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借金取り
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結婚一年目、十月 一部胸糞です。
ーーーー
もうすぐやってくる冬に向けて、備蓄を増やさなくてはならない。
今年収入を得られなかった領民達が、寒さに震える事がないようにと、アイラは購入品のリストアップをしていた。
「アイラ様、お客様がお見えです。
旦那様を尋ねていらっしゃったようなのですが、ご不在だと申し上げましたところ、奥様にお目にかかりたいと」
いつも無表情のウィルソンが珍しく眉間に皺を寄せている。
「デイビッドを訪ねてくるなんて初めての事ね。どんな方?」
「それが、あまり感じの良い方ではございません。お会いになられるなら、私と他にも護衛をつけるべきかと」
余程怪しい相手なのだろうか。
「わかりました。ギータとトスティに声を掛けてくれるかしら」
3人を従えて、アイラは応接室に入った。来客はくたびれたスーツを着込み、薄ら伸びた髭とこれ見よがしにつけている指輪。
ソファにふんぞり返って座り、辺りを見回しながら部屋の中を値踏みしている様子は、まともな人とは思えない。
アイラがソファに座る。ウィルソンはその後ろに立ち、ギータとトスティはドアの近くに移動した。
「デイビッドは留守にしております。
帰りの予定は連絡がきておりませんので、今日はお引き取りいただけますでしょうか」
「こりゃー随分と綺麗な奥方だ。金持ちの伯爵夫人は、磨き方が違いますなぁ」
不躾な態度をアイラが無視していると、
「いやいや、別にデイビッドの旦那じゃなくても良いんですよ。
と言うか財布の紐を握ってる奥方様の方が、都合がいいってもんです」
と妙に馴れ馴れしく話を続けてくる。
「お話が見えませんが。次にお越しになる時は、前もってご連絡をくださいますようお願いいたしますわ」
その男は席を立つ様子もなく、前のめりになってアイラに質問をしてきた。
「ちょいと教えていただきたいんですがね、デイビッドの旦那は、いつ頃伯爵になられるんで?」
「何のことを仰っているのか分かりかねます。今日はもうお引き取りください。
ウィルソンお客様がお帰りです」
「ちょっと待った、こっちは大金がかかってるんだ。
はいそうですかなんて言えるかよ!」
突然の恫喝にトスティが動きかけたが、アイラは小さく首を振った。
「どういうことでしょうか。お話の意味が分かりかねます」
「つまり、デイビッドの旦那にはね、大金を融通してるって言ってるんですよ。
伯爵になったら全額返金するって、ちゃんと借用書もある。
奥さんと結婚した時、伯爵の爺様は隠居したって聞いたのに、いつまで経っても返済しない。
おまけにここ2ヶ月は利息も払わねえ。仕方ないから、こんなとこまで馬車を仕立ててやってきたんすよ。
せめて利息分だけでも貰って、元金をいつ返してもらえるか、教えてもらわなきゃ帰れませんさ。
馬車代も払ってもらわねぇと」
男の太々しい態度は不快だが、このまま追い返すわけにはいかないようだ。
「借用書をお見せいただけますか?」
「そうこなくっちゃ。やっぱり奥方様の方が話が早くていーねえ。
こいつが借用書ですよ、但しコイツは本物の写しですからね、破ったりしても意味は無いんで。じっくり見てくださいよ」
アイラはニヤニヤと感じの悪い男を無視して、借用書の写しを確認した。
「・・確かに正式な借用書のようですね。ただ問題が一つ、デイビッドは今後も伯爵になる事はありませんの。
今はまだ私のお父様がエジャートン伯爵ですし。その後は私が伯爵位を継ぎます」
「は? 女のあんたが?」
「数年前に法律が改正されたのをご存知ありません?
