものだからな。ほら、死ななきゃ治んないっていう不治の病⋯⋯あれに罹ってるから。いっその事幽閉するか、断罪するか出来れば良いんだがなあ」

「レイの話だと、今の皇太子が即位した後ならなんとかなりそうじゃないかしら」

「そうだな、それまでアレが我が家に関わらないでいてくれる事を祈るしかない」

 盛大なるフラグを立てたレイモンド。次なる戦いが勃発。

 次こそ仕留め切れるか!? 乞うご期待。




◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇

『兄様、王家と帝国から睨まれ、領民に迷惑をかけたわたくしを廃籍して下さいませ。ビルワーツ侯爵家にも領民にも、これ以上ご迷惑はかけられません』

 婚約破棄された上に、事実無根の悪評を流されたリディアは、修道院に行くか命を断つしかないと思い詰めていた。

 数ヶ月の説得が実り、リディアが身を寄せたのは侯爵兄妹の母の実家がある、魔法大国オーレリア。アルムヘイル王国から馬車で一月もかかるその国は、強力な魔法を使える魔導師が国を支え、魔導具の作成にも力を入れている。

 この国をリディアに勧めたのは、近隣諸国からの圧力に屈しない事と、母の実家からの熱烈なアピールがあったから。

 突然侯爵家に乗り込んできた祖母は挨拶もそこそこに、リディアの部屋を強襲した。

『あんなクソが治めているこの国など捨てておしまいなさい⋯⋯さあさあ、これから先泣くのは嬉し涙だけにしましょう。私の可愛いリディには、笑顔が一番似合うんだから。
こんなに素晴らしいリディと、一緒に暮らせたら最高だわ』

 祖母と一緒にやって来た祖父も同意見のようで、しきりに首を縦に振っていた。

『たかが帝国の戦狂いと売女に、ワシの孫を傷つける勇気があったとは思いもせなんだ。武力しか脳のない帝国が、唯一恐れている国でゆっくりと過ごして、彼奴らが自滅するのを高みの見物をするもよし、叩き潰すもよしじゃ』



 リディアが祖父母の家に引っ越す日、妹の幼馴染がトランクを抱えて屋敷にやって来た。

『時間がかかってしまいましたが、父上に廃嫡の手続きをしていただいてから参りました。これからは俺がリディアを守るお許しをいただきたい』

 オーレリアに渡ったリディアは数年後、幼馴染と結婚し2人の子供に恵まれ、幸せに暮らしている。




◇◇ ◇◇ ◇◇ ◇◇

 建国当時は鉱山をいくつも所有し、鉱物と森林資源を主な税収としていたアルフヘイル王国。

 マクベス王から数えて六代前の王の時代、カーヴィング等の細工の入った家具が大流行しはじめた。オークよりも硬く加工に適したウォルナットの需要が高くなり、輸出以外にも繊細な細工をする家具職人を育てはじめ、手先の器用な職人達が作る精巧な家具は、時代の波に乗り有名になっていった。

 国王が逝去したタイミングで、北の国境を接するクレベルン王国からの侵略を受けて大敗し、領地の一部を失い国力が低下。

 ビルワーツ侯爵家を筆頭に、多くの貴族が多額の資金を援助し、戦禍に見舞われた領地の復興がはじまり、国は立ち直りはじめたかに見えたが⋯⋯。

『戦に備えよ!』

『国を守る為、兵の訓練を強化せよ』

 軍備を整えて領地を取り戻すべきだと言う気運が高まり、兵器の購入や兵士の増員・戦闘力の増強に、多額の資金が投入された。

 それを可能にしたのは、貴族達から集められていた寄付や支援金、貸付金と強引な採掘による鉱石。

『軍備に利用するなら二度と支援はしない』

 戦争反対を唱えたビルワーツ侯爵達は議会で宣言したが、国の方針は変わらなかった。

 それどころか、鉱山労働者の不足を補う為の強制労働と徴兵がはじまり、産業は停滞し貧しい者はより貧しく、老人や幼い子供は行き先を失っていった。

 過酷な労働で人的ミスが増え、安全を軽視した坑道では崩落事故が多発し、税収は激減し補償問題を抱え⋯⋯それでも軍備増強を諦めない代々の王と国王派の者達。

『国の危機を知りながら、高みの見物か!』

『目処は立っている。今を乗り切る資金さえあれば、国は建て直せるんだ』


『民のために使うと約束していただけないならば、支援などできかねる!』



 戦争推進を唱える国王派が議会を牛耳り、戦争反対を唱えた貴族派は、領地へ引き上げはじめた。

 国は荒れ果てスラムは広がるばかり。寂れた商人街には空き家が目立ち、残っている商店はドアを固く閉め、客を見定めてからドアを開ける。スリやひったくりが横行し、野盗に怯えて寝ずの番をする。

