38 / 89
執務室
しおりを挟む
九月
ーーーーーー
エジャートン伯爵家の主要な産業は小麦を主とした農産物と羊。王都へ2日程度で輸送出来るという利便性から、他の領地より品質の良い小麦や肉を卸すことができるため、安定した収入を得ている。
羊毛の加工工場も稼働しており、そちらからの収入もかなりの額になる。
新たにアーヘンへの染織工房の新築計画も進んでいる。当分の間は赤字覚悟だが、いずれはアーヘンの復興に繋がっていくだろう。
「帳簿を調べたのね。挟んでおいたメモが一つなくなってる」
デイビッドが帰って来て3日目、執務室の棚や机の引き出しの中を誰かが調べた様子があった。
それ以来アイラは、大事な資料は鍵の掛かる棚に全て片付け、鍵は常に身につけるようにしている。アイラの部屋も探ったようだが、目的のものは見つけられないでいるのだろう。時々執務室の中を探っている。
執務室を探った次の日は、デイビッドの機嫌がとても悪いので直ぐに分かる。
朝、デイビッドの機嫌が良い日は前の晩ブリジットの部屋を訪れた日で、単純過ぎるデイビッドに笑いがこぼれるアイラだった。
2日前にアイラは、偽の帳簿を机の引き出しに入れておいた。これを見ると、去年の冷害の被害から立ち直れておらず、領地の経営はあまりうまくいっていないように見えたはず。そこにメモ書きに見せかけた紙をいくつか挟んでおいた。
「お呼びでしょうか」
「昨夜デイビッドがここに忍び込んだみたい。アーヘンに新設予定の工房についてのメモだけがなくなってるの」
「染織工房ですか。だとすると旦那様だけのお考えとは思えませんね」
「私もそう思うわ。多分何処かの貴族が関わっている。以前ストックトン侯爵が来られた時、新規事業の事を聞いておられたでしょう? どこで聞きつけたのかしらって不審に思ったのだけど、もしかしたらデイビッドが知っていて何か話したのかも」
「侯爵家も調査に含めましょう。今回ブリジットが一緒に来たのには理由があるのかも。デイビッドの後はつけてる?」
「はい、デイビッド様達が出かけられて直ぐに、後を追わせました」
「調査する人数を増やす事は出来る?」
「はい、王都での連絡先に早馬を飛ばしましょう」
「追加の資金も持たせて頂戴。来週末の夜会に出席すると言っていたから、今からでも潜り込めるかしら。デイビッドが出席する予定のない夜会だと思うの。ブリジットが招待されているみたいだから、あまり爵位の高くない方が主催する夜会の可能性があるわ」
「そうなりますと、捜索する範囲がかなり広まりますね」
「王都について直ぐ、ブリジットのドレスを仕立てるつもりらしいから、その店で情報を引き出せるかも知れないわ。ブリジットがいつもどこでドレスを仕立てているのか、無理をきかせられるお店が何処なのかわかれば良いのだけど」
アイラの眉間に皺が寄っている。
「念の為前回の連絡時に、ブリジット様の事も調べるよう指示してあります。その中にあるかも知れません」
「良かった。デイビッドの友人関係の調査はどうなっているのかしら。まだ時間がかかりそうなら、取り敢えず今ある物だけでも送って欲しいのだけど」
「王都への早馬にその旨を伝えさせましょう。前回から一ヶ月以上経っているので、かなり集まっているのではないでしょうか」
「デイビッドが帰ってきてから、こちらへは来ないように言ってあったから、随分時間があいたものね。今度こそ何か有益な情報があると良いのだけど」
デイビッドの調査をはじめたのは今年の4月。集まった資料は膨大な量になったが、そのどれもが今の所何の役にも立たず、まだこれといった怪しい人物は見つかっていない。
気が滅入っていたアイラだったが、これで漸く進展が見られるかも知れない。
ーーーーーー
