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第二章 育ったお花から採れた種

05.頑張れマクベス、目指せ打倒エロイーズ!

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「夜会には外交官や代理でお越しになられた貴族の方もおられますし、夜会そのものに参加せずとも同行して来られた方々も大勢おられます。
例えばある国は、夜会に参加されたのは第二王子殿下であらせられましたが、夜会後に他国を経由して帰るご予定があると仰っておられました。公爵位を持っておられる大臣以外にも、貴族位を持つ補佐官や事務次官を従えておられたのです。
その方々が噂話に興じたとは申しませんが、全ての方が正しくご理解いただいているとは限らないのでは? 勘違いした方が勘違いしたまま話を広められた場合、婚約した記録もないままに傷物令嬢と呼ばれかねません」

「それはまあ、確かだな⋯⋯」

「人の噂とは、どのような尾鰭がつくか分からんし」

 うんうんと頷いた貴族が、エロイーズに睨まれて下を向いた。

 居並ぶ貴族達の中には、ビルワーツ侯爵家と今でも変わらず交流している者もいるが、公の場では必要に迫られない限り、親しげな素振りを見せないように頼んでいる。

 エロイーズ達の不満や我欲がどこまで広がるか分からず、八つ当たりされたり利用されたりする可能性は潰しておきたい。

「招待されていない国までとは申しておりませんので、それ程無謀な願いだとは言えないと愚考致しております」



 アメリアが大人顔負けの理論を口にするたびに、エロイーズの眉間の皺が濃くなっていく。

(忌々しい⋯⋯たかが招待状の記載如きで騒ぎ立てるなど! ああ、イライラする!)

「田舎の小娘の噂がほんの少し流れるくらい、誰も気にしやしないわ。それを大袈裟に騒ぎ立てるなんて、恥ずかしくないのかしら。元はと言えば、其方がランドルフの心を掴めていなかったのが原因だと分かっているのかしら?
其方にジュリエッタの半分でも魅力があれば、ランドルフも我慢したはずだわ」

「エロイーズ、口を慎め!!」

「恐れながら申し上げます。夜会当日を含めて今現在まで、王太子殿下とは一面識もございません。こちらからの連絡に対し、お返事をいただいた事もございませんし、先触れを出してもお返事はなし。
夜会の準備で王宮に呼び出しがあった際に、お会いしたのは事務官のみ、毎回王太子殿下にお声がけいただきましたが、一度もお会いしたことがございません。
王太子殿下からいただいたご連絡は⋯⋯一言のコメントも綴られていない請求書のみ。届けて来たのは商会・宿屋・飲食店・宝飾店・ドレスショップなどの店員でございました。
因みにビルワーツ侯爵家には、メッセージカード一枚届いておりませんので、それらの請求分につきましては、全額返済していただきます。
ダンビール子爵令嬢の類稀なる美しさは、夜会で拝見いたしましたので、私など太刀打ちできないのは存じておりますが、王太子殿下がダンビール子爵令嬢の美しさの虜になられたのと、顔を見たこともない私の容貌は、関係がないと思っております。絵姿もお渡ししておりませんので、今お会いしたとしても誰が誰なのか、お分かりになられないのではないでしょうか」

 エロイーズと一緒になって、アメリアとの婚約を推し進めていたランドルフのあり得ない所業に、エロイーズ以外マクベス国王を含んだ全員が絶句した。

「まさか、一度も顔を合わせたことがないなんて」

「カードさえ送らず、請求書を送りつけるなんて最低だな」

 誰が呟いたのか分からないが『帝国流の作法か?』という声が聞こえ、数人がプッと吹き出した。



「支払いくらい別に構わないじゃない⋯⋯王都にも出てこれないような田舎娘が、王太子妃になる夢を見れたのだから、感謝して払えば良いのよ。ケチくさいこと」

「王子妃・王太子妃・王妃。そのどれにもなりたいと思ったことがございませんので、どこに感謝すれば良いのか分かりかねます」

「だって、誰でも願うわ。王女として生まれたかったとか、妃になりたいとか。そう思わないなんて、頭がおかしいんじゃないかしら」

「もしそのような思いが少しでもあれば、王宮で行われるお茶会に参加しておりました。ビルワーツ侯爵家の跡取りとなるべく、領地にて教えを乞うていた私は、一度も参加いたしておりません」

「それがおかしいのよ! 女の⋯⋯「エロイーズ、良い加減にしないか! 其方がいては話が進まん、次に口を開いたなら退席させる。よいな!」」

 眉間に皺を寄せたマクベス国王が、玉座の肘置きを叩き声を張り上げると、大勢の前で叱責されたエロイーズが羞恥に顔を赤らめ、右手に持っていた扇子がパキリと音を立てた。

(見たところ鉄扇だと思うんだけど⋯⋯パキッて。流石、蹴りで骨折させる人だわ)



