8 / 14
6.公爵夫人相手に堂々の駆け引き
しおりを挟む
アーリントン公爵邸は、ウォーカー商会から馬車で15分ほどの王城に近い場所にあった。
夕闇が迫る頃、マントを頭からすっぽり被ったシエナと緊張した面持ちのルカが、アーリントン公爵邸の前で馬車を降りた。
公爵邸は貝殻などをモチーフにした“ロカイユ” が、左右非対称に飾られており、バロック建築のような複雑で壮麗な建築とは違う繊細で女性的な印象の館だった。
ノッカーの音にドアを開けた従僕が応接室へ二人を案内すると、部屋の中には既にアーリントン公爵夫人とダートマス侯爵が腰掛けていた。
応接室に入る直前にマントを脱いだシエナは、真っ直ぐアーリントン公爵夫人を見つめ挨拶をした。
「シエナ・ウォーカーと申します。この者はルカ・ワトソン。この度はお時間を頂きありがとうございます。
ダートマス侯爵様もお力添え頂き、感謝の言葉もございません」
イライザとジェイクは顔を見合わせた。
「刺繍を見せたいと言う話だったと思うが、随分と大きな荷物を持ってきたんだね」
「はい、新しい刺繍を入れた作品自体をお持ちしました。トルソーも持って参りましたので、荷物がこのような有様になってしまいました」
「と言う事はドレスを持ってきたと言うことね。
悪いけれど、売り込みはお断りしているの。今回はジェイクのたっての願いということでお受けしたけれど、そう言うお話ならお帰り頂かなくては」
イライザはテーブルの上のベルに手を伸ばしかけたが、意外なところから助け舟が現れた。
「イライザ、ちょっと待ってくれないか。シエナと言ったかな? もしかして、君がウォーカー商会の刺繍のデザインを手がけていたりする?」
「はい、ほとんど全てのデザインを担当しております」
「イライザ、刺繍を見るだけでも見てみたいんだが」
「⋯⋯良いでしょう。ウォーカー商会の刺繍は私も気に入ってるの。でもね、殿方用と私達レディが望むものは相入れませんから、がっかりさせないで欲しいわね」
「ありがとうございます。ルカ、トルソーを準備して」
シエナがドレスをセットして、アーリントン公爵夫人に頭を下げた。
「お待たせいたしました。こちらが私の新作でございます」
「こりゃ凄い」
ジェイクがボソリと呟いたが、イライザはソファに座ったまま無言でドレスを見つめている。
「胸元の石は模造ダイヤね」
「はい、恥ずかしながら本物の宝石を準備できませんでしたので」
シエナとルカが緊張して立ちすくんでいると、イライザがゆっくりとドレスの近くにやってきた。
ドレスを一回りしたイライザは、厳しい表情のままドレスの正面で立ち止まった。
「ペチコートの布地は?」
「捺染布と申します。色糊を使い模様を描いた物でございます」
「その荷物の大きさだと、他にも持って来ているようね」
「はい。ですが、お見せ出来るほどの刺繍飾りのものは他にはございません」
イライザが冷たい目でシエナを睨みつけた。
「私相手に駆け引きとは大したものね。トルソーを持って来させましょう。全て広げて見せてちょうだい」
夕闇が迫る頃、マントを頭からすっぽり被ったシエナと緊張した面持ちのルカが、アーリントン公爵邸の前で馬車を降りた。
公爵邸は貝殻などをモチーフにした“ロカイユ” が、左右非対称に飾られており、バロック建築のような複雑で壮麗な建築とは違う繊細で女性的な印象の館だった。
ノッカーの音にドアを開けた従僕が応接室へ二人を案内すると、部屋の中には既にアーリントン公爵夫人とダートマス侯爵が腰掛けていた。
応接室に入る直前にマントを脱いだシエナは、真っ直ぐアーリントン公爵夫人を見つめ挨拶をした。
「シエナ・ウォーカーと申します。この者はルカ・ワトソン。この度はお時間を頂きありがとうございます。
ダートマス侯爵様もお力添え頂き、感謝の言葉もございません」
イライザとジェイクは顔を見合わせた。
「刺繍を見せたいと言う話だったと思うが、随分と大きな荷物を持ってきたんだね」
「はい、新しい刺繍を入れた作品自体をお持ちしました。トルソーも持って参りましたので、荷物がこのような有様になってしまいました」
「と言う事はドレスを持ってきたと言うことね。
悪いけれど、売り込みはお断りしているの。今回はジェイクのたっての願いということでお受けしたけれど、そう言うお話ならお帰り頂かなくては」
イライザはテーブルの上のベルに手を伸ばしかけたが、意外なところから助け舟が現れた。
「イライザ、ちょっと待ってくれないか。シエナと言ったかな? もしかして、君がウォーカー商会の刺繍のデザインを手がけていたりする?」
「はい、ほとんど全てのデザインを担当しております」
「イライザ、刺繍を見るだけでも見てみたいんだが」
「⋯⋯良いでしょう。ウォーカー商会の刺繍は私も気に入ってるの。でもね、殿方用と私達レディが望むものは相入れませんから、がっかりさせないで欲しいわね」
「ありがとうございます。ルカ、トルソーを準備して」
シエナがドレスをセットして、アーリントン公爵夫人に頭を下げた。
「お待たせいたしました。こちらが私の新作でございます」
「こりゃ凄い」
ジェイクがボソリと呟いたが、イライザはソファに座ったまま無言でドレスを見つめている。
「胸元の石は模造ダイヤね」
「はい、恥ずかしながら本物の宝石を準備できませんでしたので」
シエナとルカが緊張して立ちすくんでいると、イライザがゆっくりとドレスの近くにやってきた。
ドレスを一回りしたイライザは、厳しい表情のままドレスの正面で立ち止まった。
「ペチコートの布地は?」
「捺染布と申します。色糊を使い模様を描いた物でございます」
「その荷物の大きさだと、他にも持って来ているようね」
「はい。ですが、お見せ出来るほどの刺繍飾りのものは他にはございません」
イライザが冷たい目でシエナを睨みつけた。
「私相手に駆け引きとは大したものね。トルソーを持って来させましょう。全て広げて見せてちょうだい」
180
お気に入りに追加
3,173
あなたにおすすめの小説