エジャートン伯爵家の主要な産業は小麦を主とした農産物と羊。王都へ2日程度で輸送出来るという利便性から、他の領地より品質の良い小麦や肉を卸すことができるため、安定した収入を得ている。
羊毛の加工工場も稼働しており、そちらからの収入もかなりの額になる。
新たにアーヘンへの染織工房の新築計画も進んでいる。当分の間は赤字覚悟だが、いずれはアーヘンの復興に繋がっていくだろう。
「帳簿を調べたのね。挟んでおいたメモが一つなくなってる」
デイビッドが帰って来て3日目、執務室の棚や机の引き出しの中を誰かが調べた様子があった。
それ以来アイラは、大事な資料は鍵の掛かる棚に全て片付け、鍵は常に身につけるようにしている。アイラの部屋も探ったようだが、目的のものは見つけられないでいるのだろう。時々執務室の中を探っている。
執務室を探った次の日は、デイビッドの機嫌がとても悪いので直ぐに分かる。
朝、デイビッドの機嫌が良い日は前の晩ブリジットの部屋を訪れた日で、単純過ぎるデイビッドに笑いがこぼれるアイラだった。
2日前にアイラは、偽の帳簿を机の引き出しに入れておいた。これを見ると、去年の冷害の被害から立ち直れておらず、領地の経営はあまりうまくいっていないように見えたはず。そこにメモ書きに見せかけた紙をいくつか挟んでおいた。
「お呼びでしょうか」
「昨夜デイビッドがここに忍び込んだみたい。アーヘンに新設予定の工房についてのメモだけがなくなってるの」
「染織工房ですか。だとすると旦那様だけのお考えとは思えませんね」
「私もそう思うわ。多分何処かの貴族が関わっている。以前ストックトン侯爵が来られた時、新規事業の事を聞いておられたでしょう? どこで聞きつけたのかしらって不審に思ったのだけど、もしかしたらデイビッドが知っていて何か話したのかも」
「侯爵家も調査に含めましょう。今回ブリジットが一緒に来たのには理由があるのかも。デイビッドの後はつけてる?」
「はい、デイビッド様達が出かけられて直ぐに、後を追わせました」
「調査する人数を増やす事は出来る?」
「はい、王都での連絡先に早馬を飛ばしましょう」
「追加の資金も持たせて頂戴。来週末の夜会に出席すると言っていたから、今からでも潜り込めるかしら。デイビッドが出席する予定のない夜会だと思うの。ブリジットが招待されているみたいだから、あまり爵位の高くない方が主催する夜会の可能性があるわ」
「そうなりますと、捜索する範囲がかなり広まりますね」
「王都について直ぐ、ブリジットのドレスを仕立てるつもりらしいから、その店で情報を引き出せるかも知れないわ。ブリジットがいつもどこでドレスを仕立てているのか、無理をきかせられるお店が何処なのかわかれば良いのだけど」
アイラの眉間に皺が寄っている。
「念の為前回の連絡時に、ブリジット様の事も調べるよう指示してあります。その中にあるかも知れません」
「良かった。デイビッドの友人関係の調査はどうなっているのかしら。まだ時間がかかりそうなら、取り敢えず今ある物だけでも送って欲しいのだけど」
「王都への早馬にその旨を伝えさせましょう。前回から一ヶ月以上経っているので、かなり集まっているのではないでしょうか」
「デイビッドが帰ってきてから、こちらへは来ないように言ってあったから、随分時間があいたものね。今度こそ何か有益な情報があると良いのだけど」
デイビッドの調査をはじめたのは今年の4月。集まった資料は膨大な量になったが、そのどれもが今の所何の役にも立たず、まだこれといった怪しい人物は見つかっていない。
気が滅入っていたアイラだったが、これで漸く進展が見られるかも知れない。
26
お気に入りに追加
1,944
あなたにおすすめの小説

【完結】貴方の後悔など、聞きたくありません。
なか
恋愛
学園に特待生として入学したリディアであったが、平民である彼女は貴族家の者には目障りだった。