「アメリア・ビルワーツの名誉は必ず回復し、ランドルフが送りつけた請求も、全て支払うと約束しよう。他には?」

「ありがとうございます。契約により、王命による婚約騒動に関わる費用、全てをお支払いいただきます」

「馬鹿な! 確かにこのような結果になりはしたが、あれ程派手な夜会にした責任はビルワーツ侯爵家にもあるはず。ならば侯爵家もある程度の負担はするべきだ!
私はこの騒動が起きる前から国外におりましたので、詳しい話は存じませんが、王太子の婚約披露と言えど、我が国の状況を考えればあれはまともではなかった。
皆もそう思われているはず、財務大臣も黙ってないで何か仰って下さい!」

「デクスター卿はご存知なかったのだな⋯⋯帰国されたのは、夜会の数日前でありましたか」

「ええ、その通りです。条約の終結に駆けずり回り、ようやく目処が立ったと安堵して帰国したのです。ランドルフ王太子殿下が婚約破棄し、ビルワーツ侯爵令嬢と婚約し直すことは聞いておりました。夜会の準備が随分と大ががりだと聞いて心配して帰ってくれば、大国でもあり得ないほど贅を尽くした夜会で、常識を疑いました。
あらゆる知識を総動員して、完璧に仕上げると言ったと聞いて唖然としました。この国にはあのような夜会を開く金などないと、ビルワーツ侯爵家が知らぬはずがないのに⋯⋯。
はっきり言って、ビルワーツ侯爵家はこの国を潰すつもりだとしか思えません。
過去の遺恨があるにしても、あれほどの暴挙を子供に許すなど⋯⋯民草の事を考えておられんのは、貴族として如何なものか、侯爵閣下の口から返答をいただきたい!」

「デクスターよ、あらゆる知識を総動員して完璧に仕上げると申したのはエロイーズじゃ。ビルワーツ侯爵家の意見など、一つも反映されてはおらん」

「父に代わり返答させていただきます。全て陛下の仰る通りでございます。ビルワーツのような田舎者に、口を出す資格はないと仰せになられ、請求書が届くまで何をしておられるのかも不明なままでございました。
増大する費用について心配になり、何度か具申致しましたが、何一つ聞いていただけたものはございません。
今回の件につきましては、あらかじめ契約書を作成しておりましたので、恐らくは王妃殿下がお支払いになられるご予定なのでしょう」

「はあ? なぜわたくしが払わねばならないの!? バカを言うでないわ!」

「王家側の有責で婚約が成立しなかった場合、ランドルフ王太子殿下との婚約を前提として発生した費用については、全額王家負担という書類にご署名くださいましたのは、王妃殿下でいらっしゃいます」

 僅かに首を傾げたところを見ると、エロイーズはすっかり忘れているらしく『ああぁぁ、そ、それはぁぁ!』と叫んだのは法務大臣だろう。

「⋯⋯え? 署名なんてしたかしら⋯⋯も、もししたとして、それがなんだと言うのよ! 仮にそのような項目を追加したと言うなら、婚約が成立しないと知っていたみたいじゃない。
もしかして、ジュリエッタがあの場にいたのもそうなるように仕向けたのかしら? 王家に恥をかかせる為に、ハニートラップを仕掛けたのね! なんて恥知らずな! 王家を愚弄するつもりで仕掛けたのでしょう? ならば、王家に非などないじゃないの!!」

 確かに、いざという時は娼婦に金を渡して、誘惑してもらうのもありだと思ってはいたが、その必要さえなかった。

 恋人なのか愛人なのか分からないが、人目も気にせずいちゃつき時間貸しの宿に連れ込む。ドレスショップには様々なサイズのトルソーが林立し、女性の送り迎え専用の馬車が常時準備されていた。

 請求書には届け先の住所が記載され、旅先のホテルでは女性の名前も記入される間抜けぶり。

「この項目を追加致しましたのは『王家は簡単に婚約破棄する』という過去に懸念を抱き、この文言があれば醜聞を防げるのではないかと愚考した為でございます。王家の窮状は、私のような未成年者でも聞き及んでおります故、請求が増えるたびに『破棄にはしない』という王家のお覚悟の現れだと考えておりました。
因みに、ハニートラップなど仕掛ける必要はありません。今回のダンビール子爵令嬢以外にも、多くの方々と不適切なお付き合いをしておられたことが確認できております。
午前と午後と夜で別の人、1対多数とか多数対多数⋯⋯男性もおられましたし。
年齢も身分も職種も幅広く、不適切な程親密なお付き合いを堂々と繰り返しておられました。日付・時間・お相手の名前・会っていた場所。全て記録しております。特殊な病気にかかられて治療された記録もございますので、ダンビール子爵令嬢の健康チェックをお勧めいたします」



 こんなところも母親似!?

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