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100.逆さに振っても鼻血も出ないくらい

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「必要に迫られない限りドレスもアクセサリーも欲しがらないマリアンヌがそんなに夢中になるなんて珍しいわね」

「は、え、あの。このクリノリン・スタイルのドレスなら私でも華やかなドレスが着れそうだなと思ってしまいましたの」

 小柄なマリアンヌは過多な装飾にすると重さに負けてしまう為今まではあまり冒険できず、レースやリボンを使って可愛らしい見た目に合うドレスを作ってきた。

「アンドリューの陰に隠れて見えなくならないドレスがあれば良いなぁと。それに母になりましたから可愛いを脱却できればと思っておりますの」

「⋯⋯⋯⋯それは、(結構ハードルが高いような)」

「それは、中々難しい問題が」

 エカテリーナとシャーロットの反応にガックリと肩を落としたマリアンヌは『やっぱり、そうですよね。チビだし童顔だし』と凹んでしまった。



「えーっと⋯⋯新しくお茶を淹れますね。その時見ていただきたいものがありますし」

 後ろに控えていたエリンが新しく淹れ直したお茶をテーブルに置き、数枚の紙をシャーロットに手渡した。

「マリアンヌ、これはどうかしら?」

 マナーを忘れたようにカップを抱え込み、ちびちびとお茶を飲んでいたマリアンヌが顔を上げた。

「これ、私の?」

「どうかなぁって思って別に避けておいたの」

「キリッとした王妃殿下にはボリュームがあり過ぎて似合わない気がしたけれど、小柄で妖精のようなマリアンヌなら似合うのではないかと」

 ふわふわの真っ白なシルクシフォンに幅の広い翠のリボンが飾られ、その中央に金と宝石が飾られている。

「すごい! ああ、どうしよう。お義母様、これでドレスを仕立てていただいても良いでしょうか!?」

「支払いはアンドリューですから、彼にお願いすると良いわ。大喜びで仕立てると言い出すわね。チョーカーもおねだりしてはどうかしら?」

「ありがとうございます! 是非そうさせていただきます」

 嬉しそうにデザイン画を見つめるマリアンヌはとふんすと握り拳を固め、『痩せなくちゃ!』と自分に言い聞かせている。

「シャーロットはデザイン料と材料費を思い切りふっかけておやんなさい。アンドリューはマリアンヌの為にお金を使いたくてうずうずしてるのだから。
マリアンヌはクリノリンをつけた練習が先ね」

「うっ!」



「あの、少し問題があると言えばあるデザインなんですが、お義母様にこちらは如何でしょうか。全体が総レースで纏められているバッスル・スタイルなんですが⋯⋯。
エカテリーナ様用にと考えていたものの一つで」

「とても素敵だわ。トレーンがとても長いのね」

「はい、ですが⋯⋯足元に向かってかなり絞ったイメージなので、優雅に歩くのはとても難しそうだと。でも、お義母様なら大丈夫なのかもと考えたりも」

 裾までまっすぐなスタイルも描いてみたが、やはり少し絞ったラインの方が優雅でセクシーな気がする。

「身体のラインがハッキリと出てしまうので、もしお嫌なら別のものもあります。こちらのデザインはウエスト部分に切り替えのないドレスです。
トルソー部分は身体にぴったりとフィットしているのではっきりと身体のラインが出ますが、バッスルの膨らみを少し下方ずらしてシャーリングとタックによる膨らみを⋯⋯」

「両方作らせていただくわ。一着目は生成りで同色のチョーカーをつけましょう」

「それならチョーカーに緑の宝石を縫いつけ金で縁取るのは如何ですか? 真珠を少し垂らすのもありです。トレーンは金と生成りを重ねましょう」

「良いわね、それもシャーロットに任せていいかしら? 二着目は少し濃いお色が良いわね⋯⋯濃茶に金を使ってもらおうかしら」

 それ以外にクリノリン・スタイルのドレスも欲しいとエカテリーナが言いはじめると、マリアンヌがバッスル・スタイルのものが欲しいと言い出した。

「では王妃殿下のドレスを仕立て屋に任せたら直ぐに取り掛かりますね」

「アーサーからもたっぷり搾り取るのよ。値段を見た時とドレスを見た時の両方で度肝を抜いてやりましょう。勿論、シャーロットの物も最高級の生地や宝石で作るのよ。ジェロームの支払いでね」

 三人がそれぞれの夫破産計画を立てている時、ジェローム達の背筋に意味不明の悪寒が走った。

(((ドレスだな、間違いない)))



 王宮にデザイン画を届けた後、初めて作るクリノリンやバッスルに頭を悩ませた仕立て屋達がアルフォンス公爵邸に駆け込み、客間の一室を使って蹇々囂々議論が続きなんとか形になった。

 公爵邸で打ち合わせをする時はジェロームが立ち会い、仕立て屋達の無理難題やおねだりを断り続けた。王宮に参内する時は勿論エカテリーナが同行して目を光らせている。

「お祖父様が完成品を送ってくださっていて助かったわ。あれがなかったら大変なことになってたわね」

「シャーロット用に準備してくださったんだけど、いろんな奴が触ったと思うとなんだかなぁ」

 ジェロームが衣装にまでヤキモチを焼きはじめた。

「アレは見本ということで使わないでおこう」

「触ったのなんて女性ばかりなのに」

「うーん、やっぱり無理だな」



 レセプションパーティーに向けて王宮では着々と準備が進められ、王妃は公務の傍ら大きく広がるドレスで歩く練習をしていた。

「驚くほど大変だわ、これを着てダンスなんてどうすれば良いのかしら。歩く・座る・階段を降りるなんて簡単だと思っていたのに」



 アーサーとアンドリューは対帝国用にメイラード王国から輸入した兵器の軍事訓練を行い、これ見よがしに海岸線に設置した。モルガリウス侯爵領にも配備したが、リディアが張り切って送ってき過ぎた為戦力過多になっている。

 シャーロットには内緒でアルフォンス公爵領にもいくつかのトラップや兵器を設置したジェロームは、時間を見つけてはアンドリューに教えを乞うていた。

 アルフォンス公爵家には元々私兵がいなかった為、新しく雇い鍛えている最中だが実戦で戦うには練度が足りない。

(帝国対策としてはもう少し増やした方が良さそうだな)


「帝国を狙っているだの、反逆罪だのとケチをつけられないように気をつけろ」

「はい、は射程も攻撃力も近場の不審船を叩けるレベルにしてあります。いくら帝国でもあのレベルの装備に敵対行為だと言いがかりをつけるわけにはいかないでしょう。
モルガリウス侯爵領も山賊の討伐かと思わせる程度に抑えてあります」

 海岸近くの倉庫には飛距離の長い兵器などが密かに運び込まれた。

(こんなものに頼る日が来るなんてなぁ。孫も無事に産まれたし、リーナと楽隠居するのも良いかもしれん)

 頑固一徹なアーサーが感慨深げに積み込まれた兵器を眺めた後、倉庫の扉を閉めて鍵をかけた。

(どうか、こいつらが目を覚さずに済む世界になってくれよ)



 予想通りギリギリになって同行を依頼してきた王妃だったが、キッパリとシャーロットに断られた上にジェロームやモルガリウス家全員の反発にあって諦めた。

「シャーロットがいてくれたら百人力なんだけど」

「シャーロットを連れて行かれるのであれば千人力で抵抗いたします」



 王妃と王太子が新しく任命された外務大臣と共に帝国へ出発して行った。

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