追い出すようなイジメを受けていた彼女を救ってくれたのはグレアルフという伯爵家の青年。
優しく、明るいグレアルフは屈託のない笑顔でリディアと接する。
誰にも明かさずに会う内に恋仲となった二人であったが、
リディアは知ってしまう、グレアルフの本性を……。
全てを知り、死を考えた彼女であったが、
とある出会いにより自分の価値を知った時、再び立ち上がる事を選択する。
後悔の言葉など全て無視する決意と共に、生きていく。

元カレの今カノは聖女様
abang
恋愛
「イブリア……私と別れて欲しい」
公爵令嬢 イブリア・バロウズは聖女と王太子の愛を妨げる悪女で社交界の嫌われ者。
婚約者である王太子 ルシアン・ランベールの関心は、品行方正、心優しく美人で慈悲深い聖女、セリエ・ジェスランに奪われ王太子ルシアンはついにイブリアに別れを切り出す。
極め付けには、王妃から嫉妬に狂うただの公爵令嬢よりも、聖女が婚約者に適任だと「ルシアンと別れて頂戴」と多額の手切れ金。
社交会では嫉妬に狂った憐れな令嬢に"仕立てあげられ"周りの人間はどんどんと距離を取っていくばかり。
けれども当の本人は…
「悲しいけれど、過ぎればもう過去のことよ」
と、噂とは違いあっさりとした様子のイブリア。
それどころか自由を謳歌する彼女はとても楽しげな様子。
そんなイブリアの態度がルシアンは何故か気に入らない様子で…
更には婚約破棄されたイブリアの婚約者の座を狙う王太子の側近達。
「私をあんなにも嫌っていた、聖女様の取り巻き達が一体私に何の用事があって絡むの!?嫌がらせかしら……!」

【完結】私はいてもいなくても同じなのですね ~三人姉妹の中でハズレの私~
紺青
恋愛
マルティナはスコールズ伯爵家の三姉妹の中でハズレの存在だ。才媛で美人な姉と愛嬌があり可愛い妹に挟まれた地味で不器用な次女として、家族の世話やフォローに振り回される生活を送っている。そんな自分を諦めて受け入れているマルティナの前に、マルティナの思い込みや常識を覆す存在が現れて―――家族にめぐまれなかったマルティナが、強引だけど優しいブラッドリーと出会って、少しずつ成長し、別離を経て、再生していく物語。
※三章まで上げて落とされる鬱展開続きます。
※因果応報はありますが、痛快爽快なざまぁはありません。
※なろうにも掲載しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

人質王女の婚約者生活(仮)〜「君を愛することはない」と言われたのでひとときの自由を満喫していたら、皇太子殿下との秘密ができました〜
清川和泉
恋愛
幼い頃に半ば騙し討ちの形で人質としてブラウ帝国に連れて来られた、隣国ユーリ王国の王女クレア。
クレアは皇女宮で毎日皇女らに下女として過ごすように強要されていたが、ある日属国で暮らしていた皇太子であるアーサーから「彼から愛されないこと」を条件に婚約を申し込まれる。
(過去に、婚約するはずの女性がいたと聞いたことはあるけれど…)
そう考えたクレアは、彼らの仲が公になるまでの繋ぎの婚約者を演じることにした。
移住先では夢のような好待遇、自由な時間をもつことができ、仮初めの婚約者生活を満喫する。
また、ある出来事がきっかけでクレア自身に秘められた力が解放され、それはアーサーとクレアの二人だけの秘密に。行動を共にすることも増え徐々にアーサーとの距離も縮まっていく。
「俺は君を愛する資格を得たい」
(皇太子殿下には想い人がいたのでは。もしかして、私を愛せないのは別のことが理由だった…?)
これは、不遇な人質王女のクレアが不思議な力で周囲の人々を幸せにし、クレア自身も幸せになっていく物語。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる