上 下
12 / 135
第一章 お花畑の作り方

11.義妹を傷付けた王妃に『ざまぁ』致します

しおりを挟む
 社交界に流れた噂⋯⋯財務大臣との打ち合わせで王都に来るレオナルドが、珍しくセレナ夫人を伴っているらしい。

 その噂に釣られて、マーチャント伯爵家に乗り込んできたエロイーズだが、ここがお仕置きの場だと気付いていない。

 来なければそれも良し、来ても礼儀正しくしているならこちらも礼儀正しく接するが、少しでも横柄な態度をとるなら、タダでは終わらせない。

 王妃が乱入する可能性は、夜会の参加前から周知されており、騒ぎが起きた時は静観してもらうよう頼んでおいた。エロイーズは機嫌を損ねると、気が済むまで仕返しをしてくるので、今もこれからも王都で暮らす招待客達が、彼女の目に留まるのは避けたい。

 王国貴族達の前で、エロイーズが何を言い何をするかを確認する、見届け人としてここにいてもらっているだけで十分だと、セレナとレイモンドは考えていた。

 エロイーズの狙いがセレナなのは明白だったが、折角なので追加の餌として宝石を身につけておくと、予想通りの流れになってきた。

(これだけ多くの方々に見られていては、なかったことにはできませんのよ? 覚悟なさいませ)

「お褒めいただき光栄です。我領で産出されたエメラルドで、ゴタ・デ・アセイテと呼ばれる最高品質のエメラルドですの。このイヤリングもセットで夫がプレゼントしてくれたのですけれど、デザインには娘の意見も入っているそうですわ。
わたくしには少し大きすぎて⋯⋯肩が凝るのが難点だと申しましたら、娘に『愛が重すぎるってことかしら?』って揶揄われてしまいましたの」

 少し恥ずかしそうに、それでいて幸せいっぱいの笑顔を浮かべたセレナは、成人したばかりの令嬢と変わらないくらい愛らしく、紳士達から溜め息が溢れた。

「そ、そう。でもねえ、それほどの大きさの物が産出されるなら、王家へ報告をするべきじゃないかしら。
王妃であるわたくしが知らないだなんて、わざと恥をかかせようとした⋯⋯不敬と捉えられても仕方ないわよ? それとも、納税額を誤魔化したのかしら?」

(鉱山の持ち主は、建国前からビルワーツ侯爵家なのも知らないのかしら? 王妃教育どころか、低位貴族のマナーさえ危うい王妃だから仕方ないわね。
頭を振ればカラカラと音がしそう⋯⋯音がする程の中身もないかもね)

 自領で産出された宝石に報告義務などあるはずもないが、意味不明の非難をするエロイーズが距離を詰めてきた。

「そのままではよく見えないから、外してくださる? 手に取って近くで見てみたいの」

 これはエロイーズの常套手段の一つで、手にした途端『ありがとう』と言って立ち去るのは有名な話。抗議すると『プレゼントだと言ったくせに』と言い出し、不敬だ・名誉毀損だと騒ぎ立てると言う。

 エロイーズが輿入れしてきたばかりの頃は、この手口で家宝の宝石を奪われた令嬢や夫人も多く、今では誰も目立つ貴金属も流行りのドレスも、小物類さえ身につけない。



「申し訳ございません。留め金の調子が悪いようで、今は外せませんの」

「わたくしが調べてあげるわ。ほら、さっさとよこしなさい」

(噂には聞いていたけど、自分が経験すると虫唾が走るわ。これが一国の王妃のすることだなんて⋯⋯強請り集りの常習犯だから、手慣れたものね)

「王都に出てくる途中の管理が甘かったようで⋯⋯一度外したら修理しなければならないだろうと思いますの。今外してしまうと宿に帰るまで、扱いに困ってしまいますから、遠目で見て楽しんでいただくしかありませんわ」

「帰り道なんてどうでもいいわ! さっさと外して寄越しなさいって言ってるでしょ!!」

「まあ! そのような物言いをされては、誤解されてしまいましてよ?」

 驚いたセレナが驚いて目を見開いた後、少し低めの声でエロイーズを諭した。

(見せてと仰っておられたのに、寄越せになって⋯⋯直情的な方は貴族には不向きですから、別のお仕事がお似合いですわ)

「誤解って⋯⋯とにかくそのエメラルドは王家にこそ相応しいの! 留め金なんていくらでも修理すればいいんだから、さっさと献上なさい!」

「寄越せと仰られたり献上しろと仰られたり⋯⋯ビルワーツ侯爵領の鉱山から産出されたエメラルドの所有権は、当家にございます。差し上げる理由はございませんし、夫からの誕生日プレゼントを献上するなどあり得ません。
財務のお勉強が進んでおられないようなので、ご説明させていただきますが、納税に関係しますのは、売買された品のみでございます。王家が採掘権をお持ちでない鉱山の産出量や、産出された品の品質について、報告の義務はございません。
誠に残念ではございますが、脱税を疑われ不敬だと仰られました事に対して、それ相応の対応をさせていただく所存でございます。
お会いできて光栄でしたとは申せませんが、どうぞお気をつけてお帰り下さいませ。一招待客のわたくしではお見送りできませんので、ここで失礼させていただきます」