 乾き切った畑はひび割れて、行き場をなくした者達は雑草を口にし、行き倒れは埋葬される事なく穴に放り込まれた。

 貴族街では各屋敷の前に屈強な護衛が立ち、民の税で昔ながらの生活を続け、社交に明け暮れ⋯⋯。

『貴族派のせいで国が⋯⋯』

『大局を見ることもできぬ輩達が⋯⋯』



 マクベスの祖父王の代で、漸く国の現状に目を向けはじめた。マクベス国王の父は⋯⋯。

『過ちては則ち改むるに憚ること勿れ』

『議会の流れを変えねばならん⋯⋯』

『ビルワーツ侯爵領や他国に学ぶべき』

 国の建て直しに心血を注ぎ、国の建て直しに奔走していた国王が体調を崩しはじめたのは、マクベスが12歳の頃。

 マクベスと当時の婚約者リディアは、父王の政務を手伝いながら、時間を作っては図書館に向かった。

『ソールベリーで開発された技術なんだけど⋯⋯』

『ウォーレンシアで起きた災害の復興で行った政策が⋯⋯』

『ビルワーツ侯爵領で取り入れた掘削方法は⋯⋯』

 かつて、病弱の国王を支えながら切磋琢磨する若い二人は、王国の希望の星だった。







『マクベスよ、今からでもできることは必ず見つかる。知識を蓄え己を信じるのだ。曇りない眼を開き、その時までひたすら己を磨き続けよ。
其方が諦めねば、可能性は必ず残っておるのだから⋯⋯』

 マクベスの人生は順調満帆な時代の方が少なかったが、幼い頃の記憶と父の最後の言葉を胸に立ち上がるまであと少し。

(リディアは私の事を今でも恨んでいるかな⋯⋯どうか、幸せに。昔二人で話した国を目指すから)

しおりを挟む
感想 104

あなたにおすすめの小説

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした

水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」 子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。 彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。 彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。 こんなこと、許されることではない。 そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。 完全に、シルビアの味方なのだ。 しかも……。 「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」 私はお父様から追放を宣言された。 必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。 「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」 お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。 その目は、娘を見る目ではなかった。 「惨めね、お姉さま……」 シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。 そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。 途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。 一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。

王太子殿下から婚約破棄されたのは冷たい私のせいですか?

ねーさん
恋愛
 公爵令嬢であるアリシアは王太子殿下と婚約してから十年、王太子妃教育に勤しんで来た。  なのに王太子殿下は男爵令嬢とイチャイチャ…諫めるアリシアを悪者扱い。「アリシア様は殿下に冷たい」なんて男爵令嬢に言われ、結果、婚約は破棄。    王太子妃になるため自由な時間もなく頑張って来たのに、私は駒じゃありません!

【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました

八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」 子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。 失意のどん底に突き落とされたソフィ。 しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに! 一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。 エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。 なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。 焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

【完結】婚約破棄されて処刑されたら時が戻りました!?~4度目の人生を生きる悪役令嬢は今度こそ幸せになりたい~

Rohdea
恋愛
愛する婚約者の心を奪った令嬢が許せなくて、嫌がらせを行っていた侯爵令嬢のフィオーラ。 その行いがバレてしまい、婚約者の王太子、レインヴァルトに婚約を破棄されてしまう。 そして、その後フィオーラは処刑され短い生涯に幕を閉じた── ──はずだった。 目を覚ますと何故か1年前に時が戻っていた! しかし、再びフィオーラは処刑されてしまい、さらに再び時が戻るも最期はやっぱり死を迎えてしまう。 そんな悪夢のような1年間のループを繰り返していたフィオーラの4度目の人生の始まりはそれまでと違っていた。 もしかしたら、今度こそ幸せになれる人生が送れるのでは? その手始めとして、まず殿下に婚約解消を持ちかける事にしたのだがーー…… 4度目の人生を生きるフィオーラは、今度こそ幸せを掴めるのか。 そして時戻りに隠された秘密とは……

妹に一度殺された。明日結婚するはずの死に戻り公爵令嬢は、もう二度と死にたくない。

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
恋愛
婚約者アルフレッドとの結婚を明日に控えた、公爵令嬢のバレッタ。 しかしその夜、無惨にも殺害されてしまう。 それを指示したのは、妹であるエライザであった。 姉が幸せになることを憎んだのだ。 容姿が整っていることから皆や父に気に入られてきた妹と、 顔が醜いことから蔑まされてきた自分。 やっとそのしがらみから逃れられる、そう思った矢先の突然の死だった。 しかし、バレッタは甦る。死に戻りにより、殺される数時間前へと時間を遡ったのだ。 幸せな結婚式を迎えるため、己のこれまでを精算するため、バレッタは妹、協力者である父を捕まえ処罰するべく動き出す。 もう二度と死なない。 そう、心に決めて。

愛されない王妃は、お飾りでいたい

夕立悠理
恋愛
──私が君を愛することは、ない。  クロアには前世の記憶がある。前世の記憶によると、ここはロマンス小説の世界でクロアは悪役令嬢だった。けれど、クロアが敗戦国の王に嫁がされたことにより、物語は終わった。  そして迎えた初夜。夫はクロアを愛せず、抱くつもりもないといった。 「イエーイ、これで自由の身だわ!!!」  クロアが喜びながらスローライフを送っていると、なんだか、夫の態度が急変し──!? 「初夜にいった言葉を忘れたんですか!?」

幼馴染の親友のために婚約破棄になりました。裏切り者同士お幸せに

hikari
恋愛
侯爵令嬢アントニーナは王太子ジョルジョ7世に婚約破棄される。王太子の新しい婚約相手はなんと幼馴染の親友だった公爵令嬢のマルタだった。 二人は幼い時から王立学校で仲良しだった。アントニーナがいじめられていた時は身を張って守ってくれた。しかし、そんな友情にある日亀裂が入る。

処理中です...