【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

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「これは?」

 商会役員のクロエ・ピーターソンが、広がった布を眺めながら訝しげな顔をしている。


捺染なっせん布って言って、染料を溶かした色糊で布に模様を描いて作る布なの。漸く見つけたわ。
豊富な色で模様を描けるからバリエーションも増やせるし、今までより安くて軽いドレスが作れると思うの」

「シエナ、新しい事業を立ち上げるの?」

「ええ、商会を作るわ!」

「わあ⋯⋯つまり、とうとう始めるってこと?
一体いつまでこの状況を続けるのかと正直呆れてたの」


「知ってる。でも、あの人達にこれ以上食い物にされない為の方法を、ずっと探してたの。だって、離婚しただけでは駄目なんだもの」

 シエナは捺染布をたたみ直しながら、にっこりと微笑んだ。



 ファスチアン織りで財を成したウォーカー商会は、三年前からシエナ・ウォーカー・キャンベルが五代目商会長を務めている。

 ファスチアン織りとは、麻と綿で織られたオリーブ色や鉛色の暗い色合いの織物で、寒冷地の男性用の外套やジャケット・フロックコートなどに使われていた。

 ファスチアン織りが下火になり始めた頃、ウォーカー商会はかなり危機的状況に陥った。

 そこでシエナの父は、ベルベットを使った紳士用の服飾を扱う店として、仕立屋・ベルト細工師・絹刺繍工など様々な職種の職人と提携を結び、貴族や成金相手のウエストコートなどの製造販売へ方向転換を行なった。

 今では、ベルベットの品質や仕立ての確かさ、ウエストコートなどに施されている刺繍の美しさから、王都でも指折りの商会にのし上がっている。

 刺繍の図案を作っているのはシエナ。クロエの担当はベルベットの品質管理。



 シエナの父が事業の方向転換を始めた二年目、資金繰りが悪化した⋯⋯突然銀行が融資の差し止めを言い渡して来たのだ。

 その時、手を差し伸べて来たのがキャンベル伯爵家で、銀行への保証と引き換えに幾つかの契約を交わし、ウォーカー商会は窮地を免れたのだが⋯⋯。



 その時の契約の一つが、当時八歳だったシエナと十二歳のキャンベル伯爵家三男オスカーとの婚姻だった。

 婚約式も結婚式も代理人が間に入って行われ、結婚後十二年経った今もシエナはオスカーと会った事がない。


『道ですれ違っても誰だか分からない結婚なんて聞いた事ないわ』


 クロエからいつも揶揄われているが、シエナにしてみれば、今更現れてくれた方が困ると思っている。

 キャンベル伯爵家がシエナとオリバーの結婚以外に出してきたもう一つの条件は、ウォーカー商会の売り上げを折半する事。

 シエナとオリバーが離婚した場合には、ウォーカー商会の権利はオリバーの物となると言う理不尽なものだった。

(だから、このままでは離婚できない。何もしないで甘い汁を吸ってるだけの奴らに、商会や商会員を渡すなんて許せないもの!)



「商会が倒産したら沢山の人が生活に困るからって、いくらなんでもとんでもない契約を結んだものよね」

「ううん、結んだんじゃないのよ。父さんは無理矢理契約を結ばされたの。だから、このままでなんて絶対に終わらせてやらないわ」

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