 キッパリとした口調で断りを入れ席を立つと、エロイーズがセレナのドレスを掴んでネックレスに手を伸ばした。

「ぐだぐだ言ってないでネックレスを寄越しなさい! わたくしに逆らうということは、王国と帝国に逆らうとの同じなんだから! 牢に入れられたいの!?」

 セレナのドレスをぐいっと引っ張ったエロイーズがネックレスを鷲掴み、揉み合いになった。

「セレナ!!」

 静観すると約束していた為、少し離れた場所にいたレイモンドが、セレナに向かって駆け出した。

「おやめください⋯⋯何をなさいます!」

 ビリッ⋯⋯カチャン

 ドレスの破れる音と同時に、ネックレスの留め金が外れ宙を舞って床に落ちた。

「きゃあ!」

 遠巻きにしていた夫人達が、あまりの恐ろしさに悲鳴をあげ、男性達がいきり立った。

 マーチャント伯爵が落ちたネックレスを拾い上げて、執事に傷の確認をするよう言いつけ、レイモンドは上着を着せ掛けたセレナを背に庇い、エロイーズを睨みつけた。

 ソファに腰を落としたエロイーズが、つんと顎を上げて広間の中を見渡すと、眉を顰め軽蔑したように睨みつける目や、青褪め怯えたような顔ばかり。

(流石にこれはマズイかも。だってがあんなに抵抗するなんて思わなかったんだもの、仕方ないじゃない。わたくしに向かって抵抗するが悪いのよ!)

 アクセサリーを奪おうとした相手から抵抗されたのは、初めての経験だったエロイーズは、怒りに任せて周りが見えなくなっていた。

「王妃殿下、これはどういうことですか!?」

「⋯⋯ちょっと手が滑っただけじゃないの。そんな大騒ぎするようなことじゃないわ」

「レイ⋯⋯ありがとう。わたくしは大丈夫よ」

 レイモンドの横に並んだセレナは、レイモンドの上着を握りしめながら、毅然とした態度でエロイーズに向かい合った。

「王妃殿下、この度のことは王家に報告させていただきます。臣下の持ち物を強請り、権力で脅し暴力行為に及ぶなど、例えどのようなお立場の方であろうとも、許されることではございません。
侯爵家に対する不干渉の契約を無視し、度々脅迫めいた文言を追記した招待状を、お送りになられるのはおやめください。
その中に、侯爵家から産出された宝石持参で⋯⋯と書いておられるのがどのような意味を持つのか、とても興味深く思っておりましたが、先ほどの殿下のご様子から鑑みるに、献上品を持ち参内しろと言うご指示だったように見受けられますわ。
先日、王家とビルワーツ侯爵家の間で交わされた契約を無視して、侯爵領においでになられました事は、既に報告させていただいております。その件と今回の事については、正式な文書にてご返答いただきたいと存じます」

「大袈裟にすることはないでしょう? ドレスなら弁償してあげるし、が勿体ぶらず素直にいう事を聞けば、こんなことにはならなかったんだから!」

「ネックレスを強奪しようとなされたのは王国と帝国の総意だと仰られ、大袈裟にされたのは王妃殿下でございます。
権力を傘にきて臣下の物を奪うのが、初めてだとは思えないほど、見事な手口に思えましたので、過去に同様の事件が起きていないか調べてみるべきかもしれませんわね。
わたくしにとって、夫からプレゼントされたこのネックレスは、家宝とも言える大切な品でございます。夫を尊敬し大切に思う妻であれば、当然のことでございますが、ご理解いただけますでしょうか?
それから、侍女に望んでおられたらしいエリナ様やヘレナ様がどこのどなたか存じませんが⋯⋯わたくしの名前はでございます。
レイ、着替えを馬車に積んであるから取ってきて下さる? クリス、着替えのできるお部屋を貸してくださいな」

 頭に血が上っているレイモンドに用事を頼んで席を外させ、この場をマーチャント伯爵に任せて、セレナはクリスと共に広間を後にした。



「分かってるでしょうね、この事は他言無用よ! 一言でも漏らせばタダじゃおかないわ」

「王妃殿下、玄関までお見送り致します」

 冷ややかな目付きのマーチャント伯爵に催促されたエロイーズは、周囲からの突き刺すような視線を無視して、ズカズカと大股で広間を出て行った。



「最後まであのような事を仰るなんて⋯⋯アレ以上に下品な女は見たことがありませんわ」

「これだけ大勢の口を塞ぐなど出来ますかな?」

「それにしてもセレナ夫人は最後まで堂々としておられて⋯⋯流石ですな」

「途中で口を挟みたくてウズウズしました。我が領でも石炭が出ますから、我が家で使用する分を王家に報告しなければ脱税だと言われそうです」

「石炭は貴重な黒いダイヤですからな。法律が改編されていないか、注意しておかれた方が良さそうですぞ。はっはっは」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

0歳児に戻った私。今度は少し口を出したいと思います。

アズやっこ
恋愛
 ❈ 追記 長編に変更します。 16歳の時、私は第一王子と婚姻した。 いとこの第一王子の事は好き。でもこの好きはお兄様を思う好きと同じ。だから第二王子の事も好き。 私の好きは家族愛として。 第一王子と婚約し婚姻し家族愛とはいえ愛はある。だから何とかなる、そう思った。 でも人の心は何とかならなかった。 この国はもう終わる… 兄弟の対立、公爵の裏切り、まるでボタンの掛け違い。 だから歪み取り返しのつかない事になった。 そして私は暗殺され… 次に目が覚めた時0歳児に戻っていた。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 作者独自の設定です。こういう設定だとご了承頂けると幸いです。

妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放されました。でもそれが、私を虐げていた人たちの破滅の始まりでした

水上
恋愛
「ソフィア、悪いがお前との婚約は破棄させてもらう」 子爵令嬢である私、ソフィア・ベルモントは、婚約者である子爵令息のジェイソン・フロストに婚約破棄を言い渡された。 彼の隣には、私の妹であるシルビアがいる。 彼女はジェイソンの腕に体を寄せ、勝ち誇ったような表情でこちらを見ている。 こんなこと、許されることではない。 そう思ったけれど、すでに両親は了承していた。 完全に、シルビアの味方なのだ。 しかも……。 「お前はもう用済みだ。この屋敷から出て行け」 私はお父様から追放を宣言された。 必死に食い下がるも、お父様のビンタによって、私の言葉はかき消された。 「いつまで床に這いつくばっているのよ、見苦しい」 お母様は冷たい言葉を私にかけてきた。 その目は、娘を見る目ではなかった。 「惨めね、お姉さま……」 シルビアは歪んだ笑みを浮かべて、私の方を見ていた。 そうして私は、妹に婚約者を奪われ、屋敷から追放された。 途方もなく歩いていたが、そんな私に、ある人物が声を掛けてきた。 一方、私を虐げてきた人たちは、破滅へのカウントダウンがすでに始まっていることに、まだ気づいてはいなかった……。

【完結】都合のいい女ではありませんので

風見ゆうみ
恋愛
アルミラ・レイドック侯爵令嬢には伯爵家の次男のオズック・エルモードという婚約者がいた。 わたしと彼は、現在、遠距離恋愛中だった。 サプライズでオズック様に会いに出かけたわたしは彼がわたしの親友と寄り添っているところを見てしまう。 「アルミラはオレにとっては都合のいい女でしかない」 レイドック侯爵家にはわたししか子供がいない。 オズック様は侯爵という爵位が目的で婿養子になり、彼がレイドック侯爵になれば、わたしを捨てるつもりなのだという。 親友と恋人の会話を聞いたわたしは彼らに制裁を加えることにした。 ※独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

妹に婚約者を奪われたけど、婚約者の兄に拾われて幸せになる

ワールド
恋愛
妹のリリアナは私より可愛い。それに才色兼備で姉である私は公爵家の中で落ちこぼれだった。 でも、愛する婚約者マルナールがいるからリリアナや家族からの視線に耐えられた。 しかし、ある日リリアナに婚約者を奪われてしまう。 「すまん、別れてくれ」 「私の方が好きなんですって? お姉さま」 「お前はもういらない」 様々な人からの裏切りと告白で私は公爵家を追放された。 それは終わりであり始まりだった。 路頭に迷っていると、とても爽やかな顔立ちをした公爵に。 「なんだ? この可愛い……女性は?」 私は拾われた。そして、ここから逆襲が始まった。

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

王子の恋愛を応援したい気持ちはありましてよ?

もふっとしたクリームパン
恋愛
ふわっとしたなんちゃって中世っぽい世界観です。*この話に出てくる国名等は適当に雰囲気で付けてます。 『私の名はジオルド。国王の息子ではあるが次男である為、第二王子だ。どんなに努力しても所詮は兄の控えでしかなく、婚約者だって公爵令嬢だからか、可愛げのないことばかり言う。うんざりしていた所に、王立学校で偶然出会った亜麻色の美しい髪を持つ男爵令嬢。彼女の無邪気な笑顔と優しいその心に惹かれてしまうのは至極当然のことだろう。私は彼女と結婚したいと思うようになった。第二王位継承権を持つ王弟の妻となるのだから、妻の後ろ盾など関係ないだろう。…そんな考えがどこかで漏れてしまったのか、どうやら婚約者が彼女を見下し酷い扱いをしているようだ。もう我慢ならない、一刻も早く父上に婚約破棄を申し出ねば…。』(注意、小説の視点は、公爵令嬢です。別の視点の話もあります) *本編8話+オマケ二話と登場人物紹介で完結、小ネタ話を追加しました。*アルファポリス様のみ公開。 *よくある婚約破棄に関する話で、ざまぁが中心です。*随時、誤字修正と読みやすさを求めて試行錯誤してますので行間など変更する場合があります。 拙い作品ですが、どうぞよろしくお願いします。

王妃になるのは決定事項です

Ruhuna
恋愛
ロドリグ王国筆頭公爵家の長女 アデライン・レプシウス 彼女は生まれた時から王妃になることが約束されていた

処理中です...