現在の王妃様が女性の権利を守るためにと、爵位の相続は直系であれば女性でも可能だとされましたの」
「んじゃあ、この借用書は・・だから利息も踏み倒しやがったのか。
平民だからって馬鹿にしやがって。ふざけんなよ」
真っ赤な顔でアイラに怒鳴りつける男に、
「いい加減にしないか、奥方様になんて口の利き方を」
一番気の短いトスティが、男の胸ぐらを掴みあげた。
ギータは男の後ろ側に移動し、ウィルソンはアイラをソファから立ち上がらせ、自身の後ろに庇った。
アイラが前に出ようとするとウィルソンが首を振るが、
「ありがとう大丈夫だから」
アイラはウィルソンの横に立った。
「取り敢えずこの借用書については、デイビッドと直接話して頂くしかありませんわ。
借用書の日付けからすると、借入金の殆どが結婚前のものです。
こちらにお越しになるよりも、ストックトン侯爵家にご相談される方が宜しいかと」
「くそ! とんだ無駄足になっちまった。馬車代までかけたってのに、途中の宿代なんかも合わせたら大損だ」
男はトスティを睨みつけた後、ドスドスと音を立てて出ていった。
「アイラ様、お疲れ様です。紅茶でもお持ちいたしますか?」
「そうね、執務室で頂くわ。みんな側にいてくれてありがとう。
とても心強かったわ」
「とんでもありません。アイラ様お一人であのような輩の対応をさせるなど絶対に有り得ません」
(そう言えば、最後までお名前をお聞きしませんでしたね、まあ良いでしょう。もうお会いする事もないと思いますし)
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もうすぐやってくる冬に向けて、備蓄を増やさなくてはならない。
今年収入を得られなかった領民達が、寒さに震える事がないようにと、アイラは購入品のリストアップをしていた。
「アイラ様、お客様がお見えです。
旦那様を尋ねていらっしゃったようなのですが、ご不在だと申し上げましたところ、奥様にお目にかかりたいと」
いつも無表情のウィルソンが珍しく眉間に皺を寄せている。
「デイビッドを訪ねてくるなんて初めての事ね。どんな方?」
「それが、あまり感じの良い方ではございません。お会いになられるなら、私と他にも護衛をつけるべきかと」
余程怪しい相手なのだろうか。
「わかりました。ギータとトスティに声を掛けてくれるかしら」
3人を従えて、アイラは応接室に入った。来客はくたびれたスーツを着込み、薄ら伸びた髭とこれ見よがしにつけている指輪。
ソファにふんぞり返って座り、辺りを見回しながら部屋の中を値踏みしている様子は、まともな人とは思えない。
アイラがソファに座る。ウィルソンはその後ろに立ち、ギータとトスティはドアの近くに移動した。
「デイビッドは留守にしております。
帰りの予定は連絡がきておりませんので、今日はお引き取りいただけますでしょうか」
「こりゃー随分と綺麗な奥方だ。金持ちの伯爵夫人は、磨き方が違いますなぁ」
不躾な態度をアイラが無視していると、
「いやいや、別にデイビッドの旦那じゃなくても良いんですよ。
と言うか財布の紐を握ってる奥方様の方が、都合がいいってもんです」
と妙に馴れ馴れしく話を続けてくる。
「お話が見えませんが。次にお越しになる時は、前もってご連絡をくださいますようお願いいたしますわ」
その男は席を立つ様子もなく、前のめりになってアイラに質問をしてきた。
「ちょいと教えていただきたいんですがね、デイビッドの旦那は、いつ頃伯爵になられるんで?」
「何のことを仰っているのか分かりかねます。今日はもうお引き取りください。
ウィルソンお客様がお帰りです」
「ちょっと待った、こっちは大金がかかってるんだ。
はいそうですかなんて言えるかよ!」
突然の恫喝にトスティが動きかけたが、アイラは小さく首を振った。
「どういうことでしょうか。お話の意味が分かりかねます」
「つまり、デイビッドの旦那にはね、大金を融通してるって言ってるんですよ。
伯爵になったら全額返金するって、ちゃんと借用書もある。
奥さんと結婚した時、伯爵の爺様は隠居したって聞いたのに、いつまで経っても返済しない。
おまけにここ2ヶ月は利息も払わねえ。仕方ないから、こんなとこまで馬車を仕立ててやってきたんすよ。
せめて利息分だけでも貰って、元金をいつ返してもらえるか、教えてもらわなきゃ帰れませんさ。
馬車代も払ってもらわねぇと」
男の太々しい態度は不快だが、このまま追い返すわけにはいかないようだ。
「借用書をお見せいただけますか?」
「そうこなくっちゃ。やっぱり奥方様の方が話が早くていーねえ。
こいつが借用書ですよ、但しコイツは本物の写しですからね、破ったりしても意味は無いんで。じっくり見てくださいよ」
アイラはニヤニヤと感じの悪い男を無視して、借用書の写しを確認した。
「・・確かに正式な借用書のようですね。ただ問題が一つ、デイビッドは今後も伯爵になる事はありませんの。
今はまだ私のお父様がエジャートン伯爵ですし。その後は私が伯爵位を継ぎます」
「は? 女のあんたが?」
「数年前に法律が改正されたのをご存知ありません?
現在の王妃様が女性の権利を守るためにと、爵位の相続は直系であれば女性でも可能だとされましたの」
「んじゃあ、この借用書は・・だから利息も踏み倒しやがったのか。
平民だからって馬鹿にしやがって。ふざけんなよ」
真っ赤な顔でアイラに怒鳴りつける男に、
「いい加減にしないか、奥方様になんて口の利き方を」
一番気の短いトスティが、男の胸ぐらを掴みあげた。
ギータは男の後ろ側に移動し、ウィルソンはアイラをソファから立ち上がらせ、自身の後ろに庇った。
アイラが前に出ようとするとウィルソンが首を振るが、
「ありがとう大丈夫だから」
アイラはウィルソンの横に立った。
「取り敢えずこの借用書については、デイビッドと直接話して頂くしかありませんわ。
借用書の日付けからすると、借入金の殆どが結婚前のものです。
こちらにお越しになるよりも、ストックトン侯爵家にご相談される方が宜しいかと」
「くそ! とんだ無駄足になっちまった。馬車代までかけたってのに、途中の宿代なんかも合わせたら大損だ」
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「アイラ様、お疲れ様です。紅茶でもお持ちいたしますか?」
「そうね、執務室で頂くわ。みんな側にいてくれてありがとう。
とても心強かったわ」
「とんでもありません。アイラ様お一人であのような輩の対応をさせるなど絶対に有り得ません」
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