〖完結〗死にかけて前世の記憶が戻りました。側妃? 贅沢出来るなんて最高! と思っていたら、陛下が甘やかしてくるのですが?
藍川みいな
恋愛
私は死んだはずだった。
目を覚ましたら、そこは見知らぬ世界。しかも、国王陛下の側妃になっていた。
前世の記憶が戻る前は、冷遇されていたらしい。そして池に身を投げた。死にかけたことで、私は前世の記憶を思い出した。
前世では借金取りに捕まり、お金を返す為にキャバ嬢をしていた。給料は全部持っていかれ、食べ物にも困り、ガリガリに痩せ細った私は路地裏に捨てられて死んだ。そんな私が、側妃? 冷遇なんて構わない! こんな贅沢が出来るなんて幸せ過ぎるじゃない!
そう思っていたのに、いつの間にか陛下が甘やかして来るのですが?
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。
朝霧心惺
恋愛
「リリーシア・ソフィア・リーラー。冷酷卑劣な守銭奴女め、今この瞬間を持って俺は、貴様との婚約を破棄する!!」
テオドール・ライリッヒ・クロイツ侯爵令息に高らかと告げられた言葉に、リリーシアは純白の髪を靡かせ高圧的に微笑みながら首を傾げる。
「誰と誰の婚約ですって?」
「俺と!お前のだよ!!」
怒り心頭のテオドールに向け、リリーシアは真実を告げる。
「わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの」

【完結済】結婚式の翌日、私はこの結婚が白い結婚であることを知りました。
鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
共に伯爵家の令嬢と令息であるアミカとミッチェルは幸せな結婚式を挙げた。ところがその夜ミッチェルの体調が悪くなり、二人は別々の寝室で休むことに。
その翌日、アミカは偶然街でミッチェルと自分の友人であるポーラの不貞の事実を知ってしまう。激しく落胆するアミカだったが、侯爵令息のマキシミリアーノの助けを借りながら二人の不貞の証拠を押さえ、こちらの有責にされないように離婚にこぎつけようとする。
ところが、これは白い結婚だと不貞の相手であるポーラに言っていたはずなのに、日が経つごとにミッチェルの様子が徐々におかしくなってきて───

婚約破棄されたので、隠していた力を解放します
ミィタソ
恋愛
「――よって、私は君との婚約を破棄する」
豪華なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。その中心で、王太子アレクシスが高らかに宣言した。
周囲の貴族たちは一斉にどよめき、私の顔を覗き込んでくる。興味津々な顔、驚きを隠せない顔、そして――あからさまに嘲笑する顔。
私は、この状況をただ静かに見つめていた。
「……そうですか」
あまりにも予想通りすぎて、拍子抜けするくらいだ。
婚約破棄、大いに結構。
慰謝料でも請求してやりますか。
私には隠された力がある。
これからは自由に生きるとしよう。


婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。
待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。
妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。
……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。
けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します!
自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

手放したくない理由
ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。
しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。
話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、
「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」
と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。
同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。
大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる